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第一章 最狂ダディは絆される

第十三話 半竜にご用心

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 翌日は快晴だった。
 侍女に朝食は食堂と部屋、どちらで取るかと聞かれ、部屋に運んでもらうことにする。トレイで運ばれてきたのは、焼きたてのパンとスープ、それとサラダにフレッシュジュースだ。サラダはシャキシャキしていて、パンはふわっふわ。熱々の野菜スープはとても美味しい。
 食事途中で顔を見せたのは、シャーロットである。

「あら? まだ朝食を食べ終えてなかったの? うふふ、お寝坊さんね」

 つんっと頬をつつかれた。

「今日は街へ遊びに行きましょう。お兄様も一緒よ」

 ぼすんとベッドの脇にシャーロットが飛び乗る。

「オルモード公爵様は?」
「パパなら今日は研究室じゃないかしら。何かに没頭すると、何時間でも出てこないこともあるのよね。あ、そう言えば、昨夜研究室を覗いたら、魔道鏡で別のどこかを見ていて、ずっと笑っていたから、ちょっと不気味だったわ」

 昨夜……。どきんとセレスティナの心臓が跳ね上がる。愛の告白もどきは未遂だったけれど、思い出すだけで顔が沸騰しそうだった。憧れよ、憧れ。あれは憧れ。勘違いしちゃ駄目。
 シャーロットが言う。

「魔道鏡から、痒いー痒いーって、悲鳴が聞こえてたから、多分、何かやらかして、高みの見物をしていたんじゃないかしら? ほんっとパパってば悪趣味。一体何をやらかしたのかしらね?」

 シャーロットが首を捻ったが、セレスティナとて分からない。
 食事を終え、侍女に身支度を調えてもらって馬車まで行くと、イザークがふてくされていた。イザークの顔立ちは中性的で、どちらかというと女顔だ。けれど、精悍さがにじみ出ているから女性と間違われることはあるまい。剣を身につけた姿は相変わらずさまになっている。

「おっせー……」

 イザークがそう口にする。随分と待たされたらしい。

「女の身支度には時間がかかるものよ」

 シャーロットがそう言ってつんっと顎を上げる。

「ごめんなさい」

 セレスティナが身を縮めると、イザークがふいっと身を翻す。

「……行くぞ」
「もう、そういう時は気にするな、くらい言うものよ」

 シャーロットはあきれ顔だ。
 セレスティナ達が街へ到着し、馬車から降りると、護衛らしい男性が二人付いてきた。騎士服を身につけているから銃騎士だろう。それを目にしたイザークは不満げだ。

「……俺、つえーから、護衛なんかいらねーっつうのに。父上もなんであんなのくっつけるかな。暴漢なんか返り討ちにしてやるぞ?」
「そうよね。護衛というより、あれは見張りでしょ? お兄様が悪さをしないように」
「うーるせ!」

 シャーロットの言い分にイザークが憤る。イザークの視線が前方からふっとそれたせいだろうか、前から歩いてきていた大柄な人とぶつかった。いや、大柄な獣人だ。

「おい、待ちな」
「あん?」

 通り過ぎようとしたイザークが呼び止められる。というより、ぶつかった獣人に肩を掴まれた。

「ぶつかっておいて謝りもしねーのか? 人間風情が生意気だぞ」

 そう居丈高に言ったのは、黒髪の大柄な獣人だ。
 人間風情……
 人を見下す他種族は多い。身体能力でも生命力でも劣っている人間を、最弱と蔑む傾向がある。魔道具を使ってそれを補完するやり方も気に食わないらしい。頭でっかちの猿と罵られることもある。でも、知恵は人間の最大の武器だ。それを使うな、なんて言う方が無茶であろう。

「……獣人風情が笑わせんな」

 イザークが鼻で笑う。

「何だと、この!」
「あ、あの!」

 セレスティナが止めようとするも、シャーロットに止められた。

「大丈夫よ、放っておいて。問題になるようなら、あいつらが止めるから」

 シャーロットが後方を指し示した。そこには確かに例の銃騎士達がいて、のんびりと高みの見物をしている。
 そ、そう言えば……何で動かないの? えええ? 護衛じゃないの?
 セレスティナが驚き、シャーロットが肩をすくめた。

「言ったでしょう? あれはね、お兄様が悪さをしないようにって見張りなのよ。ま、旗色が悪ければ、手を貸してくれるでしょうけれど、必要ないと思うわ」

 獣人が繰り出した拳を、イザークが片手で受け止める。周囲がざわりと揺れた。大人と子供だ。しかも相手は獣人である。目を見張るのも無理はない。
 イザークに拳を掴まれた獣人が悲鳴を上げ、膝を突いた。受け止めた獣人の拳を、イザークの手がぎりぎりと圧迫している。拳を圧迫されている獣人の顔は苦しげだ。

「わたくし達の握力だとね、あいつらの骨も砕けるの」

 シャーロットが、自分の手を握ったり開いたりしつつ、そう言った。

「えええぇ?」
「半竜だって言ったでしょう? ほんっと、あいつら、舐めすぎなのよ。人間、人間って、見た目で判断するから、こーいう目にあうの」
「で、でも!」
「あ、ほら、あいつら反撃に出たわよ」

 シャーロットの言葉通り、獣人には三人の仲間がいて、一斉に襲いかかってきた。このくそガキ、というのは、お決まりの罵声だろう。それをさっとかわし、イザークが放った拳で、獣人の体が吹っ飛んだ。そう、文字通り吹っ飛んだのだ。獣人の巨体が、である。近くにあったゴミ箱の中に頭から突っ込む。

 セレスティナは呆然と見入ってしまった。
 イザークの回し蹴りで、もう一体の獣人も地面にたたきつけられ、残りの一体はイザークの頭突きで沈む。どう見てもイザークは喧嘩慣れしていたが、相手は大人の獣人だ。見た目が人間の子供にやられるという光景は一種異様である。周囲に集まった人々が、ざわつくのが見えた。

「まだやるか?」

 イザークが睨み付けると、獣人達は顔を見合わせ、這々の体で立ち去った。肉体強度を誇る獣人がびっこを引いているのだから、イザークの力は相当だったに違いない。
 ふっと、イザークの腕に赤い色が見えて、セレスティナは慌てた。

「怪我をしたの? 見せて!」

 やられたようには見えなかったのに!
 急ぎ、イザークの腕を引っ張ったが、セレスティナが目にしたのは血ではなかった。艶々とした赤い鱗である。つい撫でてしまった。ひんやり、はしていない。むしろ温かい?
 イザークの腕に浮き出た鱗に言葉なく見入っていると、さっと腕を乱暴に引かれ、セレスティナははっと我に返った。

「……半竜だから、鱗があんだよ。興奮すると出るんだ」

 イザークの琥珀色の瞳に一瞬、睨まれた気がして、身がすくんだ。もしかして、怒らせた?

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