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九 新たな情報
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警察の取調べは深夜にまで及んだ。所轄署の狭い取調室の中で、不機嫌な顔で睨み付けてくる中年の刑事と、何時間も一緒に過ごすのは苦痛以外の何物でもなかった。
俺はたった今人を殺してきたんだ。そういって銃を突きつけられた。逆らうことはできなかった。銃で脅されてボートを海に出した。海が荒れていて、途中、男が海に落ちた。慌ててボートハーバーに戻り、怖くなって部屋に閉じこもっていたが、このままではまずいと思って出頭してきた。
自分でも不自然で嘘臭い供述だと思ったが、矛盾点は無かったので、刑事が深く突っ込んでくることは無かった。
男の死体があがったと刑事がいった。この男かといって、刑事に死体の写真をみせられた。水を吸って膨らんでいたが、たしかにあの男に間違いなかった。死体の腰に固定されていた拳銃が、三人の殺害に使われたものだと断定されたらしい。
真希のことは何も喋らなかった。刑事にも訊かれなかった。目撃者もいないのだ。
一度自分の部屋に戻った後、ペンションに顔を出した。将毅と早紀子がリビングでニュース番組を観ていた。
「どうだった?」
早紀子に不安そうな顔で見つめられ、うまく誤魔化してきたといって笑ってみせた。
「彼女から連絡は?」
早紀子は黙ってかぶりを振った。真希が町を出て丸一日経ったが、彼女から連絡はない。真希はうまく逃げることができたのか。彼女は携帯電話を持っていないので連絡の取りようもない。
真希が電車に乗ったかどうかは確認できなかった。駅前には観光客を当てにしているタクシーがいつも数台停まっている。次の駅に追手が手を回していることを恐れ、タクシーに飛び乗ったのかもしれない。
いずれにせよ、すべては終わったのだ。
「茂樹は?」
将毅の向かいに座る。早紀子がキッチンからビールを持ってきた。
「帰ったよ。東京に立つ前にここに顔出しにきたが、頭に大げさに包帯を巻いていた。かなり縫ったんだと自慢してやがったよ」
連中との格闘で頭を殴られた茂樹は、顔中血だらけになっていた。角材のようなもので殴られていた。
「街からヤクザが消えているみたいだな」
真希が逃げたことが連中に伝わったのだ。それとも真希は捕まってしまったのか。あの女は何者だったのだろうか。
考えるのはよそう。もう終わったのだ。
翌日は快晴だった。そして、久しぶりの仕事だった。
元自衛隊の同僚だという三名の上級ダイバーを連れて、烏帽子岩の沖に潜った。身体の傷はまだ癒えていなかった。早紀子に止められたが、この時期の貴重な客を逃すわけにはいかなかった。
台風の後にひとしきり濁った後、海は一気に透明度を増した。海中に溶け込んだ微小な鉱物が濁りの原因となる有機物を吸着し、海底に沈殿するからだ。ボートから海面を覗くと、三十メートル下の海底が微かに見えた。
腰に七キロの鉛のウェイトを巻き、三〇〇気圧のボンベを背負う。将毅が手伝ってくれたが、胸に鈍い痛みが走った。
アンカーを下ろし、ロープ伝いに三人を連れて三十メートルの海底まで降りた。外洋から浅瀬に餌を探しに来るサメや大型のエイの写真を、彼らは夢中になって撮っていた。
ダイビングを終えて港に戻ると、ボートから機材を降ろすのを彼らは手伝ってくれた。さすが元自衛官だけある。OLダイバーとは違う。
「兄ちゃん、いい身体してるな。えらく鍛えているじゃないか」ウェットスーツを脱いだ恭介の身体を見て、男たちは感心していた。
「でも、自衛隊には入りませんよ」
男たちが笑った。
「自衛隊に偏見を持ちすぎだ。いいところぞ、自衛隊は」
「じゃあ、どうして辞めたんです?」
「嫌というほど死体を見せ付けられたからだよ」
にやけていた男の顔が一瞬真剣になった。
「大津波に土砂崩れに火山の噴火。死体なら嫌というほど見てきた」
「自衛隊が出張っていく現場は、しゃれになんねえところばかりだからな」別の男が言った。「潰れた死体、ばらばらになった死体、腐った死体。人間は腐ると、すげえ臭えんだぜ」
恭介は男たちの話を黙って聞いていた。
「そんな鼻がひん曲がるような臭い死体に、家族がすがって泣くんだよ。たまんねえぜ」
「悲しい話ですね」
「まあな。潰れた死体を見るより、そっちのほうが辛かった」
そういって、男が両肩にボンベを担いた。
その夜、波は穏やかだった。そのうえ、昼間の海は透明度もよかった。
絶好の密漁日和だな。そう言ったのは将毅だった。
「生簀もずっと空のままだし、今から潜ろうぜ。次の期限もあることだし」
夕方にショップに顔を出して仕事の邪魔をしていた瑛太が、カウンターに身を乗り出してくる。
