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第六章 魔工学の祖ユリウス
第二百十八話 落ち人ユリウス・サウザー(番外編)
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お前は最高傑作だ。
そう言われたが、そこに愛はあるのかと問えば、おそらく否だろう。遺伝子を操作し、神のように生命体を生み出しておきながら、そこに愛がないのなら、生み出された生命体はきっと愛を知らない。
愛とは慈しむ心、思いやり……
そう、知識としては知っている。
だが、あくまでそれらは言葉上のものだ。そして、私の中にあるのは恐らく愛ではなく欲だろう。知識欲ならある。新しい技術を生み出すことには貪欲だった。
もっと強い力を……
もっと強い武器を……
自分を取り巻く人達にそう望まれて、私はそれを形にした。自分の生まれた星が失われる結果を見ることになるとも思わずに。己が作り出した物が何をもたらすのか、考えない者の末路は、あまりにも悲惨だった。
昏い宇宙空間を見据え、この時、確かに心がきしむ音を聞いた。けれど、あるはずだった明日が消えてしまい、どうすればいいのかわからない。
生きたいか? と自分に問うても、ひどく無関心な自分を発見する。他者に対する興味のなさは、どうやら自分に対しても向けられているらしい。世界の終焉を目にした者は、一体何を望むものなのか。存続か? それとも消滅か……
――どちらを望む?
確かにそんな声を聞いた。
誰だ?
そう問うても答えはない。けれど、不思議なほど温かい。
答えに迷う自分の心を見抜いたように、目にしたのは世界の中心に座す神の設計図。創世の設計図だ。極微から極大へ。細胞の構造から星々の構造に至るまで、事細かに書き記されている。たった今、永遠に失ってしまったものが、どのようなものであったのか、まざまざと見せつけられ、言葉もない。その素晴らしさ偉大さに心が震える。涙が溢れた。
ああ、こんなにも美しいものを私は壊してしまったのか。
再生を……気が付けばそう口にしていた。
――生きたい?
ああ。生きて神の設計図をもう一度この世界に……
――ふっ、ふふ……創りたい、か……残念ながら、人の身で無から有を創るのは無理だ。だが、有から有を創り出す秘技は与えている。やってみるがいい。今度こそ、今度こそ違えるな。
ぐんっと引っ張られる感覚があり、気が付けば、乗っていた宇宙船にぐんぐん迫る惑星を目にすることになる。それは失ってしまった青い星と同じくらい美しい星だった。
「あれは……」
――今度こそ違えるな。
今一度、声が響き、大気圏内に突入する衝撃があった。
◇◇◇
「王太子殿下! 星が、星が落ちてきます!」
「ええい、慌てるな! 防御だ! 魔法で防御しろ!」
くそっとサディアス王太子から悪態が漏れる。
美しいエルフを迎えるはずが、まるで天罰のように星が落ちてくるなんて予想外である。真っ赤に燃える火球が王城を守る結界壁に衝突し、バチバチッとスパークする。一瞬真昼のような明るさになり、ぐんとスピードが落ちたが、かの星の勢いは止まらない。バキリと結界壁を壊し、落ちた星は大地に突き刺さった。砂嵐のような爆風が走る。
「まさか、神の怒りを買った?」
魔法の防御で衝撃波をやり過ごした後、魔道師からそんな言葉が漏れるほど、目にした光景は衝撃である。落ちた星を中心にクレーターが広がっている。
「星……ではありません、殿下。どうやら人工物のようです」
「何?」
スヴァイ王国の王太子サディアスは、今だ熱でくすぶっている巨大な鉄の塊に目を向けた。そう、鉄である。クレーターを作っている中心に、その鉄の塊はあった。サディアスが近付くと、魔道師達が慌てた。
