【完結】身代わり皇妃は処刑を逃れたい

マロン株式

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第2章

それは、時を遡る前の皇帝2

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 皇帝となり暫くしてから、これまで先送りされていた問題が、放置出来ない段階までになってきた。

 何百年もの間、異世界の聖女が現れないことで、暗黒龍の数が少しずつ増え続け、身体から放たれる邪気は人の心を荒ませ、犯罪率が急上昇したのだ。


 それだけではない、空は晴天を見る日が、ある日突然、全くと言って良い程無くなり、天候にも影響が出始めた。

 それは最高神である、太陽神に見放されてしまったのだと、この国のそこかしこで囁かれ始めた頃、神殿と重鎮の集まる大会議が秘密裏に開かれた。


「現在、神殿にて異世界から聖女を呼び寄せる為の儀式を行っております。あと数日で叶うでしょう。どうかご安心を」

 異世界の聖女が来てしまえば、王宮よりも神殿の威光が強くなってしまう。だが、事態が深刻なだけに貴族の重鎮達は黙って聞いていることしか出来ない。

 異世界の聖女は本来、必要なときに神から遣わされ現れると言い伝えられているが、一向に現れる様子が無いのだから。

 もはや人為的にでも、呼び出すしかないだろう。

 まぁ、傀儡の王でしかない俺は、考えるだけ無駄なこと。話を聞いているだけで、最後に会議で決まったことにコクリと頷くだけだ。



 そんなある時、珍しく皇妃が俺の所へとやってきた。

 傀儡でしかない俺に、一体何の話があるのだろうか。

 ずっと俺に怯え、隠れるように過ごしてきて。

 今も、俺が一瞥しただけで微かに震えていると言うのに。


「へ…陛下に、お話があります」
「……珍しいな、何だ?」
「異世界の聖女でなくとも、暗黒龍の討伐は可能です。これに目を通してください」

 そう言って、手製の資料を机の上においた。

「これは、何だ?」
「我が子爵家で見た資料の内容を、覚えている箇所のみ書き記しました。この世界の住人が、神の加護を得られる祠の点在箇所です」


 その話は半信半疑も良いところの内容であった。

 この世界の住人は、聖力を高め、聖女となれたとしても、暗黒龍に触れることも傷を付ける事も出来ない。

 出来ることは、人の治癒をすることくらいだ。

 神の加護を得て神力を得られる、異世界の聖女の力でしか、暗黒龍に触れられない。

 大剣を使えるだけではだめなのだ。聖女の神力で大剣を纏わなければ、暗黒龍は討伐出来ない。


 しかし、この皇妃は気が弱いが、馬鹿ではない。皇妃教育で俺の知っている異世界の聖女についての言い伝えを知っているはずだ。

 知った上で、この世界の住人でも、神力を受ける事が出来ると言っている。


「…この世界の住人が、神の加護を得られる所を見たことが無い。俺は幾人もそれを試み失敗している姿を見てきた」

「その試みは、神殿が開示している祠です。異世界の神の加護を受ける為の祠だから、皆失敗したのです」

「その仮設を証明する証拠がない」


「私はーー幼き頃。本を読んで好奇心からこの地図に示された祠へ赴き、神の加護を受けました」


「…神力を、既に得ていると?」

 ビクリと体を震わせながらも、皇妃はゆっくりと頷いた。

 聖力ですら、才能があるものしか現れないというのに、それを神力に変換出来ることなどあり得るのだろうかーー…。

 懸念とは裏腹に、皇妃の顔はいたって真剣そのものだった。

「それならば話が早い。このペンダントに触れてみるが良い」


 胸ポケットに入れていたペンダントを取り出した。これは、アリスティナが死に際に俺へと渡したもの。

 アリスティナの母親が獣人の村長から譲り受けた、神力を蓄えておく貴重な神器の1つ。

 このペンダントに神力を蓄えておけば、側に異世界の聖女が居らずとも暗黒龍に触れることが出来るが、聖力にはなんの反応もしない代物だ。

 余程俺が怖いのか、ごくり、と喉をならして俺が手に持つペンダントへと、そっと触れた。

 その時、強い青光を放ち、風が吹き荒れる。驚いて手から滑り落ちたペンダントは、皇妃の手から離れて地面へと転がる。

 


ーーまさか、本当に。神力を得ているというのか。


 動けずに居る俺に、転がったペンダントを拾い上げて、皇妃はそれを俺へ差し出しながら、伺うような視線を向けてきた。



「…ーーこれで、証明になりましたでしょうか?」

「ーー…だが、異世界から聖女を呼び寄せる儀式をすると議決されたばかりだ。
ペンダントが反応するだけでは…肝心の暗黒龍討伐に役に立つのかわからない段階では決まったことを覆すことは出来ない」

「陛下、このままでは、異世界から来た者は、突然知らない世界に呼ばれるのですよ?」

「それは仕方のない事だ。太陽が姿を隠してから気温の低下が著しい。このままでは、我々は死ぬぞ」

「この世界で起きた問題は、この世界の住人で解決するべきです。
言語が通用するかもわからない、この世界の常識も、王宮の常識もわからない、年端もいかない娘が1人でどれ程孤独を感じるでしょうか?」


「……綺麗事ばかりを言うな」


「陛下……」

「何年も皇妃として過ごしておきながら、何の理解もしていないようだから教えてやる。
この世は、綺麗事を述べる人間から死んでいく。
おまえは、引き篭もってばかりで、何にも知らなかったからそんな事が言えるんだろうよ」


 ほら、俺の剣幕に恐怖いっぱいの顔をして、怖くて足も震えているじゃないか。

 それで他人を労っている場合なのか、自分の立場を理解していながら、危険を承知で俺に接触してきて、何を言い出すかと思ったらそれか。


 おまえが引き篭もっている間に何があって俺がどんな思いをしていたかも知らない癖に、こんな時になってから声を掛けてきたかと思えば。

 

 そもそも俺が何か言ったところで、会議の決定は覆らないんだよ。

 俺は傀儡の皇帝でしかなく、何の決定権もないからな。

 皇帝になるために、俺は全権利を手放した。

 第2王子を嵌めるために、復讐する為に、ムカつく奴を殺すために。

 持てる全部を、人へ譲った。

 それを、今更、俺の口から言わせたいのか?この女は。


「ー……」
「なんだよ?」

 俺の剣幕にビクビクしながらも、皇妃は恐る恐る唇を震わせて問いかけてきた。


「アリスティナ姫は今の貴方を見て、どう思うでしょうか」



 ー・俺はその瞬間、皇妃を睨みつけたあと、部屋から退出させた。

 これまで、殆ど口を聞いたこともない皇妃に、図星をつかれたことに、腹がたったのだ。

 俺の中に居るアリスティナは、もう随分と笑ってはくれない。


 ただ、心配そうに俺を見ている姿しか、思い浮かばない。








 
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