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凍てつく強風の吹き荒ぶ中、流石に目の前の視界さえ確保できない中では誰しもがどうとも動くことができず、加えて遠くの安全地帯より『観戦』している特級国民らが観ることができない為にやむなしと今回の争いは停戦となって互いに天幕の中に引きこもっていた。
蒼井ダニエルとエイデン樹にとっては殿上人とも言える身分である特級国民のとある二人が一本の酒を賭けて行われた今回の戦い――、相手方の指揮官がこちらの優秀な指揮官と互角であったのか、膠着状態のままどっちとも決着がつかずに長く続いていた。
この時代に行われている戦争は激化しようとも個人間の争いでしかなく、どんなに死体が増え血が流れていても、それは特級国民らからしてみれば暇つぶしかスポーツ観戦をしているという感覚のものでしかない。
だから多くの戦争は三~四週間、長くて半年程度で終わるのが現状ではあるのだが……。
痛みも感じなくなる程に冷たい荒野で行われているので、期間が長くなればなる程に戦争で死ぬよりも凍死や餓死をする人間の方が圧倒的に多い。
一応は用意されている食料や水はあるにはあるが最低限しかなく、物はあっても凍っていて水さえ飲めずに死―――ということも。
一生を底辺で生きる下級国民や軍に入って上級国民となった忘却都市出身の者たちは皆、それ故に積み重なって高く高く築かれていく死体の山を眺めて楽しそうに笑う特級国民らを見て狂っていると……目を伏せて思っているのだった。
そうして開戦前、主催者である特級国民二人の関係性や戦争の原因となった事柄をふまえて一ヶ月ぐらいで終わるだろうと予想されていたが―――嵐が来てしまった。
別に珍しい事でもないが兵らの怪我が増え、ストレスも肥大していく中で終結が見えかけていた時だったので停戦を余儀なくされたという事は落胆しかなかった。
「ダニー。嵐のせいで停戦となってしまったよ……。こんな冷たい戦場からお前と早く帰りたかったのに。」
「そうだね、樹。」
二人きり―――ではないが、大怪我の所為で寝たきりとなっているダニエルの天幕には樹だけではなく心配した同僚二人も一緒に中で休んでいた。
二人から離れて端の方で寝ていたダニエルと看病の為にと傍ら寄り添って座っている樹は互いにしか聞こえないぐらい小さな声で喋っていた。
樹はダニエルの片手をギュッと握り、背中の向こうにいる同僚二人に自分たちの関係がバレない様にと言葉ではなく見つめ合って心で愛を語り合った。
熱い視線―――それだけで充分に愛を語り合うことができるほどに樹とダニエルは深く繋がっていた。
しかし愛してはいても……ダニエルだけは少し不安で心を曇らせていた。
「ねぇ、樹。今度愛し合う時には僕に樹が一方的にするんじゃなくて、僕からもさせてよ。」
周りが――特に愛する樹が命を賭けて戦っている中で自分だけが寝ている事しかできずに弱気になっていくだけで、不安を取り除きたいとダニエルはポツリと提案を口にした。
「えっ……! あぁ――うん―――。」
樹からは何とも歯切れの悪い返事が返ってきた。
その返事の仕方に寂しさや悲しさを覚え、ダニエルは泣きそうになるのを堪えて眉をひそめた。
「僕に―――僕に触られるのがそんなに嫌なの?」
今は泣いてはダメだと目をギュッと閉じて必死で我慢をしている反動で体をプルプルと震えさせ、ダニエルは樹にそう尋ねた。
「ち、違っ!!」
全身で悲しんでいると表現しているダニエルからの問いかけに樹はガタッと座っていた椅子を後方へと倒れさせて勢いよく立ち上がり、思わず大きな声で叫んでしまった。
「んっ? なんだ?」
「どうしたんだ?」
突然聞こえた大きな声に同僚二人はクルリと後ろに振り返り、声の主である樹に何の話をしているのかと聞いてきた。
「あっ……! いや、大した話でもない。気にしないでくれ。何でもないんだ。」
「ハハッ! もしかしてエイデン伍長……看病しながら寝てしまっていて寝惚けてしまったとかですか?」
