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3、婚約者様とお出かけ
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あの婚約のやり直しからひと月が経った。
「お待たせ、祈里」
「いつもありがとうございます。慧さん」
霜永家の邸宅前で行われるいつものやり取り。あれから慧さんは週に一、二回ほど食事に誘ってくれる。わざわざ来てもらうのも申し訳ないので近くまで自分の足で行くと言ったが、彼は頑なに迎えに来てくれた。その優しさはありがたく受け取ることにしていた。
女Ωが嫁ぐはずだったこの婚約が、まさか同じΩといえど、男に切り替わることなど考えもしなかった彼には申し訳ないが、僕は会う度に優しくしてくれる彼を自然に好きになっていった。
今までは、霜永家のΩとして夫となった人を好きになれるか分からないが努力をしていこうと、それなりに腹を括ってはいた。それが霜永家の跡継ぎを産むものとしての人生だと思っていたからだ。
それに相応しくなるように、己を強く律して伊織が逃げ出した教育も全て受けてきた。伊織は『霜永家の為?馬鹿じゃないの。私は私のために生きたい。こんな古臭い決まり事に縛られたくなんかない』と言い、両親や周囲の人間に従い生きる僕を見て、気持ち悪いと表現できるような目で見られたこともある。
僕には伊織が羨ましいという気持ちもあった。
もちろん好きな人を自分で選ぶことは出来ないが、それでも霜永家の縛りからは抜け出して自由に外を行き来する事が出来るのだ。霜永家は名家の一つであり、自らの行いが霜永家一族全員に迷惑がかかると脅されるように周囲に言われ続けては、僕は伊織のようにはなれなかった。
両親はすぐに伊織を霜永家の跡継ぎには相応しくないと決めた。そして弟である僕にその分厳しく教育していた。
両親は申し訳ない、本来ならば姉の伊織が霜永家の跡取りを産むはずのしきたりだった。お前はもう少し自由があった筈だったのにと小さく零したのを聞いても、僕は両親を恨むことは出来なかった。むしろ、ここまで根気よくあまり出来の良くない僕を育ててくれたと思う。
伊織は何でも出来た。それに比べて僕はなかなかに不出来な人間だったのだ。だから今、こうして会っている彼にいつか見限られるのではと心の隅で怯えている。
「水族館に行ったことがない?」
「はい。テレビで見たことはありますが…行ったことはないです。ペンギンがいるなんて信じられないです」
ランチの後、彼が運転する車の助手席で言う。
あれは北極だか南極の生き物ではないですか、そういうと彼は驚いたように目を見開いてそして大きく笑った。
「まさか水族館にそんな事をいう人間がいるとは思わなかった。君は本当に箱入りだったんだな」
「ぅ……」
初対面で世間知らずと言われたので発言にどう気をつけても霜永家で十七まで育った僕はこうやって何度も驚かれてしまう。
彼も世間知らずから箱入り、という言葉に変えてはくれたものの、結局は世間知らずという意味だ。
「私も行くのは久しぶりだ。今から行ってみるか?」
「え?でもこれから仕事では」
「向かい合っても終わらない書類仕事だ。それよりも君と出掛けていた方がよっぽど有意義だな」
運転席から微笑む横顔が見えて勝手に舞い上がってしまう。自分の箱入りのおかげで思わぬ幸運を掴んだ事に、この時ばかりは世間知らずで良かったなんて思う。
「御両親に連絡しといてくれるか?」
「? 今日は出かけるといってあるので大丈夫ですよ」
泊まりになる訳でもないのにわざわざ連絡し直すのも変だ。箱入りとは言われても流石の父様と母様もそこまで僕を縛り付けたりなんてしない。学校だって多少の帰宅の早い遅いがあったが、必ず連絡しろとは言われなかった。
伊織は連絡を一切しなかったが、僕はあまりにも遅い時には連絡していたからだ。
「私と出掛けていることになってるんだ。遅くなったら何かあると思われるよ」
「何か…?」
「うーん。まあ婚約者といえどαとΩだからと言ったら伝わるかな」
あるふぁとおめが…とゆっくり噛み締めるように呟いて、到達した答えに頭から小さく破裂音が出る。
顔から耳まで真っ赤にして口をパクパクすると、彼は更に大きく笑う。
「なんだか悪いことを教えてるみたいだよ。君は本当に見ていて飽きないね」
「か…っ、からかわないで下さい……!」
「ごめんごめん」
全然反省している様子はない。これからもきっとこうやってからかわれるのだなと思う。ムッとすることはあっても、今までの重圧から解き放たれ、自由を感じる僕は運転する彼を見て益々好きになるのだろうなと考えた。
