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第三十三話
縁故は続く
しおりを挟むその頃、前の女性二人組を尾行しているジライヤ・ウィルソン。
神海騎士団・国家憲兵・近衞騎士団の三大組織のまとめ役の将軍である彼がどうして立場も体格も大きいのにコソコソしているのかというと……まぁ完全に私情である。
昨日の宣誓の儀の最中、新たに主の一人となる王太子妃の堂々とした態度と小さいながらも柔らかな笑みに対して今まで感じたことのない妙な気持ちに陥ってしまっていた。
婚活に力を入れている(ただし全敗)彼にとって、異性と話すのは特別なことではないものの、かつて過去にこんな爽やかで高鳴りが生まれたことはあったのだろうかと不思議に思っていた。
そしてその場で解散し、参列していたシルズ首相とイフリッド公爵を送る際、公爵に胸中を悟られてしまったのだ。
問い詰められると正直に、それでいて簡潔に伝えると彼女らと三大組織の長たちは大変驚かれた。恐らくはこの感情の正体を知っているのだろう……しかし正体のわからないジライヤにとってはさっぱりで、周囲から置いて行かれている状態だ。
そんな中、イフリッド公爵ことダイアナ・ヴァン・アントニオは真っ直ぐに答えた。
「貴方にも出来たのですね……『推し』が!」
「オシ……?」
推しとは、恋愛感情ではない好意を持った、もしくは他人に勧めたいほど好感を持つ人物を指す言葉である。何に近いかと言うと、偶像崇拝に近い感覚だろうか。
(忠義はあっても崇拝とまでは……。)
しかし、王太子妃に対してそれとは別の感情を持っているのは確か。
堂々と美しく、崇高な女性というのは理解したが……どうしてこうも視界に入れたままでいたいと願ってしまうのだろうと自分でもわからない。
あの時、イフリッド公爵は話の流れのままに『推し活』たるものも伝授してくれたが、推しに迷惑をかけないように応援し、また推しの幸せを願い幸せになるように努めること。存在するだけで満ち足りる、それが推しである。
……なるほどさっぱりわからん。となったわけで、この将軍は今『はじめてのオシカツ』をしているわけだ。
『これは推し活ではなくてストーカーだ』と思っている方々がいるかもしれないが、どうか暖かく見守ってほしい。
という事で、将軍が尾行しているのはキリコを連れたヘルメスである。
式の衣装合わせとメイクの打ち合わせ、披露宴会場の下見のあとに国外の来賓方の確認を終えての自由時間。好きなようにしていいと言われたので、兄のようにマリセウスの執務を傍で見学してみたいとは思っていたが、今は兄が夫がどのような人間かを見極めている最中なのでその間には入れず、外廷の見学ツアーにやってきたわけだ。一応まだヘルメスが王太子妃であることは伏せてあるため、誰も彼女が話題の人間とは思っても見ないだろう。
議会場を見て『あそこにマリス様が座るんだ』、歴代国王の肖像画の飾られている通路を見ては『ここにマリス様の絵も飾られるんだ』、忙しなく動き回る宮仕の人々を見ては『多分マリス様のせいなんだろうなぁ』などと思っていた。前を歩いていた子供達は、どうやら夫の歓迎にあったらしく楽しげに話している。それを見て『殿下って優しいよね。私の夫だけど』と軽くマウントを取りそうになったが、子供相手に何を自慢しようとしているのやらと理性が勝って心の中に留めることに成功する。……多分、無差別に惚気たい気持ちになっているのだ。
そして見学ツアーは終わりを迎える。見学者用出入り口は専用の水流式運河のある広場になっており、ヘルメスが初めてオラヴィラ宮殿に足を踏み入れた正面門アプローチとは別の道になっていた。
ここにはお土産処や記念の絵画などが売られており、観光地としての賑わう一面を見せてくれる。何気なく絵画の店を覗くと誰でも買えそうな値段でしかも飾っても映えるような、しかし程よい小ささ(我々で言うと葉書サイズ)のためによく売れているそうで、その中で今一番売れているのが王太子殿下の肖像画だそうで……。
「まぁマリス様が売れないのはまずあり得ないよね?」
「そんなにこやかに言わなくてもわかってますよ、お嬢様。」
ヘルメスがにこにこしながら夫の肖像画見本を見ていると、客のひとりがその肖像画を三枚ほど購入するのを見た。熱心なファンかな?と思ってしばらく見ていたが、
「前に殿下の肖像画を買って飾ったら、うちの畑の土壌が途端によくなったんだよ。近所の奴らにも同じ恩恵があるといいと思ってさ。」
と店主と話しているのが聞こえた。
……人気というよりもお守り感覚で売れているのか。
その後もチラホラと客が夫の肖像画を買っていく。『あんなに億劫だった習い事が続けられるようになった』、『家から飛び出した猫が二ヶ月ぶりに戻ってきてくれた』、『評判を聞いて買いに来た。厄除けによさそうだから』などなど口々にして購入していくのだ。もはや偶像のような扱いである。
「お嬢様も一枚買います?」
「……私は間に合っているからいいよ。」
「おや、いいのかいお嬢ちゃん?」
肖像画を売っている店主は商品を見ていたヘルメスにたまらずら声をかけた。
「マリセウス王太子殿下の肖像画は今月を持って販売終了の予定なんだ。今のうちに買っておいたほうがいいよ~。」
「そうなんですか?」
「ほら。あと三日で殿下はご結婚されるでしょ?そしたら王太子妃殿下と二人で並んでいる肖像画を販売しようと思ってね。」
「……え?」
王太子妃は固まった。
聞けばこの店主、王族お抱えの画家集団の一人で国王デュランのアイディアで小さな肖像画を販売しているそうで、彼らの収入源になっているのだという。
マリセウスが立太子された時や王族らがある程度の年齢に差し掛かった時など、新たに描き下ろされてきた肖像画。
そして長年独り身だった王太子がついに妃を迎えるとなれば、夫婦肩を並べた肖像画は記念に描きたいのだ。そして下心全開で言うなら売り捌きたいのである。
「そ、それって王太子妃殿下は、ご存知なのかしら?」
「いやいや。さすがにまだ話はしていないよ。ただマリセウス殿下は商売人のお心がわかる人だから、きっと気前よく許可してくれると思うよ。」
キリコはふと思った。あのヘルメスお嬢様大好き王子は『私以外の男の目に晒されるなんて我慢できん!』と言い出して、暴れるのではないかという光景が脳裏をよぎった。それとも『隣の女性、可愛らしいでしょ?この子、私の嫁。』とドヤ顔でマウントを取るのではなかろうかと。
……どっちもあっさりイメージ出来てしまった。
「それにどうしてだか、殿下の肖像画は縁起がいいみたいでね。私も一枚、自宅に飾ってみた途端に家からネズミが一匹残らず逃げていったみたいなんだ。」
「……どうしてそんなに良いことばかりが?」
「さっぱりわからんのだよ、これが。」
もう一周回って呪いの類いなのでは?ヘルメスはそう思った。
結局、今月限りという『限定』のワードに弱いヘルメスは二枚買うことにした。
一枚は厄除けにとキリコに渡して、もう一枚は自分の枕元にいるライオンのぬいぐるみのマリちゃんと一緒に並べておくことにした。
この周辺も満足に探索したことだし、周囲にバレないようにこっそりと外廷を通って内廷へと戻ることにする。
見学者の集まるこの広場と正面門アプローチは繋がっている門がひとつあり、そこは関係者のみの立ち入りが許されているのだ。つまり見学ルートを遡って戻る不審な動きをせずともショートカット出来る設計である。
門に来るとキリコが門番に声をかけ、袖捲りの紐に刺繍されたタグを見せた。そのタグには名前と所属、主な役割が記されており宮殿に勤めている者しか貰えない特殊なタグである。
キリコのタグを確認すると、彼はヘルメスを見て一礼し静かに門を開けてアプローチへと招き入れた。
いつもならここで『まるで偉くなった気分!』などと言いそうになるヘルメスだが、少しばかり偉い立場の人間である自覚が芽生えているのかさすがにそれは言わなくなった。……しかし危うく口にしそうだったのは内緒である。
アプローチ内の低木や花壇を整えている庭師も多くいる。披露宴になると来賓の往来が多いので入念に手入れしているのだ。庭を抜けると石畳が現れてここから外邸へと続いている。じゃあ戻ろうと足を踏み込むと、石畳からキラリと小さく光った。
それが視界に入ったヘルメスは、小さいそれを追って見てみると、綺麗に加工された石である。
「お嬢様?それ、宝石ですか?」
「うーん……これは多分、魔法石の役目を終えた原岩かな。こんな濃ゆい色の宝石とか派手すぎじゃない?」
拾い上げたそれをハンカチに置くと、カットされている石からして何かの装飾品の一部であるることがわかる。
指輪かブレスレットについていたものが零れ落ちたのだろうか?となると、この落とし物は誰に届ければいいものかと少し悩む。
「それでしたら正面門の門兵さんに聞いてみましょうか。」
キリコの提案により、二人は外廷には向かわずに正面門へと駆けて行ってしまった。……それが最悪の出会いになるとも知らず。
二人が正面門に到着すると、誰かが門兵と揉めていた。
何があったのか気になるが、こういったトラブルは無理に首を突っ込むと碌なことはない。だけども面倒なことに、門兵に怒っている壮年男性があまりにもうるさくて嫌でも話が入ってくる。
「ですから、申し訳ありませんが我々はここを離れるわけには行かないのです。別の者にお伝えしますので、見つけ次第ご連絡を、」
「この私に待てと言うのか!?これだから融通のきかない狗は困る!いいからとっとと、この指輪についていた魔法石を探してこい!!」
ヘルメスがその壮年男性の指輪を見ると、石がついていたであろう箇所から綺麗に抜け落ちた跡があった。
このままでは派手な喧嘩が起きそうと不安になったヘルメスは慌てて間に入ったのであった。
「あの!落としたものって、こちらですか?」
壮年男性……グラットンは、割って入った小娘を怒りそのままの目で見下ろした。
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