22 / 43
番外編
嘆きのアドルフ
しおりを挟む
「ええええ!!アドルフに恋人ぉ?!」
「し、シー!シュリ!静かに!!」
シュリとアドルフは久しぶりにいつものバーで呑んでいた。
アドルフの爆弾投下にシュリは叫んでしまった口を自分の手で塞いだ。キョロキョロ辺りを見回すと、皆こちらに一瞬注目したが、すぐに視線が外れてホッとする。
「で、相手は誰なのさ」
「……シュリも知ってる」
声を抑えて尋ねると、アドルフはさらに小声になってモジモジと答える。
シュリはそんな姿のアドルフを見るのは初めてのことで、それにすら驚く。
「ええ? 職場? アドルフは職場の人間には絶対手を出したくないって言ってたじゃないか……」
シュリは公爵夫人となる前、事務仕事をしており、アドルフとは同僚仲間だった。
アドルフとシュリは同じ同性愛者であり、同じネコ同士だったことから友人になった。
そのためこうやってたまにバーでのみにいくことがある。
「職場の人間に手を出すわけないだろ?シュリだってさすがに職場の男には手を出さなかっただろ?」
「そうだけど……僕たちの共通点ってそこしか。ええ?誰?」
言いたくなさそうにモゴモゴとしている。アドルフはいつもは口悪く調子のいい男なのだが、こんな姿は珍しい。
アドルフが違う誰かと付き合ってた時もこんな風ではなかった。
「……ヴァレリだよ」
「…………え? まさか。メアの友達の……?」
アドルフは紅く頬を染めながらゆっくりと頷いた。
またしても驚いてしまう。アドルフはシュリと同じ可愛いと言われる側だが、それは女性のような可愛いでは無く、少年のような可愛さである。
そしてヴァレリは、メアと同じくノーマルだと思っていたのだ。
「ヴァレリさんて、え、ゲイだったの?」
「この店のオーナーだったって話だろ……俺もビックリしたんだよ!!」
今度は顔を真っ赤にしたアドルフが叫ぶ番だった。
この店はシュリもアドルフもよく利用するが、男が出会いを求める場である。確かに、前にここでヴァレリと会ったことがあったのをシュリは思い出した。
「……い、いつから?」
「シュリが結婚して…すぐくらいか? シュリを誘えなかった時期あっただろ?」
メアに拉致監禁されていた時期だ。
「その時にここで一人で呑んでたら……まぁ、声かけられて……」
「……まさか」
「あー!シュリの想像してる通りだよ!その日に食われたよ!めっちゃ飲ませ上手だったんだよ!ベロベロに酔っ払いました!!」
たかが事務員ごときが、商会トップの営業の口車に勝てるわけが無い。
きっとアドルフは文字通り食われたのだ。
「……ベロベロに酔ったって……アドルフ勃たな」
「向こうは全然酔ってなかった!」
「……うーわ……アドルフがそんなミスするってよっぽど向こうが上手だった訳だ」
アドルフはシュリと違い、好みの男がいれば直ぐに手を出す。しかもどちらかと言えば童貞かそれに近い経験の少ない男が好みだ。
人見知りの割に、直ぐに手を出してしまう所はチグハグな気がするが、アドルフは自分より緊張している人間が居ると落ち着くらしい。そういう緊張しているのはだいたい童貞だ。
「アドルフの好みじゃないじゃん。どう考えても」
「……そうなんだよ。俺のタイプじゃない! なのに! もう! 外堀をガンガンに埋めてくるやつで!気づいたら逃げられなかったんだよ!」
「……なるほど。メアの友達って感じする」
メアも、シュリの親兄弟に根回しして結婚に至った。そんなメアの友人が、狡猾でない訳が無い。
アドルフはきっと、シュリとここで呑んだ時に既に目をつけられていたのだ。その場では手を出さず、後日偶然を装って出会ったのだと推測した。
外堀をガンガンに埋めてきたというのは、アドルフがもう男漁りを出来ないようにこの店の店長やら常連にお手付きがあると吹聴されているのだ。
商会トップが一店舗しか繋がりがないわけがないので、恐らく複数店舗でそういうことをされていて、アドルフは逃げ場を失ったのだ。
「シュリ!もう俺にはシュリしか助けてくれる友人は居ないんだよ!」
「え?なに、助けてってどういうこと?」
「俺は童貞が食いたい!」
「アドルフ落ち着いてよ、言ってること最低だよ?しかも僕にどうしろって言うのさ、別に僕も童貞の知り合いがいる訳でもないのに」
