オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第三十七話

セプテントリオン

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 ヘルメスが走り出して辿り着いたのは木材が多く積まれている船底。目を上にやると水流石が稼働するシャフトのような長く太い鉄棒がある。その木材らを見渡せるような階段を登ると、薄く小さな光が差し込んでいる部屋がひとつある。恐らくは魔法石を稼働させる操作室だろう。部屋からその声がするのか?いいや、苦しそうに痛がっていた。木材に巻き込まれて怪我をしている可能性が十分ある。部屋を確認してそこから見渡す、自身の安全を確保してからの方が効率がいいだろうと判断した。
 ヘルメスは迷わず階段を駆け上がり、重そうな扉を全開にする。途端、バチン!と大きな音を扉が立てた。

 実は船という乗り物は酷く揺れるため、扉や備品類はガッチリ固定されるような仕組みになっている。例えば扉は引き戸の場合でも全開にして壁などについている強力なマグネットに付けて、閉じないようにしている他、トイレなどのサニタリールームは二重鍵などもある。

 そんなことを知らないヘルメスは驚いて声を上げたものの、それどころではないと我に返り中を探す。誰かいないか、声を上げてと尋ねるもそこからは声はしなかった。
 やはり木材に巻き込まれて……だとしたら急がねば命に関わる。

 「ヘルメス!待ってくれ、どうしたんだよ?」

 「どうしたって……兄さん、声が聞こえないの?」

 「声?」

 肩で息をしながら呼吸を整えるグレイは妹の言葉を聞いて耳を澄ませる。しかし、船が軋む音……唸るような海流、自分たちの息遣いしか聞こえない。
 元々ヘルメスは兄とは違い、外で野生児のように遊び回るタイプの人間でそこから物事を直感的にキャッチするセンスが磨かれたと言っても過言ではない。ように第六感が働いている可能性がある。しかしグレイは俗に言うシックスセンスなどの曖昧な類いは信じないタイプだ。
 声がすると言っても、まるで聞こえないじゃないかという意味で首を横に振る。グレイに対してヘルメスはそんな事はないと凝視してくる。嘘をついてはいない顔だ、ならばもう一度と耳を澄ますも……シャフトが稼働しているのか大きな音でかき消される。

 「……え?」

 グレイはふと思い出した。水流石の稼働実験は沖合に出てから行う。出航してからまだ数分も経過していない、ここに来る直前の記憶ではまだ海岸に近かった……なのに稼働しているのはおかしい。

 「……なぁヘルメス。話は逸れるがひとつ確認していいか?」

 「それどころじゃ、」

 「水流石が働くとき、こんな叩きつけるような音はするのか?」

 「そんな、するわけないじゃない。寧ろ水が流れる音しか…………。」

 グレイの質問にハッとした。先程まで声の主を探していたからか、それ以外は雑音と捉えていたが……明らかに違和感のある音がする。
 海流が唸る音。しかしまだ水流石は稼働していない。
 船底から叩くよう音。……正しくは、『船底の外から叩いている音』。

 神海獣の中には稀に、人を襲う凶暴なものもいる。狡賢く、罠を張るものも。だがここで致命的な落とし穴があった。
 ヘルメスはハンクス国民が幼い頃から刷り込まれている神海獣の知識を、まだ持ち合わせていなかったのだ。

 その音に気がついた直後だ。
 眼前で落雷したかの如く激しい音と共に、ヘルメス達の足が宙に浮いた。

 「きゃぁ!!?」
 「ぅわあっ!!」

 床は傾き部屋の壁に叩きつけられ、しかしながら痛がる暇もない状況に呑まれていく。
 叩きつけていた音は激しさを増したのは先ほどの一撃のみではない。しばらく置いて再び、さらにしばらく置いて三度……その度に兄妹は揺れて傾く船内の端から端まで移動させられる。そして部屋の外だ。大きな木材は固定されてはいるものの、その器具を破壊せんとばかりに酷く跳ね上がっている。なんとか這いつくばって部屋から出たグレイが一番にそれを見た。長男特有の危機管理能力がフルスロットルした瞬間である。

 「ヘルメス!早く上に行こう!」
 「で……でも声の子が、」
 「今は僕らだけじゃ助けられない!殿下たちも呼んで、一緒に助けよう!」

 *****

 「どうした!?何が起きている!!」

 船体が大きく揺れたことでしゃがみながらヘルメス捜索をしていたマリセウスは派手に転び、拍子に額を思い切り木箱の角にぶつけた。痛むそれを抑えながら器用に揺れ動く船に合わせてバランスを取りつつ、船員らが集まった船首に向かい状況を確認する。

 「それが、神海獣に襲われているようです!」
 「神海獣が?」

 まだ沖合には出ていないはずだ。事前の調査報告にも今いる場所ではそのような目撃例もなく比較的穏やかな海のはず。
 マリセウスは身を乗り出して海面を覗く。するとそこには、魚影……と呼ぶには大きすぎるものがそこにいた。
 海と身近に接する国の人間は簡単には神海獣に怯えることはない、そしてすぐには攻撃はしない。何故ならこちらから危害を加えなければ神海獣は無害である。それは陸上生物にも同じことが言える、つまりは何かの拍子にこの魚影の正体に危害を加えてしまった可能性がある。

 「この影は、クラーケンでしょうか?」
 「ああ……足が四本ある上に大きさからしてクラーケンだ。だがどうして?」
 「レーダー反応はありませんでした。クラーケンを傷つけた、というわけではないでしょう。」
 「……仮に傷つけたとして、どうしてこの時期にクラーケンが沖合でもないここにいるんだ?」

 神海獣クラーケン。
 彼らの主な生息地は海神の恩恵が届く境目、ように神海王国ハンクスの海域ギリギリの深い海に暮らしている。見た目こそ巨大なイカで恐ろしい形相をしているが、基本的に穏やかな性格であり、産卵をする夏の時期になると子育てがしやすい陽の届く場所までやってくるという。秋が近づくにつれ、クラーケンは子供を引き連れて元いた深海へと戻るはずなのだが……。

 「相当殺気立っている。まさかと思うが、子供が船底に張り付いているのか?」
 「そんな、だとしてもおかしいですよ。ここまで攻撃的になるのは。」

 ではどうして……と問答をしようとするも、その間もクラーケンは船底を激しく殴りつけてくる。その度に船は酷く揺れ、危うく何人かの船員が海に落とされそうになってしまった。
 これは非常事態だ。

 「急いで避難しましょう!このままでは船もろとも我々も巻き込まれてしまいます!」

 「ジョナサン、君は船員たちを頼む!」
 「従兄上!?」

 船長がようやく判断を下したと同時に、マリセウスは全くの逆方向である船内へと飛び込んでしまった。

 「ヘルメスと義兄上が危ない!」
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