「お待たせ、祈里」
「いつもありがとうございます。慧さん」
霜永家の邸宅前で行われるいつものやり取り。あれから慧さんは週に一、二回ほど食事に誘ってくれる。わざわざ来てもらうのも申し訳ないので近くまで自分の足で行くと言ったが、彼は頑なに迎えに来てくれた。その優しさはありがたく受け取ることにしていた。
女Ωが嫁ぐはずだったこの婚約が、まさか同じΩといえど、男に切り替わることなど考えもしなかった彼には申し訳ないが、僕は会う度に優しくしてくれる彼を自然に好きになっていった。
今までは、霜永家のΩとして夫となった人を好きになれるか分からないが努力をしていこうと、それなりに腹を括ってはいた。それが霜永家の跡継ぎを産むものとしての人生だと思っていたからだ。
それに相応しくなるように、己を強く律して伊織が逃げ出した教育も全て受けてきた。伊織は『霜永家の為?馬鹿じゃないの。私は私のために生きたい。こんな古臭い決まり事に縛られたくなんかない』と言い、両親や周囲の人間に従い生きる僕を見て、気持ち悪いと表現できるような目で見られたこともある。
僕には伊織が羨ましいという気持ちもあった。
もちろん好きな人を自分で選ぶことは出来ないが、それでも霜永家の縛りからは抜け出して自由に外を行き来する事が出来るのだ。霜永家は名家の一つであり、自らの行いが霜永家一族全員に迷惑がかかると脅されるように周囲に言われ続けては、僕は伊織のようにはなれなかった。
両親はすぐに伊織を霜永家の跡継ぎには相応しくないと決めた。そして弟である僕にその分厳しく教育していた。
両親は申し訳ない、本来ならば姉の伊織が霜永家の跡取りを産むはずのしきたりだった。お前はもう少し自由があった筈だったのにと小さく零したのを聞いても、僕は両親を恨むことは出来なかった。むしろ、ここまで根気よくあまり出来の良くない僕を育ててくれたと思う。
伊織は何でも出来た。それに比べて僕はなかなかに不出来な人間だったのだ。だから今、こうして会っている彼にいつか見限られるのではと心の隅で怯えている。
「水族館に行ったことがない?」
「はい。テレビで見たことはありますが…行ったことはないです。ペンギンがいるなんて信じられないです」
ランチの後、彼が運転する車の助手席で言う。
あれは北極だか南極の生き物ではないですか、そういうと彼は驚いたように目を見開いてそして大きく笑った。
「まさか水族館にそんな事をいう人間がいるとは思わなかった。君は本当に箱入りだったんだな」
「ぅ……」
初対面で世間知らずと言われたので発言にどう気をつけても霜永家で十七まで育った僕はこうやって何度も驚かれてしまう。
彼も世間知らずから箱入り、という言葉に変えてはくれたものの、結局は世間知らずという意味だ。
「私も行くのは久しぶりだ。今から行ってみるか?」
「え?でもこれから仕事では」
「向かい合っても終わらない書類仕事だ。それよりも君と出掛けていた方がよっぽど有意義だな」
運転席から微笑む横顔が見えて勝手に舞い上がってしまう。自分の箱入りのおかげで思わぬ幸運を掴んだ事に、この時ばかりは世間知らずで良かったなんて思う。
「御両親に連絡しといてくれるか?」
「? 今日は出かけるといってあるので大丈夫ですよ」
泊まりになる訳でもないのにわざわざ連絡し直すのも変だ。箱入りとは言われても流石の父様と母様もそこまで僕を縛り付けたりなんてしない。学校だって多少の帰宅の早い遅いがあったが、必ず連絡しろとは言われなかった。
伊織は連絡を一切しなかったが、僕はあまりにも遅い時には連絡していたからだ。
「私と出掛けていることになってるんだ。遅くなったら何かあると思われるよ」
「何か…?」
「うーん。まあ婚約者といえどαとΩだからと言ったら伝わるかな」
あるふぁとおめが…とゆっくり噛み締めるように呟いて、到達した答えに頭から小さく破裂音が出る。
顔から耳まで真っ赤にして口をパクパクすると、彼は更に大きく笑う。
「なんだか悪いことを教えてるみたいだよ。君は本当に見ていて飽きないね」
「か…っ、からかわないで下さい……!」
「ごめんごめん」
全然反省している様子はない。これからもきっとこうやってからかわれるのだなと思う。ムッとすることはあっても、今までの重圧から解き放たれ、自由を感じる僕は運転する彼を見て益々好きになるのだろうなと考えた。
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