この三年、アドルフは我慢していたのだ。
自分のタイプでないヴァレリに抱かれ、そろそろ羽目を外したいのかもしれない。
しかし、アドルフの話では既にヴァレリと恋人関係になっているという。さすがのシュリも友人に不貞を勧めたくはない。
「というか、ヴァレリさんが外堀を埋めたのってアドルフのそういう所が原因じゃ」
「その通りだ、シュリ」
シュリは「あ」と思った時には、アドルフはもう顔を真っ青にして固まっていた。ぶっちゃけ泣きそうまである。
アドルフの後ろには、その件の恋人、ヴァレリが立っていた。
「アドルフ? シュリと呑みに行くって言うから俺は安心して行かせたんだが?」
「な、ななな、なんでじゃあ……!」
「なんで来たかって? お前の悪い癖が出てないか心配してやったんだよ。良い恋人だろ?」
「ひぇ……」
シュリは目の前で繰り広げられる友人の怯え方を見て既視感を感じていた。
逃げ場なく追い詰められる時、人は言葉を失うのだ。
「分かる、分かるよ……アドルフ……」と少しアドルフに同情しつつも、不貞を働こうとしたアドルフが全体的に悪いので、シュリは何も言わずニコニコと見守ることに決めた。
「シュリ、悪いな。アドルフは連れて帰る」
小柄なアドルフは一瞬で荷物のように背負われてしまった。
「どうぞどうぞ。アドルフ、もう悪いことは考えちゃダメだよ?」
「シュリいいいぃい!! お前友人を売るのか!?」
ジタバタと抵抗しても、ヴァレリの腕にガッツリ掴まれているアドルフは逃げられそうもない。
南無三。
ヴァレリはきっと、アドルフの捕まえても逃げる厄介なところが好きなのかもしれない。
「売るんじゃないよ。返してあげるんだよ。バイバイ、アドルフ。元気になったらまた会おうね!お幸せに……!」
「覚えてろよおおぉおぉお!」
ドップラー効果をさせながら、アドルフは夜の街から姿を消した。
そうしてシュリは一人になったので、愛するメアの下へ帰ろうと、鼻歌を歌いながら帰路に向かったのだった。
「し、シー!シュリ!静かに!!」
シュリとアドルフは久しぶりにいつものバーで呑んでいた。
アドルフの爆弾投下にシュリは叫んでしまった口を自分の手で塞いだ。キョロキョロ辺りを見回すと、皆こちらに一瞬注目したが、すぐに視線が外れてホッとする。
「で、相手は誰なのさ」
「……シュリも知ってる」
声を抑えて尋ねると、アドルフはさらに小声になってモジモジと答える。
シュリはそんな姿のアドルフを見るのは初めてのことで、それにすら驚く。
「ええ? 職場? アドルフは職場の人間には絶対手を出したくないって言ってたじゃないか……」
シュリは公爵夫人となる前、事務仕事をしており、アドルフとは同僚仲間だった。
アドルフとシュリは同じ同性愛者であり、同じネコ同士だったことから友人になった。
そのためこうやってたまにバーでのみにいくことがある。
「職場の人間に手を出すわけないだろ?シュリだってさすがに職場の男には手を出さなかっただろ?」
「そうだけど……僕たちの共通点ってそこしか。ええ?誰?」
言いたくなさそうにモゴモゴとしている。アドルフはいつもは口悪く調子のいい男なのだが、こんな姿は珍しい。
アドルフが違う誰かと付き合ってた時もこんな風ではなかった。
「……ヴァレリだよ」
「…………え? まさか。メアの友達の……?」
アドルフは紅く頬を染めながらゆっくりと頷いた。
またしても驚いてしまう。アドルフはシュリと同じ可愛いと言われる側だが、それは女性のような可愛いでは無く、少年のような可愛さである。
そしてヴァレリは、メアと同じくノーマルだと思っていたのだ。
「ヴァレリさんて、え、ゲイだったの?」
「この店のオーナーだったって話だろ……俺もビックリしたんだよ!!」
今度は顔を真っ赤にしたアドルフが叫ぶ番だった。
この店はシュリもアドルフもよく利用するが、男が出会いを求める場である。確かに、前にここでヴァレリと会ったことがあったのをシュリは思い出した。
「……い、いつから?」
「シュリが結婚して…すぐくらいか? シュリを誘えなかった時期あっただろ?」
メアに拉致監禁されていた時期だ。
「その時にここで一人で呑んでたら……まぁ、声かけられて……」
「……まさか」
