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first day *前編
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「あ、だめ……ダメです……」
小さく呟いた声は軽やかで艶のある、まるで水のようにしめやかだった。それが自分の声だなんて信じられない。彼女と居る時だってこんな声出した事は無い。
目の前にいる男の優しげな瞳は、眩しそうに細めながらも愛しいものを見るようだった。整った顔立ちはほんのりと色づき、自分の声を聞いて、ゆら、と瞳が揺れて、力強く輝いていた。
大きな手が自分の手に合わされて、ぎゅ、と恋人繋ぎをされる。抱きしめられているかのような錯覚さえ感じてしまい、胸がうるさいほど太鼓を叩く。これは警鐘なのか。そして更に、反対の手にもするりと肘から前腕、手首にゆっくりと感触を確かめるように滑らせ、ぎゅ、と手を恋人繋ぎされた。自分の手が女性の手になったようだった。それほど男の手は大きく長い指で、自分の手は華奢に見えた。
セックスしてるみたい。そう思ったのは、恋人繋ぎをしている指の間に、すり、と指を擦られたからだ。危うく声を出しそうになったのを既のところで抑えられた。その代わりに腰骨の辺りにゾワゾワと何かが上がってくるような、ビリビリと痺れているような感覚に血液が巡る。
「だめ?」
ぞく、とまた腰に血が溜まる。いや、腰と言うより、もっと芯に近い部分だ。小さく小さく吐息を吐くような声が聞こえたのは、彼の唇が自分の耳に触れるほど近くで囁かれたからだ。内緒話をするような、悪戯をするような含みを持たせた言葉に頬が熱くなる。
ぎゅ、と眼を閉じればいつの間にか潤んでいた瞳から涙が零れ、頬を濡らす。悔しいのでも、苦しいのでも、悲しいのでもない。未知の感覚が自分を覆い被さるから涙が出ていた。
不意に頬に、ふに、と柔らかい感触が訪れる。何かと思って恐る恐る目を開くと、今度はほんの少しのザラつきと、湿っぽい感触がした。彼の顔が近い。まつ毛が長い。いいや、そんな場合じゃない。これは、キスだ。そして、涙を舐められたのだ。
「アルトくん、ダメかな?」
驚いて涙は引っ込んでしまったのに、彼は構わずちゅ、ちゅ、と頬に、目元に、額に、頤に、鼻のてっぺんにと何度も何度もキスをする。まるで小鳥が餌をねだるような仕草に擽ったさを感じるものの、不快ではなかった。
けど、それとこれとは話が別だ。
「だ…だめ、ダメです……っ」
流れに身を任せたい。背中は壁で少し冷たいけれど、彼に抱きしめられたら汗ばむ程の熱を与えてくれるだろうことは想像にかたくない。
困ったように目元を落とす彼を見て、罪悪感が襲う。いくら望まれても、ダメなものはダメだ。そして彼はまた強請るように恋人繋ぎをしている両手の指の間にすり、と固く自分よりも男らしい指で擦ってくる。本当にダメ?と聞いているようだった。だから自分は必死に応、と言わないように恋人繋ぎを握り返さなかった。きっと、握り返せば彼は自分が合意したとみなして来るだろうと思った。
背中には閉じられた扉。前には彼。見下ろされているのに嫌ではない。むしろ自分一人が彼の視線を独占していることに脳が痺れるほど歓喜している。見つめられ、見つめ返し、視線が交わると自然にキスも交わした。
「アルトくん……イイ?」
触れるだけのキスを交わして、口が触れるほどの近くで尋ねられる。ノーからイエスに聞き方を変えただけだ。すぐに唇を開けて、ダメと言わなくては、そう思ったのになかなか唇が開かない。それどころか、そのまま彼を見つめ続けてしまった。これじゃ、自分がキスを強請ってしまっている。
彼はそんな自分に答えを与えるかのように、自然と優しく触れるだけのキスをもう一度くれた。ダメと何度も言っておきながら、彼がキスをしやすいように首の角度を変えてしまっている事にも、本当は気づいている。
