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奴隷
しおりを挟む魔導書と言われ、最初に頭に浮かんだのは分厚い魔法陣などが書かれた紙の本だ。
しかしよくよく考えてみると今の時代に私が知っている様な紙などあるはずなく、あったとしても粗相な紙か、もしくは木簡と云われる物だろうと思っていた。
「思ってたんだけどねぇ」
私が右手にちゃっかりと持っているのは、古書ともいえるだろうきちんとした紙を使っている本だ。
紙質もそこまで悪くはなく、形程度だが背表紙もある。値段も良心的だ。
パラパラとページをめくってみると中にはびっしりと文字や魔法陣が書き入れられており、私が望んでいた魔導書そのものと言えるだろう。
そんな本に残念ところをあげるのならば、印刷技術は発展していないらしく手書きであり所々インクが滲んでいる事で、悲しい事に私自身にも問題があることがわかった。
「文字読めないっ!」
当たり前の様に話してるし、当たり前の様に計算もしているから読み書きも出来るだろうとふんでいたが、どうやらそれは違うらしい。
「スヴェン、文字読める?」
「生活に困らない程度にはな。確かにおやっさんも読めたと思うぞ?」
スヴェンと祖父が読めるのならば問題はないだろう。二人に教えてもらいながら私もアルノーも文字を覚えればいい。
相手側の都合など考えずにそう決め、私は魔導書を二冊と絵本を三冊を購入してもらい店を後にした。
「あのさ、なんで本が安いの?」
私から少し離れた場所で気になっていた話題をスヴェンにふる。流石に本屋で安いと言うのはどうかと思ったのだ。
「安い? 普通だろ?」
「紙なんて家じゃ見た事なかったもん。高いと思ってたもん。」
そう言いながら買ったばかりの本を撫でるとやはり不思議に思う。
見た感じ街並みも食べ物もそこまで発展した技術は感じられないのに、紙だけは思ったより発達しているのだ。
「ルミエールから伝わって千年だ。今じゃ紙職人は国の何処にでもいる。だから珍しいものじゃねぇよ」
「そんなの知らないし。つかルミエールってなんだよ!」
「ルミエールはもう滅んじまった国だ。伝説上の国みたいな感じでな、確かポーションもルミエールが発端だったような……?」
「ポーション!?」
ポーションなんてまるでRPGじゃないか!
どうもスヴェンの話では千年前に滅んだルミエールという国で紙は作られ、その後各国々にその技術が渡ったという事らしい。
そのほかにもポーションといった魔力を回復させる薬や、体の傷を治す薬など冒険者や騎士に不可欠な薬を生み出したのもルミエールだそうだ。
ルミエールマジパないです。
「でも結局滅んだんじゃそんなに発達してたわけではない?」
「逆だ。知識を得すぎて神に滅ぼされたんだ」
ルミエール、バベルの塔説か。
伝承によると発展し続けたルミエールはいつしか世界を統べようと企み、その心を神に見通され滅びの道を辿ったという。
伝承が残ってるくらいなら遺跡とかは無いのかとスヴェンに聞くと、スヴェンは眉を細め遠くを見た。
「遺跡はある”らしい”。でもそこには誰も辿りつけねぇんだよ」
「どうして?」
「ルミエールがあった場所は今はスミェールーチ大陸の一部だ。行ったら生きて戻れる可能せなんてない。ンなとこ誰が行くかよ」
「スミェールーチ?」
スミェールーチ大陸は亜人を主とした人種が生きている土地と言われいているが、実のところそんなに知られてはいない。
その理由としては冒険者も商人も立ち入ることのない禁忌の土地であることが原因だろう。
なんでも立ち入ったら最後、悪魔を見るとか見ないとか?
