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第2章
出立 2
しおりを挟むヨゼフ陛下は玉座から立ち上がり、ルア王国の地図の説明を終えると、すぐさまリディアとバンリについて来るよう促してきたので、3人は謁見の間をあとにした。
そして、王宮の長い廊下をひたすら歩き進めるなか、暇つぶしのように話しかけてきた。
「俺の母上は好色王に国を滅ぼされて娶られすぐ飽きられた話をしたこと、覚えているか?」
「ーーはい、晩餐の席で教えていただいた話ですよね…確か、その後は陛下と辺境の地におられたと……」
「そうだ。未だ母上はご健在だというのに可愛い息子を王宮にやったまま辺境の地にいる。
何とも元王女らしからぬ強気で自由な母だ。故に好色王との相性はそれは最悪だった」
「……」
(確かに、これまでの話で聞く限り、好色王は隷属する人くらいしか、相性の良い人はいない気がするわ。
それも相性が良いと言うかも微妙だけれど…)
「辺境の地へやられただけで俺共々生きながらえていたのは何故だと思う?」
「何故…」
飽きられたのなら、ただ偶然、捨て置かれただけなのかと思っていたのだけれど、違うのだろうか。
こうして質問されると言うことは、違うのだろう。何か理由があるとすれば、そもそも珍しい物好きで悪魔の召喚までしてしまうことから考えて…
「何か、好色王が気にいる能力を皇太后陛下がお持ちだったのでしょうか?」
「そうだ。
それがあったから母は母国を滅ぼされたし、あの強気な性格ながら無理矢理娶られた」
「……」
どの様な能力だったのだろうか、聞いてみたくもあるけれど、王相手にあまり踏み込むことを聞くのも気が引けているところに、ヨゼフは従者に外へと続く扉をあけさせた。
太陽のあわい光が、やや薄暗い廊下へ差し込みあたりを照らす。
「ーーだが傑作だ。
それがこうして仇となるのだから、因果とは本当に面白い」
その進む先に見えてきたのは、二本足で立ちながら、顔や背中、前肢の表部分に鱗のついた、コウモリの様な形をした翼があるとても珍しい生き物だった。
大きな赤色の目を彷徨わせていたが、すぐにこちらの気配に気付いて、値踏みするかの如くギョロリと見据えてくる。
リディアはその存在をこの世界でも生まれて初めて実物を見た。
「龍ですか?」
「ぁあ、飛龍種のワイバーンだ。
先日ホーキン卿が食した卵は、こいつの無精卵でな。
その卵のお陰で、辺境の地にやられても俺や母の使う財源に事欠くこともなく、なかなか楽しく暮らせていた。
すごく小柄で、とても可愛いだろう?」
(すごく、小柄……?)
見下ろすようにリディア達を凝視している龍を見上げながら、ごくりと喉をならした。
龍とは大きいものであると聞いたが、本来なら王宮と同じサイズでもしているのだろうかという疑問がわく。
「元々母の祖国は多種類の珍獣と共存する部族がより集まり出来たもの。
あの希少なものに目がない好色王からすると、それはそれは、宝の山だったと言うわけだが、そこにいた珍獣達は本来、人と共存出来ないからこそ珍獣なのだ。
俗物的な好色王など珍獣が嫌う際たるものだった。
いくら従わせようとしても、思う通りには行かなかったと言う訳だ」
龍は基本的に気位が高く、住むところも人里などではなく山間部や水中や地下、あるいは特定の「龍穴」と呼ばれる場所で人前に姿を現さず、懐かないと聞く。
だからこそ、如何に人から欲される美食であろうと卵は入手難易度が非常に高く、手に入れるのは至難の業である。
それが定期的に手に入ったのであれば、王宮から財源をまわされなくてもヨゼフ陛下やその母がひもじい思いをすることはなかっただろう。
むしろ、元々珍獣達と共存していたならば、王宮より辺境の地が肌に合ったはずだ。母とヨゼフ陛下で龍達と悠々自適な生活をしていたのではないだろうか。
それが、トラビア王の血も入るが故に王宮へ連れ戻されたとなると…気の毒にも思えた。
(好色王は、ヨゼフ陛下の母君に飽きたと言うより、龍の扱い方を母君から学ぼうとしたけれど自分には不可能であると諦めたと言うことかしら)
「ところで、もしかして。
この龍でルア王国へ行けと言うことはありませんよね?」
「流石。察しが良いな。
そのとおりだ。
龍は賢いから地図の場所を示せば、ちゃんと目的地までホーキンス卿を送り届けてくれるだろう。そして魔法までも使える」
「私は龍に乗ったことがないのですが…扱い方もわかりません」
「心配することはない、龍は俺の頼むお遣いをこなしてくれるだけだ。
それに、そこの奴隷はこいつに乗ったことがあるから非常時にも対応出来る。
だからホーキンス卿は、鞍の前輪を握っているだけで良い」
くいっと軽く顎でさすように示す先に、バンリがいた。
2人の向き合った時の雰囲気から薄々は感じていたけれど、私がヨゼフ陛下に会う前からの顔見知りのようだ。
(…ヨゼフ陛下との話は、後でバンリに聞こう)
「非常時と言うのは…」
「それはルア王国へ向かいながらバンリに聞けば良い。
ーーとにかく恐らく時間がないから、説明を続けるぞ。
龍へ騎乗するさいは、必ずこの腕輪とアンクレットを装着する様に」
ヨゼフ陛下がそう述べると、控えていた従者がリディアとバンリに革紐に涙の形をした銀色のチャームがついたものを渡した。
「こちらは?」
「ざっくり言うと飛行にあたり必須の安全装置だ。
1番大事なポイントは、万が一飛行中の龍から落下したとき、落下速度を調整してくれる。
だから、その時は足の部分を先に下ろすことを心がけろ。
もしも頭から落ちたら死ぬことはなくても怪我をする可能性がある。
ショック死しない様に地面につく前に気絶するよう切り替わる」
(前世で言う、パラシュートみたいなものかしら…)
今にもさっさと行けと言わんばかりの勢いで説明されているリディアは、受け取った腕輪とアンクレットを速やかに装着した。
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