婚約破棄を、あなたのために

月山 歩

文字の大きさ
7 / 12

7.新しい女性

しおりを挟む
 この地に来てから、初めてエミリアとオースティン様二人で、夜会に招待された。

 まだ少しぎこちなさはあるものの、私は婚約者としてオースティン様に再びエスコートされて歩くひとときは、胸が温かくなるほどに嬉しかった。

 余計な考えを振り払ってしまえば、やっぱり私は、オースティン様のことが好きなのだ。

 再び関わるようになった今、人の好みは、時が流れてもあまり変わらないものだなぁと実感する。

 このまま、ほんの僅かでも彼のそばにいられたら、どんなに幸せだろうか。

 タキシードに身を包み、柔らかく微笑むオースティン様は、誰よりも素敵だと思うのだ。

 騎士として鍛練を続けている彼は、細身ではあるが、以前より逞しく、長身で、スタイルが良かっただけのあの頃より、この地を守る頼り甲斐がある男性と言う風格をまとっている。

 夜会用のドレスはまだ、こちらに来てから新調しておらず、以前婚約していた当時のものを仕立て直し、二人は着ている。

 それでも、二人で揃うと衣装は対になっているので、私は嬉しくなり、自然と心が浮き立つ。

 彼と共に領地の方達と挨拶をして回っているうちに、疲れが溜まり、オースティン様と離れ、ベンチで一人少し休むことにした。

 すると、誰もいないと思っていた背後から声がかかる。

「エミリア様、初めまして。
 私、こちらでは歴史のある貴族で、サネルマと申しますのよ。」

「初めまして、サネルマさん。」

 視線を向けると、豊かな胸元が大きく開いたドレスを着た肉感的な女性が、自信たっぷりといったようすで口を開く。

「突然だけど、エミリア様にお伝えしておきたいことがあるの。
 
 オースティン様と私は、彼がこちらにいらしてから親密な仲になりましたの。 
 わかるでしょう?」

「えっ、どう言う意味ですか?」

「もう、察しの悪い方ねぇ。
 私達は密かにお付き合いしてますの。

 だから、エミリア様とは、表面上の付き合いなはずですけど。

 私には夫がおりまして、あまり大っぴらにできませんの。

 ですから、あなたにはこのまま、私達の関係を隠す役割を続けていただきたいわ。

 だけど、間違っても私からオースティン様を奪おうとしないでね。」

 サネルマさんの言葉に、私は頭が真っ白になり、足が震えるほどの感覚に襲われた。

 そんなはずないわ。

 私とオースティン様は婚約していて、それは王命でもある。
 でも、それは表向きだけだと?

 サネルマさんは、私達が時々話をする程度の関係だと知っていた。

 それは、二人がお付き合いしているから?
 それとも、私達の関係は形ばかりであると、この地では誰もが知っているの?

 私とオースティン様の関係において、確かなものなど何一つない。

 それでも彼は、再び私との婚約を望んでくれたのだ。
 私のことを好きだと言っていたわ。

 私は彼の言葉を信じたけれど、それとも、これはオースティン様の復讐の一つなの?

 彼女の話に動揺して、その後の夜会での記憶は曖昧だった。

 私は再び婚約してから、オースティン様が望むのであれば、彼の復讐を受け入れるつもりでいた。

 二人の会話はぎこちないし、私をいない者として扱ったり、蔑ろにされても、彼の存在を感じながら、時々はこうして会える。

 復讐だとしても、私に向けらる思いはゼロではないと言うことだから。

 とても歪だけれども、そんな関係もあると満足していた。

 でも、オースティン様にお付き合いしている女性がいるのならば、それは私の微かな希望の終わりを意味する。

 私は他の女性を愛するオースティン様だけは、どうしても受け入れることができない。

 もし本当ならば、また、以前のように彼から逃げ出したい。

 愛し合う二人をそばで見守るなんて、絶対にできない。

 けれど、今は王命により結ばれた婚約。
 逃げられないなら、私はどうすればいいのだろう。

 あの婚約当時から考えることは、何も変わっていない。
 私こそ何も。




 帰りの馬車の中で、オースティン様に平静を装いながら尋ねてみる。

「サネルマさんという方が、あなたとお付き合いしているって言うのだけれど?
 本当かしら?」

 オースティン様はみる間に表情を固くして、すぐに否定した。

「そんなわけがない。
 僕は君しか見ていないよ。

 けれど、君はいつまでも僕を信用できないんだな。
 僕の言うことより、他人の言うことを信じる。」

「私はただ不安なだけで…。」

「僕はいつだって君を一番に考えている。
 だけど、僕には君を納得させる方法が思いつかないよ。

 どうしたら、君は僕の気持ちをわかってくれるんだ?」

 オースティン様は苛立たちを隠しきれず、顔を背ける。

 すぐに疑惑の目を向ける私のことが許せないのね。
 ごめんなさい。

 でも、私はオースティン様に言葉で違うと言われても、本当はどうなのか、見極めることができない。

 だから、嫌な気持ちになるのはわかっているけど、聞くしかないのに。
 それとも、他に方法などあるの?
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

【完結】騙された侯爵令嬢は、政略結婚でも愛し愛されたかったのです

山葵
恋愛
政略結婚で結ばれた私達だったが、いつか愛し合う事が出来ると信じていた。 それなのに、彼には、ずっと好きな人が居たのだ。 私にはプレゼントさえ下さらなかったのに、その方には自分の瞳の宝石を贈っていたなんて…。

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

婚約者が私にだけ冷たい理由を、実は私は知っている

潮海璃月
恋愛
一見クールな公爵令息ユリアンは、婚約者のシャルロッテにも大変クールで素っ気ない。しかし最初からそうだったわけではなく、貴族学院に入学してある親しい友人ができて以来、シャルロッテへの態度が豹変した。

【完結】どうかその想いが実りますように

おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。 学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。 いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。 貴方のその想いが実りますように…… もう私には願う事しかできないから。 ※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗 お読みいただく際ご注意くださいませ。 ※完結保証。全10話+番外編1話です。 ※番外編2話追加しました。 ※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。 しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。 「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」 屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え―― 「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。 「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」 愛なき結婚、冷遇される王妃。 それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。 ――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。

私達、政略結婚ですから。

潮海璃月
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

処理中です...