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第二章 最狂ダディは専属講師

第百五話 嫉妬

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 どうして……
 立ち去るシリウスとセレスティナの背を見送り、ララは胸の内で呟く。
 どうしてセレスティナばかりが、あんな風に大事にされるか……

 彼女と自分のどこが違うの? 違わない、違わない、あれくらいなら、自分だってなれる。ほんのちょっとの差だもの、頑張れば自分だって……そう考えたけれど、どうしても彼女には及ばない。気が付けば一歩遅れて歩いているような、そんな気にさせられる。

 それが、段々と鼻についた。
 貴族の血が入ってはいても自分は平民のままだ。成績は上位に食い込んでいたけれど、主席合格した彼女にはかなわない。容姿では勝ったと思っても、オルモード公爵は自分には見向きもしない。優しい顔を見せるのは、常にセレスティナに対してだけ……

 どうして? 私の方が綺麗よ?
 そう思っても、セレスティナに対する公爵様の態度を見れば、自分では駄目なのだと思い知らされる。どうして私では駄目なの? ほんのちょっとの差じゃない。なのに……。小さな不満が降り積もる。くやしい、いつからそう呟くようになったのだろう。

 ――僕ですか? スヴァイ王国の第五王子です。今はお忍びで旅行中なので、どうか内密に……

 豪華客船で知り合ったクロヴィス王子に、ララは夢中になった。愛していると言われて、舞い上がった。天にも昇るような心地だった。
 セレスティナに勝ったと思った。

 だって王子様だもの。公爵様より身分が上よ。彼と結婚すれば私は王子妃になれる。あはは、こんどは、あなたが私をうらやましがる番よ。今に見ていなさい。
 そう思って異国の王子と親しくなったのと自慢しても、セレスティナの微笑みは変わらない。

 ――よかったわね。

 そう言って、嬉しそうに笑うだけ。なによこれ……面白くなかった。セレスティナには悔しがる様子がまるでない。やせ我慢しちゃって、馬鹿みたい。死ぬほど悔しいくせに……
 セレスティナの笑う顔が、しゃくに障って仕方がない。

 自分で購入した高価なアクセサリーを、彼からのプレゼントだと偽って見せびらかしても、彼との逢瀬を自慢しても、やっぱり素敵ねと褒められるだけ……
 どうして、彼女は自分を妬まないのか。
 私だったら、いい気にならないでと嫌みの一つも言っている。なのに……。彼女が悔しがるところが見たい。私の方が上だって分からせたい。

 ――彼の年は十八才よ。ちゃんと恋人同士に見えるから嬉しいわ。

 そう言うと、ほら、悲しそうな顔をしたわ。笑いが込み上げる。そうよ、公爵様は素敵だけれど、年が離れすぎているもの。不釣り合いよ。

 ――ダブルデートというのはどうかしら? 彼を紹介出来たら嬉しいわ。

 ええ、嬉しいわ。悔しがるあなたを見られるもの。

 ――……止めた方が良いわよ? パパが嫌がるわ。
 ――ふふ、子供を連れているみたいだから? 気にしないでって言っておいて? 公爵様はとっても素敵よ? 問題は別のところね。

 そうよ、公爵様は素敵だわ。セレスティナが身の程知らずなだけ。身の程を知って、さっさと婚約解消すれば良いのに。
 放課後、クロヴィスと待ち合わせ、意気揚々とオペラホールまで行き、セレスティナを待ち伏せした。偶然を装って、一緒に行動して、自分との差を見せつけようと……
 なのに、のっけから驚かされた。貴族専用の出入り口に行ってみれば、もの凄い警備体制だ。まるで王族の到着を待っているかのよう。まさか、これ……

 そのまさかだった。
 誰がやってくるのか、ずらりと並ぶ警備兵達の後ろで見張っていれば、豪奢な自動馬車が到着し、エスコートされて歩き出したのは、見間違えようのないセレスティナだ。
 声が出なかった。

 セレスティナの輝くような美しいドレスもさることながら、目にしたネックレスが凄すぎて……。自分は宝石の目利きなんか出来ないけれど、あれだけ大粒のスターサファイヤが輝いていれば、否が応でもその凄さが分かる。
 まるで王女様のよう……

 呆然となったけれど、オペラホールの奥に消えようとしている二人の姿にはっとなって、声を張り上げた。何度も何度も。警備兵に叱られたけれど、煩い、そう怒鳴り返した。ようようセレスティナがこちらに気が付き、振り向く。もっと早く気が付きなさいよ! そう心の中で毒づいた。

 ――公爵様が、あなた様お一人なら話してもいいと……

 警備の責任者らしき人物が、そう言った。恰幅のいい中年男性だ。人を見下したような物言いが気に入らない。偉そうに、何様?

 ――クロヴィスは王族よ? 一緒に通して!

