孤高の皇帝は唯一欲した

マロン株式

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孤高の皇帝と国の安寧

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皇帝の笑った姿を誰も見た事がありません。

必要とあれば、誰でも処分してしまう。そんな皇帝でした。

けれども民衆は、彼の偉業を忘れていません。


焼け野原にされ、蹂躙されかけた皇国を隣国から救い、惨殺されそうな民を守り、月日が流れて約10年。

齢23歳とまだ年若い皇帝でありますが、これまでの業績は目覚ましい物がございました。

この国にあったクーデターにより、めちゃくちゃになっていた内政を立て直し

隣国の襲撃で焼け野原になった領土は当時の面影を殆ど残さず活気ずき

何より皇国全体が復興していく様を、たった10年で肌身に感じていた国民にとってこれ以上ない道導。

まさに王の器と誰もが口々に言いました。




そんな皇帝には、縁談が次々と舞込みましたが、此処10年は「そんな暇はない。」と突っぱねてきました。

縁談に前向きになれるはずも無かったのです。

彼が慣れ親しんだ王侯貴族は皆、先のクーデターにより処刑断絶されており、

その舵を切った元第3階級の政治家、豪商、銀行家の娘との縁談話など、生き残りの皇帝にすれば不愉快極まりなかったのです。



そんな事もあってか


この頃から皇帝は

王侯貴族が居なくても、立法、司法、行政、政治、経済等が回る様に改革しようと目論んでいた事を実行に移してゆきました。

つまりは

己の血脈を絶やしても、国は揺らがず、跡目争いによる内戦が起きない様にするのです。


自分はあくまで、それらの制度が整い、滞りなく回転する様を見届ける監視役になろうとしているのでした。


そうしようと思い至った最も大きな理由は


もう随分長い間

皇帝は国の事など、どうでも良かったのでした。

花冠式を迎える時
あれ程に、燃え滾った熱は

もう殆ど目的を達成したからか
空っぽになり無くなっていました。

出来うるならば、もう何もしたく無かったのです。

それでも今尚、賢王として皆が敬うよう振る舞うのは

父王の遺言と


昔 とある少女と誓った『名君になる』との言葉を守ろうとするからでした。

けれども、そんな皇帝の意向は、難しかったのか、言葉が足りなかったのか 

臣下の者達には理解の出来ない物でした。

皇帝の言う通りの世の中になれば、代々約束される筈の安寧が損なわれかねないと思えたからです。

自分の老後や子孫やお家の為、反発はありました。

何より、先の他国の侵略行為での活躍もあり、民が皇帝が皇帝たる事を望んでやみません。

支配される安寧を覚えたのです。


「この10年で、随分と内政は落ち着きを取り戻しました。
3ヶ月後にある陛下の誕生祭を期に、皇帝陛下の更なる足固をするべきと存じます。」

それを聞いて、窓の外に向いていた椅子を回転させ、忠臣の方へ向き直る。

書類を片手にヒラヒラとさせながらローブを着崩し、肘おきに肘をついてふんぞりかえっている皇帝は言いました。


「ほう、貴殿にはわたしが

着飾るばかりの無能な娘に頼らねば、生きていけぬような貧弱者と写っておるのか?」


鋭いその眼差しに、忠臣と言われる男ですらも背筋に氷が這うような感覚に襲われます。

「いえ、そのような事は…

しかし、お世継ぎを産んでこそ、その地位は盤石なものとなる事はご存知でしょう。

そして願わくば今の貴族達の中からお相手を選ぶ事で民心も尚、得られ易く、政治もやり易くなるでしょう。」

「…ほぅ…?
わたしが今まで行ってきた事柄だけでは、民は気が済まぬという事か?
随分と貪欲なものだな。」


苛々を露わにするその様に、臣下は首をたれてそれ以上は追従しなかった。

室内に漂う、異様な雰囲気にただ、口を噤む事しかできない。

そろそろ下がっても良いかと思い始めた頃、
皇帝が呟くように言う。


「ー…良かろう。

そんなにわたしに妃を望むのであれば

わたしの望む女人を連れて参れ。」


「は、はい!
お申し付けくだされば、どの様な女人でも連れて参ります!!」

「気高く、美しく、優しく、賢く、慈愛に満ちた瞳を持つ女人だ。」

その条件を聞いて、臣下は当てはまる者を探し回った。

けれど

気高い女人を見ても

「気ぐらいが高い女は最悪だ。」

美しい女人を見ても

「身なりばかりで頭は空っぽだな。」

優しい女人を見ても

「自分の意志のない者は反吐が出る。」


賢い女人を見ても


「頭でっかちな女は嫌いだ。」


慈愛に満ちた女人を見ても


「お幸せそうな面をしている者を見ると不愉快だ。」

その度女人達は傷付き、ある者はその場で泣き崩れ、ある者は引き篭もりがちになってしまったという。


国中の者達が皇帝の結婚に関心を示していたので、見合いが行われるたび

何処から漏れるのか皇帝の女性への評価はゴシップとして国中を駆け巡る。

これには流石に誰も娘を紹介どころか会わせることも出来なくなった。

遠回しに嫁探しを断られてしまった事を悟った臣下は肩を落とした。



「…陛下、民達だけでなく、臣下にまで
陛下が男色であると噂が流れております。」


「何だ?どの様な女人でも連れて参るのでは無いのか?
もう根を上げてしまったのか。

なんとも詰まらん。もういい下がれ。」



「は、い…」

臣下は
動揺を隠せずに、歯切れの悪い返事して
その場を下がらざるを得なかった。

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