「――っ! じ、実はそうなんだ。いや~誤魔化せると思ったんだがなぁ――。アハハッ!」
咄嗟に取り繕う様に、同僚から言われた正解ではない答えに首肯して笑って誤魔化した。
「まったく……。大怪我を負って寝ている蒼井の邪魔になりますし、いくら外の冷気から遮断された天幕の中とはいえそんな所で寝てしまっては命を縮めますよ。」
「――そうだな。すまん。気を付けるよ。」
そんな会話を二言三言交わして終わらせて樹は倒れた椅子を起こして座り直し、ダニエルの顔のある方へと向き直った。
「ダニー……。」
右手で両目を覆って唇を噛みしめ、名前を呼んでもダニエルは何も言わなかった。
外で鳴っている風の音や同じ天幕にいる同僚らの話し声がハッキリと聞き取れるほどに暫く沈黙が続いた
「―――ごめん。」
時間というものが重く圧し掛かっていくが如く胸を締め付けていく沈黙の空間に、やっと抵抗ができて開いた樹の口から出たのは謝罪の言葉だった。
樹だってダニエルが悲しんでいる理由が分からないわけではなかった。
ただ―――。
「ごめん――。」
今はそれしか言えなかった。
まだ十代である樹も例外ではなく、戦争時や時には平常時であっても上官の閨に呼ばれる。
年を取れば呼ばれなくなるとは聞くが、その前に大概の者が戦場で命を落とす。
ダニエルに愛していると囁いてはいても、まだ若い樹は命令によって上官と未だに閨を共にしていることをダニエルは知らない。
もしくは決定的な場面を見ていないから実感がないというだけで、情報としては分かってはいるが理解はしていないってところかもしれない。
樹は既に何度も何度も抱かれた自分の体を穢れてしまったと嘆き、自分にとって天使の様な存在であるダニエルには触れさせたくはなかったのだ。
『愛したい――。もっと愛し合いたい!』
樹のその思いはマグマの様に燃え滾って溢れ出る。
でも―――軍に入る以前の自分と違って穢れてしまった自分の体にはダニエルに触れてほしくはなかった。
知られたくもなかった。
その葛藤の末に出た言葉が「ごめん」という一言だけなのであった。
ダニエルの傍に居るだけで樹はたまらなく欲情してしまって肌を赤く火照らせ、体から漂ってくるイイ匂いは樹の下半身をオスとして刺激し。否応なしに硬く反応させて立ち上がらせてしまう。
ただ、その体をダニエルに触らせるということだけが抵抗あるのだ。
ハッキリと口にもしないからこそその態度が余計にダニエルを不安にさせ、モヤモヤとした感情から樹からの愛を少しずつ疑う様になっていく。
「樹……。暫く一人に――放っておいてくれるかな。」
ダニエルは手で顔を覆ったまま顔を見ることも無く言い放った。
樹はグッと奥歯を噛みしめて黙ったまま椅子から立ち上がり、横にある自分が寝る用に置いた簡易ベッドに腰かけた。
「エイデン伍長、寝るんですか? もう蒼井はいいのですか?」
「あぁ。暫く看ていたがとりあえず大丈夫そうだからな。俺ももう寝ることにするよ。」
「お休み。」
「お休みなさい。」
樹は寝ようとしていた同僚らと寝る前の挨拶を交わして眠りについた。
翌朝、目を覚ましたがダニエルは樹に話しかけることは無く、樹も気まずい思いから目が合っても「おはよう」とさえ言えずにいた。
そんな樹たちの様子に、二人の本当の関係を知らない同僚でさえも違和感から首を傾げていた。
「エイデン伍長。蒼井と何かあったのですか?」
「―――。」
今日も強風で外に出れず、天幕の中で焚火を囲って共に朝食のクラッカーを食べている最中に同僚から樹は心配そうに聞かれた。
だがどこを見ているのか分からない目をしたまま、樹はボーッとして黙っていた。
「エイデン伍長?」
様子がおかしいと思ってか同僚の一人が樹の肩に手をポンと置いて体を揺さぶった。
「――っあ。あぁ……なんだ?」
「今日はどうしたんですか? なんだか、その………。」
「すまん。……嵐で引きこもっている所為で――それでちょっと気持ちがふさぎ込んでいるんだと思う。たぶん。」
