銀翼のシャリオ ―転生盗賊団長、ホワイト改革で破滅エンドを回避する―

白猫商工会

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第4章

第15話 行動再開

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ミレ─ヌはひとり、廊下を歩いていた。

靴音だけが、虚ろな耳に響いている。
けれど、その胸の内には、アリサの声が残響していた。

──いま、何ができるか分からなくても……諦めたくありません──

そのときアリサに感じた、淡くあたたかな炎。
絶望の底に沈みかけていた心が、ふいに、熱くなった。

ほんの一瞬──。
アリサの手を取って、声を張り上げたかった。

私たちは、まだ終わっていない。
諦めたくなんてない。

けれど、それは……。
それは光の信仰に背くことなのだろうか?

私の魂は、ベアトリス様のそばにあるべきもの。
あの秩序の中でこそ、満ち足りていたはずなのに──。

なのに。

アリサに、確かに感じてしまった。
希望を。

そして、思い出していた。
理想の騎士を目指していた、まだ幼く、まっすぐだった、あの頃の自分を。

いけない。
こんな思いは捨てなければ。

ミレ─ヌは小さく、けれど力強く首を振った。

(私は……)

ベアトリス様の守る秩序こそ、すべてだ。
たとえ──その秩序が、いまにも崩れそうなものだったとしても。

必死に、そう言い聞かせた。

……そのとき。

「おい」

不意の声に、肩が跳ねた。

振り返る。

「大丈夫か? おまえ」

ア─サ─だった。

「あ……ア─サ─さん」

言葉がうまく出てこない。

「なにか……?」

「なにか、じゃねえよ。鏡見てみろ。ひでぇ顔してるぞ」

その口調は、いつもどおりのぶっきらぼう。
けれど、その目は──温かかった。

……その優しさが、胸の奥で波紋になった。

「まあ、あんな話のあとじゃな……。にしても、うすうす気づいてると思ってたぜ」

ドキリとした。

ミレ─ヌの家は、王都の中級貴族。
父は経営のことを語らなかったが、契約労働者の問題には、知らずに“加担する側”だったのかもしれない。

ア─サ─は、そんな気配を見て取ったのだろう。
頭をかきながら、言った。

「深い意味なんてねえよ。優等生なら、何かおかしいと思ってても不思議じゃねぇ。それだけだ」

「わ、私は優等生なんかじゃ……。その……ベアトリス様の隣にいるのに、ふさわしい人間になりたいだけで」

声が震えた。
思わず、うつむく。

今回の調査で、まだ何ひとつ成果を挙げられていない。
こんな自分が、“ふさわしい”だなんて──。

「ふさわしい、ね。けっこう頼りにされてんじゃねえか? 少しは自信持った方がいいぜ」

自信。

いままで、それは、ベアトリス様の光が与えてくれるものだった。
けれど、今は──。

何をどうしたらいいのか。
そんなふうに思う自分になるなんて、夢にも思わなかった。

迷いなど、なかったはずなのに。

「ほんと、おまえ。どんな顔してんだよ」

ふと顔を上げた。

「迷子のガキみてぇだな。ベアトリス様一筋! って言ってた頃は、もっとイキイキしてたじゃねぇか」

「迷子って……ひどいです。……でも、そうかも」

ミレ─ヌは自嘲気味じちょうぎみに薄く笑った。

ア─サ─は、ふと真剣な顔つきになる。

「俺にはお前が何に悩んでるのかは分かんねぇ。けど、一つ考えてみろよ。ベアトリスが、お前への態度を変えたことがあったか? ……俺には、そうは思えねぇけどな」

「何があっても、信頼している。さっきだって、そう見えたぜ」

──はっとした。

光に満ちていた日々と、失われつつある今。

けれど。

ベアトリス様は、変わってなどいなかった。
いつだって、優しさで包み込んでくれていたのに。

私は、バカだ。
何を見ていたんだろう。

「……ア─サ─さん、ありがとうございます」

あの光は、過去に消えつつある。

けれど、彼女はいま、ここにいる。

なら、私は──。

「私は、私にできることをします。ベアトリス様のために」

ア─サ─は口の端を少しだけ緩めた。

「そういう顔の方が、ベアトリスも安心するんじゃねえのか」

そして、くるりと振り向く。

「それと、相棒にも心配かけさせるなよ」

ア─サ─が顔を向けた方向を見ると、柱の陰にセリ─ナの姿があった。
もしかして、ア─サ─が声をかけてきたのは……。

ミレ─ヌは、肩をすくめて、思わず笑った。

(やっぱりバカね、私。セリ─ナは見てくれていたのに)

