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弟として出来ること
しおりを挟む「天気も良いし、外でランチにしようか。もう準備させてるよ」
「ありがとうございます。今日は薔薇が綺麗に咲いたと庭師が言ってました」
「白薔薇だね。確かに綺麗だった」
他愛ない話しをしながら横並びで向かう庭園は広く、専属の庭師によって美しく整えられていた。その季節によって表情を変える庭園を、カッツェはとても気に入っている。兄のレーヴェはそれをよくよくと覚えてくれているからか、こうやって天気の良い日はガーデンテーブルに食事の準備をメイドにさせ、カッツェを誘ってくれる。
「カッツェの提案してくれた治水工事の件なのだけれど」
食事の最中、兄は美しくも男らしく骨ばった手で握るナイフとフォークを一度置いて話を切り出した。
「はい、何か問題でも起きましたか?」
「いいや。怖いくらい上手くいっているよ。カッツェのおかげだ」
「そんな…お兄様が推し進めて下さったからです。僕は提案しただけで」
レゲンデーア侯爵領は広大で、隅々までの治水が上手く行っていなかった。壊れたら調整し、洪水になってからてんてこ舞いになることが度々起きていた。
しかし治水に関して詳しいものはなかなか領内にも領外にも居らず、国中ひっくり返すように探していた。
カッツェはそんな最中、本を読み漁った。兄のレーヴェが人を探すなら、カッツェは自分に出来ることとして、知恵を探した。これまでの洪水被害の大きさや人的被害、治水工事の内容やら金額、その全てをレーヴェから聞き、本を読み漁ってかかる費用を計算して、どの程度の規模の工事になるか計算して、人手が足りるのか計算して、とにかく色んな計算をして新たな治水工事を兄に提案した。
「近隣の村と町はこの間の大雨で大喜びしてたよ。この間まで工事の音が煩いって苦情があったのに、簡単に手のひらを返してきた」
肩を透かして言う兄に、クスリと笑った。領民から喜びの声が上がって、1番嬉しいのは兄なのだとカッツェは知っている。
「それで、近隣の領が今回の治水工事を取り入れたいと打診があったんだ」
「そうなのですね。そうすると、これから忙しくなってしまいますね…」
「流石に各地の領の治水工事の面倒まで見るのは無理だから、王に提案しようと思ってね」
パチクリと瞬きする。兄にとってはこの上ないビジネスチャンスを国に任せようという。
いつもならばこういう稼ぎ時は稼ぐようにしていた兄らしくないとまで思い、つい瞬きを繰り返して驚いた。
「領内から長い間出なくてはならない状況が続くのはよろしくないからね」
「なるほど。お兄様が他領に赴く事が多くなれば仕事も滞って困りますし」
「まぁそれでも国から承諾が下るまでは結局私が動かざるえないのだけれど」
まだ忙しいだろうな、とため息をついている。ということは国が動くまではレーヴェは他領に遠征に行くことが決まっているようだった。
「それでカッツェ。代表者の名前なんだが」
「それは、いつも通りに」
スッパリと伝える。兄は仕方ない子を見るように苦笑した。
「……カッツェ。これは君が提案したことで私が成し得たことでは無いんだよ」
「けれどお兄様が居るからこそ成し遂げた偉業です」
カッツェがニッコリと微笑んで言うと、兄は暫くジッとこちらを見据えた後に盛大にため息をついた。
代表者の名前は兄のレーヴェだ。レゲンデーア家の当主である兄に、ここで弟の存在が浮き彫りになって何かの火種になるのは避けたい。
カッツェとしては兄の役に立ちたい、ただそれだけだ。
「適わないよ、カッツェには。新しい図書室でいいかな」
「良いのですか?」
「ちゃんと本を読む間の休憩は取るんだよ」
何か兄の手伝いをする度にこうしてご褒美をくれるのだ。カッツェはこうしたご褒美も必要ないと何度も言っている。けれど、『示しがつかない、私の自己満足でもある』と言われれば断るのも難しくなる。
そう言えばカッツェが受け取ると分かっているのだ。
「……でも、お部屋がひとつ無くなりますよ」
「何も問題ないな」
そう言われれば苦笑しかできない。
弟であるカッツェはいつかこの家を出なくてはならない。こんな風に部屋を与えられても宝の持ち腐れになってしまう。
それよりも、いつか来るお嫁さんの為の部屋を作った方が良いのでは。
「お兄様は僕を甘やかし過ぎです」
「それも問題ないな」
「もう……」
問題だらけだ。
兄の優しさに甘え、二十歳までこの家を出ずに迎えてしまった。この国では二十歳ならば働きに出て家を持つのが一般的だ。
もちろんカッツェも図書館の司書のとして働いてはいるが、『家から近い場所で働いているのだからわざわざ出ること無いだろう』と諭され、今に至る。
カッツェがいるせいで兄の婚期を伸ばしてしまっている気がする。
すると、兄の後ろから執事のセスが向かってくるのが見えた。父の代からレゲンデーア家の執事として働き、兄が引き継いだ今も働き続けてくれている。
セスは優秀でレゲンデーア家のことで知らないことはひとつもないと言われている。
「レーヴェ様。お食事中申し訳ございません。そろそろ…」
「ああ、もうそんな時間か。カッツェと話していると時間があっという間だ」
「何かあるのですか?」
セスが昼食時、と言うよりもカッツェたち二人に割って入るような事は珍しい。首を傾げて尋ねると、兄は困ったように微笑んだ。
「噂をすれば何とやらだ。その他領の領主だよ。すぐにでも治水工事がしたいらしい」
「そうですか…お兄様は忙しすぎます。あまり無理はしないでくださいね。もしその、代表者の件でお兄様に迷惑がかかるなら…」
「カッツェ。私はカッツェが居てくれるから頑張れるんだ」
「お兄様…」
席を立ち、カッツェの側までやってきて頬に手を添えられる。兄の手はカッツェよりも少し荒れているが、働いている手で何よりも愛おしかった。
兄弟でそんなふうに思うなんて、おかしいとは分かってる。けれど堪らず目を閉じて兄の手に頬擦りする。
「午後はなにかするのかい?」
「セティが来ます。旅行からの帰りで、そのままこちらで泊まりの予定です」
「ああ、なるほど。私は領主との話が終わり次第、王国の方に行くが…よろしく頼む」
兄を見るとほんの少し寂しそうに眉を落とし、名残惜しそうに頬から顎を優しく撫ぜた。
「お兄様が居ない間、家の事は僕に任せて下さい。気をつけて行ってらっしゃいませ」
兄を安心させるために微笑む。すると兄はカッツェに顔を近づけ頬にキスを落としてくれた。
ふわりと白薔薇の香りが微かに感じた。
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