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第二章 最狂ダディは専属講師

第八十二話 隠し撮りは御法度

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 女の子を格好いいなんて思うのは、間違っているかなぁ……。ルディ・ビエラ男爵令息は、セレスティナの姿を遠くから眺め、そんな風に思う。

 セレスティナが経済学科の男子達によく思われていないことは知っていた。ルディも同じ経済学科なので、否が応でも彼らの悪口が耳に入ってくる。偽の公爵令嬢のくせに大きな顔をしてと、そんな風だ。どうせ、公爵家の権威で主席合格者の地位をもぎ取ったに決まっている等々。

 そう陰口を叩く彼らの姿に、ルディは眉をひそめてしまう。つまり不正をしたと言いたいのだろうけれど、それは王立魔道学園そのものも侮辱していることになると、彼らは分かっているのだろうか? 理事長が耳にしたら、きっと激怒するに違いない。

 注意したいけれど、高位貴族である彼らに、物を言えるほどの度胸もない。弱小貴族の次男だしな。ちょっと情けないとは思うけれど……

 ある時、セレスティナが経済学科の教室の前を通りかかった。銀色のマジックドールを連れている。こうした王族のような待遇も彼らの反感を買っているのかもしれない、とルディは思う。こんな風に従者を付けられるのは、王族か公爵家のみだからだ。

 偽の公爵令嬢ごときが……
 周囲からそんな悪口が今にも聞こえてきそうで、ルディは身をすくめてしまう。こういうピリピリとした雰囲気は苦手だ。ここでは身分差はないと言っているのだから、皆で仲良くすれば良いのにと、ルディは内心愚痴る。

「おい、ちょっと……」

 セレスティナに声をかけたのは、率先して彼女の悪口を言っている、レイ・グラシアン侯爵令息だった。眼鏡をかけた目つきの鋭いイケメンで、女子の人気は高いけれど、性格はきつくて高慢なのでルディは苦手だった。いつも挨拶をする程度である。

「はい、何でしょう?」

 セレスティナがふわっと笑い、ルディはどきりとなる。彼女の笑顔は柔らかい。可愛いな、素直にそう思う。彼女は美人と言うより可愛い、ちまちまとしたリスみたいだ。

「この計算問題、解いてみてくれないかな?」

 グラシアン侯爵令息がそう言って、にっこりと笑う。
 周囲から、きゃあなんて女の子達の声が聞こえた。でも、何となく意地の悪い笑い方だ。にたりって擬音がつきそうなほど。そう思っちゃう僕って性格悪いのかな?

「俺、計算速度を競うクラブに所属してるんだけれど、上級生も一緒だから、一番になるのは難しくてさ。主席合格者だと、どのくらいの速さで出来るのか参考にしたいんだ」

 グラシアン侯爵令息が差し出した紙をそっと覗いてみると、計算問題がずらずら並んでいて、ルディはうへえと思う。自分も同じ経済学科に所属してはいたが、特別計算が得意って訳でもない。

 計算速度を競う、ねぇ……
 っていうか、あのクラブは魔道具の操作速度を競っているんだよな。計算を行える魔道具を使って、誰が一番早く計算できるかって奴。まぁ、帳簿を付ける時とか、役に立つ技能だとは思うけれど……。そういう意味では僕も入った方がいいのかもしれない。

「ええ、いいわ」

 セレスティナは快く引き受け、問題用紙を受け取ったが、ルディは不思議に思う。グラシアン侯爵令息が渡したのが、問題用紙とペンだけだったからだ。

 あれ? 計算機は? グラシアン侯爵令息はにやにやしているだけだ。問題用紙とペンだけって……。えええ? 計算機なしでやれって事? そんなん時間がかかるに決まってる。あ! 何となく彼の企みが分かり、ルディは狼狽えた。

 計算機なしで計算したって言わずに、計算時間を皆に伝えれば、なぁんだ、主席合格者も大したことないって言われかねない。もしかしてそれを狙ってる? ちょ、ちょっと! 流石にそれは意地が悪すぎる! ルディは慌てて止めようとするも、セレスティナの行動の方が早かった。

「はい、終わったわ」

 ルディはぽかんとなった。周囲を見れば、どの男子学生も驚いたような顔つきだ。
 え? 終わった? 嘘……これだと、魔道具を使った時より、速くない?
 はっと我に返ったグラシアン侯爵令息が、まなじりを吊り上げた。

