オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第三十七話

ネガティブ・ソナー

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 いつもならどんな時でも規則正しいフォームで走るマリセウス。無理やり走らせられてしまったためにバタバタとらしくなく甲板を走る姿はなんともダサい。しかしダサかろうがなんだろうが、今は優先すべき物事があるのだ。

 (……話し合うか。)

 『一緒に悩んで一緒に答えを見つける』。言い出したのは自分からなのに勝手にそうだと決めつけて、その問題から逃げ出してしまっていた。なんと情けない真似をしてしまったのだろう……謝ったらきっと余計に彼女は沈んでしまうかもしれない。現状を打破するのはやはり、己が胸を張って頼れる夫として寄り添うことだ。

 (ヘルメスはどこだろう?)

 限られた甲板、探せばすぐに見つけられるはずだ。とはいえ試運転するということで万が一の転覆に備えての救命具など色々と取り揃えている。救命具はわからんでもないが、やはり剥き出しで甲板に置くのは如何なものかと……。
 あの様子では、もしかしたら隠れてやり過ごそうとしているのではと疑ってしまう。本来ならそんな所に目を通さないが念のためと考えたマリセウスは物陰も確認しながら船首から船尾までと捜索を続けるのだった。しかしこれが効率の悪さに繋がってしまうわけであるのだが。

 マリセウスが落としたペンを探すように甲板をウロウロしている頃、ヘルメスは兄グレイからの問答から逃げ回っていた。そのまま甲板の上を歩き回ってはいつかはマリセウスと鉢合わせしてしまうだろうと悟り、船尾から船内に降りて撒こうとしていた。
 窓から差し込む光があるものの薄暗い。船の天井には光石があるから最低限の明かりは確保されている。試作品でここまで広くするのか?とは思ったが、海運業の船というのは大きくてなんぼ。多くの積荷と船員を想定して作られている。どちらかと言えば今回は小さな類いに入るのだろうとはヘルメスの知る所ではなかった。
 それにしたって、何も置かれてないのは違和感がある。辛うじて掃除用具はチラホラとあるが、物足りなく感じる広さである。

 「ヘルメス、待てって!」
 
 「~っ、もぉ!兄さんのくせにしつこい!」

 「僕のくせにってなんだよ!」

 ついに追いつかれたヘルメスは最後の抵抗と言わんばかりの悪態をつく。しかしそれで軽く怒るものの本気では怒っていない兄にようやく観念したのか大人しく捕まった。

 「早く上に戻ろう。殿下だって心配なさっているだろうし。」
 「……心配されてるなら、兄さんより真っ先に声をかけてきてくれるもの。」
 「殿下はあの後、すぐに他の人に囲まれてこっちに来れなかったんだよ。わかるだろう、本来の目的は遊びに来たわけじゃないんだから。」
 「わかってるよ。本当は、お側にいないといけないのに逃げ出してきたのはいけない事だし、妃としてフォローしないといけないのも。」

 だったらなんで、そうグレイが口にしようとするが暗くて沈んだ表情に酷い悲しみを覚えた。

 「……私より、お仕事のが良いに決まっているじゃない。」

 たった一言、涙が混ざったような声があまりにも重かった。

 そんなはずはない。歳上の義弟は午前中、どれほどヘルメスが喜んでくれるかと考えただけで破顔していたことか……その顔で『いつもの殿下じゃない!』と部屋にやってきた臣下らをドン引きさせたか。
 あのマリセウス殿下が妹をぞんざいに扱うは愚か、この世で一番の存在だと言わんばかりの愛情を持っている。もしあれが芝居だったとしたら、世界中の人々を魂の一片まで騙し通せる恐ろしい詐欺師だ。
 昨日のたった一日だけでグレイは義弟の強靭さ、柔軟な思考は元より妹を大切にしてくれる可能性が十分にあると最低限の信頼を得られたから言えることだ。だが同時に敵もいる。その敵からヘルメスを守れるのかが最後の不安でもあったのだ。
 マリセウスという人間の輪郭を捉えたグレイは「そういうわけじゃ」と涙交じりの妹を励まそうとした……が。

 『…………』

 「……?」

 ヘルメスは俯いていた顔を突然あげて、グレイを驚かせた。

 『…………ゅ、』

 「……今何か言った?」
 「え、いやまだ何も。」
 「……誰か、いる?」
 「言ったって、何をだ?」

 『……ぅ、ゅ、』

 「ほら、なんか、泣いているみたいな声。」
 「聞こえないよ?」

 少し会話が噛み合わない。
 ヘルメスはしばらく兄に黙ってもらえるかと人差し指を口の前に立てた。
 改めて耳をすませると、弱々しく泣いているような。それでいて何か苦しそうな……子供のような声が。

 「……いる。誰かいる!」
 「ぇえ!?」

 グレイは同じように耳を澄ませるものの、その誰かの声のようなものはまるで聞こえなかった。
 寧ろ揺れる度にカチャカチャとぶつかる掃除用具や船が軋む音、船底から何かが唸るような音がするばかりだ。
 その場を逃れるための嘘なのかと考えたが、ヘルメスの表情は真剣だ。この顔は嘘偽りのないものだという確信は兄としてある。

 『ぅ……ぅゆぅ……ぃたぃぃい……』

 「っ!下からだ!」

 「あ、待って!ヘルメス!!」

 持ち前の正義感が爆発したヘルメスは颯爽とその場から駆け出したのだった。
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