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第一章 最狂ダディは絆される

第三十二話 婚約しちゃえば家族

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「えー? ティナ、本当に明日、帰っちゃうの?」

 セレスティナにあてがわれた客室で、シャーロットは口をとがらせた。身につけているのはおそろいの可愛いピンクのネグリジェだ。ここ最近、ずっと一緒に寝ている。

「ええ、その……ごめんなさい」

 セレスティナは身を縮めた。
 本当はこのままここにいたい。でも、きちんとけじめを付けないと……。このままだと無駄に両親の愛を期待してしまいそう。実の両親に愛されていないなんて思いたくなくて、必死に現実から目をそらしていた。いらない子だと言われたくなくて……

 でも、もう逃げないわ。実の両親が愛してくれなくても、私にはシリウス様がいる、シャーロット様がいる。イザーク様も……。ここでの生活が私に勇気をくれた。怖くなんてないわ。きっと笑顔でお別れを言ってみせる。

「ううん、謝らなくていいわ。逆にパパに怒られちゃう。無理強いするなって言われているもの。あ、そーだ。ね、ティナはさ、好きな男の子とかいる?」

 シャーロットにそう問われて、どきりとなった。シリウスの顔が思い浮かんで、顔がかーっと熱くなる。駄目だ、やっぱり、やっぱり私は……
 シャーロットが身を乗り出す。

「あ、やっぱりいるんだ? パパは無理でも、お兄様はどうかなって思ったのよね。養女じゃなくても婚約者なら、ほら、ティナと家族になれるでしょう? あ、お兄様と結婚じゃ、ティナがお姉様になっちゃうのか……。なら、やっぱり養女の方がいいかなぁ」

 シャーロットがごろんとベッドに寝転がって、足をばたばたさせる。

「いえ、でも、イザーク様じゃあ、相手にされないと思うわ」

 セレスティナがそう言うと、シャーロットがきょとんとなった。

「何言ってるの。お兄様はティナに気があるわよ」
「え……」

 セレスティナは目を丸くした。初耳、というか寝耳に水である。

「やっだぁ! 本当に気が付いてなかったの? お兄様ったら可哀想! ティナの気を引こうとして、いろいろがんばったのにねぇ? 持てるのに、気に入った女の子には振り向いてもらえないって、超不憫! でも、現実ってこんなものよね!」

 シャーロットがけたけたと笑う。

「え、でも……」
「どう? お兄様はティナのタイプ?」
「格好いいと思うわ」

 掛け値なしにそう思う。イザーク様は無愛想だけど優しい。

「ティナの好きな人よりも?」

 そう問われて、セレスティナは黙り込んでしまう。だって、比べられないもの。どんなに格好良い人と比べても、多分、シリウス様にはかなわない。

「えー? あらあ? お兄様よりも格好いいの? それは凄いわ」

 シャーロットに顔を覗き込まれて、心底困ってしまった。

「お兄様は持てるわよ? 公爵家の跡取りな上、見た目もいいものね? 無愛想なのが難点だけど、そこがまたいいって子も多いの。恋バナの中でも結構話題になるわ。あ、そうか! ティナの好きな人って、お兄様より頭が良いとか?」

 こっくりと頷くと、シャーロットは笑い転げた。

「あははははははははは! ご愁傷様! そればっかりはどうにもならないわよねぇ! でもティナの為なら勉強頑張るかしら? 赤点脱出くらいなら出来るかも?」

 ひとしきり笑い終えると、ずいっと身を乗り出した。

「で、誰なの?」

 シャーロットにずばり切り込まれて、セレスティナは狼狽えた。

「ティナの好きな人よ。わたくしの知っている人?」
「え、その……」
「ほらほら白状しちゃいなさい。お姉様が相談に乗って上げるわよ? 恋のキューピッド役ならシャルお姉様にお任せってね!」