「ちょ、まて! 適当こくと……」
「全問正解のはずよ? 確かめてみて?」

 セレスティナにそう言われて、グラシアン侯爵令息が手にした問題用紙の答え合わせをし、問題用紙に見入ったまま動きを止めた。

「おい、どうなんだ?」
「結果は?」
「……全問正解だ」

 グラシアン侯爵令息の愕然とした声に、しんっと周囲が静まりかえる。ルディはその反応を理解した。うん、分かる。僕も信じられない気持ちでいっぱいだもの。一体どうやったんだろう?
 周囲の驚愕の視線を一身に集めていたセレスティナは、ふいに頬を赤らめ、居心地悪そうにモジモジとし始める。

「あ、あの、期待外れ、だったかしら? ごめんなさい、参考にならなくて……」

 え? 期待外れって……逆だよ、逆……
 ルディは再度驚くも、セレスティナの勘違いは止まらない。育った環境故に、セレスティナの自己評価が限りなく低いという事実を、ルディは知らない。期待値を下回ったのだと思い込んだセレスティナは、申し訳なさそうに謝ると、そそくさと立ち去った。唖然とした経済学科の男子生徒達をその場に残したまま。

 それからであろうか、ルディがことあるごとにセレスティナを目で追うようになったのは。
 何となく気になっちゃうんだよね。格好いいって、やっぱり思っちゃうから。あんな風にレイ・グラシアンをやり込める女の子なんて凄い。あの時の鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔したあいつの顔ったら……思い出すたびに笑っちゃうよ、悪いけど。

 彼女と友達になれないかな?
 そう思って、セレスティナが所属する料理クラブの様子を、そうっと覗いてみる。
 ああ、いた。シャーロットっていう綺麗なお姉さんと、アンジェラっていうふくよかな子と一緒だ。三人で仲がいいんだな。そういや、教室でもいつも一緒にいる。

 セレスティナのエプロン姿を眺めながら、いいなぁなんて思う。
 あんな子にご飯作ってもらえたら……って、何考えてるんだ、僕は? ルディは頭をぶるぶる振った。彼女は公爵令嬢だぞ、公爵令嬢。そんな真似するわけがない。
 でも、楽しそうだよな。僕も入ってみようかな……。けど、経済学科の僕が料理クラブなんかに入れば、絶対囃し立てられる。彼女を作る気か? とかなんとか言われかねない。

「お前、何見てるんだ?」

 突如後方から、悪友にぽんっと肩を叩かれて、ルディは飛び上がりそうになった。

「こんな女ばっかのクラブ覗いてよ、好きな子でもいるのかぁ?」

 ルディはどきどきする胸を押さえた。

「いや、あの、その!」
「あ、分ーかった!」

 慌てて言い訳をしようとするも、したり顔で悪友がにやにや笑った。

「シャーロット様の事見てたんだろ? 分かる分かる。彼女、超美人だもんなぁ」

 パンパン肩を叩かれた。
 え? シャーロット様? あ、そ、そうだね、彼女もいたね。本当、綺麗だよね。僕はセレスティナ様の方がいいけれど。もちろんこれは声に出さない。

「でも、まぁ、料理クラブは入れないと思うから諦めろ?」

 悪友にそんな風に言われ、ルディは目を丸くした。え? 何で? 定員?

「さあ、知んねー。今年から男子禁制になったらしい。何でだろうな? 調理科の男子達、ブーブー言ってたよ」

 そりゃあ、そうだろうね。だって、王立魔道学園の設備はどれも最新式だもの。シェフを目指す人なら、授業時間外でも使いたいと思うに決まってる。

「というわけでよ、お前もこっから写真撮ると良いぜ? ほら、シャーロット様のエプロン姿も中々いい……」

 悪友の撮った写真を手渡され、ルディはどきっとなった。
 あ、エプロン姿のセレスティナ様も写ってる。うわっ! 可愛い! 僕、これ、欲しい! そう思うも、ふっと手元が陰ったと思ったら、目の前にギャースと鳴く怪鳥がいる。

 悪友と二人で目にした光景に釘付けだ。
 え? 何これ? 思考がついて行かず、翼を広げて威嚇する怪鳥の姿に、ぽかんと見入ってしまった。再びギャースと怪鳥に鳴かれ、つつかれる。

「うわあ! た、助けてくれぇ!」

 ルディは散々つつかれ、悪友と一緒になって、這々の体でその場から逃げ出した。写真は途中で紛失し、散々である。
 それから幾ばくも立たないうちに、料理教室の様子を隠し撮りすると、怪鳥につつかれるという噂がそこここで流れ、隠し撮り、などという不埒な真似をする輩は、めっきり減ったらしい。後々になって、学園七不思議の一つになった出来事である。

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