28 / 56
お嫁様必死で暴漢から逃げる2
しおりを挟む
マーガレットが走り去る中で、後ろから追いかけようとした男達の先頭にいた者が、マーガレットが拾い損ねた短剣につまづいて膝をついた。
後ろから追いかける態勢になっていた2人を巻き込みながら転んだ。
「おい!何してんだ!」
その間にマーガレットは倉庫から出て、裏道を走った。
(直ぐ追いかけて来るのは分かっているし、足も痛みだして長くは走れない…。)
ーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーー
追いかけようと倉庫から出てきた男達の視界の先にはマーガレットは居なくなっており、また手分けをして探す事にした。
「ったく、今度見つけたら縛らねぇとな。」
「それにしても何処に行ったんだ?足は速くなさそうだが…」
そんな男達の声が過ぎ去るのを、道の角にあるドラム缶の後ろで声を潜めてマーガレットは待っていた。
その手には、王家の紋章は彫られていないけれど、短剣を取り上げられたり無くした時に使う〝その為〟だけに使う簪を手にした。箸のように細く、先の尖った鉄の簪。
正に〝その為〟だけに作られたものを痛む足を抑えてから、震える両手で祈るように胸の前で握る。
(……怖い、だけど、もしここで見つかったら。そうなったら…)
心の中に浮かぶ王子の姿に、自然と目尻に涙が滲む。
「あ!一応さ物陰の後ろも探しておこうぜ。」
「居るか?そんな所にさぁ。」
「まぁお嬢様は体力ないだろうしな。」
「?何か上から石が落ちてきたぞ、危ないな。」
(…引き返して来る足音がする。)
ドクン…大きく心臓の音が鳴った。
簪を持つ手に力がこもる。
震えながらも胸元にその刃先を向けて、ゆっくり目を閉じたことで、目尻にあった涙が頬をつたう。
(王子……。)
その時、簪を握る自分の手に、王子の暖かな手が重ねられた気がした。
〝マーガレット〟
そして耳には、走馬灯の様なものだろうか、王子が自分の名を呼ぶ幻聴が聞こえた。
(幸せな、幻聴、幻覚。
良かった…最後に幻でも王子の声を聞けて。温もりを感じる事が出来て。)
心臓が位置する胸を突こうと手に力を込めた瞬間、先程から感じている温もりが力強くそれを止めて動かない。
「…?」
そっと目を開くと、簪を握る自分の両手の上から重ねられた王子の手が見えた。
「マーガレット。」
視線を上げると、いつも涼し気に笑っている王子が、真剣な顔をして、形の良い碧眼の瞳が余程焦っていたのか険しさを含んでいる。上下に揺れている肩、乱れた髪からは汗が滴っていた。
「お…うじ?」
(…幻、じゃない?)
少しずつ力が抜けて、ゆるゆると手が下がってゆく。
カランと音を立て簪が地面に転がる音がしたかと思うと、王子はマーガレットをかき抱くように抱きしめた。
マーガレットの無事を実感して抱きしめた後に王子は大きく息を吐いた。その後も余程動き回ったのか未だ荒い息遣いが首筋にあたる。
「遅くなりすまない。」
そう言って尚更力を込めて抱き締められる。頬にあたる柔かい王子の髪がくすぐったい。
怖い目にあったのは私の筈なのに、王子の方が震えていた。
(ぁあ、本物だ。)
今まで張り詰めていた気が緩んだせいか、マーガレットは力が抜けると共に意識もそのまま遠のいていく。
「ー・マーガレット!」
王子は腕の中で急に意識を手放した事で重力のかかるままに、後ろへ向かうマーガレットの身体を抱き支える。
「どうしたんだ、何処か怪我をしているのか?マーガレット、マーガレット!」
王子が何度呼びかけても顔色が悪く目を開けず、抱き支えていながらも、全ての力が抜けた事で身体から手がダラリとぶら下がるマーガレットに、この時ゾッと血の気が引いて恐怖を抱いた。
焦りながらもマーガレットの身体を見渡してみるが、致命傷になるような外傷見受けられない。
けれど、転んだ時の擦り傷や、捻った事による足首の腫れに気が付いた。
普段王宮で淀みなく、こうした危険に見舞われる事もなく、服を汚す機会すらもないであろうマーガレットが、突然の事態にどれ程に驚き、捕まる事に怯えて必死に抵抗し足掻こうとしたか。
