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第1章
第8話(出産)
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「ヒー、ヒー、フー」、「ヒー、ヒー、フー」、さっきから何度も助産師に誘導された佐紀の声が聞こえてくる。分娩開始から半日以上、分娩室に入ってからもう1時間が経とうとしていた。いまは陣痛発作時に膣口に胎児の頭が見えるが、陣痛が収まったときには見られない排臨状態だ。
胎児の多くは、頭を下にし、顎を引き、後頭部を最先端とした後頭位の体勢をとる。頭部が最も大きくて硬く、額から後頭にかけての前後径が最長になる。一方、骨盤は上方は横長、下方は縦長である。このため、胎児は頭の前後径を骨盤の広い方向に一致させるように回旋しながら降りてくる。すなわち、骨盤入口では横を向いているが、骨盤出口では頭を90度回転させ顔を下に向けるようになる。この間に子宮口は次第に開いていく。
陣痛発作は次第に強く間隔が縮まってきた。陣痛発作時にはイキミたくなる。しかし子宮口が開き切ってないときは、いくらイキンでも分娩はなかなか進行せず、かえって子宮口を堅くする。このため子宮口が開ききるまでは、腹圧をかけないのが得策なのだ。
助産師「それでは赤ちゃんを包んでいる卵膜を破りますね。もうすぐ生まれますよー」そう言いながら、助産師は膣口に覗いている膜を破った。透明な液体が少しこぼれる。この卵膜は胎盤に連なるもので、なかには羊水が溜まっている。胎児は胎盤と臍帯で繋がって羊水に浮かんだ状態で育つ。
陣痛は2~3分おきに1分以上続くようになり、陣痛がない時にも胎児の頭が見えたままの発露状態になった。会陰(膣と肛門の間)は、児頭で圧迫されて引き伸ばされ5㎝程度に拡がっている。
助産師の「ヒー、ヒー、フー」の誘導は、「はい息を吸い込んで、止めて、イキンでー」に変わった。今度は、陣痛に合わせてイキム必要がある。
陣痛が来たからといって慌ててはいけない。1分以上も続く陣痛の一番の極期に合わせて腹圧をかける必要がある。
助産師「サアー、今度は生まれますからねー。私が言ったらイキムのを止めて力を抜いてくださいねー。お尻は浮かさないで、足は広げたままにしてください」
陣痛がきた。佐紀は慌てず2回深呼吸してから息を止め、ながーくイキム。産科医は、このままでは会陰部に裂傷ができると判断しハサミで会陰切開を加えた。
赤ちゃんは、佐紀と対面する方向ではなく顔を下に向け、さいごは首を反り返らすようにして出てきた。助産師は会陰部を保護しながら、赤ちゃんの顔を拭う。最初に息を吸い込むときに、分泌物や血液を一緒に吸い込まないようにするためだ。もっとも胎児は狭い産道で圧迫され、鼻や口などに付着した分泌物は自然にも押し出される。
赤ちゃんは、こんどは肩軸を骨盤出口の縦方向に一致させるよう横に向く。助産師は、上側の肩、それから下側の肩が出るように誘導する。両肩が出ると一気に赤ちゃんが出てきた。助産師は赤ちゃんの首と足をしっかりと保持してとりあげた。臍帯は、まだ胎盤と繋がったままだ。
赤ちゃんは息を吸い込み、吐く息で最初の産声を上げる。「オギャー」。居合わせた皆んな「おめでとう!」
分娩室には、佐紀と準平、助産師、看護師、産科医、新生児科医の総勢6名がいた。もっとも助産師以外は、ずっと居たわけではなく先ほどから集まってきていた。助産師は分娩室の時計に視線を向けた。午前1時35分、男の子だ。いまでも時計は、時間経過を把握しやすい文字盤のアナログ時計が重用されている。
佐紀と準平は顔を見合わせ、喜びと感動を分かち合っていた。妊娠してから喜びもたくさんあったが不安もあった。無事に生まれたことが本当にありがたい。分娩に立ち会った医療者も、いつ見ても新しい生命の誕生に感動する。無事に生まれてほんとうに良かった。
【脚注】
分娩開始:陣痛発作が10分間隔になってきたとき
前後径:額から後頭部の径、この長さが頭の最大径になる
後頭位:頭を先端として下降している児の体位。臀部を先端とする骨盤位(逆子)などは異常分娩になる
回旋:回転するように方向を変えること
