【完結】浮薄な文官は嘘をつく

七咲陸

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舞い上がる side イヴ

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イヴ=スタームの目論見は、達成されたといっても過言ではなかった。
なんと、絶対に男のイヴでは落ちないと思っていた、あのカシミール=グランティーノがイヴの告白を受け入れたのだ。

イヴは、父の思惑通りになったことにホッとしたことなんかよりも、カシミールと付き合えた事実に喜んでしまった自分がいたことに驚いた。

カシミール=グランティーノといえば、独身、恋人なしの騎士の中でトップクラスのスペックを持つ。
文官女子たちの間で今最も人気のある騎士だ。
侯爵家でありながら広大な領地に莫大な財産、背も高く、逞しい体躯、顔まで良いとくれば、誰だって文句はないだろう。
女子の中では、性格が変わってても全然いけるというほどだが、彼は性格も良かった。
真面目で誠実。少し堅物な面もあるが、真面目すぎるだけであって、決して頑固という訳でもない。

唯一の欠点は、どうにも甘すぎる雰囲気があることの一点のみだった。

付き合ってから、イヴの送り迎えはもちろんのこと、夕食を食べようと言われ、少し雰囲気のいいレストランに連れてかれたと思ったらイヴが食べてる様子をずっと見てくる。

見るだけならまだ良いが、明らかに視線に熱があるのだ。恥ずかしいから止めて欲しいと頼むと、残念そうにされてしまった。

食事をする姿もスマートだが、会計をしようと思ったらいつの間にか払われていてどんだけスマートなんだと思わされた。

極めつけは、別れ間際に必ず手を繋いで額にキスを落としていくのだ。

思い出すだけでイヴは憤死しそうになる。
というか、帰ったあとは必ず枕に顔を埋めて「うわああああ!!」と叫んでいる。

イヴは大嫌いだと思っていた男に、むしろイヴが落とされかかっていた。

こんなはずではなかった。
父の言う通りにやって、失敗したら仕方ない、父に諦めてもらおう。くらいにしか考えていなかった。
だいたい、付き合ってお金の無心をするということをどうやってやればいいのかイヴには分からないし、むしろもうそんなことしたくないとすら思っていた。

それくらい、イヴは既にカシミールに絆されていた。

治癒は毎日ではなかった。というよりも、カシミールはほとんど治っているようだった。表情も和らいでいて、カシミールが嘘をついているようには見えなかった。

カシミールに「イヴが尽くしてくれたおかげだ。ありがとう」と、微笑まれれば、ぶわっ、と指先から暖かいものが流れると同時に、恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。

同僚には速攻でバレた。イヴの性癖をしっていて、毎日送り迎えがあるとなればそれは当然の事だった。
しかもその上、カシミールの顔が柔らかいとくれば、バレない方がおかしいのだ。
男の同僚には「どうやって落とした! すげぇな、イヴ!玉の輿か!」と興奮され、女の同僚には「つり合ってない」とやっかまれた。

これが有名税と言うやつか、と若干ズレたことを考えてしまった。当然のごとく、愛想笑いでどっちも流した。
ペラペラ話したところで、しょうもないし、やっかみに反応した方が面倒なことになるだろうとおもったからだ。

つり合っていないというのは、イヴが1番理解していた。
侯爵家といえど、ほぼ落ちぶれかけている歴史だけが古いスターム家の五男。父が死んだとなっても、遺産なんかほぼ無いだろう。
カシミールはゲイではないし、もしかしたら気持ちが変わってしまうかもしれない。
見目も悪くない、という父の言葉通り、その程度なのだ。平凡と言うにはパーツは整っている方だと思うけれど、それまでで、雰囲気だけ、という感じなのだ。

イヴは良く、軽そうな人間に見える、と言われることが多い。
多分普段の愛想笑いやプラチナブロンドがそう見せてしまう。
けれどイヴはどちらかと言うと付き合ったら尽くす方だ。恐らく、治癒の奉仕をし続けたせいだろう。
そんなだから付き合った男女とも、「思っていた人と違う」と言われて別れることが多い。
というのも、軽い付き合いが出来ると思われて付き合い始めているからだ。
イヴは軽い付き合いを望まれていることが分かっていても、簡単に付き合ってしまうから長続きしなかった。

だから、尽くされるというのは実は初めての事だった。

耐性がないせいで、甘い言葉に甘い態度、甘い雰囲気になっただけで叫び出したくなるし、逃げ出したくなる。
いつも頭の中はぐちゃぐちゃになるし、顔も耳も、むしろ多分頭頂部まで真っ赤になってしまっているに違いない。

けれど、嬉しくて、楽しくて仕方なかった。

まだ口付けはしてないが、カシミールに引かれたくなくて、自分からは出来なかった。
付き合ったら速攻、キスやそれ以上のことをしてきていたイヴが、奥手になってしまうほど、恥ずかしくて仕方ないのだ。

だから、もう少しだけ楽しんだら、ちゃんと謝ろうと思った。

父に言われてカシミールに近づいたこと。
治癒の見返りとして、金の無心をするつもりだったこと。
礼の一つも言わない大嫌いな男と思っていたこと。
イヴが好きだと告白したことが嘘だったこと。

そして、それを隠して今も付き合い続けていること。

言おうと思っても、なかなか言い出せなかった。
手を繋がれれば、嬉しくて舞い上がりそうだし、額にキスをされれば恥ずかしくて憤死してしまいそうだし、甘い雰囲気に呑まれて、言い出せなかった。

言って、カシミールに嫌われたくないと、そう思ったのだ。
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