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第二章 最狂ダディは専属講師
第八十六話 似合うドレスをチョイスして
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淑女科主催のパーティー当日、正装したイザークは約束通り、ジャネットを迎えに家までやって来た。妹のシャーロットを連れて。
こうして改めて見てみると、美形兄妹だと、ジャネットはつくづく思う。
炎のように赤い髪に中性的な顔立ちのイザークは、まんま夢の王子様だし、シャーロットは掛け値なしの美少女だ。ゆるくウェーブした白銀の髪に、神秘的な琥珀色の眼差し、凜とした顔立ちは、神秘的な雪の精霊を彷彿とさせる。
「さ、やっちゃって」
そんなシャーロットの指示で、彼女が連れてきた美容師達に、ジャネットは全身をコーディネートされた。そう、今回は自分がジャネットのドレスアップをすると、シャーロットが言い出したのである。一度は断ったのだが、ぐいぐいくる。理由がダサい、である。
――流行のドレスだと聞いたのだが……
事前確認に来たシャーロットに、これでは駄目だと言われてしまう。
――ええ、そうね、人気のデザインね。でも、あなたには似合ってないわ。ジャネットには、もっとスレンダーなドレスが似合うと思うの。
シャーロットがずばっとそう言った。
そして本番当日、目にした鏡の中の自分に、ジャネットは驚いた。清楚系美女が立っていて、え? 誰これ、な状態である。
「まあまあってとこ?」
シャーロットがジャネットの全身をじろじろ眺め回し、そう言った。まあまあどころじゃないんですけどぉ! ジャネットはそう叫びそうになる。
「ジャネットは美人なのよ。きちんとした装いをすれば、モデルのように人目を引くわ。ただし、ちゃんとドレスを選ばないと駄目ってこと。お兄様、入って良いわよ?」
部屋に現れたイザークが、目を見張ったように思う。
「どう? 美人よね?」
「あ、ああ、そうだな。えー……き、綺麗、だ」
シャーロットと同じようにイザークが褒めてくれ、もの凄く照れくさい。
うわあ……こーいうの駄目だ。
「ありが、とう……」
ジャネットはそう答えるも、どこの青春カップルだぁ! と内心身悶えていた。いや、こんなん慣れていない。元婚約者の「おい、デカ女!」が通常になってるぅ!
馬車で王立魔道学園まで二人揃って移動し、イザークにエスコートされて入場すると、ざわりと会場が揺れた。うひぃ、注目されている! 笑顔が引きつりそうだ。
「イザーク様よ、素敵ねぇ……」
「連れの方は誰?」
「あれ、ジャネット嬢よ!」
「いつもは凜々しいですけど、今回はお綺麗だわ」
ざわめきがいっそう大きくなる。イザークが飲み物を取りに離れると、誰かに声をかけられた。
「おい、このデカ女、よくパーティーに出てこられ……」
聞き覚えのある声にジャネットが振り向けば、案の定、元婚約者のヒデオン・プラウドル伯爵令息がそこにいた。ハンサムだったはずだが、今はぽかんと口を開けた間抜け面だ。
おい、どうした? 台詞が途中で止まってるぞ?
