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46,傷心のエリナリーゼ

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前期のテストを終えて夏休みを目前に控えた頃、ラウンジで一人お茶していると、ヴィークとジュエル王女の話し声が聞こえてきた。
背を向けているからか、私には気がついていないようだ。

「夏休みは国へ帰ろうと思ってるの。ヴィーク殿下も遊びにこない?いいところよ?」

ジュエル王女は甘えるような声でヴィークに話しかけている。いつもこんな感じで話しているのだろうか。
私を睨みつけてきた時とは天と地ほどの差だ。女って怖い。
というか、なぜそこまで私を嫌っているんだろう?私何もしてないよね?

「うん、そうだね。機会があれば是非行かせてもらうよ。」 

そう聞こえるヴィークの声は優しげでいつも通りだ。

「機会は作るものではなくて?」

「あぁそうだね。でもやる事も多いし、行きたいところがあるんだよ。」

「行きたいところって?」

「友人の所へちょっとね。」

「私より大事なところ?」

「関係を良好にしておきたい貴族がいるからね。」

「どこの貴族?」

「リフレイン公爵家だよ。」

「リフレイン公爵家といえば、エリナリーゼ様かしら?」

尋問をするような王女に応えるヴィークの口から、私の名前が出てどきっとする。
そしてそれを聞いた王女の言葉は、心無しかトゲがあるようにも聞こえる。

「そうだよ。」

「クリス様ではなくて?ヴィーク殿下ととエリナリーゼ様はお友達なのよね?」

「クリスは側近だからね。王族としてもリフレイン公爵家は無視できない存在だ。それに彼女には価値があるから仲良くしておかないと。」

(え………?仲良くしておかないと……?なにそれ……)

ジュエル王女の白々しい質問に対する答えに、ただただ驚きを隠せない。
私のことは気付くこともなくそんな会話をしている二人をよそに、私はその場から動くことができずにいた。
それからの会話は私の耳には届かなかった。

(そうか、友達だと思っていたのは私だけだったのね。仲良くしておかないとって思っていたのか。
価値って…、なんの価値?本当は私のことなんて嫌いだったの?全部嘘だったのかな。)

悲しくて胸が抉られる思いだった。
一緒に過ごした楽しかった時間も、色がなくなってくるように感じた。

気がつけばかなり時間が経っていたようで周りには誰もいなくなっていた。

(……私も帰ろう。)

カイルもユリウス様もこの学園でできた友達も、本当はみんな私がリフレイン家の者だから仲良くしておかないとって思っていたのかな。友達だと思っているのは私だけだったのかな。
誰も私のことを見てくれてなかったのかな。みんなリフレイン家の者、としかみていなかったのかな。
公爵家である以上、ある程度の色眼鏡で見られるのはいつものことだったけど、王族であるヴィークまでそんな風に思っていたなんて。

帰りの馬車の中で涙が止まらなかった。
その日は帰ってから何もすることができなかった。
こんな時に効果のある魔法を私は知らなかった。


次の日、私は体調不良ということにして初めて学園を休んだ。

「エリィ、体調は大丈夫?ここのところ忙しくしていたからね、ゆっくり休むんだよ。」

お父様は無条件に優しい。
家族は信頼できるから安心だ。

「えぇ、そうさせてもらいますね。」

自分で思うよりも深く傷付いていたことに気が付いた。

お母様に会いたいな。
こういう時、どう乗り越えていたんだろう?
そういう話をしたかった。もっといろんな話をしたかった。
今、私はあなたにとても会いたい。話したい事や聞きたい事が沢山ある。

こういう思考になってしまうとネガティブが止まらなくなってくる。あの時ああしていれば、とばかり考えてしまう。
そんな私の様子をみてアンナやマリーは心配そうだ。

「お嬢様昨日から何も召し上がってないじゃないですか。何か食べないと。」

心配してくれるのはわかってる。でも今は他人を信用することができなくなっているの。ごめんなさい、と心の中で謝る。

「いらないわ。食欲がないの。」

元々食が細い方ではあったけど、昨日からはほとんど食べていない。

「どうされたのですか?」

「ごめんね、体調が悪くて。ちょっと休むわね。一人にしてくれる?」

アンナたちは心配そうな表情で部屋を出ていった。
何かあったら相談してくださいね、といつも言ってくれる。アンナたちは姉のような存在だとも思っているし、公爵家で働くみんなも家族のような存在だとも思っている。
しかし幼き頃、公爵家を裏切りお母様を誘拐して私達からお母様を奪ったのは使用人の一人というのも事実なのだ。

あれから10年経った今でもその事実がチラついて、本当に相談したいことは誰にも相談できずに一人で抱え込む癖がある。

学園では既にテストも終えて、課題も発表されていたので結局このまま夏休みを迎えた。

今年はお母様の10周忌の法事式典は1ヶ月早く執り行なうことになっている。お父様率いる騎士団が遠征に行くことになったためだ。お父様もお兄様も無事に帰ってきて欲しい。
そんなわけで10周忌の法事式典は気持ちの切り替えができないままで出席することになってしまった。


今回は今までと違う曲を披露する。
歌詞は私の今の心情にとても合致していて、歌いながら泣きそうになる。
お母様のことだけを考えて歌い上げた。

歌い終わった後の賛辞も鳴り響く拍手も、私には無意味なものに感じられた。
今年はヴィークが来ているのはわかっていたが、私は顔を合わせることはまだできなかったし、話す気分にはまだなれなかった。


その後、すぐに私はカームリーヒルへ行った。
カームリーヒルはリフレイン公爵家が持つ別荘の中で、一番王都から遠い場所だ。
今まで一度しか訪れたことはないから、私の事など誰も知らないだろう。
そういう土地で過ごすのはとても気楽なのだ。
だから夏休みの全てをカームリーヒルで過ごすつもりだ。工場への視察ももうそんなに行かなくても問題ない。

事業以外の手紙は転送はしないでほしい、私がどこに居るかは誰にも言わないで欲しい、と公爵家全体に通達した。
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