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第三十九話
一糸の望み
しおりを挟むこの部屋が唯一外を確認出来るのはドアにある小さな窓。今は自分の身長よりも遥かに高くなっているものの、全く確認出来ないわけではない。しかし困ったことにドアノブが届かない上に外開きと来たものだ。この部屋には余計なものがないというのは、今となっては致命的欠陥となってしまった。……仮に外から誰かが助けに来てくれたとしてもすぐには出られないだろう。
(せめて水があれば、祝福でどうにか出来そうな所なんたが。)
しかし、助けがまるでなかったという事態は避けられた。なんとかこちらにもいると言うことをアピールするためにもマリセウスは外した光石の燭台にどうにか灯りをつけようと振り回したり、軽く叩いてみたりを繰り返して試みることにする。だがやはりというべきか、簡単には灯らない。
「こんなときに、ヘルメスがいてくれたら……。」
いや、逆にいなくてよかったはずだ。こんな危険な場所に二人もいたら大勢が困る。国が婚礼で盛り上がっているムードの中、ただでさえ自分が危険な位置にいるのに下手をしたらお通夜ムードに一転してしまう。
ヘルメスならきっと無事に避難出来ている。妻は優しいから酷く心配してくれているはずだ……早く帰って安心した顔を見たい。ぐっと石を手で握ると、ほんのりと明かりが湧いた。
「……まさか。」
何気なしにマリセウスは両手で光石を包んで握ると光が湧いてくる。すると予想以上に明かりが大きくなってきたではないか。
切れてしまった転移石は一定の熱を与えると装填されている魔法石の属性が再び宿る、などという家庭の雑学的都市伝説が存在している。
これらを読んでいる者の時代で言うのであれば、革靴に十円玉を入れると臭いが取れるぐらいの雑学だ。実際の効果があるかはわからない、その程度の話ではある。
しかし人肌の温度で光石の灯りがこうも蘇るものであろうか?そのような疑問を感じつつも今はこの船からの脱出を優先せねばいけない。
マリセウスは再び灯ったそれを掲げてみると、部屋の隅々まで明るくなった。この光は僅かに残されていた希望を増幅させてくれる。……今なら体を動かせそうだ。
クラーケンの幼子を包んでいた自分の上着を再び羽織り、その胸のスペースに幼子を入れてあげた。
少しキツイかもしれないが、ちょっとだけ我慢してね?と一言を添えて上にある扉から脱出を図るのだった。
その光を見つけたのは、黒樫をよじ登って木材が散乱する船底に入るために降りたヘルメスだ。
数ある部屋を探索した彼女だが、光が灯っている部屋を見つけたの久々である。ただ他の灯りと違う点は動きがあることだ。光石の燭台はきっちり固定されていたし天井に吊るされていたものは今は床となっている。だからこそ見つけたそれは動きがあるということは、可能性が示された。
「もしかして……マリス様?」
無事に降り立ったヘルメスは周囲を改めて見渡す。
黒樫以外の木材がバラバラになって山になってはいるものの、到底あの部屋には辿り着けない。これらを上手く積み上げていけば或いは……と思うも残念ながらそこまで力があるわけではない。せいぜい危なっかしいこの積み重なった木材を登ることしか出来ないのが関の山だ。限界は超えてはならない、それにこの船から脱出する体力を温存しなければ折角助けに来たのに足手纏いになってしまう。悔しいがそれが現実だ。
だからせめて声を上げて彼がいるのかを確かめねば……そう思い呼びかけようとした途端、船がまた激しく揺れた。
「ぅ、わぁっ!!」
山積みになって船底の出入り口を塞いでいた黒樫の木材の山が傾いた拍子に一斉にヘルメスのいる方向に流れ込む。普通の婦女子ならば恐怖のあまりに悲鳴を上げて尻込むだろうが、そこは肝の座ったヘルメス。
流れてくるそれらを目を凝らして視線を逸らさず、大体の流れを把握して自分の出来る限りの対処法をすぐに演算し、的確に逃げる方法を導き出した。
「わ、わわっ!!」
右往左往と避けて山積みになったものは登り上がり、さらにはハードルを超えるかのように走り飛び……時代が時代なら英雄と呼ばれてもいいほどの見事な運動神経を披露した。そしてそれはあっさりと達成する。まさにノーミス、パーフェクトと言えばいいのだろう。
無事にそれらを全て避け切ると、船は再び水平に戻って行き、さすがのヘルメスもヘトヘトになってしまった。だが「ふんっ!私も甘く見られたものね!」とドヤっていた……これくらい自分のことを鼓舞しなければ、不安にまた呑まれそうになるから。
しかし、不安や何やらの精神面を除いてもどうも調子が悪い。さすがにその自覚はあった。
「さすがに……少し休もう……。」
心持ちも体力ももはやギリギリの状態。
息切れも激しい……まるで空気が少ないように感じる。ケホケホと喉の渇きによる痛みも走る。何度か溺れかけたせいもあって酷く疲れもやってきている。あと少しで夫に会えるかもしれないのに……らしくもなくヘルメスは完全に腰を下ろしてぐったりとしてしまったのであった。
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