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八 脱出
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車で偵察に出ていた瑛太が戻ってきた。椅子に座っていた恭介が立ち上がった。将毅と茂樹もチラッと顔を上げた。
「国道につながる道は、どこもヤクザみたいなのが立ってるよ」
肩で息をしながら、瑛太が報告してきた。少々興奮気味だ。昔から探偵ごっこが好きな男だった。電話をして事情を説明すると、今朝は港も暇だからといって、漁協の仲間といっしょに、町中を見回ってくれたのだ。
「真希がこの町にまだいることを、奴らは知っているんだな」
茂樹が恭介を見た。
「夜中じゅう見張っていたが、誰も町を出なかった。明け方になって死体が見つかったので、殺した奴がまだ町にいると睨んで仲間を呼んだんだ」
「今、町に観光客はほとんどいない。道行く車もほとんど無いので、それに紛れて町を出ることはできんぞ」
そう言って、将毅が舌打ちした。彼も苛立っている。
「その上、警官もそこらじゅうにいるんだろ? 彼女を逃がしてやりたいが、警察の警戒が厳しいんじゃないのか」
「いや、警官はもう引き上げてるみたいだぞ」瑛太が言った。
「ということは、警察は真希が絡んでいることに気づいていないのか」
「事件は昨夜の十時過ぎに起こったんだ。犯人はもう町の外に逃げたと思ってるのさ」
そういって、恭介は早紀子の顔をチラッと見た。茂樹の指示通り、洗濯したばかりの真希の服を着ている。
「思っていたより、いい状況だ。警官相手よりは、ヤクザのほうがやりやすい」
将毅が早紀子のほうを見た。彼女は唾を飲み込むと、大きく息を吸い込んだ。やはり緊張しているようだ。
「じゃあ、行ってくるね」
「ごめんなさい」真希が涙声になっている。
「いいの。私も真希さんの役に立ちたいから」
早紀子も涙目で頷く。誰もいなければ抱き合いそうな雰囲気だった。真希と何か重要な秘密を共有しているようにも見える。
「よし、いくぞ」
肩を叩かれ、早紀子は兄とともに外に出た。ふたりが駐車場においてある将毅の車に乗った。
「早紀子ちゃんのことが心配か?」
車を見つめていた恭介に、瑛太がにやけながら聞いてくる。
「兄貴が一緒にいるから大丈夫だ」
「俺たちも車の中で待機しておくか」
四人が外に出た。
「悪いが、あんたはトランクの中だ」
茂樹がキーでトランクを開けた。国産の大型セダン。広いトランクだから、女なら楽々入れる。
「途中で気分が悪くなったら、後部座席の背もたれを強く押してくれ。すぐに外れるから。トランクの中から叫ばれても、エンジン音で何も聞こえないんだ」
「大丈夫」
「船に酷く酔ったんだってな。トランクの中で吐かないでくれ。まだローンが残っているんだ」
真希が微笑みながら茂樹の車のトランクに身を滑り込ませた。
トランクを閉じ、三人が車に乗り込む。茂樹は運転席、瑛太は助手席。恭介が後部座席に座った。
「なんか、映画みたいだな」
瑛太が声を弾ませている。暢気な男だな、と茂樹が笑った。
車内で、早紀子からの連絡を待つ。早紀子が真希の服を着て将毅とともに車に乗り、連中の注意をひきつけている隙に、真希を町から連れ出す計画だった。道路を封鎖している連中の前で早紀子を乗せた車を急停車させ、方向転換して逃げると、連中は必ず追いかけてくる。
軽トラックがマリンハウスの前で停車した。男がふたり乗っている。
「間に合ったか」
瑛太が息を吐いた。見覚えのある男たち。瑛太の仕事仲間だ。漁港で水揚げした魚を、トラックに載せる作業をしている。ふたりとも、肉体労働で鍛えあげた逞しい身体をしている。いざというときには役に立つ。
スマートフォンが鳴った。早紀子からだ。
「今、追いかけられてる」
声が緊張しているのがわかる。
「道にいたのは何台だ?」
「一台だけだった。だから、今はいないはず。さっき決めた通りの道を走っているから、予定通り走れって、お兄ちゃんが」
「わかった。お前らも気をつけろよ」
「うん、大丈夫」
電話が切れた。手にじっとり汗をかいている。背中にもだ。
将毅がいるから大丈夫だ。そう強く自分に言い聞かせる。
「いこう」