本当は、彼も分かっている。自分のダメは口だけで、手を振り払わないのも、足で彼を蹴飛ばさないことも、瞳を潤ませて視線を合わせてしまうことも、キスを嫌がらないのも。全部、ぜんぶ。彼には分かっている。
その上で、彼は自分の言葉が欲しいのだ。イエスかノーか、ちゃんとした答えを僕自身に導き出して欲しいようだ。
「アルトくん……」
彼の低く優しい、イイ声で名を呼ばれ、ずくりと腰が重さを感じる。彼に囁かれば脳髄から痺れるほどの甘い感覚につい頷きそうになる。
微かに自分は息をつきたくて口を開いた。彼はまた自然な速さでありつつも、チャンスは逃さないとばかりに素早くキスをする。閉じきっていない口の間に優しい声と優しい手とは違う荒々しさで舌を捩じ込まれた。
「んぅ…ん……んん……」
深いキスに思わず鼻にかかった声が小さく漏れてしまう。その度、彼は嬉しいとばかりにきゅ、きゅ、と恋人繋ぎした手を優しく握る。
手は優しいのに、口腔内だけは嵐のようだ。彼の分厚く長い舌が、しなやかにねっとりと自分の口腔内を好き勝手に暴れ回る。歯列を一つ一つたしかめるようになぞり、上顎をチロチロと舐め、舌が重なり合えば絡ませるように蹂躙してくる。その這い回る舌の動きに合わせてクチュクチュと恥ずかしい程の水音が耳元に響き渡る。彼のものとも、自分のものとも分からない唾液が喉に落ちると、自分はたまらずゴクリと喉を鳴らして嚥下した。
「えっちな顔だ……誰にも、見せたくない」
つ…と彼と自分の間に線が繋がる。淫靡な糸をもう一度手繰るように、ちゅ、と吸うだけのキスをされる。
そんな顔させたのは、彼のせいなのにそんなことを言ってくる。おかしな言動なのに、自分はまるで嬉しいとばかりに彼の指の間をすり、と擦った。彼はそれに驚いた顔をする。そして自分の顔をもう一度見下ろし、こういった。
「悪い子だ……」
悪いのは、彼なのに。自分は何度も何度もダメと言ってるのに、彼は自分をいつの間にか部屋に連れ込んですぐに扉を閉め、自分のことを扉に追い詰めてそして逃がさないように両手を拘束してきた。
合意なんかじゃない。決して。それなのに、自分はまるで魅了されたかのように動けない。
彼はもう一度自分に顔を近づけてきた。そして彼のしやすいように勝手に首の角度を動かしてしまう自分がいる。またしても深いキスなのに、今度は快感を探るような優しいキスだった。チュクチュクと跳ねる水音に、腰がゾワゾワと血が溜まり、下腹部に甘い刺激が現れた。モゾモゾと足を動かすと、彼は足の間に膝を入れ込んで来た。彼との身長差のせいもあって、彼の膝は自分が腰を下ろせばすぐに股の間になってしまう。だから、これは不可抗力だ。
「んっ…ん、ん…っ」
いつの間にか彼の膝に、緩やかに立ち上がった自身をコスコスと擦り付けてしまう。キスをしながら腰をゆるゆる動かすと、彼は急に貯めた唾液を落としてくる。自分は全く抵抗もなく全てを嚥下した。ゴク、と大きく音をさせて飲み込めば、彼は満足気に目を細めて見つめてくる。
「私の足を使って自慰してるね。気持ちいい?」
「……ふっ、ん…ぅ」
微かに息を吐き、声を抑えながらもカクカクと腰を必死に動かす自分を、彼は優しく愛おしそうに見つめてくる。甘くまろやかな香りがする真綿で包まれる感覚に、自分は完全に酔いしれた。彼が自分に与える何もかもが快感を齎してくれる。見られているだけでまるでセックスしてる感覚になるのだ。もっと見て欲しくて、見つめてしまう。もっと見て欲しくて、彼の唾液を飲み込んでしまう。もっと見て欲しくて、彼の膝で自慰をしてしまう。
「ああ、可愛い。どうして私が先に会わなかったんだろう。本当に憎らしいよ。我が娘ながら」
「っ、ひぃあ……!」
ゴリ、と彼が膝を急に動かして股の間を強く擦った。突然で強烈な快楽が自分を襲い、小さく悲鳴を上げてしまった。彼の声は低く、呻くような声だった。
ガクガクと両足が震える。急激なまでの快感に立っていられなくなってしまい、彼の足にもたれ掛かる。
