上 下
38 / 198
第一章 最狂ダディは絆される

第三十六話 名誉毀損は万死に値する

しおりを挟む
 シリウスが自動馬車に乗って帰ると、セレスティナは自室へと引き上げ、ハロルドがいつものようにお茶を入れてくれた。侍女のベスが、じっとその様子を見ている。
 興味津々? そうよね、マジックドールなんて、貴族でもよほど裕福な人でないと所有できないもの。ハロルドは手慣れたものだ。手際よくいつもの甘いミルクティーを振る舞ってくれた。

「お茶をどうぞ」

 ハロルドの赤い瞳が笑みを形作る。ハロルドが入れてくれるミルクティーは本当に美味しい。あら? これって、もしかして同じ茶葉かしら? 別荘で口にしていたものと同じ味である。

「ええ、茶葉をお持ち致しました。お気に入りのようでしたので」

 ハロルドが笑って、そう答えてくれた。

「ありがとう」
「どういたしまして」

 ハロルドの赤い瞳が笑みを形作る。平穏を破ったのは妹の叫び声だ。

「どおしてぇ! どおして公爵様は帰っちゃったの!」

 突如廊下から、そんなキンキン声が響き渡った。思わず、お茶を飲む手が止まってしまう。ジーナ、よね? そうっとドアを開けて外を覗くと、そこには母親のメリッサがいて、ジーナが手足をバタバタさせていた。まとめたらしい荷物が床に散らばっている。

「どうしても何も、オルモード公爵閣下は、あなたを招待してはいませんよ」
「わかんない、わかんない、わかんないぃ! だって、だって、ジーナの方が可愛いもん! こんなの変、おかしい! ありえない!」

 そこで、ふっと黙り込んだかと思うと、目をきりりと吊り上げた。

「お姉様のせいね!」

 突如そう叫び、ジーナがずんずんこちらへやってくる。

「ジーナ、待ちなさい!」

 母親の制止を無視し、ドアを乱暴に開いて部屋に押し入った。

「お姉様が、公爵様にジーナの悪口を言ったんでしょう! じゃなかったら、こんな風になるはずないもの! ジーナの邪魔ばかりして! お姉様なんか大っ嫌い!」

 振り上げられたジーナの手は、ハロルドが止めた。

「セレスティナ様に、乱暴は許しません」

 ハロルドの赤い瞳が怒りの形を作り、ピカピカと光った。

「何よ、これぇ!」

 ハロルドにひょいっと首根っこをひっつかまれ、ジーナはじたばた暴れた。まるで猫の子のように持ち上げられている。

「マジックドールよ。公爵様が貸して下さったの」

 セレスティナがそう説明すると、ジーナはふっと暴れるのを止めた。

「マジックドール……」

 初めて目にしたので、驚きもひとしおなのだろう。人の姿を模したハロルドは、魔工技術の集大成ともいえる芸術品だ。人工的なフォルムはとても美しい。

「もしかして、何でも言うことを聞いてくれる魔道具? ご主人様の言うことを何でも聞いてくれる召使いだって……とっても高いって……」

 セレスティナが頷くと、ジーナの目が爛々と輝いた。

「すごぉい! ね、これ、ジーナにちょうだい? お姉様なんかにはもったいないわ! ね、いいでしょう? ちょうだい、ちょうだい、ちょうだ……」

 ジーナがいつもの台詞を口にすると、母親のメリッサが割って入った。顔が真っ青だ。

「ジーナ、止めなさい! そ、それは! オルモード公爵閣下の物です! セレスティナの物ではありません! あ、あの方の物を欲しがるなど……あああ、止めてちょうだい。あの方に睨まれたら、我が家など簡単に潰されてしまう」

 ぎゃいぎゃい喚くジーナを引きずるようにして、メリッサがその場を立ち去った。
 翌日、セレスティナが新しいドレスを身につけて朝食の場に行くと、ジーナの視線が彼女に釘付けだ。レモン色のドレスは派手すぎない上品なデザインで、歩くたびにキラキラと光を跳ね返して美しい。家族全員の視線を感じながら、セレスティナは椅子に腰掛けた。