「あー!シュリの想像してる通りだよ!その日に食われたよ!めっちゃ飲ませ上手だったんだよ!ベロベロに酔っ払いました!!」
たかが事務員ごときが、商会トップの営業の口車に勝てるわけが無い。
きっとアドルフは文字通り食われたのだ。
「……ベロベロに酔ったって……アドルフ勃たな」
「向こうは全然酔ってなかった!」
「……うーわ……アドルフがそんなミスするってよっぽど向こうが上手だった訳だ」
アドルフはシュリと違い、好みの男がいれば直ぐに手を出す。しかもどちらかと言えば童貞かそれに近い経験の少ない男が好みだ。
人見知りの割に、直ぐに手を出してしまう所はチグハグな気がするが、アドルフは自分より緊張している人間が居ると落ち着くらしい。そういう緊張しているのはだいたい童貞だ。
「アドルフの好みじゃないじゃん。どう考えても」
「……そうなんだよ。俺のタイプじゃない! なのに! もう! 外堀をガンガンに埋めてくるやつで!気づいたら逃げられなかったんだよ!」
「……なるほど。メアの友達って感じする」
メアも、シュリの親兄弟に根回しして結婚に至った。そんなメアの友人が、狡猾でない訳が無い。
アドルフはきっと、シュリとここで呑んだ時に既に目をつけられていたのだ。その場では手を出さず、後日偶然を装って出会ったのだと推測した。
外堀をガンガンに埋めてきたというのは、アドルフがもう男漁りを出来ないようにこの店の店長やら常連にお手付きがあると吹聴されているのだ。
商会トップが一店舗しか繋がりがないわけがないので、恐らく複数店舗でそういうことをされていて、アドルフは逃げ場を失ったのだ。
「シュリ!もう俺にはシュリしか助けてくれる友人は居ないんだよ!」
「え?なに、助けてってどういうこと?」
「俺は童貞が食いたい!」
「アドルフ落ち着いてよ、言ってること最低だよ?しかも僕にどうしろって言うのさ、別に僕も童貞の知り合いがいる訳でもないのに」
この三年、アドルフは我慢していたのだ。
自分のタイプでないヴァレリに抱かれ、そろそろ羽目を外したいのかもしれない。
しかし、アドルフの話では既にヴァレリと恋人関係になっているという。さすがのシュリも友人に不貞を勧めたくはない。
「というか、ヴァレリさんが外堀を埋めたのってアドルフのそういう所が原因じゃ」
「その通りだ、シュリ」
シュリは「あ」と思った時には、アドルフはもう顔を真っ青にして固まっていた。ぶっちゃけ泣きそうまである。
アドルフの後ろには、その件の恋人、ヴァレリが立っていた。
「アドルフ? シュリと呑みに行くって言うから俺は安心して行かせたんだが?」
「な、ななな、なんでじゃあ……!」
「なんで来たかって? お前の悪い癖が出てないか心配してやったんだよ。良い恋人だろ?」
「ひぇ……」
シュリは目の前で繰り広げられる友人の怯え方を見て既視感を感じていた。
逃げ場なく追い詰められる時、人は言葉を失うのだ。
「分かる、分かるよ……アドルフ……」と少しアドルフに同情しつつも、不貞を働こうとしたアドルフが全体的に悪いので、シュリは何も言わずニコニコと見守ることに決めた。
「シュリ、悪いな。アドルフは連れて帰る」
小柄なアドルフは一瞬で荷物のように背負われてしまった。
「どうぞどうぞ。アドルフ、もう悪いことは考えちゃダメだよ?」
「シュリいいいぃい!! お前友人を売るのか!?」
ジタバタと抵抗しても、ヴァレリの腕にガッツリ掴まれているアドルフは逃げられそうもない。
南無三。
ヴァレリはきっと、アドルフの捕まえても逃げる厄介なところが好きなのかもしれない。
「売るんじゃないよ。返してあげるんだよ。バイバイ、アドルフ。元気になったらまた会おうね!お幸せに……!」
「覚えてろよおおぉおぉお!」
ドップラー効果をさせながら、アドルフは夜の街から姿を消した。
そうしてシュリは一人になったので、愛するメアの下へ帰ろうと、鼻歌を歌いながら帰路に向かったのだった。
120
あなたにおすすめの小説
[離婚宣告]平凡オメガは結婚式当日にアルファから離婚されたのに反撃できません
月歌(ツキウタ)
BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない?
☆表紙絵
AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。
