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第三十三話
妃とアンチ
しおりを挟む見ず知らずの、それも怒りの感情を露わにしている男は誰だって怖いものがある。それに対してヘルメスは臆することなく間に割って入り、ハンカチで包んでいた小さな魔法石をグラットンに見せつけたのだ。
「先程、宮殿の玄関からここまでの途中で拾ったものです。こちらではないでしょうか?」
「……。」
グラットンはハンカチから石を摘み上げるとマジマジと見つめる。大きさもそうだがカッティングされている石も確かに装飾のために使われるように加工された魔法石だ。
色合いも正しく指輪についていたものと酷似している。恐らくはこれなのだろうが、グラットンという男は疑り深い。
「小娘。聞くが、これがどうして私の魔法石だと断言出来る?」
「……石畳は先ほど、庭師の方々が綺麗にお掃除されていたので花びらひとつ落ちてませんでした。ですので、こちらが落ちていたのは最近の出入りがあったと思われます。」
突然の問いに困惑するかもと思っていたヘルメスだが、怒っている相手には冷静に対応すべきだと教わった。取り乱したまま向き合うと一方的に捲し立てられてしまう上に話がおかしな方向へと流れて行ってしまい収拾がつかなくなってしまうだろう。
毅然とした態度で相手をするヘルメスに対して、グラットンはさらに問い詰めた。
「なるほど。推し量りようはあるが……質問を変えよう。これを魔法石だと断言出来る理由はなんだ?」
「それは、どういった理由での質問でしょうか。」
「簡単な事だ。仮に魔法石だった場合、この色味ならば高値で売れる。お前のような小娘……まぁここにいるという事は宮殿内の関係者だろうが、どうせ田舎から来た貧乏貴族か何かであろう。喉から手が出るほどの大金が手に入るわけだ。自分の持っているガラス玉とすり替えてネコババする、その可能性を指しているだけだ。」
あまりにも無礼、不敬である。
たまらずキリコは口出ししようとするも、ヘルメスが目配せてそれを制した。
確かに、身分を隠しているとはいえ不敬ではある。しかし疑うのは無理もない話である。この人は目が痛くなるほど派手であり、自分の資産をこれでもかと他者に見せつけている。しかしながらそれイコール心に余裕がある、というわけではない。門兵にこのくらいの小さな石を探してこいと怒るような人が心から裕福なわけではあるまい。だからこそ、これを盗まれたら懐が寂しくなるのだ。お小遣いの少ないときの自分自身と重ねたが……気持ちがよくわかると頷くだけであった。
「まずガラス玉だった場合、この濃ゆい黄色を表現するには重さが足りません。染料を使えば剥げてしまいますし、薄い黄色のガラスをいくつも重ねる必要があるため、重くなります。先程摘み上げた際、重く感じましたか?」
「いいや。……それに落としたのならば多少は表面が剥げていないとおかしい。つまりガラス玉ではない。」
が、適当な安物の宝石にだってすり替える事が出来るだろう?グラットンは可能性を指すと、ヘルメスは返した。
「ならば、その石を透かして見て下さい。」
「……透かす?」
グラットンは再び魔法石を摘んで太陽に掲げるよう、中を透かして見た。
黄色の魔法石は透明で向こう側も見える。しかし中に小さな亀裂ようなものが走っている。それも小さな虫のように微かに動いているのだ。
「な、なんだこれは!?」
グラットンは驚いた拍子に手から石を溢すと、おっとととヘルメスは慌ててキャッチする。
「魔法石には様々な属性があるのはご存知ですよね。原岩の場合、力を失ってもその属性の余韻が残っているのですよ。」
「余韻?……つまり、力を使ったあとの爪痕のようなものか。」
例えば水流石は水の流れを操る石として使われている。力を使い果たした水流石を透かして見ると、細かい水泡が出来ており、これも鑑定基準値とされている。水流石は澄み切った青か深海のような濃い青かによって引き取って貰える金額が異なるが、澄み切った色で水泡がある場合は装飾品としての価値が上がる。主に観賞用の石にされてしまうが、僅かな光に乱反射する様子は美しくて需要があるのだ。
