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ヒロインと絶対零度の王子1
しおりを挟む事情聴取を終えたユリシアは王宮の一室に呼ばれた。
ここは、通常王が公ではなく秘密裏に尋問したい者が呼ばれる部屋。
其処には王が座る場所に王子、そして脇には従者、召使達が恭しく並んでいた。
上座から足を組んで見下ろしている王子の表情は笑顔だが、周りに纏う空気は冷気を帯びている。
流石のユリシアも顔が青ざめ、小さく縮こまって、正面に来ると膝をついて平伏した。
そして、王子の言葉を待っている。
「モントリア伯爵令嬢」
「はい…」
「今回君は何で呼び出されたか分かるかい?」
「…私の浅はかな行いにより、マーガレット様を危険に晒してしまいました…。」
「どれだけ不味い事をしたかちゃんと分かって言ってる?」
「……。えと…。」
何と言って良いのか狼狽えているユリシアに、王子が肘置きをトントンと人差し指で軽く叩いた事で、ユリシアの肩はビクンと揺れた。
(人の笑顔がこんなに怖いなんて、2つの人生経験して初めて…でも、何をどう言えば…)
青ざめた顔をして震え縮こまるユリシアに、王子は仕方なしと言わんばかりに語り出した。
「まず。マーガレットが茶会に招かれた側の環境で、〝誰にも話を聞かれず2人だけの空間でゆっくりお茶をしたい〟と言う意向に皆が従ったのは
招待した側の君を、マーガレットが信用し、尚且つ伯爵家の用意した安全設備を信用しての事だ。つまり伯爵家の顔を立てた。
だから護衛は施設の外に待機していた。此処まではわかるかな?」
「はい、わかります。」
「安全設備って言うのは君自身も入っている。伯爵家を代表して王子の妃に会っていた訳だ。」
「はい…。」
「今回、お忍びだった事により最小限の人数で護衛にあたっていた。
故に外からでは絶対開ける事の出来ない警備対象から外された裏口を、予想外にも君が内側から開けて出て行った。
君が警備の目を掻い潜りマーガレットを外に〝誘い出した〟事で、追跡するのに10分程時間のロスを出した。
つまりそのぶん王宮への連絡も遅行する。
護衛任務に当たっていた者達もまた、今回の件で謹慎、そして減給処分されているよ。」
「本当に、その…その時は感情的になってしまい…。申し訳ございません。〝誘い出す〟とかそんな…あの、本当に他意はありませんです。いや…でした。本当…です。」
「そうだろうね。君は伯爵家を背負ってそこに居たんだから。悪意のなかったぶん誰も疑わないよね。」
「…はい…」
「その後、君は闇雲に走り、護衛どころか連れもなく、隙だらけなのに、身なりの良いまま、ウラハ地区に真っ直ぐ辿り着いたと。
其処にあえて行くバ…令嬢など居ないから、これにより致命的な追跡捜査の遅れをとった。
其処の性犯罪増加率、後で資料渡そうか?」
「いえ…。いや、はい…勉強します。」
「そして知らない男に声を掛けられ言われるままに裏道の奥の奥に誘われたと。
君はそういう趣味なのかな?」
「そんな事はないです…」
「君を追いかけて来たマーガレットは、君を助け出し、機転をきかせて君を安全な場所に隠した。しかし其処には1人しか入れない。
これはマーガレットが君に無理矢理隠れる事を勧めたんだろうけど…」
チラリと、王子に見られてユリシアは答えた。
「図々しくも私が隠れました。」
「そうだね、マーガレットが君を無理矢理押し込んでもマーガレットは王太子妃だ。
優先されるべきはマーガレットなのだから、君は其処で自決すべきだったね。」
笑顔を作っていた目に、一瞬本音を宿したように鋭い光が垣間見え、ユリシアの背中にゾクリと悪寒が走った。
「…っ、申し訳ございません!」
とにかく命の危険をも感じたので、ひたすらに平伏するしかなかった。頭を上げられない。上げるのが怖い。
「それでその後マーガレットがどういう事になったかわかる?」
「い…え、それは…」
ユリシアはあの後どうなったか聞かされていない。ただ、マーガレットは無事保護されたとしか。
「後一歩遅かったら間違いなくマーガレットは自害していたよ。」
「……。そんな…」
小説ではそんな事は全く書いてなかった。
でも、確かに私がいた事で物語が変わってしまったのだから、一歩間違っていたら…あり得たのかもしれない。
「君の父であるモントリア伯爵の爵位を剥奪する事も視野に入れて検討した。勿論君を含め罪人として処罰するのは当然としてね。
特に陛下が今回の件は憤られて、モントリア伯爵については陛下の采配次第だったが…。」
そこで王子は一旦言葉を切った。
これからユリシアを含めた伯爵家がどうなるのか伝えられる。
視線の先には頭を上げられずに震えているユリシアがいる。
「……。」
(……私の軽率さでそんな事になるなんて思わなかった。本当に悪意は無かったから。)
家族を思うと今にも立ち眩みがして、倒れてしまいそうな程に申し訳なく。
けれども、並べられた事実に、陛下がどう決断してもユリシアは当たり前の処分だと納得していた。
自分の軽率さでマーガレットの命を危険に晒しておきながら、そして助けてもらいながら、あの時自分は良いようにしか解釈しなかった。
ただ怖かった。
あの時ユリシアはマーガレットの強さに縋り付いて甘えた。
小説で平気だったのだから、大丈夫だと言い聞かせて。
そして知らず奢っていた。
自分は曲がりなりにもヒロインだから此処までの事になるなどチラとも思い浮かばなかった。
なんて醜くかったろう。
自分も男達に取り押さえられた時の恐怖を知っていたのに。助けが来ても来なくても、大丈夫じゃない事くらい。
知っていたのに怖くて、気付かないふりをした。
怖いのなんてマーガレットとて同じなのに。
(…ごめんなさい、マーガレット様。自害を覚悟させてしまう程に、追い詰める何て…。どれ程の恐怖だったでしょうか。)
マーガレットとの茶会でのひと時を思い出していた。
そしてかけてくれた言葉も。
あんな失礼な形で目の前から消えたのに。『楽しかったです。お茶会』そう言ってくれたマーガレットの優しい声。
(…私も、楽しかったです。マーガレット様と話せて。…最初で最後なのが、心から残念だと感じる程に…)
そして次に、大好きな伯爵家の皆の顔が浮かぶ。
(お父様…。お母様…皆…ごめんなさい、ごめんなさい…私のせいで。)
仕方ないとは思ってはいても、家族を思い、これから伝えられるであろう処分を想像すると、自然と全身が震えるのをおさえられず、目には涙が浮かんできた。
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