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5、婚約者様と霜永家で夕食
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そろそろ発情期だ。
朝方、自室のカレンダーを見て思い出した。抑制剤はかなり効く方で、そもそも発情期もほとんど苦しくない。霜永家抱えの医師からも『そもそも欲求が薄いのかもしれません』と言われたことがある。
確かに女の子を見ても、男のαを見てもドキドキしたりすることはなかったように思う。
「……でも、今は」
今は婚約者の慧さんがいる。
慧さんは水族館の後も色んなところに連れていってくれた。遊園地やアウトレットモール、海や美術館など、沢山思い出をくれた。今度は温泉のある雪山に行こうと約束している。
温泉宿に一泊することはどういう意味があるのかは僕だって分かる。そしてその旅行の少し前が発情期だと思い出したのだ。
発情期はさすがに薬で乗り越えようと思う。学校のΩの友人に『発情期ってヤバくないか…?俺、すっごくだらしなくなっちゃうんだよ。そんなとこ番になる人に絶対見せたくない……』と言ってて妙に納得した。だらしなくなって、軽蔑されたらすごく嫌だ。
「祈里さん」
「っ!は、はい!」
カレンダーを見て難しい顔をしていたら急に声をかけられた。使用人の女性だった。
「……?どうされました?顔が真っ赤ですよ」
「え?! あ、いや、何でもないです!それより用事は?」
「はぁ……慧さんが今日夕食を召し上がりに来るそうですが、何か好き嫌いは無かったかと聞きに来ました」
「あ、ああ、特には……いや、あんまり甘いのは苦手って言ってたかな」
「そうですか。分かりました、祈里さんもお作りになりますか?」
「……そうですね。行きます」
じゃあもう少ししたらいらして下さい、と言いながら部屋を出ていった。
閉まった扉を見ながら僕は、自分がだらしなくなってしまう所を想像しかけ、そしてその相手が慧さんだったという恥ずかしくて死にそうな妄想を打ち消して貰えて助かったと思った。
「慧さん、いつもお写真をありがとうございます」
「? 写真? 母様、なんの事ですか?」
「ははは。お義母さん、それは三人の秘密だったのに。ダメですよ」
あらやだ。うっかり。なんて含み笑いをしながら口を抑えている。父も『ダメじゃないかお前。祈里が居る前で』と笑いながら言っている。
食事は滞りなく進み、穏やかな時間だった。今は食後のお茶を飲んでいる。
「なんの写真ですか?僕も見たいです」
「はは。いいよ、見る?」
秘密だと言っておきながら慧さんは隠すことなくスマホを取り出した。指で何度か操作した後、画像が表示されたそこには僕が沢山並んでいた。
「これっ!」
「あ、お義母さんにお義父さん。この前初めて本場のインド料理と謳う店に行った時の祈里を送りますね」
「あらあらありがとう。さっそく見なくちゃ」
「や、やだ!待ってください!それ絶対辛くて涙目になってた写真ですよね!?」
「ほほう。それだけじゃなくてインド人にヒンディー語で話しかけられて困惑してる動画も送られてきたぞ」
「慧さん!!」
僕をからかって笑う慧さんはいつもの紳士な姿ではなく、心の底から楽しそうにしている。
「この可愛さを布教した方がいいと思って」
「しなくていいです!」
慧さんは本当に意地悪だと思う。
「はー、笑いすぎました。それはそうとして、二人に聞いて欲しいのだけれど」
母は目に涙が出るほど笑ったあと、涙を指先で拭きながら改まった様子になる。父も微笑んではいるが、真剣な空気に変わった。
「祈里の代わりに、霜永家の後継者の件なのだけれど。分家の子が一人来てくれることになりました」
「その子は本家の養子となる。ただまぁまだ十歳になったばかりで、これから跡継ぎの教育をすることになるんだが…祈里に教育をお願いしたい」
「僕ですか?」
僕は確かに習い事をこなしはしてきたけれど、先生やら師範になるほどではないのは自覚している。
僕が戸惑った様子になったのを母が察したのか、「心配いりませんよ」と言った。
「教育、と言うよりも兄として接して欲しいのです。私も旦那様もその子のフォローはきちんとしますけど、やはり歳が近い方が相談もしやすいでしょう」
「祈里は……まぁ伊織には相談しにくかったかもしれない。だからこそ、その大切さも分かるんじゃないかと思ってね」
「…僕は構いません。むしろ本家に来て頂けるなら有難いことです」
僕が微笑んで言うと、両親はホッと安心したようだった。
「一つだけ良いですか?」
そんな和やかな雰囲気の中、一人、これ以上ないほど真剣な顔をして手を挙げて両親を真っ直ぐ見つめている。
「慧さん?」
「大切なことがあるのですが」
彼は声を低く、真面目な口調で言った。
なんだろう。何か皇家にとって不利なことがあったのだろうか。だとすれば、慧さんが不満を感じてしまうだろう。
僕は不安になって慧さんを見るが、彼はこれから困難を解決するために何をすべきなのかを問う、とても難しい顔をしている。
父も母も真剣に慧さんと向き合った。
そして、彼は言う。
「祈里が私とデート出来る時間はきちんと頂かなくては納得しかねます」
慧さんの言葉に、父と母は僕が見てきた人生の中で最も爆笑したのだった。
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アップデートしたら気づきました。嬉しいです…、ありがとうございます!