「何だ?」
ジャネットが声をかけると、ヒデオンははっと我に返ったように咳払いをする。
「な、何でもない! それより、お前、ひ、一人でダンスパーティーに出席なんて、よく出来たな? 恥ずかしくないのか?」
いや、一人じゃなくて……。ジャネットはそう言いかけるも、ヒデオンはじろじろとジャネットの全身を眺め回し、にんまりと笑った。何となくだが……ちょっとその笑顔は引くぞ。
「ま、まぁ、そのドレスは悪くないが……一人寂しい壁の花なら、俺が踊ってやっても良いぞ? ちゃんとおしとやかにしているんならな」
突如ヒデオンがそんなことを言い出し、ジャネットは目をぱちくりさせる。
いや、いらない。つか、何言ってんだ? こいつ……。婚約破棄してくれた相手と、何故踊らにゃならん。それこそ醜聞だろう。
「ジャネットは俺のパートナーだ。何、勝手に声かけてんだよ」
険悪な声で割って入ったのは、飲み物を取りに行っていたイザークだった。怒るとやっぱり迫力がある。琥珀色の瞳が猛獣みたいになるんだよな、こいつ。
案の定、元婚約者のヒデオンは腰が引けたようだ。
「な、ななな、何だ? お前。ジャネットのパートナーを引き受けたのかよ? こいつはな、見境なく暴力を振るう凶暴女だぞ? そんなのの相手をよく……」
ごつっと音がしたのは、イザークが頭突きを喰らわしたからだ。イザークの方が年下だけど、元婚約者のヒデオンと身長がほぼ同じである。年の割にはイザークは背が高い。
「あ、わりぃ、あたったか?」
へらりと、イザークが意地悪く笑う。
「な、お前……」
うずくまったまま、怒声を上げようとしたヒデオンが目にしたのは、イザークの冷ややかな眼差しだ。まるで飛びかかる直前の獣のよう。
「凶暴なのは、ジャネットより俺の方が上だ。相手になってやろうか? あ?」
イザークの脅しにヒデオンは喉を詰まらせ、その場を立ち去りかけるも、甘ったるい女の声がその邪魔をした。
「えー? ここで引き下がっちゃうんですかぁ? ヒデオン様、格好悪いですぅ」
引き止めたのは淫魔のアニーだった。胸が半分見えているような派手なドレスで、相変わらず仕草が逐一色っぽい。これ見よがしに腰をふりふりこちらへやってくる。
イザークは、ぶぅっと吹き出しそうになった。ちょ、ま、待て、何でこいつがここに……あ、そうか、こいつも淑女科か?
アニーがにっこりと笑う。
「ここはぁ、ひとつぅ、ぱーっとやっちゃって下さいぃ、ヒデオン様ぁ」
甘えるような仕草でアニーがけしかけ、ヒデオンは目を白黒させた。
「ぱ、ぱーっとって……」
「男らしくぅ、戦ってみて下さい、アニーの為にぃ」
ぎゅうっと大きな胸をヒデオンの腕に押し当て、上目遣いだ。見えそうで見えない胸元に、ヒデオンの鼻の下がベロンと伸びる。女子にはひんしゅくを買う行為だが、男子達には好評だったようで、下卑た笑い声があちこちで起こった。
「あ、そ、そうだな、君の為に……」
とろりとした眼差しで、ヒデオンがへらりと笑う。
流石淫魔、男を操るのがうまい。ってか、何が目的なのか分からん。イザークが警戒する中、アニーがさりげにイザークに近寄り囁いた。
「暇だしぃ? 手伝ってあげてもいいわよぉ? 存分にぼこってぇ?」
身をすり寄せるようにして、ひそひそ言う。アニーから香る甘ったるい匂いに、イザークはぞくりと総毛だつ。心地いいのに気持ち悪い。何なんだ、これ?
「何が目的だよ?」
イザークがそうささやき返すと、アニーがにんまりと笑った。
「だからぁ、暇なのぉ。ライオネルの馬鹿はぁ、もうメロメロだしぃ。やることないから、周囲の男をつまみ食いしてるのよねぇ。で、ね? ジャネットだっけぇ? 婚約破棄されちゃったんでしょう? 酷い話よねぇ。だからぁ、ばっちり仕返しさせてあげるぅ。役に立ったらぁ、あなたの超素敵なパパにぃ、取りなしてくれると嬉しいなぁって。アニーはとっても良い子って、ね?」
アニーが、バチンとウィンクだ。
「いや、無理」
「じゃ、一方的に恩を売っちゃう。さ、やっちゃってぇ?」
ふいっとイザークから離れ、アニーが声援を送る。
「がんばってぇ? ヒデオォン」
かなり適当だ。魅了を使っているので、手を抜きまくっているのだろう。
「おう、まかせとけ!」
ヒデオンが張り切って放った大ぶりのパンチはかすりもせず、イザークのパンチがカウンターで入り、げふぅとヒデオンは、もんどり打って転がる。それを見たアニーは大げさに喜んだ。
「やあん、男らしぃ。攻撃を避ける必要もないのね? がんばってぇ?」
