前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy

文字の大きさ
177 / 215
第12章

177 隠し事

しおりを挟む


「今日は、一緒に食事ができてうれしかったわ」

「私もだよ。やはり、レティシアと食事をすると味も気分も変わる。仕事で遅くなる日も、食事の時間だけ邸へ戻ればいいな…それも悪くない」

「宮殿が広すぎて魔法陣しか使っていないから分かりにくいけれど、お邸は隣よね」


最上階の一つ下の階に作られた新しいダイニングルームは、大公邸では珍しい小部屋。その代わり、大きく張り出したバルコニーがついていて、窓を開放すれば狭さなど感じない。
小さめのテーブルは、向かい側に座るアシュリーとの距離が近く、いつもより会話が弾んだ。


「使用人の食堂で食事をするのは難しいが、一人の時でもこの部屋を使ってくれて構わない」

「えぇ、そうするわ」


少し申し訳なさそうな物言いをするアシュリーに、レティシアは笑顔で返事をした。
使用人が並んで見守る中、十人以上座れる長いテーブルに一人きりでは…落ち着いて食事ができないだろうというアシュリーの心遣いが、ひしひしと伝わって来る。


「ルークも邸内で元の生活に戻る、明日からは今まで通り護衛の任務に就かせよう」

「私も、お仕事頑張らないと」

「期待している。さぁ…では、部屋まで送って行くよ」

「その前にちょっとだけ、外の空気を吸って来てもいい?」


一流シェフの絶品料理と心からのもてなしに活力を得たレティシアは、ドレスの裾に気をつけながらバルコニーへ出ると、わっ!と声を上げた。


「夜空が綺麗!明日も晴れるわね」

「…レティシア、待て…これを…」


サッと脱いだ上着を手にして後を追って来るアシュリーの気配を背後に感じながら、月と無数の星がキラキラ光る目映い空を見上げる。
涼しいそよ風と草木の香りが、レティシアの鼻先を擽った。


「風邪をひいてしまうぞ?」

「…ふふっ…あったかい…」


いつもと変わらぬ魔力香とアシュリーの体温が残る上着に覆われて、寒いと思っていなかったはずが…温もりにホッとする。


「そのドレス、よく似合っている」

「本当?サイズがピッタリで…やっぱり、殿下が用意してくれたの?」

「何度かドレスを頼んでいたデザイナーのカナリヤが、レティシアに是非着て欲しいと邸へ持ち込んで来た内の一着だよ」

「え?…ん?一着?」

美しい女神レティシアに出会って以降、制作意欲を掻き立てられているそうだ。時々レティシアのサイズに仕立てた新作ドレスを持って来ては、要らないと言っても置いていく…あのデザイナーはやり手だな、これだけいい品を作られては欲しくなるし、他のブティックへ行くのは気が咎める。このドレスは、私が気に入って購入した」


(買わなかったドレスも置いていっちゃうの?!)


「レティシアはが好きで、ドレスに興味がないだろう?まぁ…もし気になるのなら、パメラに言って溜まっているドレスを見せて貰うといい。好みに合うものがあれば言ってくれ、セバスの悩みの種のクローゼットが少し埋まる……何て顔をしている?」


クリッとした目をより一層丸くして、レティシアは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
高級ブティックのあり得ない商法に、驚きを隠せない。


「…だって…私、何も知らなくて…」

「言っていないからな。おいで、座ろう」


クスッと笑うアシュリーに腰を抱かれて、誘われるがままバルコニーへ置かれた屋外用のソファーに腰掛ける。
足元にいくつか設置された控えめなオレンジ色のランタンの灯りは、満天の星を眺めるひと時を邪魔しない。


「殿下は、他にも私に隠し事がありそうね?」

「隠し事?内緒にしていたのは…新しい部屋、寝室と浴室、指輪に…ぬいぐるみ…ドレス…今日で出し尽くした……あ…」

「何?」

「…うん…ザックの話をすぐに伝えず、黙っていたことを申し訳なく思っている。レティシアが落ち着いたら、折を見て話そうと考えていたんだ。私や聖女様、レイヴン殿も、君に傷ついて欲しくなかった…すまない…」

「それは…目の前でたくさんの人が亡くなったのを見て気を失ったのだから…私への気遣いだと分かっているわ、心配しないで」


(殿下は、泣いている私の側に一晩中ついていてくれたじゃない)


俯き加減のアシュリーの頬を両手で挟んでこちらを向かせれば、薄暗がりの中でも黄金色の瞳は明るく輝いていた。


「もう秘密はない…?」

「…指輪には、邪気を寄せ付けない厄除けの術が付与されている…」

「………何それ…」

「アーティファクト程の効果や浄化作用はなくても、危険回避の足しになればと…今日、レイヴン殿に付与をお願いした。急な申し出に嫌な顔一つせず、快く受けてくださったよ」

「レイヴン様が?…とんでもない魔術だったりしない?」

「素材によって付与できる術の強さが変わるとは聞くが、エルフの加護より強いものはないと思うぞ?」

「…そうね…」


(加護が最強なのに、指輪へ術を付与していただなんて)


指輪を嵌めた瞬間に感じた、不思議な感覚をふと思い出す。どうやら、アシュリーは思った以上に用意周到なタイプだったらしい。
レイヴンが、レティシアのことをアシュリーの“愛する人”だと表現した理由が…今ごろになって分かる。


「…殿下、この指輪…どうして左手の薬指に?」

「指輪を作ろうとした時、レティシアは右手に銀の指輪を嵌めていた。それで、左手のどの指がいいかを悩んで…聖女様に相談して薬指に決めた」

「え?サオリさん?」

「あぁ…レティシアの指輪のサイズは聖女宮へ行けば分かる、そのついでに意見を伺ってね」

「そういえば、採寸の時に指輪のサイズも測っていたかも」


つまり、アシュリーに薬指を勧めたサオリは、彼が指輪を準備している状況を知っていたのだ。


「ドレスと装飾品は、セットであつらえる場合が多い」

「王国では、どんな時に宝石や貴金属を女性へ贈るのかしら?…結婚式で指輪の交換とかはあるの?」

「…指輪はないが、王族の結婚式では妃にティアラが贈られる。貴族は、ドレスやネックレス、髪飾りなどを揃えて、参加するパーティーの前に婚約者へプレゼントしておく。平民の間では、恋人に花を贈るのが人気だ」

「花は、どこの世界でもきっとそうね」

「…レティシア…もしかして、薬指は嫌なのか…?」

「まさか、そんなわけないでしょう?…サオリさんは殿下に何も言わなかったのね。私の世界では、婚約や結婚の証となる指輪を左手薬指に嵌める風習があって…でも…」

「…っ…?!!!」

「殿下?」


話の途中で突然立ち上がったアシュリーに、レティシアが驚く。


「…あの…」

「まっ、待て……何てことだ…」

「殿下、落ち着いて。こういうのは…ほら、よくある文化の違いみたいなものよ」

「…………」

「私は、指輪に込められた殿下の気持ちを大切にするって言ったわ」

「…やり直させては貰えないだろうか…?」

「やり…えぇっ?…な…何を?!」


床に跪いて上目遣いで見つめて来るアシュリーの様子から、指輪を嵌め直したいという意思表示だと受け取るものの、それが何を意味するのか分かっているだけに…レティシアは混乱した。 
恥ずかしさのあまり、思わず左手を隠してしまう。


「…ダイジョブデス…」

「…っ…駄目か…」


レティシアの左手に触れようとしたアシュリーの動きがピタリと止まり、花が萎れるように項垂れたかと思うと、くぐもった声で床に向かってモゴモゴ呟き始める。


「…左手薬指の指輪は…結婚の証…レティシアは…私の贈った指輪を嫌ではないと…そう言った…」

「殿下?」


(え?…何の呪文?)


焦りに焦って、瞬時に捻り出した唯一の案をレティシアに拒絶されたアシュリーもまた…少々混乱していた。
それでも、覚悟を決めた真剣な表情で顔を上げる。


「レティシア、私は心を通わせた相手と…今後の人生を共に歩んで行きたいと願っている」

「…はい…」

「うれしい時は喜び合い、辛い時には悲しみを分かち合える人とだ」

「…はい…」


今のレティシアの顔には白い部分が存在しないのではないかと思うくらいに、激しく熱い。
夜の暗さに負けない力強い眼差しに魅入られ、煩く脈打つ心音がアシュリーに聞こえてしまいそうで…周りの静けさが気になった。


「私は、君と一生添い遂げたい」

「…………」

「生涯レティシアただ一人を愛すると、その指輪へ永遠の誓いを立てよう。どうか、私と刻印の儀を…そして、婚約者に…私の伴侶となって欲しい」










────────── next 178 求婚

いつもお読み下さいまして、誠にありがとうございます。
書いていた文章が数百文字消えるという謎の事態に、死にかけておりました…記憶を頼りに何とか書き直しました。公開が大変遅くなり申し訳ありません。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

【完結】あなたが私を『番』にでっち上げた理由

冬馬亮
恋愛
ランバルディア王国では、王族から約100年ごとに『裁定者』なる者が誕生する。 国王の補佐を務め、時には王族さえも裁く至高の権威を持ち、裏の最高権力者とも称される裁定者。その今代は、先国王の末弟ユスターシュ。 そんな雲の上の存在であるユスターシュから、何故か彼の番だと名指しされたヘレナだったが。 え? どうして? 獣人でもないのに番とか聞いたことないんですけど。 ヒーローが、想像力豊かなヒロインを自分の番にでっち上げて溺愛するお話です。 ※ 同時に掲載した小説がシリアスだった反動で、こちらは非常にはっちゃけたお話になってます。 時々シリアスが入る予定ですが、基本コメディです。

【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました

三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。 助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい… 神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた! しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった! 攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。 ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい… 知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず… 注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...