「こんなエロくて可愛い子、娘には勿体ない」
「あ、あ……だめ、だめぇ……」
もはや口先だけの拒否に彼はまた愛しげに目を細めて微笑む。見つめていると、また彼の端正な顔がまた近づいてキスを、
「お父様?」
コンコン、と扉を叩く音に身体がビクッと跳ねた。跳ねているが、彼に押さえつけられた両手のおかげで何とか物音を立てずにすんだ。ドクドクと心臓が早鐘を打って、更にはサーッと血の気を引いていって足が先程とは違う意味でガクガクと震え始めた。
何もかも言い訳するには苦しい状況だった。
可愛らしい鈴を鳴らしたような声だった。その声に似合いすぎるほどの可愛い顔をした彼女が、扉を隔てた向こう側に居ることに絶望した。
明らかに顔色を悪くした自分を見て、彼は安心させるように触れるだけのキスを額に落としてくる。
「なんだい、レイチェル」
「開けてもいいかしら?」
「ああ、いや。すまない。着替えてる最中だ。用があるならこのまま聞こう」
彼は自分の手を離さなかった。それどころか逃がさないとばかりにぎゅ、と強く握られ、さらには股の間に入れた膝を更に上に持ち上げられ、自分の足がつま先立ちになってしまい身動きが取れなくなってしまう。
フルフルと力なく首を振る。離してくれと懇願するように見上げても、彼はシーッと口を動かすだけだ。
「あら。ごめんなさい。では、アルトを知りませんこと? 彼ったらトイレに行ったっきり戻ってきませんの……一体どこで道草食っているのかしら」
「レイチェル。レディが食っているなどと言ってはいけないよ」
「そんな場合じゃないんですの、もう! 彼のことを見かけたら、わたくしは先に友人の所に行っていると伝えておいてくださいまし」
「はいはい。分かったよ」
彼がそう言うと彼女は、はぁ、とため息をついて扉から離れていったようだった。
気配が薄れ力なく俯き、小さくため息をつく。冷静になって足の間を見ると、自分の股の間と彼の太腿には自分の漏らした先走りでシミができていた。ジワジワと羞恥心が湧き上がっていく。
「アルトくん」
「っ…」
耳元で囁かれ、ピク、と反応する。油断すれば声を出してしまいそうだった。
「続きをしても?」
「ぁ…だ、んっ…」
ダメです、と言いたいのに、言葉はパクリと彼の唇に食われてしまった。彼の形のいい唇が重なると、今の一瞬で作った羞恥心という名の牢壁は瓦解し、自分の抵抗は彼のキスによって吸われていく。
「んっ、んん……んぅ、っ」
彼女が居なくなったからだろうか。彼の舌が先程よりも荒々しい動きで口内を暴れ回る。這われ、舐められ、吸われ、口内の至る所が性感帯になったかのように快感を引きずり出され、彼によって作り替えられていく。
こんな気持ちのいいキスなんて知りたくなかった。まだ自分は、彼女であるレイチェルとだってこんなキスをしたことない。
「っ、ん!」
じゅ、と舌を少し強く吸われ、驚いて思考を戻す。ジンジンと舌が甘く痺れ、彼の優しげな瞳は、ちょっとばかしギラついて笑っているのにどこか不機嫌そうだった。
「今は集中して。もう、あの子も居ないんだから、ね?」
そう言われてしまえば自分は無抵抗に彼のキスを受け入れるために、ゆっくりと瞼を落とした。なんとなく、機嫌が戻った気配がするのは、繋がれた恋人繋ぎをぎゅ、と優しく握られたからだ。
そうだ、もう…彼女は居ない。きっと友人のところに行ってしまった。だからこの家には少しの使用人と彼しか居ない。そして、彼の部屋に入っていることは、自分と彼しか知らない。
だからだろうか、彼に抑え付けるように深く繋がれた手を自分も微かに握り返した。
「アルトくん…、可愛い。好きだ……娘になんか絶対に渡さない……」
そして、自分と彼しか居ない空間のこの部屋で、2人にか聞こえないほどの囁きで「愛してる」と紡がれる。
-----------
自分=アルト
チョロ可愛い系男子、子爵家子息。一人称は僕
レイチェル=アルトの彼女
可憐で美しい侯爵家の一人娘。赤いドレスが似合う。