「お、おう」
無責任な声援に応え、イザークに勝負を挑むも、やはりまたもや返り討ちである。何度これを繰り返したか分からない、周囲がざわつき始めた頃、ヒデオンが根を上げた。
「あ、あの、そろそろ止めたいかなぁ? なんて……」
淫魔の色香に惑わされたヒデオンも、流石に気力が持たないといったところか。が、アニーは逃がさない。可愛い仕草を崩すことなく、ヒデオンを追い詰める。
「いやあん、遠慮しないでぇ」
「いや、え、遠慮じゃなくて」
ヒデオンは、アニーにどんっと突き飛ばされ、イザークの拳で逆戻りだ。
「も、げ、限界かな?」
「嘘ばっかりぃ」
再びアニーに押し出されたヒデオンは、どがあっとイザークの拳をくらう。
「か、川向こうに死んだお祖母様が……」
「冗談うまいんだからぁ……」
うふふとアニーが笑い、どんっとヒデオンは突き飛ばされる。ちょっと怖い笑みかもしれない。私の為に死、ん、で、そう言いそうな笑顔だ。
実際、ヒデオンは既にボロボロで、見るも無惨な有様である。
「あ、あの、そのへんで止めた方が?」
見るに見かね、止めに入ったのがジャネットだ。アニーが淫魔らしい妖艶な微笑みを浮かべて、可愛らしく小首を傾げた。
「あらぁ、あなた、優しいのねぇ? あなたとの剣の試合で負けた腹いせにぃ、ヒデオンに悪口言いふらされてぇ、意地悪されたのにぃ、もう、許しちゃうのぉ?」
それに反応したのは、周囲にいたジャネットびいきの女子達である。
「ジャネット様の悪口?」
「一体どんな? どんな事を言ったの?」
「う、うーん、がさつとかぁ? 凶暴女とか? ゴリラ女とか? 自分が弱いのを棚に上げてぇ、あることないこと言いふらしていたわぁ。ほんっと、酷いこといっぱいぃ?」
アニーが無邪気な顔で、ヒデオンの悪行をぺろっと暴露する。
「なんですってぇ!」
「この最低男!」
ヒデオン・プラウドル伯爵令息は、ジャネットファンの女子に踏みに踏まれて、会場外へと放り投げられる。その様子を見送ったイザークは見なかったことにした。
「……とりあえず、踊ろうか?」
「え? あ、ああ……そ、そうだな」
差し出されたイザークの手をジャネットが取る。
「素敵なシリウスパパに、アニーをよろしくぅ」
「だから、無理だっつーの!」
直ぐ傍まで迫った淫魔のアニーに、耳に息を吹きかけられ、イザークが金切り声を上げる。離れろぉ! イザークがそう叫んだことは言うまでもない。
この後、ヒデオン・プラウドル伯爵令息には弱虫毛虫という渾名がついたそうな。
こうして改めて見てみると、美形兄妹だと、ジャネットはつくづく思う。
炎のように赤い髪に中性的な顔立ちのイザークは、まんま夢の王子様だし、シャーロットは掛け値なしの美少女だ。ゆるくウェーブした白銀の髪に、神秘的な琥珀色の眼差し、凜とした顔立ちは、神秘的な雪の精霊を彷彿とさせる。
「さ、やっちゃって」
そんなシャーロットの指示で、彼女が連れてきた美容師達に、ジャネットは全身をコーディネートされた。そう、今回は自分がジャネットのドレスアップをすると、シャーロットが言い出したのである。一度は断ったのだが、ぐいぐいくる。理由がダサい、である。
――流行のドレスだと聞いたのだが……
事前確認に来たシャーロットに、これでは駄目だと言われてしまう。
――ええ、そうね、人気のデザインね。でも、あなたには似合ってないわ。ジャネットには、もっとスレンダーなドレスが似合うと思うの。
シャーロットがずばっとそう言った。
そして本番当日、目にした鏡の中の自分に、ジャネットは驚いた。清楚系美女が立っていて、え? 誰これ、な状態である。
「まあまあってとこ?」
シャーロットがジャネットの全身をじろじろ眺め回し、そう言った。まあまあどころじゃないんですけどぉ! ジャネットはそう叫びそうになる。
「ジャネットは美人なのよ。きちんとした装いをすれば、モデルのように人目を引くわ。ただし、ちゃんとドレスを選ばないと駄目ってこと。お兄様、入って良いわよ?」
部屋に現れたイザークが、目を見張ったように思う。
「どう? 美人よね?」
「あ、ああ、そうだな。えー……き、綺麗、だ」
シャーロットと同じようにイザークが褒めてくれ、もの凄く照れくさい。
うわあ……こーいうの駄目だ。
「ありが、とう……」
ジャネットはそう答えるも、どこの青春カップルだぁ! と内心身悶えていた。いや、こんなん慣れていない。元婚約者の「おい、デカ女!」が通常になってるぅ!