 何て言うのか、ちょっと恥ずかしい。
 セレスティナの頬が朱に染まる。なにせ、シリウスの愛情表現だと丸わかりだ。クローゼットを開けてみれば、そこには素晴らしいドレスがぎっしりである。ドレスに合う靴や帽子などもたくさん用意されていて、言葉にするならプレゼント責め、まさにそんな感じであろうか。愛されてますねと、侍女のベスに呆けたように言われて、もういたたまれない。
 う、嬉しい、けど……シリウス様、やり過ぎ……

「ど、どうしたの? それ……」

 ジーナが喘ぎ喘ぎ言う。

「その、オルモード公爵様から頂いたの。お誕生日の贈り物だそうよ……」

 セレスティナがそう口にすると、ジーナのまなじりがつり上がった。

「何で! 何で公爵様から、そんな素敵なドレスをもらうの? それ、ジーナのよね? それをお姉様が横取りしたんでしょう? そうなんでしょう? 酷い!」

 ジーナの言い分には困惑しかない。

「いいえ、違うわ? 何を言っているの? これは私のお誕生日の贈り物にって公爵様が……」
「ありえない! 返して、返してよ! その綺麗なドレスはジーナのだもん!」

 席から立ち、ジーナがつかみかかろうとするも、父親がすかさず止めた。

「ジーナ、よしなさい!」

 セレスティナは驚いた。こんな風にジーナを叱った父親を初めて見たからだ。シリウス様のお陰なのだろうけれど、やはり驚いてしまう。
 ジーナはというと、父親の叱責にぎゅっと唇を引き結び、身を震わせた。

「馬鹿ぁ! 絶対許さないんだから!」

 泣きながら駆け去った。ジーナは本当に、一体どうしちゃったの? あんな子だったかしら? 母親のメリッサがおずおずと近寄った。

「ね、セレスティナ、どうか、教えて頂戴。どうしてオルモード公爵閣下は、あなたにこれだけの贈り物をするのか……。そのドレス一つとっても驚くほど高価よ? ジーナの言い分はともかく、どう考えても可笑しいわ。一体どうなっているの?」

 お母様は怪訝そう。そうよね。

「お母様にお話があるの。お父様も一緒に」

 シリウス様に養女に望まれた話をしよう。愛していないと言われたとしても、私にはシリウス様がいらっしゃるもの。シャーロット様やイザーク様もいる。怖くなんかないわ。
 居間に移動し、セレスティナは両親と向き合って座った。

「……改まって何だ」

  スワンド伯爵が憮然と言う。お父様は不機嫌そうね。でも、お父様が私に向かって笑った事なんてあったかしら? 思い返してみても、記憶にない。

「オルモード公爵様に養女にと望まれました」

 セレスティナがそう口にすると、しんっと静まりかえる。

「養女って……あなたを?」

 メリッサが震える声で言う。

「はい」
「どうして?」
「私を気に入ってくださったようで……」
「ありえない!」

 そう叫んだのは父親のスワンド伯爵だ。震える指をセレスティナに突きつける。

「お、お前のような小娘を気に入っただと? どこをどうすればそうなる! ど、どうやって取り入った? ま、まさかその年で体を張ったか? この淫乱でふしだらな……」
「あなた!」
「名誉毀損、報復開始」

 ビーッという警報音とハロルドの声が響き、胸部分からチュドンッと何かが発射された。同時に、怒り心頭で勢いよく立ち上がった父親のソファが、ドンッと爆発四散する。木っ端微塵になったソファを眺め、誰もが動きを止めた。理解が追いつかない。

 もしかして、一瞬でも立ち上がるのが遅かったら、お父様が粉々だった? え? ちょ、これは……。しんっと静まりかえる。

「い、今の、は?」

 スワンド伯爵の声が震えている。セレスティナにはその気持ちが分かった。私も冷や汗が……。ハロルドは答えない。ただ、いつもの赤い瞳が消えた黒い楕円の中に「名誉毀損、名誉毀損、名誉毀損、報復、報復、報復」という物騒な文字がピカピカと……

「あ、あなた、こ、言葉に気をつけないと」

 母親のメリッサが、恐る恐るそう告げた。やはり声が震えている。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約破棄させてください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:3,011

異世界のんびり散歩旅

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,202pt お気に入り:745

鉱夫剣を持つ 〜ツルハシ振ってたら人類最強の肉体を手に入れていた〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,002pt お気に入り:160

処理中です...