会陰切開:膣と肛門の間を会陰部と言う。大きな裂傷が生じることを防止するために行う小切開を言う
臍帯:胎児と胎盤をつなぐ。1本の静脈と2本の動脈がある。動脈より静脈のほうが酸素や栄養を多く含む
胎児の多くは、頭を下にし、顎を引き、後頭部を最先端とした後頭位の体勢をとる。頭部が最も大きくて硬く、額から後頭にかけての前後径が最長になる。一方、骨盤は上方は横長、下方は縦長である。このため、胎児は頭の前後径を骨盤の広い方向に一致させるように回旋しながら降りてくる。すなわち、骨盤入口では横を向いているが、骨盤出口では頭を90度回転させ顔を下に向けるようになる。この間に子宮口は次第に開いていく。
陣痛発作は次第に強く間隔が縮まってきた。陣痛発作時にはイキミたくなる。しかし子宮口が開き切ってないときは、いくらイキンでも分娩はなかなか進行せず、かえって子宮口を堅くする。このため子宮口が開ききるまでは、腹圧をかけないのが得策なのだ。
助産師「それでは赤ちゃんを包んでいる卵膜を破りますね。もうすぐ生まれますよー」そう言いながら、助産師は膣口に覗いている膜を破った。透明な液体が少しこぼれる。この卵膜は胎盤に連なるもので、なかには羊水が溜まっている。胎児は胎盤と臍帯で繋がって羊水に浮かんだ状態で育つ。
陣痛は2~3分おきに1分以上続くようになり、陣痛がない時にも胎児の頭が見えたままの発露状態になった。会陰(膣と肛門の間)は、児頭で圧迫されて引き伸ばされ5㎝程度に拡がっている。
助産師の「ヒー、ヒー、フー」の誘導は、「はい息を吸い込んで、止めて、イキンでー」に変わった。今度は、陣痛に合わせてイキム必要がある。
陣痛が来たからといって慌ててはいけない。1分以上も続く陣痛の一番の極期に合わせて腹圧をかける必要がある。
助産師「サアー、今度は生まれますからねー。私が言ったらイキムのを止めて力を抜いてくださいねー。お尻は浮かさないで、足は広げたままにしてください」
陣痛がきた。佐紀は慌てず2回深呼吸してから息を止め、ながーくイキム。産科医は、このままでは会陰部に裂傷ができると判断しハサミで会陰切開を加えた。
赤ちゃんは、佐紀と対面する方向ではなく顔を下に向け、さいごは首を反り返らすようにして出てきた。助産師は会陰部を保護しながら、赤ちゃんの顔を拭う。最初に息を吸い込むときに、分泌物や血液を一緒に吸い込まないようにするためだ。もっとも胎児は狭い産道で圧迫され、鼻や口などに付着した分泌物は自然にも押し出される。
赤ちゃんは、こんどは肩軸を骨盤出口の縦方向に一致させるよう横に向く。助産師は、上側の肩、それから下側の肩が出るように誘導する。両肩が出ると一気に赤ちゃんが出てきた。助産師は赤ちゃんの首と足をしっかりと保持してとりあげた。臍帯は、まだ胎盤と繋がったままだ。
赤ちゃんは息を吸い込み、吐く息で最初の産声を上げる。「オギャー」。居合わせた皆んな「おめでとう!」
分娩室には、佐紀と準平、助産師、看護師、産科医、新生児科医の総勢6名がいた。もっとも助産師以外は、ずっと居たわけではなく先ほどから集まってきていた。助産師は分娩室の時計に視線を向けた。午前1時35分、男の子だ。いまでも時計は、時間経過を把握しやすい文字盤のアナログ時計が重用されている。
佐紀と準平は顔を見合わせ、喜びと感動を分かち合っていた。妊娠してから喜びもたくさんあったが不安もあった。無事に生まれたことが本当にありがたい。分娩に立ち会った医療者も、いつ見ても新しい生命の誕生に感動する。無事に生まれてほんとうに良かった。
【脚注】
分娩開始:陣痛発作が10分間隔になってきたとき
前後径:額から後頭部の径、この長さが頭の最大径になる
後頭位:頭を先端として下降している児の体位。臀部を先端とする骨盤位(逆子)などは異常分娩になる
回旋:回転するように方向を変えること
会陰切開:膣と肛門の間を会陰部と言う。大きな裂傷が生じることを防止するために行う小切開を言う
臍帯:胎児と胎盤をつなぐ。1本の静脈と2本の動脈がある。動脈より静脈のほうが酸素や栄養を多く含む
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