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お嫁様と悪役令嬢を回避した者
しおりを挟むそして、永らく話せていなかった今の状況を説明すると、ナーディアは冷静に言った。
「王子が離縁を切り出して来ない?つまり小説の流れが遅くなっているのね。まぁ、ある事ね。
前世の記憶持ちが身近にいたなら、変化は生まれるのよ。私の時もそうだった。」
「はい…。なので、最近は…その。流される一方で……」
「…聞いているわ。だからこうして此処へ来たの。
避妊薬は万能では無いのよ。その…聞いている限りだと、いずれ本当に孕んでしまうわよ。
まぁ、王子に妃が強く逆らう事など出来ないかもしれないけれど…」
2年前、初めて王子と初夜を果たしてから、少ししてセレナイト国王からナーディアに話が行ったのだろう。
最悪のケースを予測してナーディアの国の避妊薬を渡してくれていた。
初めは抵抗があったものの、国王には許可を得ていると聞いて定期的に飲んでいたのだ。
デリケートな話なので面と向かって直接は話していないが、国王の意向ともとれた。
「…やはり、不味いでしょうか?」
(クリス殿下は既にヒロインであるユリシア様とも親密ではありそうだし…)
これを言ったら尚更怖いこと言われそうなので、今は言うのをやめておいた。
しゅんとしているマーガレットに、ナーディアは呆れた顔をしていた。
「いい事?わたくしは、自分の未来を良いように変えました。確かに、物語にはある程度強制力はあります。
ですが、小説のストーリーは絶対では無かったわ。
これは逆に、悪くなる事もあり得るのですよ。」
つまり、ナーディアが言いたいのは本来ならば円満離縁で済んだはずのマーガレットが孕んでしまうと事態は悪くなると示唆した。
暫く口を継ぐんで、ナーディアの言葉を受け止めていたマーガレットは可能性を確かめるように切り出した。
「…ですが、ストーリーが絶対でないのならクリス殿下は…もしかしたら私と離縁を望まないかもと…何らかの形で側に…」
マーガレットは膝の上で手を握り締めた。その姿に、ナーディアはマーガレットが王子に恋心を抱いている事を悟る。
「…確かに、断言はできないわ。
わたくしは、わたくしの経験した事しか貴方に勧められない。でも経験者は私しかいない。
だから言うわ。
期待しては駄目よ。マーガレット様。」
心から心配しての言葉だった。
ナーディアは、本来、現セレナイト国王バロン・ウェルナンシアと、婚約をする予定だったが、前世の記憶により婚約破棄の未来を辿る事を知っていたので、バロンに求婚されても婚約をしなかった。
ナーディアとバロンは幼馴染み故に強気で言ったのだ。
『貴方には別に運命の人が現れるのよ。人の手垢がつくのが確定している人なんて、私は嫌。』
バロンは半信半疑だったけれど、愛する王妃と出会い、後にナーディアに言ったのだ。
『其方の言っていた事が、当たっていた』と。
それまでは、お互い家柄も人格も認め合ってきた。ナーディアは前世の記憶が無ければ無用心にバロンを好きになり、婚約者になり、嫉妬でバロンの愛する妃を虐めた事だろう。
けれど、そうならないよう手をつくした。
それはつまり
「良く聞いてマーガレット様。
他の誰も貴方に経験談を語れないでしょう。語れるのはわたくしだけ。
だから、貴方を傷つけてでも言わなくてはならない事があるの…」
「…構いません。どのような事でも、知らぬ事は恐ろしい事です。お伺いしたいです。」
「わたくしは確かに、暗い未来を明るくした。今の旦那を愛しているし、バロンとは良き友人でいられているわ。
わたくしは自分の未来を良い方向へ変えられた。
でもね、此処で間違えてはいけないのは、変えられたのは他者の心ではなく。
〝自分の気持ちだけ〟だった。」
ナーディアは当時の痛みを思い出して悲しそうな表情をした。破滅の未来を避けるため、ナーディアは動いたけれど。
心の何処かで、バロンは物語のヒロインが現れても、ナーディアが良いと求めてくれる事を期待していた。
あの青春の日々の中で、物語通りにナーディアは幼馴染みとして仲の良かったバロンが好きだった。
だから『余と婚約せよ。』と言われた時嬉しかった。
けれど結局、バロンはナーディアの事を家柄も人格も好ましいとは思っていたけれど、愛とは違う感情だった。
それは、物語のヒロインが現れてから痛感した。
それでも初めの頃は、期待してしまう場面もあったとか。ナーディアが前世の記憶のせいで行動がかわり、3人で仲良くして、恋を盛り上げる障害が現れない分、2人の関係は進んでいないように見えた。
だけど。
「バロンと、ヒロイン、2人の間には、物語よりも少し時間はかかったけれど、やはり愛が芽生えていたわ。」
「ナーディア様…」
「ま!今は幸せだし?子供も2人居るからどーでも良くなったけどね。
女ってそんなものよ?
一旦冷めると過去の恋はどうでも良いの。むしろ今の恋が全て初めての恋よ。」
「……。」
「わたくしからもバロンには気をつけるよう言ってるんだけど。まぁ不確定な事が多くてあの人も判断に困ってるのでしょうね。(本当に息子に甘いのだから。王ともあろう者が、困ったものだわねぇ。)」
(王様が気をつける?)
マーガレットは首を傾げた。
「ナーディア様、例えば王子の子を生んでも、継承権は放棄して私は田舎の領地で静かに暮らすとかは…」
「その考えはやめなさい。
貴方をそんな目にあわせたら、貴方を大切に思う、貴方の親もわたくしも、王も王子も不幸にするだけよ。
それに、王子の子を身篭ったなら…しかも貴方の家柄で。そしたら貴方は正妃であり続けなくてはならない。」
「……。」
「それでもし、その後王子がヒロインを運命の人と認識したら。小説通りの感情を抱くその時がきたら、ヒロインを王妃にしたいのに貴方は離縁する事が出来ない。この状況になりたいの?」
「それは…いやです。」
「はぁっ。
全く。その小説、私も見た事あるけど、その辺書いてなかったわね。
変化によるものなのかで安心感も違うのだけど。
でもどちらにせよ、良い状況とは言えないわ。」
ナーディアの言う通り、そこに気持ちが続いていかないのなら、それは悲惨な結果を生みそうだと思える。
「私から、クリス殿下に話をしてみるしか…ないでしょうか?」
「…良いけれど、もしかしたらまだ、王子はヒロインを運命の相手と認識していないかもしれない。
話すと言うことは、己の手で確実に、運命の相手を認識させる事になるけど。覚悟は出来ているのかしら?
わたくしはそうして、バロンに気付かせてから事態はみるみるうちに、それは目覚しく動いたけれど。」
「…。」
「でも、変化により貴方を執拗に抱くと言うことは、貴方とは離縁をせず。ヒロインを王妃ではなく側室にするという変化もあり得るわね。」
「……!」
「…ここで嬉しそうにするなんて、変わっているわね。」
「もしかしたらお側にいても良いのかもと…思ったら思わず…私ったら、全然ダメですね。」
ナーディアはそう言って紅茶を手にしながら小さく笑みを浮かべたマーガレットに、かつての自分を重ねて、切なく眉根を寄せた。
「ごめんなさいね。まさか、バロンの息子があの小説の主役だと思わなかったわ。続きものではなかったから…」
「いえ、気付いていても、この結婚は王子の為に必要なものでしたから避けられなかったでしょう。それについて後悔も恨めしさもありませんし、マーガレットが小説通りなら問題は無かったのですから…」
「……。マーガレット様…」
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