恭介が後ろから声をかけた。茂樹が車を出す。将毅と早紀子が連中を海沿いの道に誘い出すことになっている。
山間部を通る県道に向かって走る。後ろから軽トラックが追いかけてきた。途中、すれ違う車はなかった。連中の姿も見当たらない。将毅と早紀子がうまく引き付けてくれたようだ。
うまくいった。そう思って後部座席から身を乗り出してフロントグラスの向こうを覗いたとき、突然脇道から車が出てきて道を塞いだ。
「くそっ!」恭介が唸った。
「あいつら、ちゃんと考えてやがるな」瑛太も悔しそうに吐き捨てた。
「連中も馬鹿じゃないさ。だから、後ろの連中を瑛太に連れてきてもらったんだ」
茂樹に肩を叩かれ、瑛太がスマートフォンで後ろの連中に連絡を入れた。
車から男たちが降りてきた。三人だ。一人が両手を広げて、茂樹の車の前に立ちはだかった。男のひとりがドアの窓を叩いた。パンチパーマで剃りこみを入れている。
茂樹が窓を開けた。
「悪いな。泥棒を探しているんだ」
そういって車を覗き込んでくる。トランクを開けろといわれれば、突破するしかない。
バックミラーに、軽トラから降りてくる若者が映っている。
「勝手に道を塞ぐんじゃないよ」
予定通り若者が騒ぎ出す。威勢のいい海の男たちに、ヤクザたちの顔に緊張が走った。
「お前らは行っていい」
「行っていいだと? 何様のつもりなんだよ」
三人の男が目を剥いて瑛太の友人たちに向かっていく。地元で漁業関係者と揉めることは、ヤクザでも避ける。仲間を呼ばれて囲まれれば、相手がヤクザでも海の男たちは手加減せずに向かってくる。脅しの効かない連中にはヤクザも手を出さない。しかし、コケにされれば別だ。連中も黙っていられない。
ここで揉めてもらう必要が、どうしてもあるのだ。
瑛太が他の仲間にスマートフォンでおおよその場所を連絡している。
「大丈夫だ。十分ほどで応援が来る。まあ、派手な喧嘩にはならないよ」
ゆっくり車を出す。ヤクザたちは若者と揉めているために追いかけてこない。
「うまくいったな」恭介が後ろから茂樹の肩を叩いた。
「どうかな。この車を調べていないことは他の仲間たちに連絡が行くはずだ。それが奴らのやり方だからな」
「じゃあ、急いだほうがいいよ」瑛太が横から口を出した。
恭介が後部座席の背もたれを叩いた。
「聞こえるか?」
「はい」真希の返事が微かに聞こえる。
「もう少しだから、我慢してくれ」
「私は大丈夫です」
山間部を抜ける県道をひたすら走る。この先を行けば幹線道路に出る。鉄道も走っているし、先には新幹線の小田原駅もある。
正面に警察車両が止まっている。道路を閉鎖しているようだ。茂樹が舌打ちした。
「なんだ、検問か?」
恭介が身を乗り出した。しかし、警察車両一台に警官も一人しかいない。様子がおかしい。
「検問とは違うようだな」
止まりかけた車のアクセルを再び踏みこみ、ゆっくりと警官に近づいていく。
警官が手を上げて、車を停めた。
「どうしたんです?」茂樹が窓を開けて警官に声をかけた。
「土砂崩れでこの先は通れません。迂回してもらえますか?」
昨夜の大雨で崖が崩れて、道が封鎖されていると、警官が説明した。思わず舌打ちしてしまった。
「どちらへ行かれますか?」
「国道に出たいんですが」
「戻って迂回するしかありませんね」
また町に戻るしかないのか。今町に戻れば、真希が見つかってしまう。
「どうする?」車をUターンさせながら茂樹が聞いてきた。
「先に細い山道がある。そこを越えれば国道に出られる。途中まで車で入れるが、その先は歩くしかない」
「この天気で山の中を歩くのか?」瑛太が目を丸めている。
「やるしかないさ」
茂樹が車を戻すと、恭介の指示通り山道に入り、未舗装の坂道をしばらく登った。途中で車を止め、三人は車の外に出た。
茂樹がトランクを開けて真希を外に出した。彼女の靴はパンプスだ。
「この道を進むと国道に出られる。その靴で歩けるか?」
「大丈夫です」
茂樹が瑛太に車のキーを渡した。
「車で町に戻れ。さっきの連中がまだ探しているかもしれない。目の前をすっ飛ばせば、奴らの目を引き付けられるだろう。引っ掻き回しておいてくれ。もし捕まったら俺たちに脅されて言うことを聞いたことにしろ」
「あんな高そうな車、傷つけても弁償できないぞ」
