銀翼のシャリオ ―転生盗賊団長、ホワイト改革で破滅エンドを回避する―

白猫商工会

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第4章

第16話 アリサの交渉

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東区商業街と南区工業区の境界付近。
舗装の荒れた石畳の道を抜け、人気ひとけのない路地を進むと、その建物は現れた。

時折聞こえるのは、遠くの荷車の軋む音だけ。

「……ここ、ですか?」

リュシアンの表情が少しくもっている。

正面に建っているのは、四階建ての石造りのビル。
時の流れに晒された灰色の外壁は、ひび割れや欠けが目立ち、ところどころつたが這っている。

一階の窓は板で打ち付けられ、入り口の扉も鈍く錆びた金属の取っ手がついていた。

(……ここ、本当に事務所なの?)

アリサは戸惑いを隠せなかった。
教会で出会ったレイラの姿を思い出す。さっぱりとしたジャケットにパンツスタイル。肩口で切りそろえられた髪はきちんと手入れされていて、メイクも派手すぎず地味すぎず。

快活な笑みを浮かべていたレイラからはイメージできない。

ミレーヌが遠慮のない感想を漏らす。

「やっぱり怪しいんじゃないの? 事務所って感じはしないんだけど」

セリーナは冷静につぶやく。

「フリーって言っていたから、どこかに所属しているわけではなさそうだし。却ってこういう場所柄の方が情報が集まりやすいのかもしれないわ」

どちらかというと、ミレーヌの感想に同意していたアリサだが。そういうものなのかな、とも思った。

セリーナが続けた。

「それで……分かってるわよね。ミレーヌ?」

事前の打ち合わせはこうだ。
レイラはアリサに個別に接触してきた。考えは分からないが、気を許している可能性は高いと見て良い。
なら、交渉の窓口はアリサだろう。

セリーナは、余計な口出しをしないようにミレーヌに釘をさしたのだ。

ミレーヌはわずかに口を尖らせた。

「……分かってるわよ」

小さく息を吐いて言ったものの、その表情はまだ釈然としない様子だった。

アリサは素直すぎる。
考えていることが全て顔に出るし、説明も拙いし誤魔化しもできない。交渉役としては、どう見ても不適格だ。
あのレイラという記者に、丸め込まれないと良いけど……。

一抹の不安がよぎるが、いざとなれば自分が出れば良いだろうとミレーヌは考えていた。

その一方で、アリサはそっと胸に手を当てた。
(わたしが頑張らないと……)

緊張がこみ上げる。
けれど、自分を頼ってくれている。それが嬉しくもあった。

レイラの事務所は建物の三階の一室。
その扉の前に立つアリサは大きく一度息を吸い込み、そして吐いた。

「じゃあ……行きますね」

コン、コン、と控えめにノックする音が、静まり返った通路に響いた。

しばしの間の後、ギギィ……と重たそうな扉が、ゆっくりと開いた。

「──あら、来てくれたのね」

現れたのは、変わらぬ軽やかな笑顔のレイラだった。
ふとアリサの後ろにも人がいることに気づき、一瞬だけ緊張の気配を漂わせたが、それは誰にも気づかれないほどの刹那だった。

「狭いところだけど、どうぞ」

笑顔を絶やさずに、レイラはアリサたちを室内に導いた。

***

室内は、外観の荒れた様子とは裏腹に、意外にも整っていた。
壁紙はシミひとつない白。床にも埃ひとつない。
少し古びてはいるが、手入れされた机と椅子、棚には書類が整理されて収まっている。

その清潔な雰囲気が、アリサの緊張を少し和らげていた。

レイラは四人に、背の低いテーブルを挟んで向かい合う二人掛けのソファーを勧めた。
アリサとリュシアン、向かい側にはミレーヌとセリーナが腰掛ける。

レイラは椅子を一脚持ち出してきて、四人を見渡せる位置に腰を下ろした。

レイラが口を開く。

「それで、皆さん今日はどういったご用件ですか? あ、もしかして取材受けていただけるとか? だったら嬉しいな~。なんて」

冗談めかした口ぶりだが、その声は探るようにも聞こえる。
アリサは思わず肩をこわばらせた。

「い、いえ! あの……今日は、レイラさんにお願いがあって来たんです」

「お願い?」
レイラは表情こそ変えなかったが、目の奥にわずかな光が差す。

アリサは一度呼吸を整え、話を続けた。

「はい。最近、契約労働者の方の中で義賊に助けを求める声が上がっているっていう話があって……」

緊張で喉が渇くのを感じながら、一言ずつ確かめるようにつなぐ。

「それで……取り締まるとかじゃなくて、あの、実態をちゃんと知っておきたくて……。
レイラさんなら、契約労働者のことを調べているって伺ったので……なにか、ご存じないかなって……」

レイラは一瞬、目を閉じて考える素振りを見せた。

「つまり──契約労働者の不満を煽っている不安分子を特定したい、ということですか?」

ミレーヌの顔がわずかに引きつる。
(やっぱりそうくるか……鋭いわね)