彼=レイチェルの父
侯爵家当主、美形。娘とは仲良し。
小さく呟いた声は軽やかで艶のある、まるで水のようにしめやかだった。それが自分の声だなんて信じられない。彼女と居る時だってこんな声出した事は無い。
目の前にいる男の優しげな瞳は、眩しそうに細めながらも愛しいものを見るようだった。整った顔立ちはほんのりと色づき、自分の声を聞いて、ゆら、と瞳が揺れて、力強く輝いていた。
大きな手が自分の手に合わされて、ぎゅ、と恋人繋ぎをされる。抱きしめられているかのような錯覚さえ感じてしまい、胸がうるさいほど太鼓を叩く。これは警鐘なのか。そして更に、反対の手にもするりと肘から前腕、手首にゆっくりと感触を確かめるように滑らせ、ぎゅ、と手を恋人繋ぎされた。自分の手が女性の手になったようだった。それほど男の手は大きく長い指で、自分の手は華奢に見えた。
セックスしてるみたい。そう思ったのは、恋人繋ぎをしている指の間に、すり、と指を擦られたからだ。危うく声を出しそうになったのを既のところで抑えられた。その代わりに腰骨の辺りにゾワゾワと何かが上がってくるような、ビリビリと痺れているような感覚に血液が巡る。
「だめ?」
ぞく、とまた腰に血が溜まる。いや、腰と言うより、もっと芯に近い部分だ。小さく小さく吐息を吐くような声が聞こえたのは、彼の唇が自分の耳に触れるほど近くで囁かれたからだ。内緒話をするような、悪戯をするような含みを持たせた言葉に頬が熱くなる。
ぎゅ、と眼を閉じればいつの間にか潤んでいた瞳から涙が零れ、頬を濡らす。悔しいのでも、苦しいのでも、悲しいのでもない。未知の感覚が自分を覆い被さるから涙が出ていた。
不意に頬に、ふに、と柔らかい感触が訪れる。何かと思って恐る恐る目を開くと、今度はほんの少しのザラつきと、湿っぽい感触がした。彼の顔が近い。まつ毛が長い。いいや、そんな場合じゃない。これは、キスだ。そして、涙を舐められたのだ。
「アルトくん、ダメかな?」
驚いて涙は引っ込んでしまったのに、彼は構わずちゅ、ちゅ、と頬に、目元に、額に、頤に、鼻のてっぺんにと何度も何度もキスをする。まるで小鳥が餌をねだるような仕草に擽ったさを感じるものの、不快ではなかった。
けど、それとこれとは話が別だ。
「だ…だめ、ダメです……っ」
流れに身を任せたい。背中は壁で少し冷たいけれど、彼に抱きしめられたら汗ばむ程の熱を与えてくれるだろうことは想像にかたくない。
困ったように目元を落とす彼を見て、罪悪感が襲う。いくら望まれても、ダメなものはダメだ。そして彼はまた強請るように恋人繋ぎをしている両手の指の間にすり、と固く自分よりも男らしい指で擦ってくる。本当にダメ?と聞いているようだった。だから自分は必死に応、と言わないように恋人繋ぎを握り返さなかった。きっと、握り返せば彼は自分が合意したとみなして来るだろうと思った。
背中には閉じられた扉。前には彼。見下ろされているのに嫌ではない。むしろ自分一人が彼の視線を独占していることに脳が痺れるほど歓喜している。見つめられ、見つめ返し、視線が交わると自然にキスも交わした。
「アルトくん……イイ?」
触れるだけのキスを交わして、口が触れるほどの近くで尋ねられる。ノーからイエスに聞き方を変えただけだ。すぐに唇を開けて、ダメと言わなくては、そう思ったのになかなか唇が開かない。それどころか、そのまま彼を見つめ続けてしまった。これじゃ、自分がキスを強請ってしまっている。
彼はそんな自分に答えを与えるかのように、自然と優しく触れるだけのキスをもう一度くれた。ダメと何度も言っておきながら、彼がキスをしやすいように首の角度を変えてしまっている事にも、本当は気づいている。
本当は、彼も分かっている。自分のダメは口だけで、手を振り払わないのも、足で彼を蹴飛ばさないことも、瞳を潤ませて視線を合わせてしまうことも、キスを嫌がらないのも。全部、ぜんぶ。彼には分かっている。
