王様と籠の鳥

長澤直流

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第2章

若き王と寵愛の雲雀2

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 ライアナの即位が決まった日の夜、全国民による酒池肉林の宴が始まった。
 ライゼンは有頂天で酒を食らい、間も無くへべれけ状態となった。
 ユキネは当事者の母親ではあったが、この宴の隙を狙ってくるかもしれない他国の間者への警戒、または羽目を外し過ぎた自国の民を制する役目に付いていた。
 皆が新しい国王の誕生に浮かれ、喜び祝う中、ライアナの姿は夜が更ける頃には既に玉座にはなかった。

 宴の夜もシェルミーユは、ライアナの部屋の籠の中にいた。ライアナが部屋を留守にする時は決まって鍵のかかる白い扉の部屋に籠ごと閉じ込められるのだ。
 白い扉の鍵が開く音がしてシェルミーユが視線を移すと、そこにはライアナが立っていた。
 宴の席で祝杯を挙げ、ライアナの頬はうっすらと赤らんでいる。
「シェルミーユ、俺は王になった……だから」
 シェルミーユは期待した。自分は解放されるのだと、用済みだと捨てられるのだと。ライアナからは仄かに女物の香水の香りがする。王の周りには妻やハーレム候補が溢れている。皆美しい花達だ、男の自分とは比べるまでもない……シェルミーユはそう思っていた。
 しかし――――
「もう許してはくれないか……」
「許す?」
 ライアナは籠の鍵を開けると己も籠の中に入り、シェルミーユの手を取って紳士的に、しかしどこか追いつめられた獣のような切なさを秘めた声で言った。
「もう、耐えられないっ……お前に触れたい」
 シェルミーユは青ざめた。そんな反応は想定外だと思わず逃げをとったシェルミーユの腕をライアナは逃さなかった。
「な……何を言って……離せっ」
「お前が欲しい……お前が……っ」
 ライアナの掴んだ腕が軋んで痛い。理性を失いかけているのか、力の加減が利かないようだ。
「お前が望む通りに俺は王の座に就いた、もう俺を咎められる者はいない。俺に進言できるのはお前だけだ……」
 ライアナは大きな獣そのもの、扱いを間違えれば大きな痛手となる。
「っ血迷うな王よ、過ちを犯してはならん」
 ライアナの瞳に仄暗い炎が宿り始めた。この炎はあの時と同じ……シェルミーユは背中に冷たいものが伝うのを感じていた。
「過ちなどではない、俺はこの国の絶対的正義となったのだから」
 この国最強の戦士、国王となったライアナは、絶対的正義として何をしても正当化される身分となった。
 そうさせたのは他ならぬシェルミーユ自身だ。
「お前だけが……俺を狂わせる……」
 ライアナの瞳は体内をめぐる熱に侵され潤んでいる。
 ライアナは腕を掴んだまま、シェルミーユを籠の隅までじりじりと追い詰めていった。
 シェルミーユは窮地に陥った獣の心境だった。
 互いの心拍数が上がってゆく。
「お前に必要なのは……私じゃない」
「……今も昔も俺の目にはお前しか映っていない……お前がどんなに願おうと映らないんだ」
 それはまるで呪いのようだった。
 ライアナはシェルミーユの手の甲に口付けをした。衝動的に手を引こうとしたシェルミーユを牽制すると今度は指をくわえ始めた。1本1本丁寧に、その顔は恍惚としてシェルミーユに陶酔していた。
「やめろ、やめてくれ」
 シェルミーユは困惑した。この場から逃げ出したかったが出口はライアナの後ろに1つだけ、たとえ籠から脱出出来たとしてもクリムゾン王国から逃げ出すことなど皆無に等しいのはわかりきっていた。
 ライアナは執拗にシェルミーユの指の間を舐め、その舌は腕へと這い上がってゆく。
「やめて――」
(こんな屈辱耐えられない、いっそ殺してくれ――)
 シェルミーユがそう願った時、ライアナの動きが止まった。
「……すまない、シェルミーユ」
「ライアナ……?」
 思いが伝わったのかと安堵したのも束の間、伏せられていた彼の瞳と目が合った瞬間、シェルミーユは自分の浅はかさを呪った。
 ライアナの瞳の中の仄暗い炎は未だギラギラと燃え、炎の中には欲情の色が差していた。
「どんなにお前が願おうと、俺の気持ちは変わらない」
「――っ死んでやる!」
 悲痛な叫びはライアナの心に深い傷を刻む。
「後を追うから覚悟しておいてくれ」
 そう言って笑うライアナは今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「馬鹿がっ――」
 シェルミーユが苦しそうに顔を歪めてそう言うと、ライアナはシェルミーユの手に手を重ね、彼をまっすぐに見つめて言った。
「愛している。誰よりもお前だけを……」
 どう足掻いても逃げられはしないのだ。死してなお束縛しようとするのだから……
 シェルミーユはそう悟らざるを得なかった。
「許してくれ」
 ライアナのその言葉を最後にシェルミーユは自我を手放すことにした。何も考えない、今ここにあるすべては他人事なのだと――。しかし所詮は現実逃避、事が済み冷静になれば現実を受け入れなければならなかった。内腿を伝うのは今となっては尊き国王の、人によってはありがたいそれだ。目をそらしても皮膚を伝う感触までは消し去れない。悔しさともどかしさ、発狂しそうな感情の渦に葛藤し、視界が滲んでゆく。
 シェルミーユは男としての自分が死んでゆくのを感じていた。

 それからのライアナは箍が外れた獣のようにシェルミーユを求めた。シェルミーユに対する独占欲と寵愛ぶりは増し、宮殿に移った後もシェルミーユは王宮から出ることも、ライアナ以外との会話も許されず、臣下達には相対してはいけない存在として認識され、その存在はタブー化されていった。
 そして事の成り行きを知っている臣下や関係者以外の者達にはシェルミーユ自体が伝説のような存在となっていった。
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