樹は頭をポリポリと掻きながら愛想笑いをして咄嗟にそう言った。
勿論それは嘘であり、自分の事もダニエルの事も秘密にしておきたいから話をこれ以上はして欲しくなかったから吐いた言い訳にしか過ぎなかった。
未だ激しく轟音を鳴らすこの嵐が過ぎ去るまでは外に出ることはできないので、狭いこの天幕の空間の中で四人だけで過ごさねばならず、ギクシャクとした気まずい空気のまま変化もなく時間だけが過ぎていったのだった。
その日の深夜、眠りの浅かった樹はゴソゴソと布の擦れる音とくぐもった小さな声が気になって目が覚めた。
妖しい物音に起き上がってはダメだと本能的に感じ、何の音だろうかと簡易ベッドの上で寝返りを打って目線だけをキョロキョロと動かし、耳をそばだててみた。
「ねぇ……なんか動いた気がするんだけど――。」
「大丈夫だよ。グッスリ眠っているって。それより続きを――。」
「起きちゃうって。」
「気にし過ぎだって。戦争中に俺ら下っ端には個室はないからって、同じ天幕の中に他の人が居ても他の皆だってこんな感じでやってるんだし……。もし気付いても知らぬ存ぜぬで見て見ぬふりをするのが暗黙のルールだから誰にも何にも言われることは無いし、気にすることないって。なっ?」
「でも……。」
「もう三日も閉じこもりっきりなんだぜ? 何もすることもなく……この天気だとまだまだ続きそうだし、俺は我慢ができないよ。お前がそんなに気にするって言うのなら、ちょっとだけだから……。」
「う、うん―――あっ……。あぅん……。」
返事もし終わらぬ内に同僚の一人がもう一人の同僚に手を出し、ハァハァという荒い息遣いと喘いで我慢しても漏れ出る艶めかしい声が暗闇の中から樹の耳にクリアに届いた。
樹は心の中で「あの二人が……。」と初めて知った事に驚くと共に、闇の中で二人が頭から被ってゴソゴソと動く大きな塊から目が離せずにいた。
体液が跳ねるピチャピチャという音やジュルジュルと互いを絡ませ合う音、それに吐息や声が組み合わさってあの暗い塊から発せられてくる全て音が樹を興奮の山へと駆け昇らせていく。
頬が急激に熱くなるのを感じ、自然と手が自らの下半身へと誘われる。
さすがに同僚らの睦み合う音を聞いて自分を慰めていたと知られれば気まずい以上に恥ずかしいという感情はあり、荒ぶる息を押し殺して音を立てない様にコトにあたっていくのだった。
「―――ウッ……ウゥ……ゥウンンッ。」
樹は果てて終わってしまうとハッと我に返り、両手で目を覆って少し自己嫌悪に陥ってしまった。
「何をやっているんだ、俺は……。」
そうぼやくと、同僚たちのまだ続いている肉体で愛を囁き合う音を聞きながらそのまま深い眠りに落ちた。
怪我の功名とでも言うべきか、不意にしてしまった自らを慰める行為が浅くにしか眠れずにいた樹を久方ぶりにグッスリとした睡眠へと導いたのだった。
そうした何とも鬱々とした一日が繰り返されること一週間ほど過ぎた頃、漸く嵐は過ぎ去って天幕の外へと出られる様になったのだった。
あれから樹はダニエルと一言も口を利いてはいない。
樹が話しかけようとしたが「今は……。」と言って顔を背け、避けられてばかりいたのだ。
「信用を――俺は失ったのかな……。」
軍に入ってから樹もダニエルに話せないことを含めて色々とあった。
幼いころから仲の良かったダニエルに拒絶されることを恐れ、ダニエルが同じく軍に入る以前に樹の身にあった特に色事に関係すると思われる事はあえて言ってはいない。
初めて会った時から最も襲われる可能性の高い、忘却都市に似つかわしくないキレイな顔立ちをしたダニエルのことを仲間と共にずっと守ってきたのは恋心からなのか……。
自分と同じ下級国民育ちであるのにも拘らず、ダニエルは穢れた物事から最も遠い存在であると樹は今でも思っている。
生きる為にと多少の盗みは働いてはきたが軍に入るまで殺しもしてないし体を売った事もないという事実だけではなく、純粋な魂の持ち主とでも言い表せれる様な内から滲み出てくる神々しさの様なものを感じていたのだ。