「かまわんよ。好きなだけ乗り回せ」
瑛太がにやっと笑って鍵を受け取ると、あとで駅まで迎えに行ってやるといって、車のほうに戻っていった。
三人は湿った土の坂道をゆっくり歩いて登っていった。止んでいた雨が、また降り出した。細かい霧雨だったが、三人の髪と服をじっとりと濡らしていく。山頂付近で回りこむように裏に回り、道を下っていく。息があがり、全身汗まみれになる。
足が痛むのか、下り坂なのに真希の歩く速度が落ちてきた。時折立ち止まり、つらそうに肩を上下させて息を荒げる。
「少し休むか」
真希の様子を見ていた茂樹が、先を行く恭介を呼び止めた。
「山道をもう少し歩けば、その先に駅がある。ローカル線だが、一時間に一本は電車が通っているはずだ、発車時刻は」そういって恭介がスマートフォンで確認すると、「あと四十分後だ」といった。
「間に合うのか?」
「そうだな。ゆっくりいっても余裕だ」
「じゃあ、少しペースを落とそう」
二人がタバコを一本ずつ喫い、再び山道を下り始めた。
雑木林が開けると、目の前に鉄道が見えた。時計を見る。あと二十分。ここから駅まで十分ほどで到着する。
土の匂いのする山道からアスファルト舗装の道路に出た。駅前の自動販売機で缶コーラを買って、一気に飲んで喉の渇きを癒した。
「あと十分で電車が来る。あんた、金は持っているのか?」
「少しなら」
「もっていけ」
茂樹は無造作に財布を広げると、あるだけの一万円札をつかみ出し、強引に真希に押し付けた。この男は真希のことが気にいっているのかもしれない。あとで将毅や瑛太と一緒にからかってやる。
駅の前まで来て、真希が突然足を止めた。駅の前に止まっている白い車から、男が四人降りてきた。真希が悲鳴を上げた。
待ち伏せていたのか。抜かりのない連中だ。
「ふたりで四人だ。止められるか?」
恭介がこちらに寄ってくる四人を見ながら茂樹に言った。
「高校のときも同じような場面があったよな。いつの話だったっけ?」
「覚えてねえよ」
恭介が真希を見た。
「すぐに電車が来る。そのままホームに入って飛び乗れ。切符は電車の中で買える」
「でも」
「あんたに無事に帰ってもらわないと、俺が早紀子に怒られるんだ。黙って行ってくれ」
次の電車に乗れば、連中は真希に追いつけない。川の向こう岸に行くためには、かなり大回りしたところにある橋を渡らなくてはならない。誰かを次の駅に配置させておくほど、人員に余裕も無いはずだ。
真希が走った。四人が彼女を追いかける。茂樹と恭介が真希と連中の間に入った。
真希に飛び掛ろうとした男の背中をつかんで引き倒す。背中を蹴られる。昨日の傷が鋭く痛んだ。茂樹が二人止めている。こちらもノルマをこなさないと、あとで茂樹に何を言われるかわからない。
怒声と罵声、それにヤクザ特有のステレオタイプの脅し文句が飛び交う。駅の周辺には通行人も多い。真希が電車に乗った後なら、警察を呼ばれてもかまわない。
横から顔面を殴られる。口の中に広がる錆の味。昨夜切った口の中の傷からまた血が出た。頭に血が上る。後ろから髪をつかんできた男の腕をとり、振り向きざま股間を狙って膝を叩きこんだ。急所を逸したが、男が腰を引いた隙に背中に抱え込んで地面に叩きつけた。
倒れている男の腹を蹴って顔を上げた。茂樹の背中に一人の男が組み付いているが、茂樹はそれにかまわずに、地面に倒れているもう一人の男を脚蹴りにしている。恭介が相手にすべきもう一人の男が、五メートルほど距離をとってこちらを見ている。仲間がやられて一人になって、怖気づいているようだった。
警察車両のサイレン音が近づいてきた。地面に倒れていた男たちが素早く立ち上がって、慌てて停めていた車に戻っていった。
「真希は?」
顔を腫らした茂樹がこちらを見ている。辺りを探したが見当たらない。
腕時計を見た。電車が駅を出ている時間だった。
「国道につながる道は、どこもヤクザみたいなのが立ってるよ」
肩で息をしながら、瑛太が報告してきた。少々興奮気味だ。昔から探偵ごっこが好きな男だった。電話をして事情を説明すると、今朝は港も暇だからといって、漁協の仲間といっしょに、町中を見回ってくれたのだ。
「真希がこの町にまだいることを、奴らは知っているんだな」
茂樹が恭介を見た。