馬車で王立魔道学園まで二人揃って移動し、イザークにエスコートされて入場すると、ざわりと会場が揺れた。うひぃ、注目されている! 笑顔が引きつりそうだ。
「イザーク様よ、素敵ねぇ……」
「連れの方は誰?」
「あれ、ジャネット嬢よ!」
「いつもは凜々しいですけど、今回はお綺麗だわ」
ざわめきがいっそう大きくなる。イザークが飲み物を取りに離れると、誰かに声をかけられた。
「おい、このデカ女、よくパーティーに出てこられ……」
聞き覚えのある声にジャネットが振り向けば、案の定、元婚約者のヒデオン・プラウドル伯爵令息がそこにいた。ハンサムだったはずだが、今はぽかんと口を開けた間抜け面だ。
おい、どうした? 台詞が途中で止まってるぞ?
「何だ?」
ジャネットが声をかけると、ヒデオンははっと我に返ったように咳払いをする。
「な、何でもない! それより、お前、ひ、一人でダンスパーティーに出席なんて、よく出来たな? 恥ずかしくないのか?」
いや、一人じゃなくて……。ジャネットはそう言いかけるも、ヒデオンはじろじろとジャネットの全身を眺め回し、にんまりと笑った。何となくだが……ちょっとその笑顔は引くぞ。
「ま、まぁ、そのドレスは悪くないが……一人寂しい壁の花なら、俺が踊ってやっても良いぞ? ちゃんとおしとやかにしているんならな」
突如ヒデオンがそんなことを言い出し、ジャネットは目をぱちくりさせる。
いや、いらない。つか、何言ってんだ? こいつ……。婚約破棄してくれた相手と、何故踊らにゃならん。それこそ醜聞だろう。
「ジャネットは俺のパートナーだ。何、勝手に声かけてんだよ」
険悪な声で割って入ったのは、飲み物を取りに行っていたイザークだった。怒るとやっぱり迫力がある。琥珀色の瞳が猛獣みたいになるんだよな、こいつ。
案の定、元婚約者のヒデオンは腰が引けたようだ。
「な、ななな、何だ? お前。ジャネットのパートナーを引き受けたのかよ? こいつはな、見境なく暴力を振るう凶暴女だぞ? そんなのの相手をよく……」
ごつっと音がしたのは、イザークが頭突きを喰らわしたからだ。イザークの方が年下だけど、元婚約者のヒデオンと身長がほぼ同じである。年の割にはイザークは背が高い。
「あ、わりぃ、あたったか?」
へらりと、イザークが意地悪く笑う。
「な、お前……」
うずくまったまま、怒声を上げようとしたヒデオンが目にしたのは、イザークの冷ややかな眼差しだ。まるで飛びかかる直前の獣のよう。
「凶暴なのは、ジャネットより俺の方が上だ。相手になってやろうか? あ?」
イザークの脅しにヒデオンは喉を詰まらせ、その場を立ち去りかけるも、甘ったるい女の声がその邪魔をした。
「えー? ここで引き下がっちゃうんですかぁ? ヒデオン様、格好悪いですぅ」
引き止めたのは淫魔のアニーだった。胸が半分見えているような派手なドレスで、相変わらず仕草が逐一色っぽい。これ見よがしに腰をふりふりこちらへやってくる。
イザークは、ぶぅっと吹き出しそうになった。ちょ、ま、待て、何でこいつがここに……あ、そうか、こいつも淑女科か?
アニーがにっこりと笑う。
「ここはぁ、ひとつぅ、ぱーっとやっちゃって下さいぃ、ヒデオン様ぁ」
甘えるような仕草でアニーがけしかけ、ヒデオンは目を白黒させた。
「ぱ、ぱーっとって……」
「男らしくぅ、戦ってみて下さい、アニーの為にぃ」
ぎゅうっと大きな胸をヒデオンの腕に押し当て、上目遣いだ。見えそうで見えない胸元に、ヒデオンの鼻の下がベロンと伸びる。女子にはひんしゅくを買う行為だが、男子達には好評だったようで、下卑た笑い声があちこちで起こった。
「あ、そ、そうだな、君の為に……」
とろりとした眼差しで、ヒデオンがへらりと笑う。
流石淫魔、男を操るのがうまい。ってか、何が目的なのか分からん。イザークが警戒する中、アニーがさりげにイザークに近寄り囁いた。
「暇だしぃ? 手伝ってあげてもいいわよぉ? 存分にぼこってぇ?」
身をすり寄せるようにして、ひそひそ言う。アニーから香る甘ったるい匂いに、イザークはぞくりと総毛だつ。心地いいのに気持ち悪い。何なんだ、これ?
