前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

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第12章

168 古傷2

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魔塔のかなり上の階に設けられたレイヴンの私室は、外部からの物音が一切しない孤立した空間。
調度品が無彩色で統一されているせいか、室内は温もりの少ない雰囲気だった。その広い部屋の中央で、二人は向かい合う。


「…異形の姿でありながら…この世に生を享けた…?」

「髪や瞳の色、能力、どれが欠けても本来なら生きられない…我々一族の血は、無情で残酷です。キュルスのような存在は、ある意味奇跡といえます」

「変化が解けた時の様子を見る限り、キュルスにとってその奇跡は苦難の始まりでしかなかったのだろうな。異なる種族の血が混ざれば、容姿や能力に差が出るのは当然。亜種というだけで疎まれ、謂われのない迫害を受ける…まぁ…尤も…」


そこで言葉を止めて一呼吸置いた後、レイヴンは黒い革張りのソファーに背を預け、ルークを一瞥して目を伏せる。


「異形の姿でなくとも…赤髪の一族である以上、何かしらの困難に見舞われたはずだ」

「…仰る通りです…」


急激に重苦しくなった周りの空気は、一介の従者に払拭できるレベルではなく…ルークはどうにも居心地が悪かった。

魔塔主にまで上り詰めた最強の大魔術師レイヴンも、エルフと人間のハーフ。過去には同族から蔑まれ、数え切れない程の屈辱を受けた経験を持つ。エルフの長となった今でも、忘れはしない。
どの種族も、より濃い血を貴び異質な者を排除しようとする。その本質は未だ変わらないものの…レイヴンに嫉妬や僻みの感情を向け、表立って騒ぎ立てる命知らずは現在皆無だ。


「私は、人里離れた集落で生まれ育ちました。一族同士の婚姻による家族の集合体です」

「…赤い髪をした人間が、山奥に集まっていたのか?随分とリスクの高いことを。魔法は弾いても、狡賢い輩に遠距離から優れた武器で狙われ囲まれでもしたら、赤髪の一族といえど無傷ではいられまい。人目のない場所では尚さら、確実に捕えようと殺戮行為に拍車がかかって…結果殲滅される恐れまである」


レイヴンの的を射た発言に…ルークは項垂れる。
人狼ライカンの血を引く赤髪の一族は、身体能力が高く決して弱い種族ではない。しかし、集落が全滅したあの日…襲撃と同時に火を放たれて混乱の中を逃げる姿は、武装した兵士たちに勝機を与えた。


「街で人混みに紛れ、少人数でいたほうが安全に思えますよね。ですが、男は15歳まで、女は初潮を迎えるまで集落を出てはいけない決まりがありました」

「集団で暮らしていたのには、それなりの理由があると?」

「私が半獣化したのは、15の時です。両親が同族であれば、極稀に“先祖返り”をします。獰猛な人狼ライカンになる危険性を抱えた子供を守るため、敢えて集落を作っていたんです」

「純血であっても、半獣化は脅威として掟を課していたか。守る…若しくは、抹殺するため監視下に置いたのだろう」

「…っ…」

「それも、子を生した親の努め…愛というわけだ」


ルークの背筋がゾクリと凍りつく。
冷ややかに話す声色に、特別変化があったわけではない。善悪を知り、理性や道徳心を持ちながら、人を殺める者の思考に当たり前のように同調する…レイヴンが数多の命を奪って今日まで生きて来た、その闇に触れた怖さだった。


「君は、幸いにも我を忘れて暴れる人狼ライカンにはならなかった…そもそも人狼ライカンは、好戦的ではあるが感情をコントロールできる種族。赤毛は、その均衡を崩したのが原因で滅びた」

「…感情…半獣化する時は、どうしても怒りが先立ちます…」

「心配ならば、魔法印章をその身に刻んでやれないこともない。力に制限リミッターをかければ凶暴化を防ぐことはできる。大公殿下やレティシア…妹を本気で守りたいなら、一度考えてみるといい」

「…………」


レイヴンとルークの前のテーブルには、すっかり冷めた紅茶の入ったティーカップ二客と、資料や報告書の束。

報告書には、アルティア王国で十年近く前に起きた第三王子誘拐事件に加担したキュルスの罪が、新たに書き加えられていた。
つい先日にも、ウィンザム侯爵家前当主カストルの妻子二人を殺害し、さらにカストルとその嫡男を呪い殺した罪を、アルティア王国へ知らせたばかりである。キュルスがどれ程の罪を犯し、隠しているのか…未だ底が知れない。


「キュルスの魔力については、何か知っているか?」

「おそらく、人狼ライカンと魔力を持った女性の交配種です」

「…まさかの組み合わせだな…」

「一族では変わり種として伝説のように語り継がれていますが、その姿を目にした者は私の知る限りいませんでした。魔法耐性の能力を持たず、代わりに特殊な固有スキルを得て生き延びた個体です。一体、何年生きて来たのか…想像もつきません」

「…罪の数も数え切れなさそうだ…」


天井を見上げたレイヴンは、続けて『固有スキルか』と呟いた。

レイヴンのいう“水と油の関係”にも拘らず…この世界で産声を上げた異形の者は、強靭な肉体と魔力を有する謂わばハイブリッド種。固有スキルは、わずかな魔力で行使できるものから上位まで幅広く、その能力は千差万別。


「キュルスが、今まで全く知られていない珍しい存在だとよく分かった。異種交配の種族は生殖能力に問題が出るケースも多い、キュルスの血は繁殖力を持たなかったと見るべきだろうな」

「そうですね。…私と妹は、一族の血を自分たちで最後にしようと決めています。今回の事件で、より一層強く感じました」

「身体に流れる血はどうにもならない。何かあればいつでも相談に来るといい、力になろう」

「…はい…ありがとうございます。…レイヴン様は……親切で優しいお方なんですね…」

「君まで…レティシアと同じことを言うのはやめてくれ」


綺麗な顔をクシャリと歪め、心底嫌そうに声を震わせる…人間味に溢れたレイヴンを見て、ルークは思わずクスッと笑ってしまう。


「…………」

「…っ…も…申し訳ありませんっ…」


レイヴンという人は、弟とレティシアの話題に弱いのだと…ルークは少し親近感が湧いた。




──────────




「君の話はとても参考になった、お陰で…謎が解けそうな気がする」


レイヴンにしては…ややぼんやりとした口調でそう言うと、魔法で淹れ直した温かい紅茶を口へ流し込み、ルークにも飲むよう勧める。
一方のルークは、ティーポットが独りでにユラユラと空中を舞い、淡いオレンジ色の液体を華麗にカップに注いでいく様子を、ポカンとした表情で眺めていた。


「アルティア王国から、何か情報はあるのか?」

「…はい…先に申し上げておきますが、私は王国騎士団の人間ではありません。こういう報告は慣れていないので、伝達係程度に思ってくださると…助かります」

「うむ、いいだろう」


ルークは持参した数枚の報告書類をテーブルに並べ、魔塔へ来る前にカインから聞かされた内容通り…そっくりそのままを真似する形で話す。


「キュルスと深く関わっていたウィンザム侯爵は、死刑が確定しています。侯爵位は返還することに決まりました。奪爵とほぼ同じ意味合いですが、一人残された…被害者である前侯爵の令息の立場を慮って、王家預りとするそうです」

「ほぅ…いつか戻してやるつもりか」

「違法薬物については、侯爵家の取り巻きだった貴族や、他にも富裕層などがウィンザム侯爵の顧客となっていました。こちらに名を記載してある者たちは、まだ処分が確定しておりません」

「…貴族は伯爵家が三家に、子爵家…」

「今のところ…バルクレー伯爵家は取り潰し、残る伯爵家二家と子爵家は現当主及びその家族の貴族籍を剥奪、降爵処分が妥当ではないかと言われています。領地も半分は削られるでしょう」


書類の文字を指差して説明するルークの話に、レイヴンは小さく頷いた。話し終えたルークは、ソファーに深く座り直す。


「レイヴン様は、キュルスが私の妹を攫うために利用しようとしていた…庭師の話をご存知ですか?」

「キュルスが化けたという庭師だな。殺されたと聞いた」

「…はい。その庭師は、重い病で余命宣告を受けていたと分かりました。殺害したのはキュルスの手下で、手にしていた刃物に庭師が飛び込んで来たと供述していることから…庭師が自らの命を捨てる覚悟で…犯罪を阻止しようとしたと見られています」

「…気の毒な最期を迎えたものだ。その手下とやらは生きているのだろう?存分に罪を償わせてやるといい…キュルスはこちらに任せておけ…」


立ち上がったレイヴンは、両手を組んで俯くルークの肩を…軽く叩いた。









───────── next 169 休養3

いつも読んで下さいまして、本当にありがとうございます。







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