逆に濃い青の場合は水泡が少なければ少ないほど宝石よりも価値が上がる。現在のアスター大陸で青の宝石……サファイアは希少な貴石とだけあって、こちらも需要がある。ただし水泡も少なく濃い水流石はサファイアよりも希少とされている。
「こちらは何かが走っておりますね。恐らくは医療機器に使われた雷石といった感じでしょう。色味も抜けておらず雷が走ったかのように小さく光ってて珍しいですね。」
「な、そこまでわかるのか!?」
医療機器に使われている雷石は滅多に人目に触れることはない。一般家庭が日常的によく使われる魔法石は赤や青が多く、しかもそのほとんどが転移石で装填された紛い物であるため、原岩を透かして見るという事はほとんどない。
雷石は上位貴族ですら触れることも見る機会もほとんどなく、黄色の魔法石は装飾品としては人を選ぶ。だが価値は高い。雷石は希少価値の高い部類に入るのだ。
だからこそ、目の前にいる小娘が一部の選ばれた人間しか知らないことで魔法石であることを証明しているのに驚きを隠せないのだ。
「小娘、お前まさか魔法石学者か商人か!?」
「いいえ。ただの趣味ですよ。」
ヘルメスは知識をひけらかすわけでもなく、しかしこれが魔法石だと立証されたことに対して嬉しく思ったのか笑みを溢した。
それを『涼しい顔』と捉えたグラットンは、己の無知さを小馬鹿にされたと思ったのだろう、いつもならば怒りに任せて怒鳴り散らしているはずなのに(ここは自覚があるようだ)不思議なもので小娘と見下したそれには怒りが湧かなかった。
ヘルメスは役目を終えた雷石は一度は手にしてみたいと思っていた希少な魔法石だったため、こんな形ではあるが願いが叶ったことに喜びがあったのだろう。……つまり無意識に幸福感を放っているのだ。
「それでは、これは貴方の石ということになりますよね?」
「…………、」
「……あの、どうしました?」
「…………くっ、ははは!これは、恐れ入った!!学者でも商人でもないのに、その知識は見事だ!!」
……自分の意思、意見と合わなければ罵詈雑言と暴言を平気で放つ男、前レイツォ伯爵のグラットン・ドズ・ダイヤーは宮殿で勤めている侍女や近衛兵からも嫌われており、彼とはなるべく関わりたくないと思っていた。
しかし門兵は思わず驚愕する。笑って、しかも少女に感服して褒めているではないか。
「気に入ったぞ小娘、ここまで気分よくさせたのはお前が初めてだ!褒めてつかわす!」
「あ、ありがとうございます??」
なんで疑問形でお礼をするのだ、ここまで大声で笑ってくるのに驚いたのかヘルメスは少なからず混乱していたようだ。
グラットンはヘルメスのハンカチから魔法石を摘んで受け取り、指輪に嵌め直した。どうやらリングの留め具に年季が入っていたため緩んで落としてしまったようだ。
金の輪よりも銀のが丈夫でいいですよと余計なひと言を添えたが、本当にヘルメスが気に入ったらしく「ならすぐに変えてもらうとするか」と素直にグラットンは話を受け入れた。……そのやりとりにも門兵はまた驚きを隠せずにいた。
すると門の前に一台の馬車が横付けされた。どうやらグラットンの乗ってきた馬車のようだ。
「申し訳ありません旦那様、遅れてしまって。」
「ああ、構わん。ちょうど話が終わった所だ。」
馬車の御者は怒らないグラットンに対して凄まじく違和感があったのか「えっ!?」と思わず声を上げてしまったが、すぐに口を噤む。
ヘルメスは手にしたハンカチを綺麗に畳んで小さなポシェットに仕舞おうと口を開けるも、上手く入らずに少し整理した。マリセウスの肖像画を折らないように丁寧に丁寧に……と。
「なんだ、王太子の肖像画なぞ持っているのか。」
「え、あっはい。先程見学のお土産で売ってたので……縁起がいいみたいですし、記念にと。」
「……縁起がいい?はっ、呪物の間違いだろ。」
え?