「お、お待ちください! 何が起こるか分かりません! まず、我らが調べます故!」
そう叫び、サディアスを後ろへ下がらせる。
「魔力は?」
「感じません」
「空から降ってきたのなら、これは空を飛んでいたのだろう? どうやって?」
「浮遊魔法の効果が切れたのかも」
「燃えていたのはどうしてだ?」
「さ、さあ。ドラゴンに攻撃されたのでは?」
魔道師達が口々に言い、全員の考えがまとまらない。
「中に何が入っているんだ?」
「さあ、分かりません。何もないのかも」
そう言っている間に、サディアスが焦れた。
「中に何か入っているのなら、壊して調べてみればいい」
魔道師が顔を見合わせ、それならばと攻撃呪文を口にし始める。手に光球が集まった時点で、プシュウという空気の抜ける音がし、鉄球の扉が開いた。
中から現れたのは人間である。
不思議な服装だった。体にぴったりとしたスーツを着ているので、恵まれた体躯であることが分かる。それ以上に、顔立ちはエルフを彷彿とさせるほど整っていた。銀髪の男性がつと周囲を見回し、何かを問いかけられたが、彼の言葉を理解出来る者はいない。
「なんて言っているんだ?」
「おい、念話ができる魔道師に話をさせろ!」
サディアスの命令で連れてこられたのは、大蛇を体に巻き付けた魔道師だった。小柄で、にたにた笑う顔はどこか不気味である。ひそひそと周囲から嫌悪の声が上がる。
「……こいつしかいないのか?」
「はい。他の者は外交に行っておりますので……」
「仕方ない、会話をさせろ」
大蛇を体に巻き付けたジェイドが進み出ると、魔道師達が道を空けた。ジェイドはそんな周囲の反応など全く気にすることなく、かの銀髪の青年の前に立つ。青年と二言三言言葉を交わし、ジェイドはサディアスの方へ振り返った。
「ここはどこかと聞いています」
「スヴァイ王国だと伝えてやれ」
魔道師ジェイドがその通りにすると、鉄球の中から現れた銀髪の青年が首を横に振る。聞いた事のない地名だという。その返答にサディアスがいきり立つ。
「なんだと? 我が国を知らないというのか?」
「殿下」
「何だ!」
サディアスが苛立ちをぶつけると、話しかけた魔道師が幾分身を引いた。
「もしかして、エルフを呼び寄せる為の召喚魔術で、彼を引き寄せてしまったのではありませんか?」
しんっと静まりかえる。
「……失敗ではなかったと?」
「術は発動していましたし、魔法陣も反応していました。なので、もしや、と……」
確かに鉄の塊が落ちた先は魔法陣の中心である。胡散臭げにサディアスが青年の姿を眺める。冷たささえ感じさせる顔立ちも均整の取れた体もまるで理想を絵にしたかのよう。
「……なら、あいつはエルフか?」
「いえ、違います。見てください。エルフの特徴は何一つありません。我らと同じ人間です。おそらく異界の人間でしょう」
異界の人間なら、それは落ち人である。他の世界からこの世界に落ちてきた者と言う意味でそう名付けられている。
異界人はごく稀に不思議な力をもっている場合がある。なので、落ち人を見つけたら、よくよく吟味し、無害なら放逐、利になるなら国で囲うという措置がとられる。十中八九放逐だが。異界人といっても一般人ではまずもって役立たずである。
「お前、名は?」
サディアスが問うと、念話の出来る魔道士ジェイドが伝え、答えが返ってきた。
『ユリウス・サウザー』
「お前はどんなことが出来る?」
『求められば何でも』
「は、随分大きく出たな。では、明日、何が起こるか予言してみせよ」
『予言? どんな?』
「どんなって、明日の天気を当てるとか、誰かが怪我をするとか、そういう……」
『明日は雨だ』
ユリウスが手にした計器を操りながら言う。表情筋が死んでいるようで、美麗な顔は殆ど動かない。それがよけいに神秘性を高めていて、周囲にいる魔道師達は、彼の一挙手一投足にじっと見入っている。彼の正体を見定めようとでもしているように。
その中にあって、サディアスが陽気に笑った。失敗したと思っていた召喚術から思わぬ拾い物だとでも思ったのかもしれない。
「ほう、星空だぞ? なのに、明日は雨か……それがあたったら、もう少し詳しい話を聞こう。おい、部屋を用意してやれ」
「かしこまりました」
魔道師がうやうやしく頭を下げ、ユリウスを案内する。当然通訳としてジェイドもくっついてきたのだが、やけに機嫌が良い。
「……ご機嫌だな?」
「ああ、色艶がいいと褒められたからな」
「……は?」
仲間の魔道師に向かって、ジェイドが笑う。
「分かる奴には分かるんだな。俺が飼育する蛇はどれも美しいんだ。ははは、俺はこの異界人が好きだ。なんなら世話もしてやるぞ?」
「……」
他の魔道師達は顔を見合わせ、肩をすくめた。ジェイドと気が合うのは、よっぽどの変人である。
◇◇◇
「お前、どこから来たんだ?」
王城の廊下を歩きながら、ジェイドが念話でユリウスに話しかける。
『クルス星』
「ふうん? そこにはお前みたいな人間がたくさんいるのか?」
『いたかもしれない。星そのものがなくなってしまったので、分からない』
ジェイドは目を見開いた。
「故郷、だよな?」
『そう』
「……悪い事聞いたな」
『いい。自業自得だ』
「自業自得?」
『強欲すぎたんだ。もっと強く、もっと強く、もっともっとと……挙げ句の果てには、星を消滅させるだけの兵器を作り出し、故郷を滅ぼした』
ジェイドがピタリと足を止める。
「すまん、理解出来ない」
『いいさ。私も今だ実感がないんだ。悪い夢でも見ているんじゃないかって思う』
しばし沈黙し、その重苦しさに耐えられなくなったジェイドがいう。
「お前、蛇が好きか?」
『ああ、美しい生き物だ』
ぱっとジェイドの顔が明るくなる。
ようやく明るい話題が出来たとでも言うように。
「そうか、そうだよなぁ。やっぱりお前、良い奴だな。いや、俺もな、こいつが可愛くて可愛くてしょうがないんだ。仲間には嫌な顔をされるんだが、こうして連れ歩いちまう」
ちらりとユリウスが視線を送る。
『いい蛇だ。よく世話をされている』
「そうか、そうか、分かるんだな」
ジェイドが言う。
「そういや、あの鉄の塊、どうやって浮かせたんだ?」
『飛行には反重力システムの推進ユニットを使っている』
「よく分からんな。浮遊魔法みたいなものか?」
『魔法じゃない。科学技術だ』
「カガクギジュツ?」
ユリウスが足をピタリと止める。どこかうつろだった目が、焦点が合い始めた。
『……この世界には魔法があるのか?』
「当たり前だろ? 何をするにも魔法が必要だ。あの鉄の塊だって魔法がなかったらどうやって動かすんだよ?」
『燃料を燃焼させ、発生した高温高圧ガスで推進力を作り出す』
「燃やす……火? 火で浮遊? 無理だと思うぞ」
ユリウスはそれ以上答えなかった。答えるのが面倒になったか、おっくうそうにそっぽを向いたのだ。
「おい、本当に雨になったぞ」
魔道師の一人が驚きの声を漏らす。昨日は満天の星だった。あれで雨が降ると予想した者はいなかった。
「いや、まぐれかも」
誰かがそう言い、それが一週間も続くと、誰もが脅威を持つようになる。
「おい、本当に予言者なんじゃあ……」
仲間の様子をジェイドがユリウスに伝えると、彼は淡々と言った。
『私は予言者じゃない。明日の天気を知りたいと言うから、大気の動きをスピカに観測させただけだ。未開の星に行った時、誰でもやる簡単な調査だ』
「そのスピカって奴が予言者か?」
『予言者じゃなくて人工知能……いや、いい。それより、言葉を教えてくれ』
