人工子宮

木森木林(きもりきりん)

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第2章

第8話(帝王切開)

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手術台の上で詩歩理は横を向いて海老状に丸まった体勢をとる。麻酔医によって が行われるのだ。腰椎麻酔は、頚椎、胸椎、腰椎といった脳から繋がって脊髄液が流れている脊椎管に麻酔薬を注入し下半身の知覚神経と運動神経を麻痺させる。

麻酔医は、腰椎と腰椎の間を指で探り脊椎管に針を立てた。脊椎液が注射器に流れ出てくるのを確認してから麻酔剤を注入した。すぐに詩歩理は仰向けに横たえられる。

麻酔医は、「下半身が暖かくなってきましたか?」と尋ねる。また腹部を針で触れながら「ここは痛くないですか?」と麻酔の効き目を確かめている。詩歩理は下半身の感覚がなくなり動かすこともできなくなった。

手術室には、詩歩理、麻酔科医、看護師1名のほか、産科医である執刀医と介助医、助産師、新生児科医、それに を担う学生2名と看護ロボがいた。

執刀医「それでは帝王切開を始めます。よろしくお願いします」

医療チーム全員「よろしくお願いします」



執刀医は詩歩理と医療チームに声を掛け、腹壁の皮膚をメスで切開した。皮膚の直ぐ下には脂肪を中心とした皮下結合織がある。所々、血管から出血する。コッヘル鉗子で止血しながら切開を進める。筋肉の表面を被う白い筋膜が見えてきた。筋膜を切開し、筋膜の下の縦方向に走行する直腹筋を、切断することなく正中部で分離する。筋肉の下側にも筋膜がある。これを切開すると伴に、筋膜に付着している腹膜を切開する。腹腔内に入った。

通常なら腸や大網が見えるところであるが、子宮がお腹全体を占めている。子宮の切開は下の方で筋肉の走行に沿うように横に行なう。このため子宮の下方で表面を被う漿膜を横に切り、漿膜と一緒に膀胱を押し下げる。これで子宮切開の場所が確保された。筋層に沿って5㎝程度横に切る。卵膜が見えてきた。筋層に沿って、手で切開創を拡げる。執刀医は卵膜を破って手を子宮の中に入れ、赤ちゃんの頭を子宮切開部に誘導した。

「元気な女の子が生まれましたよ。良かったですね」。執刀医は詩歩理に声を掛けた。午前2時52分、ここまで手術開始から10分も経っていない。詩歩理は、意識もはっきりしていて話もできる状態であったが、嗚咽するだけで言葉にはならなかった。臍帯を2本のコッヘルで挟み、その間を切って助産師に赤ちゃんが渡された。「オギャー」元気に泣いている。

子宮切開部の両縁端から噴き出すような出血がある。鈎のない弯曲がある4本ので出血部位が挟まれた。胎盤を子宮付着部位から手刀で剥がし、卵膜も一緒にして子宮切開部から取り出した。子宮切開部の両端をで縫合し、その間の上下に分かれた筋層が元に戻すように1本の糸で
された。

ここまでは通常通りである。このあと縫合部を補強をするように子宮筋層をさらに合わせ、子宮表面の漿膜を1本の糸で連続縫合する。さらに腹腔内の出血や羊水を吸引・洗滌して閉腹する。閉腹は開腹と反対の手順だ。先ず腹膜を縫い合わせ、内側の筋膜、続いて外側の筋膜、さらに皮下結合織を縫い合わせ、最後に皮膚を縫い合わせて終わる。様々なケースはあるが帝王切開は30分程度で完了する。


【脚注】

腰椎麻酔:頚椎、胸椎、腰椎と脳から繋がって脊髄液が流れている脊椎管に麻酔薬を注入し下半身の知覚神経と運動神経を麻痺させる麻酔方法。意識はあったままで呼吸もできる

周産期医療:妊娠22週から分娩後7日までの妊産婦(分娩後は産褥婦と言う)および胎児(分娩後は新生児と言う)を取り扱う医療

ペアン鉗子:先端に鈎(とげ)のない弯曲した鉗子

単結縫合:針を刺すごとに縫合糸を縛る縫合法

連続縫合:長い縫合糸がついた針で単結合した後、さらに連続的に縫合を進め最後の部位で縫合糸を縛って結合する縫合法
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