 きらきらとした目は、ただそれだけで圧迫だ。ど、どうしよう……。驚かれるわよね? それとも止めた方がいいって言われるかしら? 心臓の鼓動がドキドキと鳴り止まない。

「その……シャルお姉様もよく知っている人、よ」

 ようようセレスティナがそう口にすると、シャーロットの目がさらに輝いた。

「え? よく知ってる人? 誰誰誰? あ、同じ公爵家令息かしら? それとも王家? でもそこら辺だと、ちょっとハードル高い? 侯爵家くらいならいける?」

 ふるふる首を横に振ると、シャーロットが焦れた。

「えー? 教えて? ほら、ね?」

 どうしよう。どうしよう。どうしよう……

「シ、シリウス、様」

 顔を真っ赤にさせ、セレスティナが蚊の鳴くような声で白状すると、シャーロットが、ん? というような顔をする。セレスティナはそれを直視できず、俯いた。
 駄目、顔を上げられない。
 やがて、シャーロットがぽつりぽつりと言った。

「シリウス……。ええっと、わたくしが知っているのは、一人だけ、だけど? 同じ名前の令息、どっかにいたかしら?」
「シャルお姉様が思うかべた人で、多分、あっていると思うわ」

 もう、ここは押し切るしかない。
 再びしんっと静まりかえる。

「え? 本当、に? 本当に、ティナの好きな人って、パパ、なの?」

 セレスティナがこくんと頷くと、シャーロットは盛大に驚いた。

「えーーーーーーーーーーーー!」

 そ、そうよね。驚くわよね。

「いや、ちょ、ちょっと待って? た、確かに以前、そーいった話をしたけど! それはパパの立場に立ったからで、ティナの立場に立っていないから! と、年が! ああ、これは禁句ね。じゃ、じゃあ、言っちゃうけど!」

 ずずいっと、シャーロットが身を乗り出した。

「ティナ、あれ、ぶっ飛びすぎてる! そこんとこ、まず理解して!」

 そう叫び、懇々と諭すように言う。

「パパはね、常識人に見えて非常識なの! 寛容に見えて、むちゃくちゃ心狭いし! 拳一つで岩山粉砕する戦闘服を、さらっと作っちゃうのよ? さらっと! それも、惚れた女に振り向いてもらう為だけに! 国の為とかじゃないから! 全部自分の為だから!」

 惚れた女に振り向いてもらうため?
 セレスティナが不思議がると、シャーロットが説明した。

「あの、ぶっとびパワードスーツの制作秘話をすると! あれね、ママにプロポーズする為だけに作ったの。国の防衛の為とかじゃないから! 勿論、スーパーヒーローになりたかった、なんて理由でもないから!」

 シャーロットが拳を握り、力説する。

「パパがママに最初プロポーズした時に、弱っちい人間なんていやーって、ママに言われたから、じゃあ、強いところを見せればいいって、筋力爆上がりするパワードスーツを開発して、竜王国の岩山を拳で粉砕してのけたの! で、その場で、ママのハートを射止めたってわけ。ラブラブだった頃、ママから何度も聞かされたのろけ話よ。今となっては泣ける話だけれど。こんな奴いる? いないいないいない、絶対いない」
「でも、優しいわ……」

 セレスティナがそう指摘すると、シャーロットが額をおさえた。

「あー、うん。そこだけは否定しないでおいてあげる。確かにパパは優しいわ。わたくしも大好きよ? でも、あれに恋しちゃうって……。流石のわたくしも、パパのような人を恋人にしたいとは思わないのよねぇ……。ティナ、凄いわ、別の意味で」

 そこで、ふっと思いついたように、シャーロットが言う。

「なら、そうね。パパと婚約しちゃえば、ティナと家族になれるってこと?」

 え……

「ちょっとパパに相談……」
「待ってぇ!」

 上掛けを羽織り、颯爽と部屋を出て行こうとしたシャーロットを、セレスティナは慌てて止めた。飛躍しすぎ!

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