その上で、彼は自分の言葉が欲しいのだ。イエスかノーか、ちゃんとした答えを僕自身に導き出して欲しいようだ。
「アルトくん……」
彼の低く優しい、イイ声で名を呼ばれ、ずくりと腰が重さを感じる。彼に囁かれば脳髄から痺れるほどの甘い感覚につい頷きそうになる。
微かに自分は息をつきたくて口を開いた。彼はまた自然な速さでありつつも、チャンスは逃さないとばかりに素早くキスをする。閉じきっていない口の間に優しい声と優しい手とは違う荒々しさで舌を捩じ込まれた。
「んぅ…ん……んん……」
深いキスに思わず鼻にかかった声が小さく漏れてしまう。その度、彼は嬉しいとばかりにきゅ、きゅ、と恋人繋ぎした手を優しく握る。
手は優しいのに、口腔内だけは嵐のようだ。彼の分厚く長い舌が、しなやかにねっとりと自分の口腔内を好き勝手に暴れ回る。歯列を一つ一つたしかめるようになぞり、上顎をチロチロと舐め、舌が重なり合えば絡ませるように蹂躙してくる。その這い回る舌の動きに合わせてクチュクチュと恥ずかしい程の水音が耳元に響き渡る。彼のものとも、自分のものとも分からない唾液が喉に落ちると、自分はたまらずゴクリと喉を鳴らして嚥下した。
「えっちな顔だ……誰にも、見せたくない」
つ…と彼と自分の間に線が繋がる。淫靡な糸をもう一度手繰るように、ちゅ、と吸うだけのキスをされる。
そんな顔させたのは、彼のせいなのにそんなことを言ってくる。おかしな言動なのに、自分はまるで嬉しいとばかりに彼の指の間をすり、と擦った。彼はそれに驚いた顔をする。そして自分の顔をもう一度見下ろし、こういった。
「悪い子だ……」
悪いのは、彼なのに。自分は何度も何度もダメと言ってるのに、彼は自分をいつの間にか部屋に連れ込んですぐに扉を閉め、自分のことを扉に追い詰めてそして逃がさないように両手を拘束してきた。
合意なんかじゃない。決して。それなのに、自分はまるで魅了されたかのように動けない。
彼はもう一度自分に顔を近づけてきた。そして彼のしやすいように勝手に首の角度を動かしてしまう自分がいる。またしても深いキスなのに、今度は快感を探るような優しいキスだった。チュクチュクと跳ねる水音に、腰がゾワゾワと血が溜まり、下腹部に甘い刺激が現れた。モゾモゾと足を動かすと、彼は足の間に膝を入れ込んで来た。彼との身長差のせいもあって、彼の膝は自分が腰を下ろせばすぐに股の間になってしまう。だから、これは不可抗力だ。
「んっ…ん、ん…っ」
いつの間にか彼の膝に、緩やかに立ち上がった自身をコスコスと擦り付けてしまう。キスをしながら腰をゆるゆる動かすと、彼は急に貯めた唾液を落としてくる。自分は全く抵抗もなく全てを嚥下した。ゴク、と大きく音をさせて飲み込めば、彼は満足気に目を細めて見つめてくる。
「私の足を使って自慰してるね。気持ちいい?」
「……ふっ、ん…ぅ」
微かに息を吐き、声を抑えながらもカクカクと腰を必死に動かす自分を、彼は優しく愛おしそうに見つめてくる。甘くまろやかな香りがする真綿で包まれる感覚に、自分は完全に酔いしれた。彼が自分に与える何もかもが快感を齎してくれる。見られているだけでまるでセックスしてる感覚になるのだ。もっと見て欲しくて、見つめてしまう。もっと見て欲しくて、彼の唾液を飲み込んでしまう。もっと見て欲しくて、彼の膝で自慰をしてしまう。
「ああ、可愛い。どうして私が先に会わなかったんだろう。本当に憎らしいよ。我が娘ながら」
「っ、ひぃあ……!」
ゴリ、と彼が膝を急に動かして股の間を強く擦った。突然で強烈な快楽が自分を襲い、小さく悲鳴を上げてしまった。彼の声は低く、呻くような声だった。
ガクガクと両足が震える。急激なまでの快感に立っていられなくなってしまい、彼の足にもたれ掛かる。
「こんなエロくて可愛い子、娘には勿体ない」
「あ、あ……だめ、だめぇ……」
もはや口先だけの拒否に彼はまた愛しげに目を細めて微笑む。見つめていると、また彼の端正な顔がまた近づいてキスを、
「お父様?」