傷跡を見ていると経緯が想像出来てしてしまい、尚更痛ましく感じて、王子は辛そうに眉を寄せた。
「…っ。お願いだマーガレット、頼むから目を覚まして無事だと言ってくれ!でないと僕は……ー。」
不安により心臓がかつてない程ドッドッドッと身体中に響き鼓動する。
王子は目を閉じたまま気を失っているマーガレットの髪に指を絡めて、失うかもしれないという恐怖にかられながら、体温を確かめるかの如く抱きすくめる。
すると、従者に案内され一足遅れて到着した宮廷医が王子に言った。
「大丈夫ですよ王子、恐らくマーガレット様は気が緩んで気を失われただけです。」
「…本当だろうね?」
「はい、勿論念の為に王宮できちんと検査は致しますが。」
「確かなのか?〝恐らく〟では無くて、確実なんだろうね?」
「何にせよ、マーガレット様はかなり消耗しておられる御様子。他の傷も合わせて治療と休養は必要であります。こんな所に留まらず、早く王宮に連れ帰った方がよろしいでしょう。」
そう言われてからようやく王子は我に返った。暫くして、幾分か冷静さを取り戻した王子はマーガレットを横抱きにして立ち上がった。
そこに従者が慌てて駆け寄って来る。
「直ぐに、輿をお持ちします。」
「いい。僕が連れて行く。」
「畏まりました。それと殿下、奴等は全員捕まえ、只今近衛隊が護送中です。如何処分致しますか?」
「…近衛隊長にまかせるよ。」
「はっ。では、そのように伝えて参ります。」
走り去って行く従者を眺めて、用意された馬車へと身を翻した王子はポツリと言った。
(如何処分するかなんて。)
「言うまでもないだろう?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
次回予告:恐怖に包まれるユリシア(かもしれません)
後ろから追いかける態勢になっていた2人を巻き込みながら転んだ。
「おい!何してんだ!」
その間にマーガレットは倉庫から出て、裏道を走った。
(直ぐ追いかけて来るのは分かっているし、足も痛みだして長くは走れない…。)
ーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーー
追いかけようと倉庫から出てきた男達の視界の先にはマーガレットは居なくなっており、また手分けをして探す事にした。
「ったく、今度見つけたら縛らねぇとな。」
「それにしても何処に行ったんだ?足は速くなさそうだが…」
そんな男達の声が過ぎ去るのを、道の角にあるドラム缶の後ろで声を潜めてマーガレットは待っていた。
その手には、王家の紋章は彫られていないけれど、短剣を取り上げられたり無くした時に使う〝その為〟だけに使う簪を手にした。箸のように細く、先の尖った鉄の簪。
正に〝その為〟だけに作られたものを痛む足を抑えてから、震える両手で祈るように胸の前で握る。
(……怖い、だけど、もしここで見つかったら。そうなったら…)
心の中に浮かぶ王子の姿に、自然と目尻に涙が滲む。
「あ!一応さ物陰の後ろも探しておこうぜ。」
「居るか?そんな所にさぁ。」
「まぁお嬢様は体力ないだろうしな。」
「?何か上から石が落ちてきたぞ、危ないな。」
(…引き返して来る足音がする。)
ドクン…大きく心臓の音が鳴った。
簪を持つ手に力がこもる。
震えながらも胸元にその刃先を向けて、ゆっくり目を閉じたことで、目尻にあった涙が頬をつたう。
(王子……。)
その時、簪を握る自分の手に、王子の暖かな手が重ねられた気がした。
〝マーガレット〟
そして耳には、走馬灯の様なものだろうか、王子が自分の名を呼ぶ幻聴が聞こえた。
(幸せな、幻聴、幻覚。
良かった…最後に幻でも王子の声を聞けて。温もりを感じる事が出来て。)
心臓が位置する胸を突こうと手に力を込めた瞬間、先程から感じている温もりが力強くそれを止めて動かない。
「…?」
そっと目を開くと、簪を握る自分の両手の上から重ねられた王子の手が見えた。
「マーガレット。」
視線を上げると、いつも涼し気に笑っている王子が、真剣な顔をして、形の良い碧眼の瞳が余程焦っていたのか険しさを含んでいる。上下に揺れている肩、乱れた髪からは汗が滴っていた。
「お…うじ?」
(…幻、じゃない?)