ユリウスがはあっとため息を漏らす。話が通じない、そう言いたげだ。
「ははは、お前は随分と勉強熱心だな」
そう告げ、ジェイドは望み通り、この世界の言葉の練習に入る。
ユリウスの驚異的な能力が明らかになるのはその直ぐ後だ。ユリウスは恐るべきスピードでスヴァイ王国の言葉と文字を覚え、次に大陸共通語、さらには魔法言語と次々ユリウスは知識を吸収していった。僅か一ヶ月で、まるで自国民であるかのように話すようになり、ジェイドは心底驚いた。こんな人間は見たことがない。
「サディアス王太子殿下、あいつ、凄いですよ! 俺達の言葉をあっという間に覚えただけでなく、魔法言語まで学び始めました。とんでもなく頭が良い」
王城で王太子を見かけたジェイドが勢い込んで言う。サディアスが口角を上げる。
「はっ、だが、魔力はない。そうだろう?」
サディアスが小馬鹿にしたように笑い、ジェイドは不快感を煽られる。彼が言わんとすることを理解したからだ。
強大な魔力を持つことは、ステータスだ。貴族が威張るのも、魔力を持っているから。もちろん魔道師であるジェイドも魔力持ちである。
が、残念ながら最弱だ。それが悔しくて、魔道の技術面でがんばったが、認められない。だからだろうか、頭の良いユリウスが見下されると、ある意味自分の姿と重なって、面白くなかった。
「……確かに魔力はありませんが、彼は異能持ちです」
魔力を持たない者が発揮する特殊能力を異能という。
サディアスが鼻で笑った。
「そうだな。天気を予言し、我らを助けてくれる。だから、城で暮らすことを認めているではないか。なにが不満だ?」
「いえ、何も……」
「くだらんことで呼び止めるな。もっと役に立つ情報をもってこい」
そう言い捨てて、サディアスは傍の美女を引き寄せ、立ち去った。サディアス王太子は美男子だ。加えてエルフの恩寵持ちなので、長寿である。誰もが彼に憧れ、素晴らしいと褒め称える。だが、ジェイドは彼がどうしても好きにはなれなかった。
そう言われたが、そこに愛はあるのかと問えば、おそらく否だろう。遺伝子を操作し、神のように生命体を生み出しておきながら、そこに愛がないのなら、生み出された生命体はきっと愛を知らない。
愛とは慈しむ心、思いやり……
そう、知識としては知っている。
だが、あくまでそれらは言葉上のものだ。そして、私の中にあるのは恐らく愛ではなく欲だろう。知識欲ならある。新しい技術を生み出すことには貪欲だった。
もっと強い力を……
もっと強い武器を……
自分を取り巻く人達にそう望まれて、私はそれを形にした。自分の生まれた星が失われる結果を見ることになるとも思わずに。己が作り出した物が何をもたらすのか、考えない者の末路は、あまりにも悲惨だった。
昏い宇宙空間を見据え、この時、確かに心がきしむ音を聞いた。けれど、あるはずだった明日が消えてしまい、どうすればいいのかわからない。
生きたいか? と自分に問うても、ひどく無関心な自分を発見する。他者に対する興味のなさは、どうやら自分に対しても向けられているらしい。世界の終焉を目にした者は、一体何を望むものなのか。存続か? それとも消滅か……
――どちらを望む?
確かにそんな声を聞いた。
誰だ?
そう問うても答えはない。けれど、不思議なほど温かい。
答えに迷う自分の心を見抜いたように、目にしたのは世界の中心に座す神の設計図。創世の設計図だ。極微から極大へ。細胞の構造から星々の構造に至るまで、事細かに書き記されている。たった今、永遠に失ってしまったものが、どのようなものであったのか、まざまざと見せつけられ、言葉もない。その素晴らしさ偉大さに心が震える。涙が溢れた。
ああ、こんなにも美しいものを私は壊してしまったのか。
再生を……気が付けばそう口にしていた。
――生きたい?