「夜中じゅう見張っていたが、誰も町を出なかった。明け方になって死体が見つかったので、殺した奴がまだ町にいると睨んで仲間を呼んだんだ」
「今、町に観光客はほとんどいない。道行く車もほとんど無いので、それに紛れて町を出ることはできんぞ」
そう言って、将毅が舌打ちした。彼も苛立っている。
「その上、警官もそこらじゅうにいるんだろ? 彼女を逃がしてやりたいが、警察の警戒が厳しいんじゃないのか」
「いや、警官はもう引き上げてるみたいだぞ」瑛太が言った。
「ということは、警察は真希が絡んでいることに気づいていないのか」
「事件は昨夜の十時過ぎに起こったんだ。犯人はもう町の外に逃げたと思ってるのさ」
そういって、恭介は早紀子の顔をチラッと見た。茂樹の指示通り、洗濯したばかりの真希の服を着ている。
「思っていたより、いい状況だ。警官相手よりは、ヤクザのほうがやりやすい」
将毅が早紀子のほうを見た。彼女は唾を飲み込むと、大きく息を吸い込んだ。やはり緊張しているようだ。
「じゃあ、行ってくるね」
「ごめんなさい」真希が涙声になっている。
「いいの。私も真希さんの役に立ちたいから」
早紀子も涙目で頷く。誰もいなければ抱き合いそうな雰囲気だった。真希と何か重要な秘密を共有しているようにも見える。
「よし、いくぞ」
肩を叩かれ、早紀子は兄とともに外に出た。ふたりが駐車場においてある将毅の車に乗った。
「早紀子ちゃんのことが心配か?」
車を見つめていた恭介に、瑛太がにやけながら聞いてくる。
「兄貴が一緒にいるから大丈夫だ」
「俺たちも車の中で待機しておくか」
四人が外に出た。
「悪いが、あんたはトランクの中だ」
茂樹がキーでトランクを開けた。国産の大型セダン。広いトランクだから、女なら楽々入れる。
「途中で気分が悪くなったら、後部座席の背もたれを強く押してくれ。すぐに外れるから。トランクの中から叫ばれても、エンジン音で何も聞こえないんだ」
「大丈夫」
「船に酷く酔ったんだってな。トランクの中で吐かないでくれ。まだローンが残っているんだ」
真希が微笑みながら茂樹の車のトランクに身を滑り込ませた。
トランクを閉じ、三人が車に乗り込む。茂樹は運転席、瑛太は助手席。恭介が後部座席に座った。
「なんか、映画みたいだな」
瑛太が声を弾ませている。暢気な男だな、と茂樹が笑った。
車内で、早紀子からの連絡を待つ。早紀子が真希の服を着て将毅とともに車に乗り、連中の注意をひきつけている隙に、真希を町から連れ出す計画だった。道路を封鎖している連中の前で早紀子を乗せた車を急停車させ、方向転換して逃げると、連中は必ず追いかけてくる。
軽トラックがマリンハウスの前で停車した。男がふたり乗っている。
「間に合ったか」
瑛太が息を吐いた。見覚えのある男たち。瑛太の仕事仲間だ。漁港で水揚げした魚を、トラックに載せる作業をしている。ふたりとも、肉体労働で鍛えあげた逞しい身体をしている。いざというときには役に立つ。
スマートフォンが鳴った。早紀子からだ。
「今、追いかけられてる」
声が緊張しているのがわかる。
「道にいたのは何台だ?」
「一台だけだった。だから、今はいないはず。さっき決めた通りの道を走っているから、予定通り走れって、お兄ちゃんが」
「わかった。お前らも気をつけろよ」
「うん、大丈夫」
電話が切れた。手にじっとり汗をかいている。背中にもだ。
将毅がいるから大丈夫だ。そう強く自分に言い聞かせる。
「いこう」
恭介が後ろから声をかけた。茂樹が車を出す。将毅と早紀子が連中を海沿いの道に誘い出すことになっている。
山間部を通る県道に向かって走る。後ろから軽トラックが追いかけてきた。途中、すれ違う車はなかった。連中の姿も見当たらない。将毅と早紀子がうまく引き付けてくれたようだ。
うまくいった。そう思って後部座席から身を乗り出してフロントグラスの向こうを覗いたとき、突然脇道から車が出てきて道を塞いだ。
「くそっ!」恭介が唸った。
「あいつら、ちゃんと考えてやがるな」瑛太も悔しそうに吐き捨てた。
「連中も馬鹿じゃないさ。だから、後ろの連中を瑛太に連れてきてもらったんだ」
茂樹に肩を叩かれ、瑛太がスマートフォンで後ろの連中に連絡を入れた。