それ故の危うさもあり……危うさすらも魅力であり、幼い樹が恋心を抱いて庇護欲をかき立てられるには充分過ぎたのだった。
「話せば――いや、事実を知ったところできっと俺を軽蔑して拒絶されるだけだ。でも何も言わずにダニーにこの穢れた体を触られるなんて……俺が嫌だな……。何も言い訳せずに『愛してる』ってダニーに囁いたところで、信用を更に失うだけだろう……。どうしたら―――。」
樹は苦悩していた。
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一応は用意されている食料や水はあるにはあるが最低限しかなく、物はあっても凍っていて水さえ飲めずに死―――ということも。
一生を底辺で生きる下級国民や軍に入って上級国民となった忘却都市出身の者たちは皆、それ故に積み重なって高く高く築かれていく死体の山を眺めて楽しそうに笑う特級国民らを見て狂っていると……目を伏せて思っているのだった。
そうして開戦前、主催者である特級国民二人の関係性や戦争の原因となった事柄をふまえて一ヶ月ぐらいで終わるだろうと予想されていたが―――嵐が来てしまった。
別に珍しい事でもないが兵らの怪我が増え、ストレスも肥大していく中で終結が見えかけていた時だったので停戦を余儀なくされたという事は落胆しかなかった。
「ダニー。嵐のせいで停戦となってしまったよ……。こんな冷たい戦場からお前と早く帰りたかったのに。」
「そうだね、樹。」
二人きり―――ではないが、大怪我の所為で寝たきりとなっているダニエルの天幕には樹だけではなく心配した同僚二人も一緒に中で休んでいた。
二人から離れて端の方で寝ていたダニエルと看病の為にと傍ら寄り添って座っている樹は互いにしか聞こえないぐらい小さな声で喋っていた。
樹はダニエルの片手をギュッと握り、背中の向こうにいる同僚二人に自分たちの関係がバレない様にと言葉ではなく見つめ合って心で愛を語り合った。
熱い視線―――それだけで充分に愛を語り合うことができるほどに樹とダニエルは深く繋がっていた。
しかし愛してはいても……ダニエルだけは少し不安で心を曇らせていた。
「ねぇ、樹。今度愛し合う時には僕に樹が一方的にするんじゃなくて、僕からもさせてよ。」
周りが――特に愛する樹が命を賭けて戦っている中で自分だけが寝ている事しかできずに弱気になっていくだけで、不安を取り除きたいとダニエルはポツリと提案を口にした。
「えっ……! あぁ――うん―――。」
樹からは何とも歯切れの悪い返事が返ってきた。
その返事の仕方に寂しさや悲しさを覚え、ダニエルは泣きそうになるのを堪えて眉をひそめた。
「僕に―――僕に触られるのがそんなに嫌なの?」
今は泣いてはダメだと目をギュッと閉じて必死で我慢をしている反動で体をプルプルと震えさせ、ダニエルは樹にそう尋ねた。
「ち、違っ!!」
全身で悲しんでいると表現しているダニエルからの問いかけに樹はガタッと座っていた椅子を後方へと倒れさせて勢いよく立ち上がり、思わず大きな声で叫んでしまった。
「んっ? なんだ?」
「どうしたんだ?」
突然聞こえた大きな声に同僚二人はクルリと後ろに振り返り、声の主である樹に何の話をしているのかと聞いてきた。
「あっ……! いや、大した話でもない。気にしないでくれ。何でもないんだ。」
「ハハッ! もしかしてエイデン伍長……看病しながら寝てしまっていて寝惚けてしまったとかですか?」
「――っ! じ、実はそうなんだ。いや~誤魔化せると思ったんだがなぁ――。アハハッ!」
咄嗟に取り繕う様に、同僚から言われた正解ではない答えに首肯して笑って誤魔化した。
「まったく……。大怪我を負って寝ている蒼井の邪魔になりますし、いくら外の冷気から遮断された天幕の中とはいえそんな所で寝てしまっては命を縮めますよ。」
「――そうだな。すまん。気を付けるよ。」
そんな会話を二言三言交わして終わらせて樹は倒れた椅子を起こして座り直し、ダニエルの顔のある方へと向き直った。
