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「なんだか重い話をしてしまったわね」
ごめんなさいね、そう言ってカーミラは艶やかな笑みを浮かべる。
「ねえ、貴方もう血は飲んだの?」
「え…………」
突然の質問に、エリザベートは驚いた。こちらを見るカーミラの瞳は、吸い込まれそうな赤色をしていた。
「未だ、です。あの……ヴァンパイアってどれだけ血が必要なのでしょうか」
エリザベートの質問は、カーミラにとって意外なものであったらしく、彼女は可笑しそうに笑った。
「シリル、貴方ねえ……自分のお嫁さんになる人に、何も話してないじゃないの」
「う……それは」
シリルは反論する余地もない、といった様子だった。流石のシリルでも母親には勝てないのか、たじたじになっている様子がおもしろい。
カーミラによると、ヴァンパイアは最低限、ひと月に1回ぐらいの頻度で飲めばなんとか渇きを覚えずに過ごせるらしい。ただし、あればあるだけ飲めるに越したことはないのだけれど。更に血ほどの効果はないけれどバラの花やワインも代替品になること、人間の食事も栄養として摂取していることが説明された。
「……もうそろそろ渇いてくる頃なんじゃないかしら」
「え?」
エリザベートには、カーミラの呟きが上手く聞き取れなかった。
「いいえ、何でもないわ」
カーミラはそう言って、どこか愉快そうに口角を上げた。
「カーミラ様、ありがとうございました」
シリルと並んで玄関に立ち、帰る直前にエリザベートはそう述べる。
「色々あったみたいだけど、幸せそうで良かったわ」
微笑んだカーミラは、艶やかさの中に息子夫婦を案じるような、どこか優しい表情をしていた。
カーミラに別れを告げてからエリザベートはシリルに抱き寄せられ、瞳を閉じて。そして次の瞬間、2人は見慣れた屋敷の自室へと戻ってきたのだった。
「あの、シリル……?」
屋敷に帰ってきたのになかなか腕の中から解放してくれないシリルを疑問に思い、エリザベートは声をかける。
「リジー。俺は今、幸せなんだなって。急に思った」
エリザベートに囁きかけるように、シリルは言う。
「ええ……私もです」
少しだけ離れて互いに見つめ合う。
「俺たちはきっと、運命だったんだと思う。俺は血の契約によって赤の瞳を手に入れたし、リジーは俺に吸血されることで出血を止められた。お互いに補い合うことができたんだ。それに、ヴァンパイアになったらリジーの体質だって治っただろう」
体質についての部分だけ、シリルは拗ねたように言った。そうなのだ。身体が変化したから、と一度試しに縫い針で自傷して、シリルから大目玉を食らったことがあったのだ。その結果は予想通り、直ぐに血が止まってひそかに喜んだものだ。
「あれは……ごめんなさい」
「二度と自分で自分を傷つけるのはやめてくれ……」
シリルの瞳が切実そうに訴えかけてくる。そんなシリルを見て、エリザベートは、いかに愛されているかを実感した。
シリルの、血を混ぜたような赤い瞳がエリザベートだけを映し、整った顔がこちらへ近づいてくる。
唇が触れ合おうとする、その時。
「……シリル。なんだか私、今すごく喉が渇いている気がするのです」
エリザベートはふと、うわ言のように言う。実はカーミラと会った後から、少しずつ違和感を感じはじめていたのだ。
「それは、ヴァンパイアとしての本能が血を求めているんだ。俺の血を、飲んでくれ」
シリルはそう言ってベッドに腰掛ける。そして、シャツのボタンを上から順番に外し、がばりと襟ぐりを拡げてエリザベートに見せつけた。
引き寄せられるようにシリルの首筋に顔を近づけるととても良い香りがした。堪らなくなったエリザベートが一思いに牙を突き立てると、ぷつ、と皮膚を突き破る感覚がして。そして、鼻から入った芳醇な血の香りが意識を揺さぶる。
「っ……!」
我慢が効かなくなったエリザベートは食いつくようにシリルから流れる血を舐める。なんとか保っている理性で、これではまるで獣のようだわ、と思いながらも、本能を止めることはできなかった。少しだけ怖くなったエリザベートがシリルに縋り付くと、彼は宥めるようにその頭を撫でてくれた。
初めての吸血。上手く飲むことができなくて零れた数滴の血は、白いシーツに鮮やかな模様を描いた。
ごめんなさいね、そう言ってカーミラは艶やかな笑みを浮かべる。
「ねえ、貴方もう血は飲んだの?」
「え…………」
突然の質問に、エリザベートは驚いた。こちらを見るカーミラの瞳は、吸い込まれそうな赤色をしていた。
「未だ、です。あの……ヴァンパイアってどれだけ血が必要なのでしょうか」
エリザベートの質問は、カーミラにとって意外なものであったらしく、彼女は可笑しそうに笑った。
「シリル、貴方ねえ……自分のお嫁さんになる人に、何も話してないじゃないの」
「う……それは」
シリルは反論する余地もない、といった様子だった。流石のシリルでも母親には勝てないのか、たじたじになっている様子がおもしろい。
カーミラによると、ヴァンパイアは最低限、ひと月に1回ぐらいの頻度で飲めばなんとか渇きを覚えずに過ごせるらしい。ただし、あればあるだけ飲めるに越したことはないのだけれど。更に血ほどの効果はないけれどバラの花やワインも代替品になること、人間の食事も栄養として摂取していることが説明された。
「……もうそろそろ渇いてくる頃なんじゃないかしら」
「え?」
エリザベートには、カーミラの呟きが上手く聞き取れなかった。
「いいえ、何でもないわ」
カーミラはそう言って、どこか愉快そうに口角を上げた。
「カーミラ様、ありがとうございました」
シリルと並んで玄関に立ち、帰る直前にエリザベートはそう述べる。
「色々あったみたいだけど、幸せそうで良かったわ」
微笑んだカーミラは、艶やかさの中に息子夫婦を案じるような、どこか優しい表情をしていた。
カーミラに別れを告げてからエリザベートはシリルに抱き寄せられ、瞳を閉じて。そして次の瞬間、2人は見慣れた屋敷の自室へと戻ってきたのだった。
「あの、シリル……?」
屋敷に帰ってきたのになかなか腕の中から解放してくれないシリルを疑問に思い、エリザベートは声をかける。
「リジー。俺は今、幸せなんだなって。急に思った」
エリザベートに囁きかけるように、シリルは言う。
「ええ……私もです」
少しだけ離れて互いに見つめ合う。
「俺たちはきっと、運命だったんだと思う。俺は血の契約によって赤の瞳を手に入れたし、リジーは俺に吸血されることで出血を止められた。お互いに補い合うことができたんだ。それに、ヴァンパイアになったらリジーの体質だって治っただろう」
体質についての部分だけ、シリルは拗ねたように言った。そうなのだ。身体が変化したから、と一度試しに縫い針で自傷して、シリルから大目玉を食らったことがあったのだ。その結果は予想通り、直ぐに血が止まってひそかに喜んだものだ。
「あれは……ごめんなさい」
「二度と自分で自分を傷つけるのはやめてくれ……」
シリルの瞳が切実そうに訴えかけてくる。そんなシリルを見て、エリザベートは、いかに愛されているかを実感した。
シリルの、血を混ぜたような赤い瞳がエリザベートだけを映し、整った顔がこちらへ近づいてくる。
唇が触れ合おうとする、その時。
「……シリル。なんだか私、今すごく喉が渇いている気がするのです」
エリザベートはふと、うわ言のように言う。実はカーミラと会った後から、少しずつ違和感を感じはじめていたのだ。
「それは、ヴァンパイアとしての本能が血を求めているんだ。俺の血を、飲んでくれ」
シリルはそう言ってベッドに腰掛ける。そして、シャツのボタンを上から順番に外し、がばりと襟ぐりを拡げてエリザベートに見せつけた。
引き寄せられるようにシリルの首筋に顔を近づけるととても良い香りがした。堪らなくなったエリザベートが一思いに牙を突き立てると、ぷつ、と皮膚を突き破る感覚がして。そして、鼻から入った芳醇な血の香りが意識を揺さぶる。
「っ……!」
我慢が効かなくなったエリザベートは食いつくようにシリルから流れる血を舐める。なんとか保っている理性で、これではまるで獣のようだわ、と思いながらも、本能を止めることはできなかった。少しだけ怖くなったエリザベートがシリルに縋り付くと、彼は宥めるようにその頭を撫でてくれた。
初めての吸血。上手く飲むことができなくて零れた数滴の血は、白いシーツに鮮やかな模様を描いた。
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