しかし、アリサは思わず身を乗り出し、ぶんぶんと手を振った。

「えっ? そんな! まるで悪いことしてるみたいじゃないですか! そんなふうに考えてません! 困っている人たちが助けを求めるのは当たり前だと思うんです」

言葉がつかえながらも、必死に続ける。

「私は、騎士として……何かできることがあるんじゃないかって思っていて……だから、その……お話を聞いてみたくて……だから、その──そんなふうには……!」

ミレーヌがぽかんとした顔でアリサを見つめた。
(……ほんと、あんたって子は……)

レイラも、アリサの勢いに面食らった表情を見せたが、すぐに笑顔に戻った。

「なるほど。“アリサさんは”ウソは言ってないみたいですね」

含みのある言葉だったが、アリサはまったく気づかずにコクコクと首を縦に振った。

レイラは考える。
(子供っぽいとは思っていたけど。呆れるくらいまっすぐなのね。ヴィオラさんからも助けてやれって言われているし。それに……)

そして、静かに口を開いた。

「……知っていることを教えても良いですよ」

レイラの言葉に、アリサはパッと顔を輝かせた。

「ほんとうですか!?」

しかし、礼を言おうとしたアリサの言葉を、レイラはひらりと手を上げて遮る。

「ただし。私と……アリサさんだけがその人物と会うこと。それが条件です」

その瞬間、ミレーヌが椅子をきしませるほど勢いよく前のめりになった。

「ちょっと、アリサ、危険よ!」

レイラは微笑んだまま、軽く肩をすくめる。

「あまり大人数だと、相手も構えてしまいますから。……どうします?」

ミレーヌは口を開きかけたが、隣からセリーナの声が飛んだ。

「ミレーヌ」

その一言に、ミレーヌは言いかけた言葉を飲み込み、唇を噛んだ。

間を取り持つように、リュシアンが静かに口を開く。

「レイラさん。僕たちは近くで待機させてもらいます。……いいですね?」

それから、穏やかな目をアリサに向ける。

「アリサさんの判断に任せます。でも、無理だと思ったら、断ってもいいんですよ」

アリサはリュシアンに向かって、きゅっと拳を握って小さくうなずいた。

「ありがとう、リュシアン」

そして、改めてレイラの方を向く。

「わかりました。私、ひとりで行きます」

***

「ここよ」

レイラがアリサを案内したのは、飾り気のない簡素な二階建ての石造りの建物だった。聞けば、ある工場の寮だという。

「ここで待っていれば……そろそろ仕事が終わる時間だと思うし」

建物の入口が見える場所で、二人は待つことにした。

ふと、レイラが声をかけた。先ほどまでの軽快な口ぶりではなく、少し落ち着いた声音こわねだった。

「そういえば、アリサさんは契約労働者についてどう思ってるのか、まだ聞いてなかったかな。
クーちゃんには聞けなかったし……お互い情報交換ということで、それくらいはいいですよね?」

アリサは、一瞬 (ミレーヌ先輩に怒られるかな……)と身震いしかけたが、それでも話すことにした。
ただし、自分が知っている事実は伏せて。

「はい。私は……やっぱり、何かが間違っていると思うんです。この国の法律が認めていると言っても、あんな……」

一瞬、喉がつまった。けれど、構わずに続けた。

「……あんな、奴隷みたいなやり方、絶対におかしいです。誰かがなんとかしないと……」

そこまで言ったときだった。
アリサはふっと目を伏せ、そして小さく、首を横に振った。

「……違う」

レイラはその変化に気づき、わずかに眉を上げる。

アリサは顔を上げ、まっすぐレイラを見つめた。

「……違う。誰かじゃないんです。なんとかしたいのは、私なんだから。……私がやらなきゃいけないんです」

その瞳に、曇りはなかった。

「おかしいですよね。私はまだ新米騎士で、何の力もないのに。でも、本気なんです。誰が何と言っても。……記事に書いても構いません」

レイラは、その瞬間。アリサの中に、確かに不可視のともしび を見た。

そして、柔らかく笑った。

「それ、ホワイトですね」

「……え?」
アリサはきょとんとした顔になる。

レイラは続ける。

「ある人が言っていたんですよ。『人が人として生きる世界に必要なのはホワイトだ』って」

ホワイト。
その言葉が、アリサの胸にみた。
理由は分からない。けれど、温かい音のように心の奥に残った。

そのとき、足音が一つ、石畳に響いた。
アリサも思わずそちらに目を向ける。

レイラは歩いてくる人物を見つけ、軽く手を挙げた。

「こんにちは、ライネルさん」

痩せた青年だった。どことなく優しそうな雰囲気をまとっている。
ライネルはレイラに気づくと、かすかにはにかんだ。

「あ、レイラさん……それと」

アリサはその顔に見覚えがあった。あの日、教会で子供にパンを分け与えていた……。

アリサは一歩前に出て、ライネルに向き合う。そして人懐っこい笑みを浮かべた。
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