「んまぁ、紙の本があるんだからどうでもいいか。昔の人に感謝しましょ」
国が滅びたとか私に関係ないからどうでもいい。大切なのは学ぶために必要な本があることだ。
「そいや、ポーションって言ったけど私にも作れる?」
「調合師に習えば作れるだろうな。でもお前には必要ないだろ」
「なんで!」
「だってお前、おやっさんあんなんにしてるし」
そう言われればそうなのだが、ポーションがあるなら作ってみたいと思う。
確かに庭の食べ物を使えば三日でなんとかなるだろうが、三日経つ前に死んだら終わりだ。作り方を覚えておいても無駄でははずだ。
作りたいなぁと呟く私の頭をスヴェンは撫で、そろそろ帰るかと宿へと足を向けた。
のんびりと宿へ向かう途中、広場と思われる場所に人集りが出来ているのが目に付いた。
今朝通った時には何もなかったし、スヴェンと何があるんだろうねと近寄ってみると、銅貨何枚! 今なら安くしとくよ! と言った声が上がる。
その声と集まる人達の顔つきにスヴェンは何か気付いたようだったが、引き留めようとするスヴェンの手を振り払い、私は人混みの中へと足を進めた。
集まっている人間はどちらかというと男性が多い。
職人みたいな人もいれば、それこそ冒険者もいる。真剣に吟味するような視線をする人や、ニヤニヤと蔑んだ笑いをうかべる人もいてなんだか居心地が悪い。
それでも好奇心には勝てないもので、汗臭い筋肉の壁の隙を必死に通り抜け、最前線までたどり着いた。
「女も男も買ったやつ次第だ! どんな奴隷でも揃えているよ!」
小汚い馬車の前にずらりと並んでいる者達はみんな裸で、手と脚は鎖で繋がれている。
全身汚れまみれで濁った目をし、中には鞭で打たれたのであろう傷をおってる者もいた。
商人にお金を渡す事でやり取りは完了し、焼印を入れられその人達は売られていき、私はそのやり取りをじっとみつめた。
不意にツンとした臭いが鼻を掠め、私は臭いのした方へと足を運ぶ。
するとそこにいる人達は身体に怪我を負っており、何には死にかけのような人もいる。
私が嗅いだ臭いは腐敗臭に近いものだったようだ。
そのもの達をグルりと見渡すと私の興味を擽る者がおり、ゆっくりとその人物に近づいて行く。しかしその足取りは直ぐにスヴェンに止まられてしまった。
「リズ! 帰るぞ!」
その声とともに手を掴まれ、その場から離されそうになるが、私は足に力を込め微動だせず、逆にスヴェンを自分の元へと引き寄せる。
飽きられようにリズと名前を呼ぶスヴェンに、私は真っ直ぐと視線を向けた。
「アレが欲しいの、買って」
まさか自分でも奴隷が欲しくなるなんて思いもしなかったが、見つけてしまったものは仕方がない。
一目惚れだ。
傷を負ってようと死にかけてようと関係ない。
私は”彼”が欲しかった。
「あれって……! 買えるわけねぇだろ! なんであんなの選ぶんだ!」
「どうしてもアレがいいの! アレじゃなきゃ駄目なの!」
今後もスヴェンが儲かるように全力を尽くすからと必死に頭を下げ、ただただ懇願する。
そのやり取りに終止符を打ったのニヤニヤと意地汚い笑みを浮かべる奴隷商人だった。
彼はスヴェンに耳打ちし、スヴェンはそれに首を横に降る。それでも商人はではこれではと提示し、スヴェンは一度私の目線に視線を合わせて呟いた。
「買ったとしても家に帰るまで持つかもわかんねぇぞ? それでも無駄金使うか?」
「無駄になんてしない。約束できるよ」
惚れた男一人守れないなら欲しいとは言わない。言えない。
ただ手元には塩を砂糖も、ドライフルーツもある。
庭産の食べ物があるなら生かして家に連れて帰ることだって出来るに違いない。
はぁ、と深いため息をつくスヴェンは意地の悪そうな商人に大銅貨を二枚渡し、嫌々ながら彼を担ぐ。
漂う臭いに眉間にしわを刻むがそれでも運んでくれるのは優しさからだろう。
「スヴェン、ありがと」
私が欲した彼は人ではない。
大きな耳と口元から見えるキバ。獣人と言った方がいいだろうか。
今は怪我をし死にかけで、汚らしい彼だが健康になって毛並みを整えれば、きっとシベリアンハスキーのような見た目になるにちがいない。
「絶対に死なせない」
だってもふもふしたいんだもの。
私は同情で何かをする人間ではないのだ。自分の為したい事だけをする。
だから彼を生かすのは私のためだ。
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