少しずつ力が抜けて、ゆるゆると手が下がってゆく。
カランと音を立て簪が地面に転がる音がしたかと思うと、王子はマーガレットをかき抱くように抱きしめた。
マーガレットの無事を実感して抱きしめた後に王子は大きく息を吐いた。その後も余程動き回ったのか未だ荒い息遣いが首筋にあたる。
「遅くなりすまない。」
そう言って尚更力を込めて抱き締められる。頬にあたる柔かい王子の髪がくすぐったい。
怖い目にあったのは私の筈なのに、王子の方が震えていた。
(ぁあ、本物だ。)
今まで張り詰めていた気が緩んだせいか、マーガレットは力が抜けると共に意識もそのまま遠のいていく。
「ー・マーガレット!」
王子は腕の中で急に意識を手放した事で重力のかかるままに、後ろへ向かうマーガレットの身体を抱き支える。
「どうしたんだ、何処か怪我をしているのか?マーガレット、マーガレット!」
王子が何度呼びかけても顔色が悪く目を開けず、抱き支えていながらも、全ての力が抜けた事で身体から手がダラリとぶら下がるマーガレットに、この時ゾッと血の気が引いて恐怖を抱いた。
焦りながらもマーガレットの身体を見渡してみるが、致命傷になるような外傷見受けられない。
けれど、転んだ時の擦り傷や、捻った事による足首の腫れに気が付いた。
普段王宮で淀みなく、こうした危険に見舞われる事もなく、服を汚す機会すらもないであろうマーガレットが、突然の事態にどれ程に驚き、捕まる事に怯えて必死に抵抗し足掻こうとしたか。
傷跡を見ていると経緯が想像出来てしてしまい、尚更痛ましく感じて、王子は辛そうに眉を寄せた。
「…っ。お願いだマーガレット、頼むから目を覚まして無事だと言ってくれ!でないと僕は……ー。」
不安により心臓がかつてない程ドッドッドッと身体中に響き鼓動する。
王子は目を閉じたまま気を失っているマーガレットの髪に指を絡めて、失うかもしれないという恐怖にかられながら、体温を確かめるかの如く抱きすくめる。
すると、従者に案内され一足遅れて到着した宮廷医が王子に言った。
「大丈夫ですよ王子、恐らくマーガレット様は気が緩んで気を失われただけです。」
「…本当だろうね?」
「はい、勿論念の為に王宮できちんと検査は致しますが。」
「確かなのか?〝恐らく〟では無くて、確実なんだろうね?」
「何にせよ、マーガレット様はかなり消耗しておられる御様子。他の傷も合わせて治療と休養は必要であります。こんな所に留まらず、早く王宮に連れ帰った方がよろしいでしょう。」
そう言われてからようやく王子は我に返った。暫くして、幾分か冷静さを取り戻した王子はマーガレットを横抱きにして立ち上がった。
そこに従者が慌てて駆け寄って来る。
「直ぐに、輿をお持ちします。」
「いい。僕が連れて行く。」
「畏まりました。それと殿下、奴等は全員捕まえ、只今近衛隊が護送中です。如何処分致しますか?」
「…近衛隊長にまかせるよ。」
「はっ。では、そのように伝えて参ります。」
走り去って行く従者を眺めて、用意された馬車へと身を翻した王子はポツリと言った。
(如何処分するかなんて。)
「言うまでもないだろう?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
次回予告:恐怖に包まれるユリシア(かもしれません)
40
あなたにおすすめの小説
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
辺境伯と幼妻の秘め事
睡眠不足
恋愛
父に虐げられていた23歳下のジュリアを守るため、形だけ娶った辺境伯のニコラス。それから5年近くが経過し、ジュリアは美しい女性に成長した。そんなある日、ニコラスはジュリアから本当の妻にしてほしいと迫られる。
途中まで書いていた話のストックが無くなったので、本来書きたかったヒロインが成長した後の話であるこちらを上げさせてもらいます。
*元の話を読まなくても全く問題ありません。
*15歳で成人となる世界です。
*異世界な上にヒーローは人外の血を引いています。
*なかなか本番にいきません
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~
二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。
彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。
そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。
幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。
そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる