或る魔女の告白

野洲たか

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3、そして、その通りになったの。

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 翌年、わたしは演劇部の部長になっていた。ブレヒトの演劇論やストラスバーグのメソッド演技法に全身全霊で取り組んで、他の部員たちからは天才と呼ばれた。

 顧問の先生が、東京の舞台制作に強い芸能事務所の社長に紹介してくれて、所属オーディションを受けることも決まった。

 本物の女優になるというのは、もはや夢ではなく、現実的な目標だったわ。


 そのころ、わたしの唯一の悩みは、父親だった。父は、うだつの上がらない会社員で、若いころから小説家になるのが夢だったのだけれど、長年、文学賞に応募を続けて落選を繰り返すうちに鬱病を患い、以降は、ただの飲んだくれになってしまった。

 毎晩、会社の経費で飲み歩き、深夜遅くに帰宅した。付き合いも仕事のうちだと言い訳していたが、わたしも母も、人間嫌いの父がひとりぼっちで飲んでいることを知っていた。


 わたしが、高校卒業後は女優をめざして上京したいと言うと、父は猛反対した。地元の公立大学か短大に通って、卒業後は結婚するか地元企業に就職することを望んでいたの。自分は映画ファンのくせに、女優業は人前で他人とキスをしたり、裸で抱き合ったりする下品な職業だと強く否定した。

 そして、もし、どうしても東京に行くのなら、一切の経済援助はしないと脅すのだった。


 どっちみち、我が家はそんなに裕福ではなかったので、最初から仕送りなんか当てにしていなかったわ。時給の良い夜のアルバイトでもしながら、なんとか、わたしはやっていけると考えていたの。


 ある日、母がいつもの落ち着いた、おっとりとした調子で言った。

 ねぇ、お母さんはお父さんと離婚しようと思うのよ……近ごろ、暴力をふるうから。もう、弁護士にも相談してる。あなたは、お母さんと一緒に出て行くわよね?

 その話を聞いて、わたしはゾッとした。

 離婚なんかしたら、専業主婦の母がひとりで食べていけるはずがない。あの男から貰える慰謝料なんて、高が知れているだろう。つまり、わたしも母と共に働きに出て、ふたりでこの田舎で暮らさなければならなくなる。

 上京して女優になる計画が台無しになってしまうのだ。


 いっそ、今のうち、あんな父親なんか肝臓ガンにでもなって死んでもらい、まとまった保険金が入ればいいのに…わたしは本気でそう願った。


 そうして、あの夢の中で、散歩しながら、無毛の少女が二度目の言葉を発した。

 わたしの声にそっくりだったわ。

 …死んでしまえばいい、と。

 たった一言だったけれど、何故か、わたしには理解出来た。

 あれは、父のことだったの。


 晴れた日の朝、突風のせいで、通勤中の父の頭上から三メートルもある赤い鉄骨が落ちてきた。もちろん、即死だった。父には、何の過失もない。高層マンションの建築現場の横の歩道を歩いていただけ。

 全国ニュースで報じられ、誰もが、運が悪いとしか思えない…大手の建築会社は管理責任を問われ、遺族には莫大な慰謝料を払わされるだろうと考えた。

 そして、その通りになったの。



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