「まあ、揉め事に巻き込まれちまったから、出足も遅れたしな」そういって、将毅が恭介を見た。
「お前はどうする? いけるか? 昼間、烏帽子岩の沖で二本潜ったんだろ?」
「大丈夫だ。十メートルほど潜るくらいならなんともない」
「怪我の具合を聞いているんだよ」
「だったら、昼間働かすなよ、社長さん」
将毅が笑った。
「早紀子は今外出中だ。さっさと用意しようぜ。エアの入っているボンベはあるか?」
「ああ、ちょうど四本」
「岬の向こうの、例のポイントだな」瑛太が席を立つと、さっさと倉庫に向かった。
ショップ所有のワゴン車にボンベと機材を詰め込み、ボートハーバーに向かった。いつもの日常に戻っている、と感じた。一歩間違えれば命を落としていたかもしれなかったイレギュラーな出来事が、夢だったように思える。
ワゴン車が海沿いの県道を走る。太陽が水平線のすぐ上まで降りてきていた。太陽が隠れればサメが出てくるので、それまでに作業を終えなくてはならない。
ハーバーに到着すると、手早く機材を車から降ろす。手押し車に機材を載せ、瑛太と二人でボートを停泊させている桟橋に向かう。将毅が残りのボンベを抱えて後ろからついてきた。
「まだ残ってたか?」
「スタビライザーを頼む。持てなかったんだ」
「了解、艦長」
瑛太が将毅に敬礼してワゴン車のほうに戻っていく。
「あの男も下手すりゃ殺されていたのに、意外と逞しいんだな」恭介が感心したように、ワゴン車に走って戻る瑛太の背中を見た。
「どうかな。意外と明るく振舞ってるだけかもしれんぜ。海から引き上げたとき、真っ青な顔で震えてたからな」
「そうだったのか」
「まあ、あれでも海の男だ。軽薄そうに見えても根性はある」
将毅とふたりで機材をボートに積み込んでいるとき、ボートの運転席で影が動いた。恭介と将毅が同時に反応して身体を起こした。
「さ、早紀子!」
運転席の横に立っている早紀子が、こちらを睨んでいる。
「こんな時間にボートに乗ってどこに行くの?」
「な、ナイトダイビングだよ」
「ナイトダイビングにはまだ早いんじゃない?」
そういって、彼女が海中でエビを入れる網かごを指差した。
「その手に持っているものは?」
「使った後のレギュレターやゲージを入れておくんだよ。帰ってからこのまま真水に漬けりゃ、洗うの楽だろ」
「今までそんなの使ったことないじゃない」
早紀子の顔から表情が消えた。魂の抜けたような、生気のない目。彼女が本気で怒っているときの目だ。
「海に入ってサメに食べられちゃったらいいのよ」
顔を見ようともせずに二人の脇をすり抜けると、早紀子がボートから飛び降りた。
「や、やあ、早紀子ちゃん……」
スタビライザーを抱えて桟橋に立っていた瑛太が慌てて道を開けたが、早紀子は彼を無視して通り過ぎていった。
闇に包まれたボートハーバーで、三人は無言のままタバコを喫っていた。
「海老獲りはしばらく中止にするか」将毅がぽつりと呟いた。
「でも、期限までに海老を集めておかないと、仲買の信用をなくしちまうよ。今の仲買はそこそこの値段であるだけ買ってくれるんだ。あんないい仲買はいないよ。密漁品を扱う業者は怪しいところが多いんだ。今の仲買が離れていったら、次を探すのは面倒だぞ」
「不漁続きだといってやればいい。ほとぼりが冷めるまでの少しの間だけだ。海老が手に入った時に連絡すれば飛んでくるよ。向こうも商売だ」
「最近はヤクザがシノギで密漁してんだ。意外と競争激しいんだぜ。仲買の購入資金だって限りがあるんだ。他の連中に押さえられたら取り返せない」
将毅が溜息をついた。二人の真剣なやり取りを見ていて、恭介は思わず笑ってしまった。
「笑うなよ。お前もこのままじゃ、車なんか買えねんだぞ」瑛太が不服そうに睨んでくる。
「わかってるよ」
「妹がそんなに怖いのかよ」瑛太がなおも将毅に食いつく。
「美優みたいに、いろいろとごちゃごちゃいう女は怖くないんだ。怖いのは早紀子のような女なんだ。早紀子のあの目。お前だって見ただろ。それに沈黙。あいつは一度へそを曲げると何日も口を利いてくれないんだ。同じ屋根の下に暮らす者の身にもなってくれ」
「やはり兄貴だな。よくわかっている」
「お前ら、暢気だよなぁ」瑛太が、文字通り目の前で頭を抱えている。
将毅の上着のポケットでスマートフォンが鳴った。受話器を耳に当てた将毅が、目の前にいる二人を見た。
「まだ港にいるよ。恭介と瑛太も一緒だ」
どうやら、相手は美優のようだ。わかった、待っている。そういって、将毅が電話を終えた。
「美優からだ。ペンションに寄ったらしい。こっちに来るって」
「じゃあ、俺たちはそろそろ帰るか」瑛太が腰を上げかける。
「待て。話があるらしい。お前らにも聞いて欲しい話だと」
「何の話なんだ?」
「さあ」
「面倒な話じゃないだろうな」瑛太がまた顔を顰めた。