車から男たちが降りてきた。三人だ。一人が両手を広げて、茂樹の車の前に立ちはだかった。男のひとりがドアの窓を叩いた。パンチパーマで剃りこみを入れている。
茂樹が窓を開けた。
「悪いな。泥棒を探しているんだ」
そういって車を覗き込んでくる。トランクを開けろといわれれば、突破するしかない。
バックミラーに、軽トラから降りてくる若者が映っている。
「勝手に道を塞ぐんじゃないよ」
予定通り若者が騒ぎ出す。威勢のいい海の男たちに、ヤクザたちの顔に緊張が走った。
「お前らは行っていい」
「行っていいだと? 何様のつもりなんだよ」
三人の男が目を剥いて瑛太の友人たちに向かっていく。地元で漁業関係者と揉めることは、ヤクザでも避ける。仲間を呼ばれて囲まれれば、相手がヤクザでも海の男たちは手加減せずに向かってくる。脅しの効かない連中にはヤクザも手を出さない。しかし、コケにされれば別だ。連中も黙っていられない。
ここで揉めてもらう必要が、どうしてもあるのだ。
瑛太が他の仲間にスマートフォンでおおよその場所を連絡している。
「大丈夫だ。十分ほどで応援が来る。まあ、派手な喧嘩にはならないよ」
ゆっくり車を出す。ヤクザたちは若者と揉めているために追いかけてこない。
「うまくいったな」恭介が後ろから茂樹の肩を叩いた。
「どうかな。この車を調べていないことは他の仲間たちに連絡が行くはずだ。それが奴らのやり方だからな」
「じゃあ、急いだほうがいいよ」瑛太が横から口を出した。
恭介が後部座席の背もたれを叩いた。
「聞こえるか?」
「はい」真希の返事が微かに聞こえる。
「もう少しだから、我慢してくれ」
「私は大丈夫です」
山間部を抜ける県道をひたすら走る。この先を行けば幹線道路に出る。鉄道も走っているし、先には新幹線の小田原駅もある。
正面に警察車両が止まっている。道路を閉鎖しているようだ。茂樹が舌打ちした。
「なんだ、検問か?」
恭介が身を乗り出した。しかし、警察車両一台に警官も一人しかいない。様子がおかしい。
「検問とは違うようだな」
止まりかけた車のアクセルを再び踏みこみ、ゆっくりと警官に近づいていく。
警官が手を上げて、車を停めた。
「どうしたんです?」茂樹が窓を開けて警官に声をかけた。
「土砂崩れでこの先は通れません。迂回してもらえますか?」
昨夜の大雨で崖が崩れて、道が封鎖されていると、警官が説明した。思わず舌打ちしてしまった。
「どちらへ行かれますか?」
「国道に出たいんですが」
「戻って迂回するしかありませんね」
また町に戻るしかないのか。今町に戻れば、真希が見つかってしまう。
「どうする?」車をUターンさせながら茂樹が聞いてきた。
「先に細い山道がある。そこを越えれば国道に出られる。途中まで車で入れるが、その先は歩くしかない」
「この天気で山の中を歩くのか?」瑛太が目を丸めている。
「やるしかないさ」
茂樹が車を戻すと、恭介の指示通り山道に入り、未舗装の坂道をしばらく登った。途中で車を止め、三人は車の外に出た。
茂樹がトランクを開けて真希を外に出した。彼女の靴はパンプスだ。
「この道を進むと国道に出られる。その靴で歩けるか?」
「大丈夫です」
茂樹が瑛太に車のキーを渡した。
「車で町に戻れ。さっきの連中がまだ探しているかもしれない。目の前をすっ飛ばせば、奴らの目を引き付けられるだろう。引っ掻き回しておいてくれ。もし捕まったら俺たちに脅されて言うことを聞いたことにしろ」
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瑛太がにやっと笑って鍵を受け取ると、あとで駅まで迎えに行ってやるといって、車のほうに戻っていった。
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「覚えてねえよ」
恭介が真希を見た。
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怒声と罵声、それにヤクザ特有のステレオタイプの脅し文句が飛び交う。駅の周辺には通行人も多い。真希が電車に乗った後なら、警察を呼ばれてもかまわない。
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