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第10話

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国の剣たるシルヴェスターの長は、久々に自分の娘の強烈と言っていいほどの笑みを見、ギャラストに対して余計なことをしおって、という感情と敵と言えどもお気の毒、という感情を持った。
代々シルヴェスターの家は国の剣たれと言い聞かされて育つからか、時折戦闘狂いのような者が生まれる。
言い聞かされ続けたからこそ戦闘狂いになるのか、生来のものかは当人にもわからないことだが、戦闘狂いと言われる者たちは皆一様に、戦闘に対して快楽を得てしまうものであり、当代の当主である、アルファの娘たるアイレイシアも、戦闘狂いだった。
アイレイシアは戦闘狂いではあるが、常識もあり頭もよく、戦闘狂いの中では良い部類に入る。
彼女は直接剣を交わすのも、自分で戦を動かす軍師のような立ち位置でも快楽を感じるタイプで、強敵であればあるほど力を発揮する限界を知らないタイプでもある。
恐ろしいのは、実際彼女はこれまでのところは負け戦を経験したことがない。
ついでに言ってしまうと、戦闘狂いな一族のものたちは、例え小さな小競り合いであろうと、負けたことがあるという記述が全くと言っていいほどない。
それは現在でも変わらない。
歴史というのは偽りの記載や記述が多くあるが、ことシルヴェスター家ではそのようなことなど全くなく、事実しか記述されない。
そのような背景からか、戦闘狂いのものたちは戦の神のお気に入りなのではと言われることも多くある。
そして、そんなものたちに狙われて無事でいられるわけもなく。

「引けー引けー!この場は退却だ!」
アイラが出陣する前に、アリクは侵攻されているなかで一番近い場所に少人数の遊撃隊を率いて向かい、撃退していた。
アリクは若くして王直属近衛騎士団の団長を任されている。
しかし、彼にはシルヴェスター家の私兵として主に遊撃を得意とする者たちが集まった少人数(18人)の部隊の長もしていた。
そして、シルヴェスター家のみに許されている軍法があり、それは例え王の直属部隊を任されていようと、緊急事態の戦では関係なく戦に出ることができるということだ。
これに同意出来ないと言う貴族も多々いるが、その方針のおかげで、負け戦を勝ち戦にできたことが何度もあったことから、王の名の元に軍の法として活用されている。
シルヴェスター家は皆、例外なく戦闘能力が高く、その旗下のものたちも彼らと共に学び切磋琢磨するからか、平均を大きく上回る実力者となる。
極々稀に、身体能力が平均のものが生まれることもあるが、そういった者たちは勉学や魔法に才能を発揮し、参謀や魔術師として一族を盛りたててきた。
シルヴェスター家より生まれた参謀が立てる作戦は負けることがなく、代々立てられてきた作戦はこう呼ばれている。『神の采配』と。
その采配はまるで神がそう決めたかのように、揺るがず、神ですら逆らうことが出来ない、それが神の采配だと。

アリクが行った敵を撃退した旨はすぐにアイラのもとへ届く。
「さすがにアリク兄様は速いですね」
アイラは愛馬を駆りながら、黒狗が寄越した報告書を見ていた。
通常、貴族令嬢が馬に乗ることはあまりないが、そこはシルヴェスター家である。
彼の家のものは全員もれなく物心つくころには乗馬を教わる。勿論性別関係なく。

敵国ギャラストはアリクに相当な数の兵を潰された。
アリクが奇襲によって殲滅したギャラストの兵は、約500人規模の小隊編成された内の約100人から200人を戦闘不能もしくは死亡させた。
その内、敵国の新型兵器を装備した兵がおよそ50人いたようだが、全て騎馬民族で構成されていたからか、数人程の犠牲者で済んだようだ。
されど、50人の内の数人というのはかなりの痛手であろう。
あのギャラストが、この程度で諦めるとはまだ思えないが、次の侵攻には多少のロスが考えられる。
新型兵器をいくつか壊したとの報告もある。
あの兄のことだ、壊したとしても回収して解析に回すくらいはするだろう。 
少々、いやかなりの武器好きなので、珍しい武器など、あの兄の格好の獲物だ、
(きっと破壊するときも嬉々と壊しただろうな)
報告された情報を頭で整理しながら、アイラは苦笑するのだった。

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