しばらくして、港に美優の四輪駆動車が入ってきた。ドアを開けて運転席から飛び降り、桟橋を歩いてボートに近寄ってくると、ボートの上で車座になっている三人を睨み付けた。
「私の早紀子ちゃんに何をしたの?」
「まだ不機嫌だったか?」
「やっぱり、お前らが原因か」
美優がバウを跨いでボートに乗り込んでくる。
「ペンションに顔を出したら、いつもと雰囲気が違ってた。顔は笑ってくれてたけど、めっちゃ不機嫌オーラ発散しまくってたよ」
「さっき、このボートで待ち伏せされちまった」
美優が甲板に転がっている道具を見た。
「この辺りが潮時なんじゃない?」
「冗談いうなよ」瑛太がすぐに食いついた。「漁師が網をおろさない場所で海老獲ったって、どうってことないだろ。それに、根こそぎ持っていくわけじゃない」
「でも、やっちゃいけないことなんでしょ? 早紀子ちゃんはすごくピュアな子なの。悪いことを見て見ぬ振りなんてできないの。お兄ちゃんは、そんなことも分からないの?」
「わかってるよ。だから、こうやって雁首突き合わせて話し合ってたんだろ」
「何を話し合うのよ。今日からやめる。それでいいじゃない」
瑛太が首を横に振りながらまた顔を顰めた。
「この話はもういいよ。で、何だ、話って」
「さっきまで弥生に会っていたんだけどさ、昨日聡子と会ったんだって」
柳原弥生は、美優の中学、高校の親友だ。
「あいつ、こっちに戻ってたのか」
「そうみたい。私も知らなかったけど」
「ガードレールの花束、やっぱり能島だったのか?」
美優が頷く。
「聡子、相変わらず一人で犯人を探しているらしいの。それで時々、こっちに帰ってきてるんだって。帰ってきてるなら連絡くらいくれればいいのに」
「同情されるのが嫌なんだろ。あいつはそんな女だ」恭介がいった。「一緒に探してやるとか、そんな言葉をかけられるのが嫌なんだよ」
「あいつ、強情だったからな」将毅がまたタバコを銜えた。
「聡子、藤澤くんが殺されたのは間違いないって。藤澤くんと揉めていたヤクザが殺したんだっていって、そいつらを探してるらしいの」
美優が大きなため息をついた。
「絶対に彼の仇をとるんだって。もうなんか、とり憑かれたみたいだったって。何とかしてやれないかなあ。このままじゃ、聡子がかわいそうだよ」
「そんなこと言われてもなあ……。俺たちに犯人探しを手伝えってのか?」瑛太が頭を掻いた。
「そのヤクザを探す手がかりでもあるのか?」将毅が訊いた。
「さあ……。聞いてないからわかんない」
瑛太が荻山から聞いたという話を思い出した。
「柳原を呼び出してくれ」恭介が突然口を開いた。
「どうして?」
「和弥だが、俺も殺されたんじゃないかという気がするんだ」
三人が互いに顔を見合っている。
「上河真希が町に現れ、大騒動になった。俺はあの騒ぎに祥子さんも絡んでいるような気がするんだ。和弥にも何かあったんじゃないかって考えていたんだよ」
「でも、警察は事故だと断定している」将毅が火をつけたばかりのタバコを甲板に押し付けた。「あれでも日本の警察は優秀なんだ。事故の偽装なんてすぐに見破る」
「だから、ヤクザが絡んでんだよ。警察の目を誤魔化すのは連中も得意なんだ」
「偽装殺人だって言いたいのか?」
恭介の話を信じようとしていないのは、三人の目を見ればわかる。
「どうして和弥がそんな殺され方をされなきゃならないんだ?」
「それはまだわからん」
「とにかく呼び出してあげる」
美優がスマートフォンを取り出し、柳原弥生に今から出てこられるか聞いている。
「今は一家団欒中だから無理だって」
「貸してくれ」
美優からスマートフォンを取り上げた。
「柳原か?」
「南雲くん? 久しぶり」たしかに久しぶりだ。言葉を交わすのはおそらく高校卒業以来だろう。
「藤澤和弥のことで、お前が能島から聞いた話を詳しく聞かせて欲しいんだ」
「藤澤君のことって、お姉さんの借金のこと?」
「借金?」
「藤澤君、お姉さんの借金を背負わされて酷い目に遭ってたんだって、聡子から訊いたよ」
祥子の借金の話など、和弥から聞いたことは無い。
「藤澤君のお姉さん、東京で結構な額の借金を抱えていたんだって。それで、弟の藤澤君にお金を返せってヤクザがまとわり付いていたらしいの」
東京のヤクザをぼこったという話はそれが原因だったのか。
「どんな連中から金を借りていたんだ?」
「さあ……。詳しく聞いていないから」
「能島はまだここにいるのか?」
「今日、東京に帰ったはず。あの子、明日仕事あるもん」
美優に聡子の東京の住所を聞いたが、知らないといった。電話で柳原弥生に同じことを訊くと、知っているというので、聡子の東京の住所とスマートフォンの番号を聞き出した。恭介の口にする情報を、美優がメモしている。
電話を切ると美優にスマートフォンを返し、代わりに彼女がメモした聡子の住所と電話番号を受け取った。
「何をする気なんだ?」将毅が銜えたタバコに火もつけずにこちらを見ている。
「和弥の弔い合戦になるかもな」
「お前なあ……」将毅が顔を顰めた。恭介が瑛太を見た。
「今から荻山に会えるか? お前が前にあいつから聞いたって話を俺も聞きたい」
「本気かよ」瑛太も呆れている。
「偉い!」美優が立ち上がって手を叩いた。「南雲が一番友達思いじゃん。あんたら、薄情過ぎない?」
そういって、将毅と瑛太の顔を交互に睨みつけた。
夜九時を回っている。
温泉街はまだ明るい。夏と冬の間の閑散期でも、温泉街の酒場には遅くまで営業している店は多い。
瑛太に呼び出させた荻山が先に来ていて、奥の席に一人で座っていた。店に入ってきた恭介と瑛太を見つけると、人懐っこそうな笑顔で手を振った。
「久しぶりだなあ、南雲」
丸椅子をテーブルの下から引き出して、荻山の正面に腰を下ろす。
「八代はこなかったのか?」
「女将候補と一緒に妹のご機嫌取りに夢中だよ」
瑛太が不愛想に投げつけた。将毅が海老の密漁をやめようと言い出したことが気に入らないのだ。
「悪いな、こんな時間に呼び出して」
「いいよ、明日は仕事が休みだ。お前らもだろ?」
「そうだよ。今夜は絶好の漁日和だったのに」
「なんだ? 何怒ってんだよ、瑛太」
「そっとしておいてやってくれ」苦笑する恭介を見ようともせず、瑛太がタバコを銜えた。
酒と肴を注文すると、荻山の近況報告が始まった。彼の言うように明日は休みだ。時間はある。荻山の面白くもない話に相槌をうちながら、恭介は焼酎の水割りを飲んだ。
瑛太に話したことを詳しく聞かせて欲しい。荻山の話が一通り終わったところで、恭介がそう切り出した。
「和弥がヤクザみたいな三人組をぶちのめしたんだってな。どんな男だった?」
「ガラの悪そうな三人組だった」
「ヤクザ風の男なんだから、ガラは悪いだろ」
瑛太が自分で突っ込んで笑っている。機嫌は直ったようだ。
「ヤクザというより、チンピラといった感じだったな。お前の姉貴はどこにいるのかっていきなりいちゃもん付けてきたんだ。何のことか和弥に聞こうってした時には、あいつ、もう相手に殴りかかってた。近所の住人が外に出てきて騒ぎになったから逃げてったけど、連中、ナイフまで持ち出してたから、結構やばかったかもな」
もしやと思って、大蓮寺で殺された男たちの特徴を述べた。
「そんな奴等だったな。いかにもって感じのチンピラだった」
「姉ちゃんの借金取りか。祥子さん、派手だったからな。生活も荒れていそうだし」 瑛太が焼酎のグラスを飲み干して、お代わりを注文した。
「それからしばらくして、和弥の家の周りを別の男がうろついていたんだ。こっちはいかにもヤクザって感じだった」
「どんな奴だった。一応聞いておくよ」恭介はじれったくなりながら、話の先を急ごうとした。
「一人はスキンヘッドで、背は低めで太っていた。でも、迫力があったな。チンピラよりももっと上、兄貴分って感じだったよ。右目の周りからこめかみにかけて赤い痣があった」
そういって、荻山が同じような痣のあった高校の同級生の名を出した。
「そいつが兄貴分みたいだったよ。もう一人の男に偉そうに言っていたから。もう一人は肩幅ががっちりしていて背も高かった。それに、左手の小指もなかった。あいつら、間違いなくヤクザだよ」
あの男だ。
「その男は喉が潰れたようなかすれ声で、パンチパーマ、頬に大きな傷のある男か?」
荻山がそうだといった。銃で三人を撃ち殺した男だ。
「で、そいつらが俺に近づいてきてさ、和弥のことを聞いてきやがったんだ。もちろん、よく知らないといって、とぼけたけど」
「何を聞かれたんだ?」
「たいしたことじゃない。どんな車に乗っているかだとか、どんな仕事をしているかだとか、あと、女はいるのかとか、そんなことだ」
「車?」
持ちかけた焼酎のグラスを倒しそうになった。
「どうしてそんなことを聞いてきたんだ? ヤクザにとっちゃ、どうでもいいことばかりだろ」瑛太が言った。
「さあな」
「あいつ、ほんとに殺されちまったのかな」
「なんだよ、殺されたって」
瑛太の呟きに荻山が反応した。
「恭介はそう考えてるんだよ。なっ」
そういって、肩を叩いてきた。
将毅に聞いた事故の様子を思い出した。飲酒して暴走、ガードレールに激突死。シートベルトもしていなかった。乗っていたのはエアバッグもない昔のフェアレディ。
拉致され、酒を無理やり飲まされた後、わざと逃がされる。そして、バンパーに隠していた鍵でエンジンをかけて逃げ出す。
追いかけられれば、追求を振り切ろうとスピードを出すだろう。
ブレーキに細工がしてあったとしたら。
下り坂でブレーキが利かずガードレールに激突することは、想像に容易い。殺されたと考えても大きな飛躍はない。
しかし、祥子の借金の回収に来て弟にぼこられたヤクザが、和弥を殺すためにそんな手の込んだことをするだろうか。