「ダニー……。」
右手で両目を覆って唇を噛みしめ、名前を呼んでもダニエルは何も言わなかった。
外で鳴っている風の音や同じ天幕にいる同僚らの話し声がハッキリと聞き取れるほどに暫く沈黙が続いた
「―――ごめん。」
時間というものが重く圧し掛かっていくが如く胸を締め付けていく沈黙の空間に、やっと抵抗ができて開いた樹の口から出たのは謝罪の言葉だった。
樹だってダニエルが悲しんでいる理由が分からないわけではなかった。
ただ―――。
「ごめん――。」
今はそれしか言えなかった。
まだ十代である樹も例外ではなく、戦争時や時には平常時であっても上官の閨に呼ばれる。
年を取れば呼ばれなくなるとは聞くが、その前に大概の者が戦場で命を落とす。
ダニエルに愛していると囁いてはいても、まだ若い樹は命令によって上官と未だに閨を共にしていることをダニエルは知らない。
もしくは決定的な場面を見ていないから実感がないというだけで、情報としては分かってはいるが理解はしていないってところかもしれない。
樹は既に何度も何度も抱かれた自分の体を穢れてしまったと嘆き、自分にとって天使の様な存在であるダニエルには触れさせたくはなかったのだ。
『愛したい――。もっと愛し合いたい!』
樹のその思いはマグマの様に燃え滾って溢れ出る。
でも―――軍に入る以前の自分と違って穢れてしまった自分の体にはダニエルに触れてほしくはなかった。
知られたくもなかった。
その葛藤の末に出た言葉が「ごめん」という一言だけなのであった。
ダニエルの傍に居るだけで樹はたまらなく欲情してしまって肌を赤く火照らせ、体から漂ってくるイイ匂いは樹の下半身をオスとして刺激し。否応なしに硬く反応させて立ち上がらせてしまう。
ただ、その体をダニエルに触らせるということだけが抵抗あるのだ。
ハッキリと口にもしないからこそその態度が余計にダニエルを不安にさせ、モヤモヤとした感情から樹からの愛を少しずつ疑う様になっていく。
「樹……。暫く一人に――放っておいてくれるかな。」
ダニエルは手で顔を覆ったまま顔を見ることも無く言い放った。
樹はグッと奥歯を噛みしめて黙ったまま椅子から立ち上がり、横にある自分が寝る用に置いた簡易ベッドに腰かけた。
「エイデン伍長、寝るんですか? もう蒼井はいいのですか?」
「あぁ。暫く看ていたがとりあえず大丈夫そうだからな。俺ももう寝ることにするよ。」
「お休み。」
「お休みなさい。」
樹は寝ようとしていた同僚らと寝る前の挨拶を交わして眠りについた。
翌朝、目を覚ましたがダニエルは樹に話しかけることは無く、樹も気まずい思いから目が合っても「おはよう」とさえ言えずにいた。
そんな樹たちの様子に、二人の本当の関係を知らない同僚でさえも違和感から首を傾げていた。
「エイデン伍長。蒼井と何かあったのですか?」
「―――。」
今日も強風で外に出れず、天幕の中で焚火を囲って共に朝食のクラッカーを食べている最中に同僚から樹は心配そうに聞かれた。
だがどこを見ているのか分からない目をしたまま、樹はボーッとして黙っていた。
「エイデン伍長?」
様子がおかしいと思ってか同僚の一人が樹の肩に手をポンと置いて体を揺さぶった。
「――っあ。あぁ……なんだ?」
「今日はどうしたんですか? なんだか、その………。」
「すまん。……嵐で引きこもっている所為で――それでちょっと気持ちがふさぎ込んでいるんだと思う。たぶん。」
樹は頭をポリポリと掻きながら愛想笑いをして咄嗟にそう言った。
勿論それは嘘であり、自分の事もダニエルの事も秘密にしておきたいから話をこれ以上はして欲しくなかったから吐いた言い訳にしか過ぎなかった。
未だ激しく轟音を鳴らすこの嵐が過ぎ去るまでは外に出ることはできないので、狭いこの天幕の空間の中で四人だけで過ごさねばならず、ギクシャクとした気まずい空気のまま変化もなく時間だけが過ぎていったのだった。
その日の深夜、眠りの浅かった樹はゴソゴソと布の擦れる音とくぐもった小さな声が気になって目が覚めた。
