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番外編
僕の優しい婚約者 ①
しおりを挟む霜永家にはΩの双子が産まれる。片方は霜永家の跡継ぎ。もう片方は他家へ嫁ぎ、有力者との縁繋ぎとなるようにする。昔からある古いしきたりで、これを違えたことは一度たりともなかったそうだ。
けれど今代のΩは、他家へ嫁ぐはずだった双子の片割れが使用人と駆け落ちし、次代当主になる予定だったもう片方の片割れが急遽他家へ嫁ぐことになったからというから、現当主たちの頭は割れんばかりに痛かっただろうと思う。
途絶えれば霜永家の衰退に関わると、まだ幼いながらこのしきたりの重要さは理解していた。
それでも霜永家は何とか次代に繋ぐことが出来たと喜ばれた。そう。僕が分家から本家へ養子となったからである。
「ううう……」
お腹を摩るがツキツキと刺さるような痛みはあまり変わらない。それどころか今日の事を思うと更にチクチクと針の痛みを感じる。
今日はついに次代当主となる僕のお披露目の日。十五の歳で当主はお披露目を行うのも慣例である。脈々と繋がるこのしきたり。僕は気合を入れて取り組まないといけない。つまり、失敗できない。
僕はあまり出来が良い方ではなかった。暗記物は何度も何度も繰り返す必要があるし、習い事も人より上達が遅い。礼儀作法だって未だにトチってしまう。
優秀だと周りは言うが、本当は努力の塊でなんとか足場を固めたその上に立っているだけだ。
現当主のお母様は義理の母となるが、そのお母様はとても優秀だったらしい。覚えも良く、礼儀作法も完璧で、非の打ち所の無い霜永家当主だと言われてきた。
それを教えてくれたのは、僕を産んだお母さんだ。『当主様に直接の教えを頂くのは大変名誉あること。全てのことに気合を入れて望みなさい』と握り拳を作って僕よりも燃え上がっていた。
お披露目となるので一張羅の着物に着替えた僕は無駄に動くことは許されなかった。気崩れてしまうし、変なところにシワが出来てしまう。『霜永家のΩはどこよりも清廉された美しさを保ち、Ωだからといって他家に侮られてはならない』といつも口を酸っぱくして言われ続けていた。
この腹の痛みが現れたのは最近のことだ。確かお披露目が決まった一年前くらいだと記憶している。
それまではふわっとしていた意識が、自分の行いが霜永家全体に関わるのだと急にズシンと重く両肩にのしかかってきた。
自分に自信なんてどこにもなかった。
「紬くん、準備出来ましたか?」
「っあ、は、はい!」
襖の向こうの声は義兄の祈里さんだ。
祈里さんは本来ならば霜永当主となるはずだった。それに見合うほど、いやそれ以上の優秀さであり、美しさを持っていた。
Ωならば大体の人間は美しさや可憐さを持ち合わせている。けれど、祈里さんは別格だった。洗練された気品、微笑んだ時の美しさ、話す姿はとても可愛らしくて誰もが見蕩れてしまい、つい耳を傾けてしまう。
そんな祈里さんと比べて自分はどうだろうか。
「わぁ、とっても似合ってますね。可愛いし、素敵ですよ」
「あ、ありがとうございます…」
「紬くん?」
お礼を言ったのに俯いたからだろうか、不思議そうに声をかけられる。嬉しいはずの言葉なのに、素直に受け取れない。
本当だったら祈里さんが当主になって霜永家を立派に繋いでいくはずだったのに。僕なんかが本当に務まるのだろうか。
「……紬くん、あの」
「祈里。そろそろお義母さんたちが……どうかした?」
「あ、慧さん。…いえ、何も。紬くん、一緒に行きましょう」
何か声を掛けようとしてくれていたのだが、祈里さんの旦那様である慧さんが来たことでそれは打ち切られた。
ホッとした。祈里さんには本家の養子になってからなんでも相談してきたから自分の自信のなさはきっとお見通しだったはず。
慧さんは祈里さんの様子が気になってジッと見ていた。祈里さんは気づいてないみたい。そんな祈里さんは僕の手を優しく包むように掴んで歩かせてくれた。慧さんが嫉妬するかも、なんて思うが慧さんは流石にそこは大人の懐でニコリと僕に微笑んでくれた。
「祈里、ちょっと止まろう」
「え?」
廊下で慧さんが祈里さんに声を掛ける。お披露目の場はまだまだ先だ。廊下を抜けて、中庭を通った先にある。
祈里さんが不思議そうに慧さんを見上げると、慧さんはもう一度微笑んだ。
「紬くん。私も皇グループのトップだ。規模は違くても、恐らく君と私は同じ立場にいると思う」
「……あ、は、はい……」
真剣な声色に僕の肩は強ばる。祈里さんの繋いでくれた手がしっとりしてしまっている気がした。
「私も緊張したよ。会社の上に立つのが私で本当に相応しいのか。自信を持って生きてきたはずなのに、いざとなると怖気付いた」
「……慧さん」
「けどね。それでいいんだと思う。上に立つ者は臆病で構わない。自惚れは身を滅ぼす。だから今君が感じている全てを自分が肯定してあげるんだ」
「自分が、肯定……」
怯えている自分、自信の無い自分。それでいいのだと、慧さんは真っ直ぐ僕を見て言ってくれる。
「そう。君は祈里にたくさん教わっただろう? だから大丈夫。失敗したら、祈里や私のせいにするつもりでいいんだ」
「え?」
「そうですよ。本来は僕が跡継ぎのはずでした。それを紬くんはここまで良く頑張ってくれて、僕はとても嬉しいし、誇りに思ってます。……もし今、紬くんが逃げ出したいと言っても、僕は責めたりしません」
「祈里には、霜永家の未来より私を選ばせた。もちろん自らの意思で選んでもらったけれど。しかしそれは、誰かに霜永家の未来を押し付けたことになる。けど紬くんは恨み言一つ言わずに頑張っていただろう。祈里も私も、良い子すぎると常々思っていたんだ」
「でも……!」
二人はふわりと微笑んでいる。祈里が繋げてくれた手を祈るように両手で包んだ。
「誰かに期待されるの、怖いですよね。期待されないのも辛いです。それを僕は知ってます。慧さんもね、同じなんだそうです」
「紬くん、君は一人じゃない。大丈夫」
そう言われ、僕はほろりと涙をこぼした。少しだけした化粧が落ちちゃう、と頭のどこかにあったけど、涙は止められなかった。
緊張で吐き気がしそうだった。辛くて、本当は逃げ出したかった。
二人に気持ちが分かってもらえて凄く嬉しくて、どこか申し訳なくて、でもやっぱり嬉しかった。
そのうちどんどん涙が止まらなくて嗚咽し始めた。
「よしよし、怖かったですね。慧さん、お願いします」
「ああ、分かった」
祈里さんに抱き締められ、頭を撫でられる。二人にしか分からない合図のようだが、多分もうお披露目の時間が差し迫っていたから、きっと慧さんはお義母さまの所に行くんだと思う。
涙を零しながら、頭を撫でられ慰められながらも僕は頭の片隅で少し思った。
僕も、こんな二人のような夫夫になりたいと。
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