それに、あの小指のない男は三人のチンピラを撃ち殺した。少なくとも同じ組織じゃない。
二つの組織が絡んでいる。
俺はたった今人を殺してきたんだ。そういって銃を突きつけられた。逆らうことはできなかった。銃で脅されてボートを海に出した。海が荒れていて、途中、男が海に落ちた。慌ててボートハーバーに戻り、怖くなって部屋に閉じこもっていたが、このままではまずいと思って出頭してきた。
自分でも不自然で嘘臭い供述だと思ったが、矛盾点は無かったので、刑事が深く突っ込んでくることは無かった。
男の死体があがったと刑事がいった。この男かといって、刑事に死体の写真をみせられた。水を吸って膨らんでいたが、たしかにあの男に間違いなかった。死体の腰に固定されていた拳銃が、三人の殺害に使われたものだと断定されたらしい。
真希のことは何も喋らなかった。刑事にも訊かれなかった。目撃者もいないのだ。
一度自分の部屋に戻った後、ペンションに顔を出した。将毅と早紀子がリビングでニュース番組を観ていた。
「どうだった?」
早紀子に不安そうな顔で見つめられ、うまく誤魔化してきたといって笑ってみせた。
「彼女から連絡は?」
早紀子は黙ってかぶりを振った。真希が町を出て丸一日経ったが、彼女から連絡はない。真希はうまく逃げることができたのか。彼女は携帯電話を持っていないので連絡の取りようもない。
真希が電車に乗ったかどうかは確認できなかった。駅前には観光客を当てにしているタクシーがいつも数台停まっている。次の駅に追手が手を回していることを恐れ、タクシーに飛び乗ったのかもしれない。
いずれにせよ、すべては終わったのだ。
「茂樹は?」
将毅の向かいに座る。早紀子がキッチンからビールを持ってきた。
「帰ったよ。東京に立つ前にここに顔出しにきたが、頭に大げさに包帯を巻いていた。かなり縫ったんだと自慢してやがったよ」
連中との格闘で頭を殴られた茂樹は、顔中血だらけになっていた。角材のようなもので殴られていた。
「街からヤクザが消えているみたいだな」
真希が逃げたことが連中に伝わったのだ。それとも真希は捕まってしまったのか。あの女は何者だったのだろうか。
考えるのはよそう。もう終わったのだ。
翌日は快晴だった。そして、久しぶりの仕事だった。
元自衛隊の同僚だという三名の上級ダイバーを連れて、烏帽子岩の沖に潜った。身体の傷はまだ癒えていなかった。早紀子に止められたが、この時期の貴重な客を逃すわけにはいかなかった。
台風の後にひとしきり濁った後、海は一気に透明度を増した。海中に溶け込んだ微小な鉱物が濁りの原因となる有機物を吸着し、海底に沈殿するからだ。ボートから海面を覗くと、三十メートル下の海底が微かに見えた。
腰に七キロの鉛のウェイトを巻き、三〇〇気圧のボンベを背負う。将毅が手伝ってくれたが、胸に鈍い痛みが走った。
アンカーを下ろし、ロープ伝いに三人を連れて三十メートルの海底まで降りた。外洋から浅瀬に餌を探しに来るサメや大型のエイの写真を、彼らは夢中になって撮っていた。
ダイビングを終えて港に戻ると、ボートから機材を降ろすのを彼らは手伝ってくれた。さすが元自衛官だけある。OLダイバーとは違う。
「兄ちゃん、いい身体してるな。えらく鍛えているじゃないか」ウェットスーツを脱いだ恭介の身体を見て、男たちは感心していた。
「でも、自衛隊には入りませんよ」
男たちが笑った。
「自衛隊に偏見を持ちすぎだ。いいところぞ、自衛隊は」
「じゃあ、どうして辞めたんです?」
「嫌というほど死体を見せ付けられたからだよ」
にやけていた男の顔が一瞬真剣になった。
「大津波に土砂崩れに火山の噴火。死体なら嫌というほど見てきた」
「自衛隊が出張っていく現場は、しゃれになんねえところばかりだからな」別の男が言った。「潰れた死体、ばらばらになった死体、腐った死体。人間は腐ると、すげえ臭えんだぜ」
恭介は男たちの話を黙って聞いていた。
「そんな鼻がひん曲がるような臭い死体に、家族がすがって泣くんだよ。たまんねえぜ」
「悲しい話ですね」
「まあな。潰れた死体を見るより、そっちのほうが辛かった」
そういって、男が両肩にボンベを担いた。
その夜、波は穏やかだった。そのうえ、昼間の海は透明度もよかった。
絶好の密漁日和だな。そう言ったのは将毅だった。
「生簀もずっと空のままだし、今から潜ろうぜ。次の期限もあることだし」
夕方にショップに顔を出して仕事の邪魔をしていた瑛太が、カウンターに身を乗り出してくる。
「まあ、揉め事に巻き込まれちまったから、出足も遅れたしな」そういって、将毅が恭介を見た。
「お前はどうする? いけるか? 昼間、烏帽子岩の沖で二本潜ったんだろ?」
「大丈夫だ。十メートルほど潜るくらいならなんともない」
「怪我の具合を聞いているんだよ」
