【完結】年下王子のお嫁様 

マロン株式

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お嫁様は辺境伯にハンカチを返したい

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 手縫いの紋章が縫い付けられたハンカチを手にして、マーガレットはため息をついた。

 辺境伯から借りたハンカチには紋章が縫い付けられている。こう言う物は、その家の妻、つまり公爵夫人が繕ったものだ。
 
(辺境伯様は未婚でいらっしゃるから、その母君が縫ったものね…)

 辺境伯の母は他界している。つまりこれは、形見でもあるのだろう。何か思い入れもあるかもしれない。

(やっぱりこれは、早々にお返ししなければ。)

 王子は自分からお礼を言うと言っていたけれど…。

(辺境伯様の事、王子はあまり快く思ってないのかしら…)

 王子は先日の様子からすると辺境伯に好意的な印象抱いていない。何故かはわからないけど。

(最近、王子の事がわからないわ。)

 ヒロインとの逢瀬を交わしながら、私の事も抱く。あの年頃だから、不思議な話ではないけれど。

 
 この状態は相手にとても不実だわ。

(ちゃんと私と区切りをつけるつもりあるのかしら。……。)


 とは言っても、私は拒否しきれずに流されている。
 手遅れになる前に、早く離れたいと思っていた。

 いや、もう手遅れなのかもしれない。このままでは私は私の思うままに、王子に縋ってしまいそう。

(誰か、この気持ちをおさえて。もう自分では止められない。
このままだと私はいつか王子の邪魔をしてしまう。)

 そんな折、小説のヒロインであるモントリア伯爵家のユリシア・モントリアから手紙が来た。数ある手紙の中で、その名が刻まれた物は目ざとく見つけてしまった。


〝とても大事な話がある〟と文脈中何度も綴られたその手紙からは必死な様子が伝わってくる。
 
 薔薇園での2人を思い出した。
 
(どうしよう。小説では、マーガレットとヒロインで対談するなんて、そんなシーンは無いのだけれど…)

 けれど、小説にない出来事だからこそ何かが変わるかもしれない。

(すごく、会ってみたいような、でも話を聞くのが怖いような…。)

 だけど、会って何を話すのいうのか。
 
 どうしようかと、決めかねていたら、辺境伯から借りたハンカチを思い出した。

 (そう言えば辺境伯様はモントリア伯爵家の方と仲が良いと言っていたわ。

ヒロインに渡して返して貰う事も出来るかも…。)

「……。これも、運命が〝会いなさい〟と言っているのかしらね。」

 そして直ぐに返事を書いた。その日中につくよう手配した手紙を。
 
〝明日にでも会いましょう。ご予定が無ければ、明日王宮を訪ねてください。ご予定があるようでしたら、ご都合のつく日時を手紙で教えてください。お待ちしております。〟そう綴った手紙をだした。

ーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーー

 そして茶会当日。
 私はそわそわしながらヒロインを待っていた。

 手紙には、了承してくれた旨を綴った内容と、王宮にくる時間が書いてあった。

 時計をちらりと見ると、その時間を過ぎている。
 

(…何か、あったのかしら。伝達ミスがあって通して貰えないとか?)


 様子を見に行く為に王宮入り口まで行ってみる事にした。王宮入り口に続く近道の通路を進み、角を曲がるとヒロインは到着していた。

 

「ー・いた。」

 けれども、話しかけられる状況でなかった。

 ヒロインは王宮の入り口付近で人目を憚らずに泣いている。

 そして、そのヒロインの前には王子が立っていて、此処からだと後ろ姿しか見えない。

 ヒロインは、首を横に振りながら王子の胸元にしがみつく。

 王子はその手をとって、ヒロインを身体から離し、慌てる周りに何か指示をしていた。

 従者に導かれて何処かに誘導されてゆくヒロインと王子。


「まっ…」
 
 〝まって〟そう言おうとした。けれどマーガレットが一歩足を踏みだすと、それを遮るように伝手が早足で歩いてきた。

「マーガレット様!ここにおられたんですね。

実はモントリア伯爵令嬢がご到着されていたのですが、体調が悪かったようで…今日の茶会は中止にとの事で…」
 
「……そぅ…。」

「〝本当に申し訳ありません〟と伝えて下さいとの事でした。」

「…えぇ、わかったわ。体調が優れないのなら、仕方がないものね。」

 言葉が、これ以上出てこなかった。
 立っているのが、やっとだった。足元が揺れる。
 
 目の前にいる伝手は、続けて報告をしているみたいだけど、耳に入ってこない。





「妃殿下!」


  固まる私を呼んだのは、ペリドットの瞳で労わるような優しい眼差しをした辺境伯様だった。



「…、辺境伯様。何故王城に?」
「今、陛下への謁見を終えたところなんです。
  
まさか、妃殿下にお会い出来るなんて思いもしませんでした。」

 心なしか赤い頬をして、頭を掻く姿に何処かほっとする。辺境伯には人を和ませる雰囲気があるせいか、強張っていた心が少し解れた。
 
「そうでしたか…。」

「…妃殿下、また何かございましたか?」

「…分かりやすくて申し訳ありません。
普段はこんな事、無いのですが。
辺境伯様の前ではいつも情けない顔をしていますね。」

 きっと今、私は力の抜けた弱々しく情けない笑みを浮かべているだろう。
 
「わたしの前では強がらないでください。
わたしはどんな妃殿下も好きですから。」

「…辺境伯様……。」

 マーガレットが呟いた後、辺境伯はカッと頬が朱く染まった。

「も、勿論、変な意味ではなく!」

「わかっています。〝人として〟好いてくれているのですね。有難うございます。」

 目を伏せ、足を少し曲げてスカートを摘み礼を言うマーガレットに、辺境伯は汗を飛ばしながら視線を泳がせる。
 

「~…っで、では。わたしはこれで!」

「あ、待ってください!
先日お借りしたハンカチなんですが、すみません、今お部屋にありまして。
直ぐとって来ます、いえ、取りに行かせますのでお待ち頂けませんか?お礼もまだきちんと済ませておらず…本当に…」

 マーガレットがそう呼び止めると、今思い出したように反応した辺境伯は、何かを閃いた様子で振り返った。


「では今度開催される華祭の前夜祭に妃殿下が直接返してください。

それがお礼になります。」

「そんな事でよろしいのですか?」


 マーガレットが小首を傾げて訪ねると、辺境伯は姿勢を正して騎士の丁寧な礼をした。

「我人生において、この上なき誉となりましょう。アネモネの咲く華園にてお待ちしております。」

 先ほどとは違い、凛々しい面持ちと真っ直ぐな声色で告げると、颯爽とその場を去っていった。
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