ふと振り返ると、ア─サ─はいつの間にかミレ─ヌの横をすり抜け、廊下の先を歩いていた。

そして、確かに聞こえた。

「……信じろよ。心の を」──その声が。

ア─サ─はひらひらと手を振り、廊下の先に消えていった。


***

「……で、次はどうするか、ね」

ミレ─ヌの声が小さく響く。

小さな部屋にアリサ、リュシアン、ミレ─ヌ、セリ─ナ。
調査班の四人だけが集まり、打ち合わせを行っていた。

(なんだろう、ミレ─ヌ先輩……)

アリサはふと、違和感を覚えていた。だが、それは不快なものではなかった。

うまく言葉にできない。けれど、ミレ─ヌの気配がどこか穏やかになっている。
落ち着いている、と言い換えてもいいかもしれない。

ちらりとリュシアンに目をやると、彼も何かを感じ取っているような気がした。

王国の現実を知った四人だったが、それについては誰も口に出さなかった。
言葉にすれば、それは悲嘆へと変わってしまう。誰もが、その不安を抱えていたのだ。

(いまは、前を向かないと)

ミレ─ヌは話を続けた。

「まあ、闇雲に歩き回っていても意味はないわ。何か情報が欲しいわね」

(情報……)

アリサはそっと懐に手を入れていた。
そして、静かに口を開く。

「あの、いいですか?」

ミレ─ヌは一瞬、複雑な表情を浮かべた。ほんのわずかに、影が差したように見えた。

だが、気のせいだったのかもしれない。

「どうしたの?」

「えと、覚えていますか? 教会で会った、レイラさん。記者の方」

「ああ、あの何か軽そうな」

「もしかしたら、何か情報があるかもしれないな……って」

ミレ─ヌは眉をひそめ、頼るようにセリ─ナの方へ目を向ける。

「どう思う? 私は、あの人なんかうさんくさい感じしたのよね」

セリ─ナもわずかにうなずいた。

「確かに、ひと癖ありそうね……」

一拍置き、眼鏡にそっと触れる。
「でも……」と言葉を継いだ。

「職業上、表には出てこない情報に触れている可能性はありえるわ」

「意外ね。すぐに反対すると思ったのに」

「あなたの言う通り、闇雲に探っていても仕方ないわ。そう思っただけ。でも、あの名刺はクラリス教官が捨ててしまったし、どこにいるか分からないんじゃない?」

アリサは、おずおずと懐から名刺を取り出す。

「あの……私、貰っていて。あの後、レイラさんに声をかけられて……それで、その……」

ミレ─ヌは呆れたような顔になる。

「あなたまさか変なこと喋ってないわよね?」

アリサはギクリとした。
咄嗟とっさに笑顔を作ったが、どう見てもあやしい。

「え? いや変なことなんて全然! ちょっと世間話を少しです。えへへ……」

必死に取り繕った。

(義賊についてどう思うか、聞かれて思わず答えちゃったけど……やっぱりダメだったよね)

明らかに焦りがにじんでいるアリサを、ミレ─ヌはじっと見つめる。  
静かな沈黙が数秒流れた。  

そこへ、リュシアンが柔らかく声を挟んだ。

「まあまあ、ミレ─ヌさん。アリサさんはおかしなことを喋ったりしませんよ。ね?」

そう言いながら、さりげなくアリサに目配せする。

「は、はい。おかしなことなんて、少しもありませんよ。レイラさん、話してみると良い人だったし」

ミレ─ヌはまだ釈然としない様子だったが、追及の手は止めた。  

「良い人、ね……まあ、いいわ」  

わずかに怪訝けげんそうな表情だが、それ以上は言わなかった。

アリサは小さく息を整えて、心を落ちつかせた。
(ありがとう、リュシアン)

「セリ─ナの言う通り、可能性に当たってみるのも悪くないかもね。行ってみましょう」

こうして、アリサたち調査班は、新たな行動に踏み出した。
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