「だったら、昼間働かすなよ、社長さん」
将毅が笑った。
「早紀子は今外出中だ。さっさと用意しようぜ。エアの入っているボンベはあるか?」
「ああ、ちょうど四本」
「岬の向こうの、例のポイントだな」瑛太が席を立つと、さっさと倉庫に向かった。
ショップ所有のワゴン車にボンベと機材を詰め込み、ボートハーバーに向かった。いつもの日常に戻っている、と感じた。一歩間違えれば命を落としていたかもしれなかったイレギュラーな出来事が、夢だったように思える。
ワゴン車が海沿いの県道を走る。太陽が水平線のすぐ上まで降りてきていた。太陽が隠れればサメが出てくるので、それまでに作業を終えなくてはならない。
ハーバーに到着すると、手早く機材を車から降ろす。手押し車に機材を載せ、瑛太と二人でボートを停泊させている桟橋に向かう。将毅が残りのボンベを抱えて後ろからついてきた。
「まだ残ってたか?」
「スタビライザーを頼む。持てなかったんだ」
「了解、艦長」
瑛太が将毅に敬礼してワゴン車のほうに戻っていく。
「あの男も下手すりゃ殺されていたのに、意外と逞しいんだな」恭介が感心したように、ワゴン車に走って戻る瑛太の背中を見た。
「どうかな。意外と明るく振舞ってるだけかもしれんぜ。海から引き上げたとき、真っ青な顔で震えてたからな」
「そうだったのか」
「まあ、あれでも海の男だ。軽薄そうに見えても根性はある」
将毅とふたりで機材をボートに積み込んでいるとき、ボートの運転席で影が動いた。恭介と将毅が同時に反応して身体を起こした。
「さ、早紀子!」
運転席の横に立っている早紀子が、こちらを睨んでいる。
「こんな時間にボートに乗ってどこに行くの?」
「な、ナイトダイビングだよ」
「ナイトダイビングにはまだ早いんじゃない?」
そういって、彼女が海中でエビを入れる網かごを指差した。
「その手に持っているものは?」
「使った後のレギュレターやゲージを入れておくんだよ。帰ってからこのまま真水に漬けりゃ、洗うの楽だろ」
「今までそんなの使ったことないじゃない」
早紀子の顔から表情が消えた。魂の抜けたような、生気のない目。彼女が本気で怒っているときの目だ。
「海に入ってサメに食べられちゃったらいいのよ」
顔を見ようともせずに二人の脇をすり抜けると、早紀子がボートから飛び降りた。
「や、やあ、早紀子ちゃん……」
スタビライザーを抱えて桟橋に立っていた瑛太が慌てて道を開けたが、早紀子は彼を無視して通り過ぎていった。
闇に包まれたボートハーバーで、三人は無言のままタバコを喫っていた。
「海老獲りはしばらく中止にするか」将毅がぽつりと呟いた。
「でも、期限までに海老を集めておかないと、仲買の信用をなくしちまうよ。今の仲買はそこそこの値段であるだけ買ってくれるんだ。あんないい仲買はいないよ。密漁品を扱う業者は怪しいところが多いんだ。今の仲買が離れていったら、次を探すのは面倒だぞ」
「不漁続きだといってやればいい。ほとぼりが冷めるまでの少しの間だけだ。海老が手に入った時に連絡すれば飛んでくるよ。向こうも商売だ」
「最近はヤクザがシノギで密漁してんだ。意外と競争激しいんだぜ。仲買の購入資金だって限りがあるんだ。他の連中に押さえられたら取り返せない」
将毅が溜息をついた。二人の真剣なやり取りを見ていて、恭介は思わず笑ってしまった。
「笑うなよ。お前もこのままじゃ、車なんか買えねんだぞ」瑛太が不服そうに睨んでくる。
「わかってるよ」
「妹がそんなに怖いのかよ」瑛太がなおも将毅に食いつく。
「美優みたいに、いろいろとごちゃごちゃいう女は怖くないんだ。怖いのは早紀子のような女なんだ。早紀子のあの目。お前だって見ただろ。それに沈黙。あいつは一度へそを曲げると何日も口を利いてくれないんだ。同じ屋根の下に暮らす者の身にもなってくれ」
「やはり兄貴だな。よくわかっている」
「お前ら、暢気だよなぁ」瑛太が、文字通り目の前で頭を抱えている。
将毅の上着のポケットでスマートフォンが鳴った。受話器を耳に当てた将毅が、目の前にいる二人を見た。
「まだ港にいるよ。恭介と瑛太も一緒だ」
どうやら、相手は美優のようだ。わかった、待っている。そういって、将毅が電話を終えた。
「美優からだ。ペンションに寄ったらしい。こっちに来るって」
「じゃあ、俺たちはそろそろ帰るか」瑛太が腰を上げかける。
「待て。話があるらしい。お前らにも聞いて欲しい話だと」
「何の話なんだ?」
「さあ」
「面倒な話じゃないだろうな」瑛太がまた顔を顰めた。
しばらくして、港に美優の四輪駆動車が入ってきた。ドアを開けて運転席から飛び降り、桟橋を歩いてボートに近寄ってくると、ボートの上で車座になっている三人を睨み付けた。
「私の早紀子ちゃんに何をしたの?」
「まだ不機嫌だったか?」
「やっぱり、お前らが原因か」
美優がバウを跨いでボートに乗り込んでくる。