ああ。生きて神の設計図をもう一度この世界に……
――ふっ、ふふ……創りたい、か……残念ながら、人の身で無から有を創るのは無理だ。だが、有から有を創り出す秘技は与えている。やってみるがいい。今度こそ、今度こそ違えるな。
ぐんっと引っ張られる感覚があり、気が付けば、乗っていた宇宙船にぐんぐん迫る惑星を目にすることになる。それは失ってしまった青い星と同じくらい美しい星だった。
「あれは……」
――今度こそ違えるな。
今一度、声が響き、大気圏内に突入する衝撃があった。
◇◇◇
「王太子殿下! 星が、星が落ちてきます!」
「ええい、慌てるな! 防御だ! 魔法で防御しろ!」
くそっとサディアス王太子から悪態が漏れる。
美しいエルフを迎えるはずが、まるで天罰のように星が落ちてくるなんて予想外である。真っ赤に燃える火球が王城を守る結界壁に衝突し、バチバチッとスパークする。一瞬真昼のような明るさになり、ぐんとスピードが落ちたが、かの星の勢いは止まらない。バキリと結界壁を壊し、落ちた星は大地に突き刺さった。砂嵐のような爆風が走る。
「まさか、神の怒りを買った?」
魔法の防御で衝撃波をやり過ごした後、魔道師からそんな言葉が漏れるほど、目にした光景は衝撃である。落ちた星を中心にクレーターが広がっている。
「星……ではありません、殿下。どうやら人工物のようです」
「何?」
スヴァイ王国の王太子サディアスは、今だ熱でくすぶっている巨大な鉄の塊に目を向けた。そう、鉄である。クレーターを作っている中心に、その鉄の塊はあった。サディアスが近付くと、魔道師達が慌てた。
「お、お待ちください! 何が起こるか分かりません! まず、我らが調べます故!」
そう叫び、サディアスを後ろへ下がらせる。
「魔力は?」
「感じません」
「空から降ってきたのなら、これは空を飛んでいたのだろう? どうやって?」
「浮遊魔法の効果が切れたのかも」
「燃えていたのはどうしてだ?」
「さ、さあ。ドラゴンに攻撃されたのでは?」
魔道師達が口々に言い、全員の考えがまとまらない。
「中に何が入っているんだ?」
「さあ、分かりません。何もないのかも」
そう言っている間に、サディアスが焦れた。
「中に何か入っているのなら、壊して調べてみればいい」
魔道師が顔を見合わせ、それならばと攻撃呪文を口にし始める。手に光球が集まった時点で、プシュウという空気の抜ける音がし、鉄球の扉が開いた。
中から現れたのは人間である。
不思議な服装だった。体にぴったりとしたスーツを着ているので、恵まれた体躯であることが分かる。それ以上に、顔立ちはエルフを彷彿とさせるほど整っていた。銀髪の男性がつと周囲を見回し、何かを問いかけられたが、彼の言葉を理解出来る者はいない。
「なんて言っているんだ?」
「おい、念話ができる魔道師に話をさせろ!」
サディアスの命令で連れてこられたのは、大蛇を体に巻き付けた魔道師だった。小柄で、にたにた笑う顔はどこか不気味である。ひそひそと周囲から嫌悪の声が上がる。
「……こいつしかいないのか?」
「はい。他の者は外交に行っておりますので……」
「仕方ない、会話をさせろ」
大蛇を体に巻き付けたジェイドが進み出ると、魔道師達が道を空けた。ジェイドはそんな周囲の反応など全く気にすることなく、かの銀髪の青年の前に立つ。青年と二言三言言葉を交わし、ジェイドはサディアスの方へ振り返った。
「ここはどこかと聞いています」
「スヴァイ王国だと伝えてやれ」
魔道師ジェイドがその通りにすると、鉄球の中から現れた銀髪の青年が首を横に振る。聞いた事のない地名だという。その返答にサディアスがいきり立つ。
「なんだと? 我が国を知らないというのか?」
「殿下」
「何だ!」
サディアスが苛立ちをぶつけると、話しかけた魔道師が幾分身を引いた。
「もしかして、エルフを呼び寄せる為の召喚魔術で、彼を引き寄せてしまったのではありませんか?」
しんっと静まりかえる。
「……失敗ではなかったと?」
「術は発動していましたし、魔法陣も反応していました。なので、もしや、と……」
確かに鉄の塊が落ちた先は魔法陣の中心である。胡散臭げにサディアスが青年の姿を眺める。冷たささえ感じさせる顔立ちも均整の取れた体もまるで理想を絵にしたかのよう。
「……なら、あいつはエルフか?」
「いえ、違います。見てください。エルフの特徴は何一つありません。我らと同じ人間です。おそらく異界の人間でしょう」
異界の人間なら、それは落ち人である。他の世界からこの世界に落ちてきた者と言う意味でそう名付けられている。
異界人はごく稀に不思議な力をもっている場合がある。なので、落ち人を見つけたら、よくよく吟味し、無害なら放逐、利になるなら国で囲うという措置がとられる。十中八九放逐だが。異界人といっても一般人ではまずもって役立たずである。
「お前、名は?」
サディアスが問うと、念話の出来る魔道士ジェイドが伝え、答えが返ってきた。
『ユリウス・サウザー』
「お前はどんなことが出来る?」
『求められば何でも』
「は、随分大きく出たな。では、明日、何が起こるか予言してみせよ」
『予言? どんな?』
「どんなって、明日の天気を当てるとか、誰かが怪我をするとか、そういう……」
『明日は雨だ』
ユリウスが手にした計器を操りながら言う。表情筋が死んでいるようで、美麗な顔は殆ど動かない。それがよけいに神秘性を高めていて、周囲にいる魔道師達は、彼の一挙手一投足にじっと見入っている。彼の正体を見定めようとでもしているように。
その中にあって、サディアスが陽気に笑った。失敗したと思っていた召喚術から思わぬ拾い物だとでも思ったのかもしれない。
「ほう、星空だぞ? なのに、明日は雨か……それがあたったら、もう少し詳しい話を聞こう。おい、部屋を用意してやれ」
「かしこまりました」
魔道師がうやうやしく頭を下げ、ユリウスを案内する。当然通訳としてジェイドもくっついてきたのだが、やけに機嫌が良い。
「……ご機嫌だな?」
「ああ、色艶がいいと褒められたからな」
「……は?」
仲間の魔道師に向かって、ジェイドが笑う。
「分かる奴には分かるんだな。俺が飼育する蛇はどれも美しいんだ。ははは、俺はこの異界人が好きだ。なんなら世話もしてやるぞ?」
「……」
他の魔道師達は顔を見合わせ、肩をすくめた。ジェイドと気が合うのは、よっぽどの変人である。
◇◇◇
「お前、どこから来たんだ?」
王城の廊下を歩きながら、ジェイドが念話でユリウスに話しかける。
『クルス星』
「ふうん? そこにはお前みたいな人間がたくさんいるのか?」
『いたかもしれない。星そのものがなくなってしまったので、分からない』
ジェイドは目を見開いた。
「故郷、だよな?」
『そう』
「……悪い事聞いたな」
『いい。自業自得だ』
「自業自得?」
『強欲すぎたんだ。もっと強く、もっと強く、もっともっとと……挙げ句の果てには、星を消滅させるだけの兵器を作り出し、故郷を滅ぼした』
ジェイドがピタリと足を止める。
「すまん、理解出来ない」
『いいさ。私も今だ実感がないんだ。悪い夢でも見ているんじゃないかって思う』
しばし沈黙し、その重苦しさに耐えられなくなったジェイドがいう。
「お前、蛇が好きか?」
『ああ、美しい生き物だ』
ぱっとジェイドの顔が明るくなる。
ようやく明るい話題が出来たとでも言うように。
「そうか、そうだよなぁ。やっぱりお前、良い奴だな。いや、俺もな、こいつが可愛くて可愛くてしょうがないんだ。仲間には嫌な顔をされるんだが、こうして連れ歩いちまう」
