幻のスロー

道端之小石

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確かな成長

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(子供になって味覚までお子ちゃまになっているとは……)

 伊藤 純(45+4)はピーマンを目の前に固まっていた。苦味と青臭さを前に固まるが純は好き嫌いをしないと決めていた。

 だが苦いものはどうしたって苦いわけで、純は顔をしかめながらも苦味と格闘していた。そんな純を薫と絵里はとても褒めているが純の原動力はそんなものではない。

『脆い体とかもう嫌だ!』

 彼の原動力はこれに尽きた。それからは体を壊さないようにストレッチをして適度な柔軟性を手に入れ、元気よく走り回ってスタミナを身につけ、しっかり食べてしっかりと寝ることで体を作ることに心血を注いだ。

 もちろんボールを触らない日はなかった。長年の研究と最新のスポーツ医学を思い出しながら自分が一番いいと思った投法を身につけようと努力した。純が元々プロになることができたのは類稀なるボールをリリースする感覚あってのものであり、自分の1番の武器をコツコツと磨いていった。

 とにかく体に負担が掛からないような投法でコントロールする感覚を体に染み込ませていく。目標は40歳を過ぎても一軍で投げ続ける投手だ。

 といっても幼稚園では野球なんて出来ない。だから追いかけっこやかくれんぼで思いっきり体を動かす。昼寝をした後、家に帰るまでじっとしていて余った活力でボールを触る。

 そんな生活を繰り返して小学生になった。小学生になれば野球クラブに入ることくらいはできる。

 案外やってみれば子供の振りなど造作もなかった、と純は自負している。だからクラブに行っても問題は起こらないだろうと踏んだのだ。

「父さん、おれクラブに入りたい」
「えっ、大変だぞ?」
「うん」
「そっか……大変だぞ?」
「大丈夫」

 小学生の部活動は4年生から始まるものだったので純は地元の野球クラブに入ることを希望した。体に合わないハードな練習はもちろんバックレる心算だ。変化球も体が出来上がっていないので本格的には投げないし、そもそも投げさせてもらえない、はずだ。球種によってはストレートより負担が少ないと言われるものもあるのだが、純も変化球をこの歳で投げるのは少し怖かった。

「色々、あの色々大変かもしれないぞ」
「うん、大丈夫」

 ドロップなどのカーブ系や肘を捻らないシュート、チェンジアップなどは遊びで投げるつもりであるがあくまで肘や肩の関節をほぐすという目的でゆるく投げる予定だ。ただしフォーク系はダメだ。負担がでかい。

(父さん。大変なのは財布の方だろう?)

 大変だ、と囁き続ける薫に純はうんざりしていた。薫は薫で財布の危機なのでどうにかして思いとどまらせようとしているが純の決意は固かった。
そして、絵理が薫を叱り飛ばすことによってこの事件は幕を閉じた。

 たしかに父親が子供にずっと何かを囁き続けていたら母親は不気味がって怒るだろう。かかあ天下ならなおさらのこと。
 そして純は『緑の少年野球クラブ』といういかにもな地方の弱小クラブに聞こえる名前のクラブに入った。しかし、このチームはこの地区の覇者であった。

 絵理が一番いい場所を、と教育ママになった為である。ただ普通の教育ママと呼ばれる人種とは違い、子供がやりたい事をとことんやらせるタイプであった。そのかわり、ちょっとのことで諦めることは許されないが。
 純はワクワクしながらクラブに入る日を待った。そして来たる日、純がクラブに入ることになった。

「よし!みんな集合っ!」
「「「「お~!」」」」

 まだ野太い声ではない子供特有の声で可愛い感じに整列する。まだ愛くるしい野球男児達だが10年もすればオッサン供の集まりになるのだから時の流れとは非情である。子供たちはだいたい30人くらいは居るがその誰もが笑っていた。本当に野球が好きなのだろう。

「みんなに新しい仲間ができます!君たちはお兄さんだから仲良くするように!」
「「「「はい!」」」」

 適度に監督は子供のお兄さんだからなどという褒め言葉を使いながら子供達を仲良くしたいように誘導していく。

「じゃあ自己紹介できるかな?」

(は?当たり前だろう。こちとら45歳おっさんだぞ?)

 普通そんなオッサンが着ぐるみの如く6歳児に入っているとは考えない。着ぐるみを着た見た目は子供、中身はアラフォーが自己紹介を始める。

「いとう じゅん、6才です!ご指導ご鞭撻の程宜くお願い致します」
「いい挨拶だ!そんな難しい言葉が使えて凄いぞ!みんな返事は?」

 そんな言葉を6歳児は使わない。監督はよほど教育が行き届いているんだなーと一瞬思考が飛んだ。

「「「「ごしどーごべんたつ?のほどよろしくおねがいします」」」」

 子供は真似をする生き物である。多分彼らの中で敬語は監督が褒めてたからカッコいいという認識が生まれた。きっとこれからカッコいい言葉を使う純の言葉を真似することは間違いないだろう。その言葉の意味を理解しているかは別として。
 顔合わせが終われば何が始まるのかと思えば監督にテキトーにルールを説明されていきなり試合に放り込まれた。

「ピッチャーやりたいです!」

 もちろんピッチャーに純は志望するがピッチャーは人気なのでなることはできない。

(ち、しょうがないか)

 純はおっさんである為ジタバタ騒がない。監督にピッチャーになる旨を伝えてそれ用の練習をするつもりなのだ。

(それに久しぶりの野球だしやれるだけで充分だ!)

 監督のプレイボールという言葉と一緒に野球が始まった。ちなみにポジションなんてものはない、ファースト、セカンド、サード、すらもグチャグチャだ。ちなみに純はキャッチャーをしている。理由は誰もやろうとしなかったからだ。小学生低学年の遊びならこんなもんだろうなというレベルだ。

 そしてピッチャーが投げる。キャッチャーがサインを出すか?そんなもの出さないし必要ない。変化球がない上に狙ったコースに来ないから大まかな位置にミットを構えるだけだ。
 それなりの速さのボールが普通にバットにあたりコロコロと三遊間を抜けていく。ショートはどうやらセンターの方によっていたようだ。

(……俺の指示とか関係ないしテキトーに彼らが飽きるのを待つか)

 実際純も飽きつつあった。嘘か夢と思いたいがなんせ球が全部打たれている。ピッチャー変われと言いたい気持ちをぐっと抑えていた。なんせ純はおっさんであり大人である。大人なんだから我慢しないとな、と監督の言葉の鎖には縛られていないが自分で自分を縛り付けている純であった。人はこれを自制心と呼ぶ。偉いぞアラフォー。

 そして監督の采配によってノーアウトチェンジが行われた。

『ガンガンバットで打ってやる!』

 一人目、三振。二人目、内野ゴロ。三人目、空振り三振。守備も全然レベルが違った。明らかなほどに差がある。スリーアウトチェンジ。

『これ、一軍と二軍の試合か?……これはひどい。実力差ありすぎてたのしくないぞ!』

 これには中身がおっさんであろうとお怒りであった。バットは回ってこない。球には触れない。当然頭にきますね。アラフォーでも怒ります。人間だもの。

「ねぇ、ピッチャー変わって」
「なんでだよ。おれは3年だぞ」

 理屈になっていない理屈である。つまり屁理屈というかわがまま。もちろん純がわがままを言っているし相手もわがままを言っている。

「俺の方がうまく投げれる」
「どうしておまえのほうがうまくなげれるっていうんだ!」

『うーん、ダメっぽいな……』

 それは当然のことだ。子供からおもちゃを取り上げようとすると泣く、もしくは怒る。この子供は後者だったようだ。

「この一回俺が投げればわかると思うから一回だけ投げさせてよ。先輩」
「う、うーん……」

『おっ?先輩ってワードに弱いな?』

 純は心の中でニタァと笑う。実際は可愛い小学生スマイルである。

「お願い、先輩!」
「しょうがないなぁ!この一回だけだぞ……」
「ありがとう先輩!」

『シャァッ!もらったぁ!』

 自尊心を満たしてあげると案外素直に物事を聞いてくれるものである。もちろんこれはこの子供が単純だったからという理由もあるだろう。

 監督の「プレイボール」という声が響く。先ほどのピッチャーをしていた先輩はミットをど真ん中に構えていた。

『前世?の今の時点では知らなかったダブルスピンって投法を今回はちゃんと取得してるからな。どれくらいの威力が出るか試すいい機会だ。やってやろうじゃないか、ど真ん中。』

 ダブルスピン投法は理想的な投球フォーム又はモーションを突き詰めたものになるらしい。純も書籍で読んでいただけであった。純が生まれた時にはすでに理論が完成されており、インターネットやら書籍で普通に調べることが出来た。

 正直、こんな小学生の体でとんでもない球が投げれるとは思ってはいない。マシな球が投げれることを願って純はとりあえず腕を振るうことにした。

 純の一球目。左足を高めにあげて溜めを作る。そこから軽く踏み込み、その体重移動によって得た流れを完璧に途切れさせることなくリラックスした右腕からボールに伝えた。

 純が放ったボールはジャイロ回転しながら構えられていたミットにしっかりと収まった。もちろん先ほどのピッチャーの子よりも球速は遅い。しかしバットは空振りをしている。

 二球目。何故かもう一度ど真ん中。先ほどよりも踏み込みを強くして投げる。腕はリラックスしたままだ。ボールはミットにしっかり収まる。

 バッターボックスに立った子は猛烈に振り遅れた。フルパワーで踏み込むとまだ体が追いつかないと純自身がわかっているため制御できる範囲までしか力は出していない。

 三球目。またもど真ん中。ここまでくると純は楽しくなってきたので変化球で遊ぶことにした。あまり負担がかからない投げ方の中からある投げ方に決めた。

 超スローボールである。簡単に言うとボールを山なりに投げることだ。

 思ったより山なりにならなかったものの、バッターはよくわからないまま空振り三振。純はすぐに監督に呼び出された。試合は純の代わりに他の子供が入って続行されている。

「えっと……ほんとに初めて?経験者だったりしない?」

 いいえ、中身は経験者のおっさんです。

「お父さんのおかげです。キャッチボールをお父さんとしていました。野球は初めてです!」

 これはタチが悪い答え方である。なんせ嘘ではない。キャッチボールをしていたことあるだけだ。ブロの二軍でプレイしていたことないとは言っていない。そもそも今世の純は本当に始めてなので嘘ではないのだ。

『嘘じゃ、なさそうだなぁ。え、何この子。フォームもしっかりしてるし、狙ったところにピッタリ投げれるとか天才なの? それともお父さんの教え方が上手いの? うーん多分お父さんだよなぁ、君のお父さんナニモンだ?』

 監督は心の中でそう毒づく。ナニモンかと言われると会社員で野球が好きな絵理の座布団と答えるのが正解になるだろう。

「へ、へぇ……変化球とかわかる?」
「○○選手のスライダーが凄いって父さんが言ってました!俺はスライダーは無理だけどチェンジアップは分かるようになりました」
「へー、そっかー。他には何かあるかな?」
「まだないです」

 あら不思議、チェンジアップをお父さんが教えたみたいに聞こえますね?
気づけ監督。理想的なフォームでボールを狙った場所に投げる小学1年生は普通はいないぞ。天才なら同じようなことができるかもしれない。

「純くんのお父さんと今度話がしたいなぁ」

 お話ししたついでに試合の審判なんかもやってもらおうと画策している監督である。

「(財布が)色々大変で(野球の話に付き合う金銭的)余裕がないと思います」
「(野球関係の仕事が)色々大変で(私のような一監督に割く時間的)余裕が無いんですか……それならしょうがないね」

『なんで残念そうにしているんだ?父さんって実はすごい人なのか?』

 純は純で勘違いを始めたが監督はもっと酷い。

『え、この子供の父親は何者なの?少なくとも同業者か?いやしかし、自分の子供を他人に任せるほど忙しいならどこかのピッチャーコーチか?』

 父親は何者でもないですが、強いて言うならばその子供本人がコーチみたいなものです。そんなこと誰にもわかるはずもないが。

「俺ピッチャーになりたいです」
「あ、うん。そりゃそうだろうね」

 そういう教育を受けてきてるんだろ?と言う目で監督は純を見つめる。事実とは全く異なるのだが。

「なりたいです」
「うん?」

 主語と目的語が吹っ飛んだ圧縮言語の前に監督はたじろぐ。純はピッチャーになりたいからそれ用の練習内容に変えてくれと言う催促のつもりである。しかしここでようやく純は気づいた。

「練習メニューをピッチャーの物にしてください」
「え?(お父さんの作った)練習メニュー、家から持ってこないの?」
「え?(マジで?そんなに自由で)いいんですか?」
「いやいや、むしろ(こちらも勉強になるし)歓迎だよ!」
「ありがとうございます!」

 その後、監督と純は互いに埋められない奇跡的な勘違いをそのまま加速させ6年の時をゆっくりと過ごした。純はすくすくと育っていきかなりの高身長になっていた。
 
 物質的に頭一つ分突き抜けた子供となった純は中学校へ入学する。
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