「ペンションに顔を出したら、いつもと雰囲気が違ってた。顔は笑ってくれてたけど、めっちゃ不機嫌オーラ発散しまくってたよ」
「さっき、このボートで待ち伏せされちまった」
美優が甲板に転がっている道具を見た。
「この辺りが潮時なんじゃない?」
「冗談いうなよ」瑛太がすぐに食いついた。「漁師が網をおろさない場所で海老獲ったって、どうってことないだろ。それに、根こそぎ持っていくわけじゃない」
「でも、やっちゃいけないことなんでしょ? 早紀子ちゃんはすごくピュアな子なの。悪いことを見て見ぬ振りなんてできないの。お兄ちゃんは、そんなことも分からないの?」
「わかってるよ。だから、こうやって雁首突き合わせて話し合ってたんだろ」
「何を話し合うのよ。今日からやめる。それでいいじゃない」
瑛太が首を横に振りながらまた顔を顰めた。
「この話はもういいよ。で、何だ、話って」
「さっきまで弥生に会っていたんだけどさ、昨日聡子と会ったんだって」
柳原弥生は、美優の中学、高校の親友だ。
「あいつ、こっちに戻ってたのか」
「そうみたい。私も知らなかったけど」
「ガードレールの花束、やっぱり能島だったのか?」
美優が頷く。
「聡子、相変わらず一人で犯人を探しているらしいの。それで時々、こっちに帰ってきてるんだって。帰ってきてるなら連絡くらいくれればいいのに」
「同情されるのが嫌なんだろ。あいつはそんな女だ」恭介がいった。「一緒に探してやるとか、そんな言葉をかけられるのが嫌なんだよ」
「あいつ、強情だったからな」将毅がまたタバコを銜えた。
「聡子、藤澤くんが殺されたのは間違いないって。藤澤くんと揉めていたヤクザが殺したんだっていって、そいつらを探してるらしいの」
美優が大きなため息をついた。
「絶対に彼の仇をとるんだって。もうなんか、とり憑かれたみたいだったって。何とかしてやれないかなあ。このままじゃ、聡子がかわいそうだよ」
「そんなこと言われてもなあ……。俺たちに犯人探しを手伝えってのか?」瑛太が頭を掻いた。
「そのヤクザを探す手がかりでもあるのか?」将毅が訊いた。
「さあ……。聞いてないからわかんない」
瑛太が荻山から聞いたという話を思い出した。
「柳原を呼び出してくれ」恭介が突然口を開いた。
「どうして?」
「和弥だが、俺も殺されたんじゃないかという気がするんだ」
三人が互いに顔を見合っている。
「上河真希が町に現れ、大騒動になった。俺はあの騒ぎに祥子さんも絡んでいるような気がするんだ。和弥にも何かあったんじゃないかって考えていたんだよ」
「でも、警察は事故だと断定している」将毅が火をつけたばかりのタバコを甲板に押し付けた。「あれでも日本の警察は優秀なんだ。事故の偽装なんてすぐに見破る」
「だから、ヤクザが絡んでんだよ。警察の目を誤魔化すのは連中も得意なんだ」
「偽装殺人だって言いたいのか?」
恭介の話を信じようとしていないのは、三人の目を見ればわかる。
「どうして和弥がそんな殺され方をされなきゃならないんだ?」
「それはまだわからん」
「とにかく呼び出してあげる」
美優がスマートフォンを取り出し、柳原弥生に今から出てこられるか聞いている。
「今は一家団欒中だから無理だって」
「貸してくれ」
美優からスマートフォンを取り上げた。
「柳原か?」
「南雲くん? 久しぶり」たしかに久しぶりだ。言葉を交わすのはおそらく高校卒業以来だろう。
「藤澤和弥のことで、お前が能島から聞いた話を詳しく聞かせて欲しいんだ」
「藤澤君のことって、お姉さんの借金のこと?」
「借金?」
「藤澤君、お姉さんの借金を背負わされて酷い目に遭ってたんだって、聡子から訊いたよ」
祥子の借金の話など、和弥から聞いたことは無い。
「藤澤君のお姉さん、東京で結構な額の借金を抱えていたんだって。それで、弟の藤澤君にお金を返せってヤクザがまとわり付いていたらしいの」
東京のヤクザをぼこったという話はそれが原因だったのか。
「どんな連中から金を借りていたんだ?」
「さあ……。詳しく聞いていないから」
「能島はまだここにいるのか?」
「今日、東京に帰ったはず。あの子、明日仕事あるもん」
美優に聡子の東京の住所を聞いたが、知らないといった。電話で柳原弥生に同じことを訊くと、知っているというので、聡子の東京の住所とスマートフォンの番号を聞き出した。恭介の口にする情報を、美優がメモしている。
電話を切ると美優にスマートフォンを返し、代わりに彼女がメモした聡子の住所と電話番号を受け取った。
「何をする気なんだ?」将毅が銜えたタバコに火もつけずにこちらを見ている。
「和弥の弔い合戦になるかもな」
「お前なあ……」将毅が顔を顰めた。恭介が瑛太を見た。
「今から荻山に会えるか? お前が前にあいつから聞いたって話を俺も聞きたい」
「本気かよ」瑛太も呆れている。