コンコン、と扉を叩く音に身体がビクッと跳ねた。跳ねているが、彼に押さえつけられた両手のおかげで何とか物音を立てずにすんだ。ドクドクと心臓が早鐘を打って、更にはサーッと血の気を引いていって足が先程とは違う意味でガクガクと震え始めた。
何もかも言い訳するには苦しい状況だった。
可愛らしい鈴を鳴らしたような声だった。その声に似合いすぎるほどの可愛い顔をした彼女が、扉を隔てた向こう側に居ることに絶望した。
明らかに顔色を悪くした自分を見て、彼は安心させるように触れるだけのキスを額に落としてくる。
「なんだい、レイチェル」
「開けてもいいかしら?」
「ああ、いや。すまない。着替えてる最中だ。用があるならこのまま聞こう」
彼は自分の手を離さなかった。それどころか逃がさないとばかりにぎゅ、と強く握られ、さらには股の間に入れた膝を更に上に持ち上げられ、自分の足がつま先立ちになってしまい身動きが取れなくなってしまう。
フルフルと力なく首を振る。離してくれと懇願するように見上げても、彼はシーッと口を動かすだけだ。
「あら。ごめんなさい。では、アルトを知りませんこと? 彼ったらトイレに行ったっきり戻ってきませんの……一体どこで道草食っているのかしら」
「レイチェル。レディが食っているなどと言ってはいけないよ」
「そんな場合じゃないんですの、もう! 彼のことを見かけたら、わたくしは先に友人の所に行っていると伝えておいてくださいまし」
「はいはい。分かったよ」
彼がそう言うと彼女は、はぁ、とため息をついて扉から離れていったようだった。
気配が薄れ力なく俯き、小さくため息をつく。冷静になって足の間を見ると、自分の股の間と彼の太腿には自分の漏らした先走りでシミができていた。ジワジワと羞恥心が湧き上がっていく。
「アルトくん」
「っ…」
耳元で囁かれ、ピク、と反応する。油断すれば声を出してしまいそうだった。
「続きをしても?」
「ぁ…だ、んっ…」
ダメです、と言いたいのに、言葉はパクリと彼の唇に食われてしまった。彼の形のいい唇が重なると、今の一瞬で作った羞恥心という名の牢壁は瓦解し、自分の抵抗は彼のキスによって吸われていく。
「んっ、んん……んぅ、っ」
彼女が居なくなったからだろうか。彼の舌が先程よりも荒々しい動きで口内を暴れ回る。這われ、舐められ、吸われ、口内の至る所が性感帯になったかのように快感を引きずり出され、彼によって作り替えられていく。
こんな気持ちのいいキスなんて知りたくなかった。まだ自分は、彼女であるレイチェルとだってこんなキスをしたことない。
「っ、ん!」
じゅ、と舌を少し強く吸われ、驚いて思考を戻す。ジンジンと舌が甘く痺れ、彼の優しげな瞳は、ちょっとばかしギラついて笑っているのにどこか不機嫌そうだった。
「今は集中して。もう、あの子も居ないんだから、ね?」
そう言われてしまえば自分は無抵抗に彼のキスを受け入れるために、ゆっくりと瞼を落とした。なんとなく、機嫌が戻った気配がするのは、繋がれた恋人繋ぎをぎゅ、と優しく握られたからだ。
そうだ、もう…彼女は居ない。きっと友人のところに行ってしまった。だからこの家には少しの使用人と彼しか居ない。そして、彼の部屋に入っていることは、自分と彼しか知らない。
だからだろうか、彼に抑え付けるように深く繋がれた手を自分も微かに握り返した。
「アルトくん…、可愛い。好きだ……娘になんか絶対に渡さない……」
そして、自分と彼しか居ない空間のこの部屋で、2人にか聞こえないほどの囁きで「愛してる」と紡がれる。
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自分=アルト
チョロ可愛い系男子、子爵家子息。一人称は僕
レイチェル=アルトの彼女
可憐で美しい侯爵家の一人娘。赤いドレスが似合う。
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