【完結】婚約破棄した姉の代わりに嫁ぎます

七咲陸

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4、婚約者様と水族館に行きました

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「お帰りなさい。祈里」

玄関で靴を揃えている時に声を掛けられ、身体がビクついた。母の声だ。

「かっ、母様……」
「どうでしたか?水族館は」

くすくすと笑いながら僕の荷物を持ってくれた。そこには父と母、それに使用人の皆へとお菓子のお土産の袋もあった。
甘いものに目がない母は目敏くそれを見つけ、水族館の印字されたクッキー箱を見てルンルンと音がしそうなほど軽やかに歩いている。

「母様、聞いてください……!」
「あらあら。お茶にしますから着替えていらっしゃい」

スススと衣擦れの音だけで廊下の奥に行ってしまった。夕飯前のお茶を準備するために使用人にお願いしに行くのだろうと分かってため息をついた。

結論として水族館はとても楽しかった。
目の前に準備されたお茶を啜りながら、普段着の着物に着替えてきた僕は父と母にそう言った。

「けど…酷いんです。父様も母様もちゃんと聞いてください!」
「聞いてますよ」
「珍しいな。祈里が怒ってるなんて」
「慧さんは意地悪でした!あんな意地悪な人、初めてです!」

まず初めに回遊魚たちがいるタワーのような水槽を見て僕は発した。『あ、あれ今日食べた魚です』と。すると慧さんは耐えきれず顔を背けて吹き出し、肩を震わせて笑い始めたのだ。その上、『君は食い意地が張ってるな』と言われ、とても恥ずかしかった。
次にペンギンを見た時だ。ペンギンはとても可愛くていつまでも見ていたくなるほどだった。そしたら急に『あ、あれは祈里に似ているな』と言われて指された指の先を見たらペンギンが大口を開けて飼育員に餌を渡されて美味しそうに食べている所だった。ムッとして慧さんの腕を抓ってやった。
ぐるっと回って最後はイルカのショーを見た。
何故か前の方の座席が異様に空いている。慧さんも『空いているし、前に座ろう』とニコニコ微笑んで言うので了承した。可愛いイルカと飼育員の阿吽の呼吸に感動していると、突然飼育員が、『行きますよー!』と言ってイルカは大きく目の前でジャンプしたと思ったら、水槽から溢れ出した水が客席まで飛んできたではないか。
呆然とした僕を見て明らかに知っていた慧さんは爆笑。
着替えを持ってきてない二人は水族館のシャツを買って強制お揃いコーデをすることになったのだった。

「……っ、そ、それは……、ふ、写真はないのですか?」
「あります! ほら!見てください!」

スマホを操作して、びしょ濡れになって涙目になる僕を撮った慧さんに送られてきた写真を二人に見せた。
その写真を見て母と父は口元を押さえながら肩を震わせて堪えきれず笑っているようだった。

「慧さんは祈里と遊んでとても楽しかったようだね」
「何言ってるのですか、貴方。祈里で遊んでるんですよ。こんな…っ、ふふふ……っま、間抜けな顔して……!」
「母様!」

羞恥で涙を目に溜めながら母を怒るけれど、かまわず母は笑い続けた。

「二人共酷いではないですか! 僕すっごく恥ずかしかったのに……!」
「まーまー、落ち着け祈里。慧さんとても良い人じゃないか」
「良い人は今日居なくなりました!」

週に一、二回食事に連れて行ってくれていた時は車に乗る時もドアを開けてくれたり、歩道でも道路側を歩いてくれたりと紳士な人で何度もドキドキさせられた。
しかし今日の彼は僕をからかってばかりであった。

「……結果として、良かったのかもしれませんね」
「母様?」
「祈里には我慢ばかりさせていましたから。伊織が自由奔放なせいで何度祈里に我慢を強いていたか…」

母が苦しそうな顔をする。
伊織が逃げ出したことは沢山あった。本来ならば華道茶道、琴や舞踊に料理までもを伊織と一緒に受けるはずだった。僕だけが習っている内に両親は伊織の跡継ぎを諦めた。僕が跡継ぎとなったからには、と習い事は日毎に厳しくなっていき、学業も疎かに出来なかったとあれば自由な時間は無いに等しかった。

両親は何度か僕を旅行につれて行こうとしてくれた。その度に伊織が自分の行きたい所を無理やり指定し、あまり体力のない僕が逆に疲れているのを見てため息をついていた。
旅行ではなく観劇ならば僕が楽しめると思って連れて行ってくれた時も、伊織がつまらないと暴れた。父が伊織を連れて帰り、母と二人で観劇を楽しんだが後に『母様は祈里ばっかり!』と伊織が拗ねて大変だった。

「伊織から解放されて…祈里、貴方が自由に笑ったり怒ったり拗ねたりしてくれるだけでそう思います」
「…母様……」
「慧さんに婚約破棄をされないで本当に良かったと私も心から思うよ」
「父様……僕は、二人が頭を下げてくれたと聞きました」
「子供が幸せになるためからいくらでも下げます」

母は『伊織の時だって下げたのですよ』と言う。姉にはその愛情が伝わなかったのが少し寂しい。

「ありがとうございます。母様、父様…」
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