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第2話 能力検査

【語り部:五味空気】(9)――「害悪全てを噛み殺してでも対象を守りきる」

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「まず前提として――貴方、宇田川社がどんな会社か、知っていますか?」
「知らない」
 即答だった。
 これまでの話を総合しても、裏社会で人殺しを生業としているという程度の認識しかない。しかしそれは少女も予想していたのか、でしょうね、と肩を竦めて話を続ける。
「ざっくり言えば、ここは民間の警備会社です。用心棒とかボディーガードと言ったほうがわかりやすいでしょうか。〈裏〉ではそこそこ大手で有名な会社です」
 用心棒、ボディーガード。
 なにかが脳にチクチクと刺さるような感覚に陥るが、気の所為のような感じもする。
「〈表〉の要人警護も受けつけてますが、その場合はただの動く盾でしかありません。宇田川社が本領を発揮するのは、あくまでも〈裏〉の依頼」
 依頼人を守る為なら、どんな手段も厭わない。
 動く盾は鋭い矛となり、依頼人を守る為に躊躇なく振るわれる。
「害悪全てを噛み殺してでも対象を守りきる――故に」
 少女の言葉の続きを、どうしてだろう、俺は知っていた。
「故に――ついた通り名が〝番犬〟……」
「なんだ、知ってるじゃないですか」
 少しだけ目を見開き、驚いたような仕草を取る少女。
「いや、違う……そうじゃない」
 太陽は東と西、どちらの空から昇るかと問われたときのような、そんな感覚。
 知っていて当然のことに、当たり前に答えたような感覚だった。
 なんとも奇妙な話だ。俺の知らないことを、どうして俺は知っているのだろう。
 少女は訝しむように俺を見たが、ともかく、と話を進めることにしたようだ。
「宇田川社警護部特殊警護課――貴方は、そこの仕事を妨害したんです」
 少女はおもむろに写真を数枚取り出し、こちらに向けて床に並べた。そして一枚目――大量の血を流し、仰向けになって死んでいる中年男性の写真を指す。
「これが、恐らくは殺人鬼による最初の犯行現場の写真です。時期は確か、一月の中頃だったと思います」
 顔色ひとつ変えることなく、少女は写真の状況について説明していく。
 このときの被害者は、拳銃により心臓を撃たれたのち、首を横一文字に斬りつけられて絶命したということ。使われた拳銃はトカレフであったこと。そして、この被害者はとある組織から脅威対象と見做されており、宇田川社警護部特殊警護課へ警護依頼が来た直後に殺されたということ。
「依頼内容としては、近々行われる取引にこの男が乱入してくる可能性があるから、取引場所に近寄らせないように――というものでした。こちらの警告を無視するようであれば殺しても構わないとのことでしたが、事前に殺せとまでは依頼されていません」
 そして少女はその隣の写真に指を移す。
 二枚目には、三十代ほどの男五人分の死体が映っていた。
「これが、その一週間後に発生した現場写真です。この五人全員が一件目と同様、心臓を撃たれたあとに首を横一文字に斬られて死亡。使用された拳銃は、一件目と同様にトカレフ――さきほど貴方が好きだと言った拳銃であり、宇田川社に拘束される直前まで所持していた拳銃です」
 そして次が二月に起きた三件目、と言って、少女は三枚目の写真を指した。
「……」
 有り体に言って、肉片の山。
 そうとしか言いようがなかった。
 数だけで言えば、五人程度。手口だって、前の二件と同じく、銃で撃たれてから斬りつけられて死んだのだろうが、その凄惨さはなにより際立っていた。ほとんど原形を留めない状態になるまで、殺しに殺し尽くされていたのだ。
 まるで、ひどく張り切っていたかのようである。
「これ、単独犯なの?」
 思わずそう質問した。
 とてもじゃないが、一人でできるような所業には思えなかった。
「さあ、どうでしょう。確かに共犯者が居てもおかしくないでしょうけれど」
 案の定、少女はぼかした答えを返す。
「けれど、使われた得物や手口が全て同一であるというのは疑いようのない事実です。特殊課へ依頼のあった脅威対象が何者かによって立て続けに殺害されるなんて、ただの偶然にしてはでき過ぎでしょう? まして、殺す必要はほとんどないような人間ばかりです。仏の顔も三度まで――かくして、宇田川社はこの業務妨害の殺人鬼確保へと動いたというわけです」
「なるほどねぇ……」
「一応訊いておきたいんですけれど、貴方、〝K〟班に恨みとかあったんですか?」
「〝K〟班?」
「或いは、『死神』の遺品目当てとか……いえ、愚問でした。忘れてください」
「ふうん?」
 依頼人を守る為には殺人も厭わない――〝番犬〟宇田川社。
 そこに依頼があった脅威対象自体を勝手に殺して回っていれば、なるほど確かに、立派な業務妨害である。依頼人側に不必要にリスクが増えるのはもちろんのこと、ここまで徹底的に脅威対象を排除する存在が別にあるのなら、その殺人鬼に依頼しようと考える輩だっていただろう。だから宇田川社は、『会社の信頼』を守るべく殺人鬼探しを始めたのだ。
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