「偉い!」美優が立ち上がって手を叩いた。「南雲が一番友達思いじゃん。あんたら、薄情過ぎない?」
そういって、将毅と瑛太の顔を交互に睨みつけた。
夜九時を回っている。
温泉街はまだ明るい。夏と冬の間の閑散期でも、温泉街の酒場には遅くまで営業している店は多い。
瑛太に呼び出させた荻山が先に来ていて、奥の席に一人で座っていた。店に入ってきた恭介と瑛太を見つけると、人懐っこそうな笑顔で手を振った。
「久しぶりだなあ、南雲」
丸椅子をテーブルの下から引き出して、荻山の正面に腰を下ろす。
「八代はこなかったのか?」
「女将候補と一緒に妹のご機嫌取りに夢中だよ」
瑛太が不愛想に投げつけた。将毅が海老の密漁をやめようと言い出したことが気に入らないのだ。
「悪いな、こんな時間に呼び出して」
「いいよ、明日は仕事が休みだ。お前らもだろ?」
「そうだよ。今夜は絶好の漁日和だったのに」
「なんだ? 何怒ってんだよ、瑛太」
「そっとしておいてやってくれ」苦笑する恭介を見ようともせず、瑛太がタバコを銜えた。
酒と肴を注文すると、荻山の近況報告が始まった。彼の言うように明日は休みだ。時間はある。荻山の面白くもない話に相槌をうちながら、恭介は焼酎の水割りを飲んだ。
瑛太に話したことを詳しく聞かせて欲しい。荻山の話が一通り終わったところで、恭介がそう切り出した。
「和弥がヤクザみたいな三人組をぶちのめしたんだってな。どんな男だった?」
「ガラの悪そうな三人組だった」
「ヤクザ風の男なんだから、ガラは悪いだろ」
瑛太が自分で突っ込んで笑っている。機嫌は直ったようだ。
「ヤクザというより、チンピラといった感じだったな。お前の姉貴はどこにいるのかっていきなりいちゃもん付けてきたんだ。何のことか和弥に聞こうってした時には、あいつ、もう相手に殴りかかってた。近所の住人が外に出てきて騒ぎになったから逃げてったけど、連中、ナイフまで持ち出してたから、結構やばかったかもな」
もしやと思って、大蓮寺で殺された男たちの特徴を述べた。
「そんな奴等だったな。いかにもって感じのチンピラだった」
「姉ちゃんの借金取りか。祥子さん、派手だったからな。生活も荒れていそうだし」 瑛太が焼酎のグラスを飲み干して、お代わりを注文した。
「それからしばらくして、和弥の家の周りを別の男がうろついていたんだ。こっちはいかにもヤクザって感じだった」
「どんな奴だった。一応聞いておくよ」恭介はじれったくなりながら、話の先を急ごうとした。
「一人はスキンヘッドで、背は低めで太っていた。でも、迫力があったな。チンピラよりももっと上、兄貴分って感じだったよ。右目の周りからこめかみにかけて赤い痣があった」
そういって、荻山が同じような痣のあった高校の同級生の名を出した。
「そいつが兄貴分みたいだったよ。もう一人の男に偉そうに言っていたから。もう一人は肩幅ががっちりしていて背も高かった。それに、左手の小指もなかった。あいつら、間違いなくヤクザだよ」
あの男だ。
「その男は喉が潰れたようなかすれ声で、パンチパーマ、頬に大きな傷のある男か?」
荻山がそうだといった。銃で三人を撃ち殺した男だ。
「で、そいつらが俺に近づいてきてさ、和弥のことを聞いてきやがったんだ。もちろん、よく知らないといって、とぼけたけど」
「何を聞かれたんだ?」
「たいしたことじゃない。どんな車に乗っているかだとか、どんな仕事をしているかだとか、あと、女はいるのかとか、そんなことだ」
「車?」
持ちかけた焼酎のグラスを倒しそうになった。
「どうしてそんなことを聞いてきたんだ? ヤクザにとっちゃ、どうでもいいことばかりだろ」瑛太が言った。
「さあな」
「あいつ、ほんとに殺されちまったのかな」
「なんだよ、殺されたって」
瑛太の呟きに荻山が反応した。
「恭介はそう考えてるんだよ。なっ」
そういって、肩を叩いてきた。
将毅に聞いた事故の様子を思い出した。飲酒して暴走、ガードレールに激突死。シートベルトもしていなかった。乗っていたのはエアバッグもない昔のフェアレディ。
拉致され、酒を無理やり飲まされた後、わざと逃がされる。そして、バンパーに隠していた鍵でエンジンをかけて逃げ出す。
追いかけられれば、追求を振り切ろうとスピードを出すだろう。
ブレーキに細工がしてあったとしたら。
下り坂でブレーキが利かずガードレールに激突することは、想像に容易い。殺されたと考えても大きな飛躍はない。
しかし、祥子の借金の回収に来て弟にぼこられたヤクザが、和弥を殺すためにそんな手の込んだことをするだろうか。
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二つの組織が絡んでいる。
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