公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。
攻略対象の婚約者でなくても悪役令息であるというのは有効ですか
中屋沙鳥
BL
幼馴染のエリオットと結婚の約束をしていたオメガのアラステアは一抹の不安を感じながらも王都にある王立学院に入学した。そこでエリオットに冷たく突き放されたアラステアは、彼とは関わらず学院生活を送ろうと決意する。入学式で仲良くなった公爵家のローランドやその婚約者のアルフレッド第一王子、その弟のクリスティアン第三王子から自分が悪役令息だと聞かされて……?/見切り発車なのでゆっくり投稿です/オメガバースには独自解釈の視点が入ります/魔力は道具を使うのに必要な程度の設定なので物語には出てきません/設定のゆるさにはお目こぼしをお願いします/2024.11/17完結しました。この後は番外編を投稿したいと考えています。
偽物勇者は愛を乞う
きっせつ
BL
ある日。異世界から本物の勇者が召喚された。
六年間、左目を失いながらも勇者として戦い続けたニルは偽物の烙印を押され、勇者パーティから追い出されてしまう。
偽物勇者として逃げるように人里離れた森の奥の小屋で隠遁生活をし始めたニル。悲嘆に暮れる…事はなく、勇者の重圧から解放された彼は没落人生を楽しもうとして居た矢先、何故か勇者パーティとして今も戦っている筈の騎士が彼の前に現れて……。
ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた
風
BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。
「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」
俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。
義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。
竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。
あれこれめんどくさいです。
学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。
冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。
主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。
全てを知って後悔するのは…。
☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです!
☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。
囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317
【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?
MEIKO
BL
【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!
僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして?
※R対象話には『*』マーク付けます。
待て、妊活より婚活が先だ!
檸なっつ
BL
俺の自慢のバディのシオンは実は伯爵家嫡男だったらしい。
両親を亡くしている孤独なシオンに日頃から婚活を勧めていた俺だが、いよいよシオンは伯爵家を継ぐために結婚しないといけなくなった。よし、お前のためなら俺はなんだって協力するよ!
……って、え?? どこでどうなったのかシオンは婚活をすっ飛ばして妊活をし始める。……なんで相手が俺なんだよ!
**ムーンライトノベルにも掲載しております**
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる