婚約破棄を、あなたのために

月山 歩

文字の大きさ
4 / 12

4.彼の地の暮らし

しおりを挟む
 彼の地にたどり着いた私達は、新しく住むことになる邸の敷地の中に入った。

 そこは、澄んだ空気と穏やかな風が吹き抜ける温暖な場所だった。

 そして、私達の新たな邸は、石造りの重厚な邸宅で、広さこそ充分ではあるが、しばらく手入れされておらず、古びた佇まいであった。

「ここは、以前貴族が暮らしていたらしいが、長らく無人だった邸だ。
 これから、我が邸とするべく共に作り上げる。

 そして、この領地を皆が安心して暮らせるように共に築いて行こう。」

 オースティン様は邸の庭園だったと思われる空き地で、部下達が見守る中、力強く宣言した。

 部下達は皆拍手をして、共にこの地で生きていくことを誓った。




 その日以降、雑務に追われ、多忙を極めているらしく、オースティン様の姿をほとんど見かけることはなかった。

 そして、私に与えられた部屋は彼の部屋から遠く離れた客室だった。

 朝食の時間だけでも、顔を合わせることはできないか、執事に尋ねてみても、オースティン様は、いつも早くに出かけてしまうらしく、会うことは叶わないとのこと。

 だから、本当は会えないことが寂しいと思いながらも、その想いを胸の奥に押し込めて、私なりにできることをしようと思う。

「エミリア様、新しい布地が届きました。
 これで、エミリア様の寝室のカーテンなどいかがでしょうか?」

 侍女クローネが嬉しそうに提案する。
 彼女はこちらに来てから、私を支えてくれている朗らかで、しっかりものの女性だった。

「そうね、このアイボリーは素敵な色だわ。
 でも、私の部屋にはもうあるから、違う方の分にしましょう。」

「何をおっしゃるのですか?
 エミリア様が今使っているのを、違う人の部屋につけましょう。

 エミリア様より、上質な布地のカーテンなんて、皆気後れしてしまいます。」

「そんなことを気にしなくてもいいのに。」

「気にしますとも。
 ただでさえ、本当は公爵夫人となる方が、絶対にしないであろうお針子の仕事を、エミリア様は一緒にしてくださっているのですから。」

「いいのよ。
 私にできることなんて、これくらいしかないもの。
 せめて、この邸を住み心地良くしたいのよ。」

「その気持ちはありがたいのですが、これ以上エミリア様にお手伝いいただいて良いものか、判断しかねます。

 オースティン様がエミリア様をもっと大切にしてくださったら、エミリア様の威厳は保たれて、私共も安心してお仕えできますのに。」

「いいのよ。
 これが、彼の望んだ形なのだろうから。」

 そう言うと、クローネは、怒りの表情を浮かべる。

「以前、エミリア様とオースティン様にどのような経緯があったのかは存じませんが、少なくとも、エミリア様はこちらに来てからずっと、この邸をよくしようと心を砕かれています。

 なので、このような扱いをされるなど、許されるはずがありません。

 私達侍女は、エミリア様にお仕えできることを誇りに思っております。」

 クローネの真っ直ぐな言葉に、思わず胸が熱くなる。

「ありがとう、ここで出会ったみなさんはとても優しいわ。
 私はここに来られて、良かったと思っているの。

 オースティン様のことも、これで彼の気が済むのなら、私は平気よ。」

 それは、偽りのない本心だった。
 こちらに着いて以来、オースティン様と顔を見合わせることはほとんどない。

 私とは、婚約中だとしても、関わる気がないと態度で示しているのだろう。

 やっぱりかと思う気持ちと、好きだと言ってくれた言葉から、少しだけ期待していた気持ちが胸の奥で混ざり合う。

 それでも、彼がこの地を良くしようと一日中指揮を取り、絶えず忙しくしていることは、邸の侍女達から聞いている。

 民たちと真摯に向き合い、声を聞き、導こうとする彼の姿は、誰もが口を揃えて称えていた。

 以前この地を治めていた王は、暴君だったらしく、オースティン様や私にまで、みな優しく受け入れてくれていた。

 だから、オースティン様は民をまとめるべく、日々奔走しているのだろう。

 暴君の元に行われていた体制はかなりの改革が必要だろうし、彼は元々領地を治めるのが夢だった人だから、彼の作る領地がどう変化していくのか、この目で見届けれるだけでも、私は幸せなのかもしれない。

 たとえ同じ邸に暮らしながら、全くと言ってもいいほど、彼と関わることはなくとも。

 彼のいない王都での毎日よりは、遠くから見える彼の鍛練のようすや、ごくたまに誰かと話している姿を見つけるだけで、不思議と心が満たされる、そんな日々を送っていた。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

【完結】騙された侯爵令嬢は、政略結婚でも愛し愛されたかったのです

山葵
恋愛
政略結婚で結ばれた私達だったが、いつか愛し合う事が出来ると信じていた。 それなのに、彼には、ずっと好きな人が居たのだ。 私にはプレゼントさえ下さらなかったのに、その方には自分の瞳の宝石を贈っていたなんて…。

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

【完結】どうかその想いが実りますように

おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。 学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。 いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。 貴方のその想いが実りますように…… もう私には願う事しかできないから。 ※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗 お読みいただく際ご注意くださいませ。 ※完結保証。全10話+番外編1話です。 ※番外編2話追加しました。 ※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。

婚約者が私にだけ冷たい理由を、実は私は知っている

潮海璃月
恋愛
一見クールな公爵令息ユリアンは、婚約者のシャルロッテにも大変クールで素っ気ない。しかし最初からそうだったわけではなく、貴族学院に入学してある親しい友人ができて以来、シャルロッテへの態度が豹変した。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。 しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。 「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」 屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え―― 「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。 「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」 愛なき結婚、冷遇される王妃。 それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。 ――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。

私達、政略結婚ですから。

潮海璃月
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

処理中です...