「何が目的だよ?」
イザークがそうささやき返すと、アニーがにんまりと笑った。
「だからぁ、暇なのぉ。ライオネルの馬鹿はぁ、もうメロメロだしぃ。やることないから、周囲の男をつまみ食いしてるのよねぇ。で、ね? ジャネットだっけぇ? 婚約破棄されちゃったんでしょう? 酷い話よねぇ。だからぁ、ばっちり仕返しさせてあげるぅ。役に立ったらぁ、あなたの超素敵なパパにぃ、取りなしてくれると嬉しいなぁって。アニーはとっても良い子って、ね?」
アニーが、バチンとウィンクだ。
「いや、無理」
「じゃ、一方的に恩を売っちゃう。さ、やっちゃってぇ?」
ふいっとイザークから離れ、アニーが声援を送る。
「がんばってぇ? ヒデオォン」
かなり適当だ。魅了を使っているので、手を抜きまくっているのだろう。
「おう、まかせとけ!」
ヒデオンが張り切って放った大ぶりのパンチはかすりもせず、イザークのパンチがカウンターで入り、げふぅとヒデオンは、もんどり打って転がる。それを見たアニーは大げさに喜んだ。
「やあん、男らしぃ。攻撃を避ける必要もないのね? がんばってぇ?」
「お、おう」
無責任な声援に応え、イザークに勝負を挑むも、やはりまたもや返り討ちである。何度これを繰り返したか分からない、周囲がざわつき始めた頃、ヒデオンが根を上げた。
「あ、あの、そろそろ止めたいかなぁ? なんて……」
淫魔の色香に惑わされたヒデオンも、流石に気力が持たないといったところか。が、アニーは逃がさない。可愛い仕草を崩すことなく、ヒデオンを追い詰める。
「いやあん、遠慮しないでぇ」
「いや、え、遠慮じゃなくて」
ヒデオンは、アニーにどんっと突き飛ばされ、イザークの拳で逆戻りだ。
「も、げ、限界かな?」
「嘘ばっかりぃ」
再びアニーに押し出されたヒデオンは、どがあっとイザークの拳をくらう。
「か、川向こうに死んだお祖母様が……」
「冗談うまいんだからぁ……」
うふふとアニーが笑い、どんっとヒデオンは突き飛ばされる。ちょっと怖い笑みかもしれない。私の為に死、ん、で、そう言いそうな笑顔だ。
実際、ヒデオンは既にボロボロで、見るも無惨な有様である。
「あ、あの、そのへんで止めた方が?」
見るに見かね、止めに入ったのがジャネットだ。アニーが淫魔らしい妖艶な微笑みを浮かべて、可愛らしく小首を傾げた。
「あらぁ、あなた、優しいのねぇ? あなたとの剣の試合で負けた腹いせにぃ、ヒデオンに悪口言いふらされてぇ、意地悪されたのにぃ、もう、許しちゃうのぉ?」
それに反応したのは、周囲にいたジャネットびいきの女子達である。
「ジャネット様の悪口?」
「一体どんな? どんな事を言ったの?」
「う、うーん、がさつとかぁ? 凶暴女とか? ゴリラ女とか? 自分が弱いのを棚に上げてぇ、あることないこと言いふらしていたわぁ。ほんっと、酷いこといっぱいぃ?」
アニーが無邪気な顔で、ヒデオンの悪行をぺろっと暴露する。
「なんですってぇ!」
「この最低男!」
ヒデオン・プラウドル伯爵令息は、ジャネットファンの女子に踏みに踏まれて、会場外へと放り投げられる。その様子を見送ったイザークは見なかったことにした。
「……とりあえず、踊ろうか?」
「え? あ、ああ……そ、そうだな」
差し出されたイザークの手をジャネットが取る。
「素敵なシリウスパパに、アニーをよろしくぅ」
「だから、無理だっつーの!」
直ぐ傍まで迫った淫魔のアニーに、耳に息を吹きかけられ、イザークが金切り声を上げる。離れろぉ! イザークがそう叫んだことは言うまでもない。
この後、ヒデオン・プラウドル伯爵令息には弱虫毛虫という渾名がついたそうな。
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