朝方、自室のカレンダーを見て思い出した。抑制剤はかなり効く方で、そもそも発情期もほとんど苦しくない。霜永家抱えの医師からも『そもそも欲求が薄いのかもしれません』と言われたことがある。
確かに女の子を見ても、男のαを見てもドキドキしたりすることはなかったように思う。
「……でも、今は」
今は婚約者の慧さんがいる。
慧さんは水族館の後も色んなところに連れていってくれた。遊園地やアウトレットモール、海や美術館など、沢山思い出をくれた。今度は温泉のある雪山に行こうと約束している。
温泉宿に一泊することはどういう意味があるのかは僕だって分かる。そしてその旅行の少し前が発情期だと思い出したのだ。
発情期はさすがに薬で乗り越えようと思う。学校のΩの友人に『発情期ってヤバくないか…?俺、すっごくだらしなくなっちゃうんだよ。そんなとこ番になる人に絶対見せたくない……』と言ってて妙に納得した。だらしなくなって、軽蔑されたらすごく嫌だ。
「祈里さん」
「っ!は、はい!」
カレンダーを見て難しい顔をしていたら急に声をかけられた。使用人の女性だった。
「……?どうされました?顔が真っ赤ですよ」
「え?! あ、いや、何でもないです!それより用事は?」
「はぁ……慧さんが今日夕食を召し上がりに来るそうですが、何か好き嫌いは無かったかと聞きに来ました」
「あ、ああ、特には……いや、あんまり甘いのは苦手って言ってたかな」
「そうですか。分かりました、祈里さんもお作りになりますか?」
「……そうですね。行きます」
じゃあもう少ししたらいらして下さい、と言いながら部屋を出ていった。
閉まった扉を見ながら僕は、自分がだらしなくなってしまう所を想像しかけ、そしてその相手が慧さんだったという恥ずかしくて死にそうな妄想を打ち消して貰えて助かったと思った。
「慧さん、いつもお写真をありがとうございます」
「? 写真? 母様、なんの事ですか?」
「ははは。お義母さん、それは三人の秘密だったのに。ダメですよ」
あらやだ。うっかり。なんて含み笑いをしながら口を抑えている。父も『ダメじゃないかお前。祈里が居る前で』と笑いながら言っている。
食事は滞りなく進み、穏やかな時間だった。今は食後のお茶を飲んでいる。
「なんの写真ですか?僕も見たいです」
「はは。いいよ、見る?」
秘密だと言っておきながら慧さんは隠すことなくスマホを取り出した。指で何度か操作した後、画像が表示されたそこには僕が沢山並んでいた。
「これっ!」
「あ、お義母さんにお義父さん。この前初めて本場のインド料理と謳う店に行った時の祈里を送りますね」
「あらあらありがとう。さっそく見なくちゃ」
「や、やだ!待ってください!それ絶対辛くて涙目になってた写真ですよね!?」
「ほほう。それだけじゃなくてインド人にヒンディー語で話しかけられて困惑してる動画も送られてきたぞ」
「慧さん!!」
僕をからかって笑う慧さんはいつもの紳士な姿ではなく、心の底から楽しそうにしている。
「この可愛さを布教した方がいいと思って」
「しなくていいです!」
慧さんは本当に意地悪だと思う。
「はー、笑いすぎました。それはそうとして、二人に聞いて欲しいのだけれど」
母は目に涙が出るほど笑ったあと、涙を指先で拭きながら改まった様子になる。父も微笑んではいるが、真剣な空気に変わった。
「祈里の代わりに、霜永家の後継者の件なのだけれど。分家の子が一人来てくれることになりました」
「その子は本家の養子となる。ただまぁまだ十歳になったばかりで、これから跡継ぎの教育をすることになるんだが…祈里に教育をお願いしたい」
「僕ですか?」
僕は確かに習い事をこなしはしてきたけれど、先生やら師範になるほどではないのは自覚している。
僕が戸惑った様子になったのを母が察したのか、「心配いりませんよ」と言った。
「教育、と言うよりも兄として接して欲しいのです。私も旦那様もその子のフォローはきちんとしますけど、やはり歳が近い方が相談もしやすいでしょう」
「祈里は……まぁ伊織には相談しにくかったかもしれない。だからこそ、その大切さも分かるんじゃないかと思ってね」
「…僕は構いません。むしろ本家に来て頂けるなら有難いことです」
僕が微笑んで言うと、両親はホッと安心したようだった。
「一つだけ良いですか?」
そんな和やかな雰囲気の中、一人、これ以上ないほど真剣な顔をして手を挙げて両親を真っ直ぐ見つめている。
「慧さん?」
「大切なことがあるのですが」
彼は声を低く、真面目な口調で言った。
なんだろう。何か皇家にとって不利なことがあったのだろうか。だとすれば、慧さんが不満を感じてしまうだろう。
僕は不安になって慧さんを見るが、彼はこれから困難を解決するために何をすべきなのかを問う、とても難しい顔をしている。
父も母も真剣に慧さんと向き合った。
そして、彼は言う。
「祈里が私とデート出来る時間はきちんと頂かなくては納得しかねます」
慧さんの言葉に、父と母は僕が見てきた人生の中で最も爆笑したのだった。
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