 踏ん張ったけれど、目の前の男は冷たい一瞥をくれただけ。

 ――駄目です。あなた様お一人です。でなければ、どうぞお引き取りを……

 魔弾銃をちらつかせられて、びくりとなった。

 ――ララ、もういいよ、ほら、行こう。

 クロヴィスにまでそう言われて、しぶしぶ引き下がった。警備兵の指示に従い、一人でセレスティナのところへ向かう。王族なのだから、もう少し強気に出てもいいのに、クロヴィスに対してそんな不満を抱きながら。
 近付けば、セレスティナが身にまとったドレスの煌びやかさが、はっきりと分かった。宝石の素晴らしさも……。ふん、少しは見られるじゃない。馬子にも衣装よね、そう心の中で毒づいた。強がりだと思わなくもなかったけれど……

 次いで、セレスティナをエスコートしている青年を目にして、はっとなった。もしかして、公爵様? 人目を引く美貌に目を見張ってしまう。どういうこと? どう見ても十七、八才くらいの青年に見える。若返りの魔法、そんなものあったかしら? いいえ、聞いた事がない。

 ――……公爵様?

 恐る恐る確認すれば、肯定される。

 ――そうだ。

 うそ……そう思ったけれど、彼の容姿に惹きつけられて、身動きもままならない。どうやったのかは分からない。分からないけれど、何らかの方法で若返ったのだろうということは分かる。
 こくりと生唾を飲み込んでしまった。

 魅入られるとはこのことか……
 心臓を掴まれたように、目が離せなかった。恋い焦がれたかのように、心臓がどきどきと早鐘を打つ。母さんは、オルモード公爵様を素敵だと言った……。でも、これは、そんな言葉では到底言い表せそうにない。母さんは馬鹿よ、馬鹿。どうして彼を狙わなかったの? 私だったら、絶対逃がさないわ。私だったら……

 ――要件は?

 シリウスはいつも通りそっけない。

 ――あ、あの、ダブルデートは出来ないかと思って……

 一緒にいたいわ、あなたと、もっともっと……

 ――……断る。あれをティナに近づけるなどもってのほかだ。

 不審人物じゃないわ。大丈夫よ!

 ――彼は王族なので心配はいらないと思うわ!

 自信満々そう言い切った。どう? 彼とお近づきになりたいでしょう? なのに……

 ――……スヴァイ王国に第五王子はいない。

 そう言われて愕然とした。そんな筈は……だって、王家の紋章も見せてもらったのに……

 ――彼は誰? もしかして王族?

 茫然自失のままクロヴィスの所へ戻れば、興味津々そう問われた。

 ――……違うわ、公爵よ。
 ――へーえ? でも、凄いな。これだと王族なみの扱いだ。あの子は王女様かと思ったよ。
 そう言われて、ララはカチンとなった。

 セレスティナが王女様? 馬鹿言わないで!

 ――あなただって王族でしょう? これっくらいやってよ!

 そう言って詰め寄った。クロヴィスが慌てたように言う。

 ――い、いや、無茶言うなよ。僕はお忍び中だって言ったろ? 身分を明かすわけにはいかないんだから、勘弁してくれよ。

 以前はこれで納得していたけれど、今では胡散臭く感じてしまう。公爵様が嘘を言うわけがない。だったら、嘘をついているのは、騙しているのは目の前の彼の方……

 ――ほら、行こう。劇が始まるよ。

 クロヴィスにそう言われて、ララははっとなった。
 そうだ、高いチケットを買った。自分のお金で二枚。よくよく考えれば、これもおかしい。どうして何もかも自分で買わなければならないのか……
 いえ、何もかもではないわ。

 そうよ、クロヴィスが愛の告白をしてきた時にもらったダイヤモンドの首飾りがあるもの。今日はそれを身につけているけれど、セレスティナのあの豪奢なスターサファイアの首飾りを目にしてしまうと、それすら色褪せて見える。

 オペラホールの席に着くと貴族席はガラガラだ。貴族席の中央には、セレスティナを連れた公爵様がいる。それ以外の席が全て空白だった。
 これって……

 ――もしかして、貴族席を全部貸し切ったのか? すごいな……

 クロヴィスの台詞にびくりとなる。
 自分の予想を彼がそのまま口にしたから。王立魔道学園の食堂での、セレスティナを見るオルモード公爵の眼差しを思い出す。糖蜜のように甘い。
 あれが羨ましくて仕方がなかった……

 ララはぶるりと身を震わせる。
 私の方が幸せ、私の方が上、そう何度言い聞かせても、やはりセレスティナを羨む自分がいる。あんな風になりたかったと、そう思ってしまう。どうして? どうして彼女に勝てないの? 悔しい悔しい、そうした思いが、憎しみと怒りに取って代わるのは、そう難しい事じゃなかった。

 だから、だから……
 翌日、王立魔道学園のクラスで、セレスティナがいつものように友人達と楽しそうに談笑しているのを見て、かっとなった。

 あんたなんか、あんたなんか、いなくなってしまえばいい! 憤怒の思いそのままに、ずかずかと彼女に近寄り、平手打ちを食らわせようと手を振り上げた。けれど、その手はイザークに阻まれて、もんどり打って転がったのは、自分の方だったけれど……

「ちょ、回し蹴りってやり過ぎ!」
「やり過ぎなもんですか! ティナを引っぱたこうとしたのよ? これでも生ぬるいくらいだわ!」

 そう言い放ったのはシャーロットだ。憤怒の形相でララを見下ろしている。

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