夫の肖像画を『呪物』呼びされたヘルメスは、先程まで朗らかに話してくれた壮年から僅かに悪意が漏れている事に勘づく。
「小娘。私はお前が気に入った。だからこそ言おう。ここにお前がいると言うことは、オラヴィラ宮殿の関係者だろうだから忠告しておくぞ。」
グラットンは身をかがめ、ヘルメスにしか聞こえないように、その忠告を耳打ちした。
本当はその僅かな悪意に対して嫌悪感が滲み出たのもあって聞きたくはなかったが、気分を害させるのは失礼だと思い、渋々我慢して聞き入れることにする。
……だが、我慢しなければよかったと後悔する。
「その男はなぁ~……、
一人の少年を自分の手で殺そうとしていた、恐ろしい男だぞ。」
「なっ……!?」
……それを聞いたヘルメスはすぐに身を引いて恐怖に染まった顔でグラットンを見上げた。
門兵に理不尽な罵声を浴びせた、しかし話せばわかる人であったため安堵したのも束の間、マリセウスに対して憎しみでもあるのか……冬の小川よりも冷たく、単純な怒りではない感情が込められた目でこちらを見つめている。
「忠告はしたぞ。貴様が何者かは知らぬが、王太子には近づくことはないようにな。」
グラットンが馬車に乗り込むとほぼ同時に動き出し、ヘルメス達の前からすぐに去って行った。それが小さくなるまでずっと見つめて、先程言われた言葉が脳内で繰り返される。
(マリス様が……人を、殺そうとした?)
まだ話せる勇気のない過去というのは、この事だったのだろうか?人を手にかけたのか?しかし、『殺そうとした』であって、『殺した』と断言されてはいない。
ヘルメスにとってはそれは衝撃的な事態だ。あの大きくて優しい手が、人を殺めようとしていた手には思えない……きっと何かの間違いだ、きっとそうだ。きっとあの人は反王太子派の人で、悪評で夫を陥れようとしているに違いない。
だがあの人が見下ろしてきた目は恐ろしかった……。もしこれが真実であったらどう受け止めればいいのだろうか……。
マリセウスに相談すべきか?しかし、過去を話せる勇気がない彼から無理に聞き出す真似はしたくない……。どうすればいいのだろう?どうすれば……。
「お嬢様、お嬢様!!」
「ヘルメス妃殿下!どうされましたか!?」
「っ、キリコ……と、ウィルソン将軍……?」
ヘルメスは無意識に膝から崩れ落ちたようにその場で座り込んでいたらしく、キリコはずっと肩をさすって呼んでくれていた。
その様子を茂みに隠れてずっと覗いていたストーカー……いや、ジライヤは心配になり駆け寄ってきてくれたのであった。
*****
「それで、宮殿にはジオード氏はいらっしゃらなかったのですか。」
「ああ。来賓の馬車は近衞騎士本部に裏付けてあるが、ポラリス造船交易商会の馬車はなかった。親族の顔合わせなどは今日よりも前に行われた可能性があるな。」
「では債務者の職場に直接乗り込みますか?」
「そうだ。だが今日は他の取り立てがあるから予定は空けられん。明日にでも王都の造船所に行くぞ。」
「かしこまりました、社長。……ところで、先程から指輪を気にしているようですが、どうされましたか?」
「ふん、石の留め具が緩んで石が外れそうでな。適当な宝飾店で銀の指輪に変えるぞ。」
「かしこまりました。」
「……やはり金は好かん。」
「あの男と同じ眼をした色は厄介なものだ。」
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