妖しい物音に起き上がってはダメだと本能的に感じ、何の音だろうかと簡易ベッドの上で寝返りを打って目線だけをキョロキョロと動かし、耳をそばだててみた。
「ねぇ……なんか動いた気がするんだけど――。」
「大丈夫だよ。グッスリ眠っているって。それより続きを――。」
「起きちゃうって。」
「気にし過ぎだって。戦争中に俺ら下っ端には個室はないからって、同じ天幕の中に他の人が居ても他の皆だってこんな感じでやってるんだし……。もし気付いても知らぬ存ぜぬで見て見ぬふりをするのが暗黙のルールだから誰にも何にも言われることは無いし、気にすることないって。なっ?」
「でも……。」
「もう三日も閉じこもりっきりなんだぜ? 何もすることもなく……この天気だとまだまだ続きそうだし、俺は我慢ができないよ。お前がそんなに気にするって言うのなら、ちょっとだけだから……。」
「う、うん―――あっ……。あぅん……。」
返事もし終わらぬ内に同僚の一人がもう一人の同僚に手を出し、ハァハァという荒い息遣いと喘いで我慢しても漏れ出る艶めかしい声が暗闇の中から樹の耳にクリアに届いた。
樹は心の中で「あの二人が……。」と初めて知った事に驚くと共に、闇の中で二人が頭から被ってゴソゴソと動く大きな塊から目が離せずにいた。
体液が跳ねるピチャピチャという音やジュルジュルと互いを絡ませ合う音、それに吐息や声が組み合わさってあの暗い塊から発せられてくる全て音が樹を興奮の山へと駆け昇らせていく。
頬が急激に熱くなるのを感じ、自然と手が自らの下半身へと誘われる。
さすがに同僚らの睦み合う音を聞いて自分を慰めていたと知られれば気まずい以上に恥ずかしいという感情はあり、荒ぶる息を押し殺して音を立てない様にコトにあたっていくのだった。
「―――ウッ……ウゥ……ゥウンンッ。」
樹は果てて終わってしまうとハッと我に返り、両手で目を覆って少し自己嫌悪に陥ってしまった。
「何をやっているんだ、俺は……。」
そうぼやくと、同僚たちのまだ続いている肉体で愛を囁き合う音を聞きながらそのまま深い眠りに落ちた。
怪我の功名とでも言うべきか、不意にしてしまった自らを慰める行為が浅くにしか眠れずにいた樹を久方ぶりにグッスリとした睡眠へと導いたのだった。
そうした何とも鬱々とした一日が繰り返されること一週間ほど過ぎた頃、漸く嵐は過ぎ去って天幕の外へと出られる様になったのだった。
あれから樹はダニエルと一言も口を利いてはいない。
樹が話しかけようとしたが「今は……。」と言って顔を背け、避けられてばかりいたのだ。
「信用を――俺は失ったのかな……。」
軍に入ってから樹もダニエルに話せないことを含めて色々とあった。
幼いころから仲の良かったダニエルに拒絶されることを恐れ、ダニエルが同じく軍に入る以前に樹の身にあった特に色事に関係すると思われる事はあえて言ってはいない。
初めて会った時から最も襲われる可能性の高い、忘却都市に似つかわしくないキレイな顔立ちをしたダニエルのことを仲間と共にずっと守ってきたのは恋心からなのか……。
自分と同じ下級国民育ちであるのにも拘らず、ダニエルは穢れた物事から最も遠い存在であると樹は今でも思っている。
生きる為にと多少の盗みは働いてはきたが軍に入るまで殺しもしてないし体を売った事もないという事実だけではなく、純粋な魂の持ち主とでも言い表せれる様な内から滲み出てくる神々しさの様なものを感じていたのだ。
それ故の危うさもあり……危うさすらも魅力であり、幼い樹が恋心を抱いて庇護欲をかき立てられるには充分過ぎたのだった。
「話せば――いや、事実を知ったところできっと俺を軽蔑して拒絶されるだけだ。でも何も言わずにダニーにこの穢れた体を触られるなんて……俺が嫌だな……。何も言い訳せずに『愛してる』ってダニーに囁いたところで、信用を更に失うだけだろう……。どうしたら―――。」
樹は苦悩していた。
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