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第5話 莉菜子、母親とくだらない口喧嘩する巻
しおりを挟む「ねえ、そろそろ晩ごはん?」
団地の小さなキッチンから漂う焦げ臭い匂いを感じながら、鹿取莉菜子はソファにだらしなく座ってスマホをいじっていた。母親の鹿取奈津子は煙草をくわえながら、フライパンを適当にかき回している。
「は? ならお前が作れば?」
「いやいや、母親の仕事でしょ?」
「は? どの口が言ってんの?」
奈津子は煙草の煙をくゆらせながら、フライパンの中の炒め物を適当に皿に盛った。ジャージ姿で髪はボサボサ、ネイルは剥げかけ、表情は常に疲れきっている。17歳の美少女である莉菜子とは、見た目も雰囲気も正反対だった。
「ほら、食え」
「……なんか、焦げてない?」
「うるさいわね、文句あるなら食うな」
莉菜子はため息をつき、箸で皿の中の炒め物をつついた。なんの変哲もないモヤシ炒め。味付けも薄い。いつものことだった。
「もうさ、いい加減まともなご飯作れないわけ?」
「は? じゃあ、お前が稼いでまともな食材買ってこいよ?」
「いや、だからバイトしようとしたら文句言うのあんたじゃん?」
奈津子は鼻で笑った。
「バイトって、どうせまた変なとこで働こうとしたんでしょ?」
「は? ちゃんと選んでるけど?」
「どーせナンパされてホイホイついて行くのと変わらん仕事ばっかじゃん」
「うっざ……何その偏見?」
莉菜子の顔が引きつる。母親にはラウンジで働いていたことはバレていないはずだが、相変わらず言うことが的を射ていてムカつく。
「大体さ、そんなこと言うなら母親としてもうちょい稼いでよ。ウチ、生活保護一歩手前のくせに」
「は? 私がどんだけ働いてると思ってんの?」
「パートでちょっとしか働いてないじゃん。家でゴロゴロしてタバコ吸ってるだけでしょ?」
「はああ? 誰のせいでこんな生活になったと思ってんの?」
奈津子の目つきが変わる。莉菜子の心に、嫌な記憶がよみがえった。
(ああ、またこの話になる……)
「私はなぁ、お前のクソみたいな父親と違って、ちゃんとお前を育ててんの! わかる? 文句言う前に感謝しろよ!」
「……感謝?」
莉菜子は鼻で笑った。
「団地暮らしで貧乏生活? 安いスーパーの半額シールばっかり? タバコ代はしっかり確保? どこに感謝しろって?」
「このクソガキが!!」
バンッ!!
奈津子がテーブルを叩く。その瞬間、皿のモヤシ炒めが小さく跳ねた。
「いいか? お前みたいな口ばっか達者なガキ、ほんとはどこかに捨ててきてもよかったんだよ!」
「は? 捨てればよかったじゃん?」
「はあ!? なら今からでも出てけよ!」
「おっけー、じゃあ金ちょうだい。出てくから」
「あるわけねーだろ!!」
奈津子の怒鳴り声が団地の薄い壁に響く。たぶん隣の部屋には丸聞こえだろう。でも、そんなことは気にしない。どうせ今更だ。
「はいはい、結局金もないくせに偉そうなことばっか言ってんのよね」
「うるさいっつってんだろ!」
バンッ!!
今度は奈津子が煙草の箱を莉菜子に投げつけた。莉菜子は素早く避ける。
「なに、暴力? 虐待?」
「はぁ!? お前が生意気だからだろうが!」
「こんなの動画撮ってネットに上げたら一発で炎上するよね?」
「くっそ……!」
奈津子がまた何かを投げようとしたが、その瞬間、部屋のドアがガチャッと開いた。
「うるせぇ!!」
隣の部屋のおじさんだった。
「お前ら、また喧嘩してんのかよ!? 毎回毎回、深夜にギャーギャー騒ぐな!」
「は? うるさいのはそっちでしょ? 夜中に変な音楽流してるくせに」
「はあ!? 俺の音楽とお前らの喧嘩を一緒にすんな!」
「うるさいもんはうるさいんだよ!!」
奈津子とおじさんが今度は言い合いを始めた。莉菜子はその隙にスマホを持ち、ソファに寝転んだ。
「……はぁ、くだらない」
その後、30分ほどの大喧嘩の末、おじさんは「クソが!」と吐き捨てて部屋に戻った。奈津子も疲れたのか、やっと黙る。
静かになった部屋で、莉菜子は残ったモヤシ炒めをぼんやりと見つめた。
(……なんか、冷めてると余計まずそう)
「なに、食わねーの?」
奈津子がぼそっと言う。
「別に。食べる気なくした」
「じゃあ、捨てるか」
奈津子は皿を手に取ると、そのままシンクに放り込んだ。ジャブジャブと水の音がする。
莉菜子はスマホをいじりながら、ふと呟いた。
「さっきの話だけどさ……」
「は?」
「……私がいなかったら楽だった?」
奈津子は煙草に火をつける。そして、しばらく沈黙した後、ぼそっと答えた。
「さあね」
それだけだった。
莉菜子は「つまんねー答え」と思いながら、スマホをスクロールした。
次の日、また同じようなくだらない口喧嘩が始まることになるが、それはまた別の話――。
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