ちらりとユリウスが視線を送る。
『いい蛇だ。よく世話をされている』
「そうか、そうか、分かるんだな」
ジェイドが言う。
「そういや、あの鉄の塊、どうやって浮かせたんだ?」
『飛行には反重力システムの推進ユニットを使っている』
「よく分からんな。浮遊魔法みたいなものか?」
『魔法じゃない。科学技術だ』
「カガクギジュツ?」
ユリウスが足をピタリと止める。どこかうつろだった目が、焦点が合い始めた。
『……この世界には魔法があるのか?』
「当たり前だろ? 何をするにも魔法が必要だ。あの鉄の塊だって魔法がなかったらどうやって動かすんだよ?」
『燃料を燃焼させ、発生した高温高圧ガスで推進力を作り出す』
「燃やす……火? 火で浮遊? 無理だと思うぞ」
ユリウスはそれ以上答えなかった。答えるのが面倒になったか、おっくうそうにそっぽを向いたのだ。
「おい、本当に雨になったぞ」
魔道師の一人が驚きの声を漏らす。昨日は満天の星だった。あれで雨が降ると予想した者はいなかった。
「いや、まぐれかも」
誰かがそう言い、それが一週間も続くと、誰もが脅威を持つようになる。
「おい、本当に予言者なんじゃあ……」
仲間の様子をジェイドがユリウスに伝えると、彼は淡々と言った。
『私は予言者じゃない。明日の天気を知りたいと言うから、大気の動きをスピカに観測させただけだ。未開の星に行った時、誰でもやる簡単な調査だ』
「そのスピカって奴が予言者か?」
『予言者じゃなくて人工知能……いや、いい。それより、言葉を教えてくれ』
ユリウスがはあっとため息を漏らす。話が通じない、そう言いたげだ。
「ははは、お前は随分と勉強熱心だな」
そう告げ、ジェイドは望み通り、この世界の言葉の練習に入る。
ユリウスの驚異的な能力が明らかになるのはその直ぐ後だ。ユリウスは恐るべきスピードでスヴァイ王国の言葉と文字を覚え、次に大陸共通語、さらには魔法言語と次々ユリウスは知識を吸収していった。僅か一ヶ月で、まるで自国民であるかのように話すようになり、ジェイドは心底驚いた。こんな人間は見たことがない。
「サディアス王太子殿下、あいつ、凄いですよ! 俺達の言葉をあっという間に覚えただけでなく、魔法言語まで学び始めました。とんでもなく頭が良い」
王城で王太子を見かけたジェイドが勢い込んで言う。サディアスが口角を上げる。
「はっ、だが、魔力はない。そうだろう?」
サディアスが小馬鹿にしたように笑い、ジェイドは不快感を煽られる。彼が言わんとすることを理解したからだ。
強大な魔力を持つことは、ステータスだ。貴族が威張るのも、魔力を持っているから。もちろん魔道師であるジェイドも魔力持ちである。
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サディアスが鼻で笑った。
「そうだな。天気を予言し、我らを助けてくれる。だから、城で暮らすことを認めているではないか。なにが不満だ?」
「いえ、何も……」
「くだらんことで呼び止めるな。もっと役に立つ情報をもってこい」
そう言い捨てて、サディアスは傍の美女を引き寄せ、立ち去った。サディアス王太子は美男子だ。加えてエルフの恩寵持ちなので、長寿である。誰もが彼に憧れ、素晴らしいと褒め称える。だが、ジェイドは彼がどうしても好きにはなれなかった。
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※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
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