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第六章 魔工学の祖ユリウス
第二百十七話 魔眼の世代交代
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「……サラディナーサ王妹殿下はどうやってあの映像を撮ったのかしら」
セレスティナはふと感じた疑問を口にする。三百年前には映像を記録できる魔道機器は存在していなかった。映像記録装置が出来たのは、やはり近年だ。
「自分の記憶を映像化したんだろう」
シリウスが吐き捨てるように言う。
「記憶を取り出す魔法があるのね?」
「ああ。だから、映像の視点がずっと彼女の目線だったろう? 自分が見ていた光景をそのまま映像化したからああなったんだ」
「ということは、他にも、その……」
「ああ、あるだろうな」
肯定され、セレスティナは不安を覚える。ユリウスの裸体はシリウスの裸体と寸分違わない。あれを他の誰かが見るというのがやはり嫌だった。
「同じ真似を二度として欲しくないわ」
「そうだな、細工をしよう。記憶が不鮮明な場合は、やはり映像も不鮮明になる。あの女の記憶に霞をかけてやれば、二度と取り出せない」
「出来る、の?」
「記憶は普通、時が経てば曖昧になるものだ。その作用を強めてやればいい」
記憶の操作はお手の物だという。
いつも手にしている懐中時計型魔道具を、ピッピッと操作するシリウスをじっと見つめる。どうやら魔工式を構築しているらしい。
「もしかして、記憶の操作はユリウスの……」
「そう、彼の叡智だ。それを魔法で再現している」
「全部、思い出したの?」
片眼鏡の向こうの青い瞳がセレスティナを見た。
「いや、残念ながら、大切な君との思い出が復活していない。そろそろスピカに命じて記憶のダウンロードを再開しようか」
ちゅっと額にキスだ。
「王妹殿下には王籍を抜けてもらう」
魔道具を操りつつ、シリウスがそう告げた。
「どうやって?」
「魔法薬で意志の力を奪い、あの女がもっとも嫌う男に嫁がせてやるさ。そこで籠の鳥にでもなるといい。羽をもがれてのたうち回る鳥にな。強姦がどれほどの屈辱か、身をもって思い知らせてやる」
「……シリウス」
セレスティナが顔を覗き込む。
「復讐はやめて。あなたに傷ついて欲しくないの」
「私は平気だと言っただろう?」
「シリウス、あなたの一番の望みは?」
「君の幸せ」
即答され、こそばゆい。
「私はこれ以上ないほど幸せよ。それにね、あの映像で傷ついたのは私じゃなくて、きっとシリウス、貴方だと思うの。尊厳を傷つけられて、それを回復したいと思っている。でも、そのやり方はやめてちょうだい。シリウスがもっと傷つくだけよ。だって、同じ事をやり返すことは、サラディナーサ王妹殿下と同じになるってことだもの。彼女と同類になりたいなんて思わないでしょう?」
「……言うようになったな」
シリウスがくくっと喉の奥で笑う。
「パートナーだもの」
じっと青い瞳を覗き込めば、やはり口づけられる。甘い甘いキスだ。
「君はどうしたい? 流石にそのままというわけにはいかない」
「復讐ではなくて、正当な裁きを」
「侮辱罪と虚偽罪か……アルフレッドに交渉させて、慰謝料を引き出すか? いや、金などいらない。二度と魅了で人を操れないよう、魔眼の力を奪うか」
「……そんな真似が出来るの?」
「出来るさ。過去の私と同じように義眼にしてしまえばいい」
「視力を奪うってこと?」
「君の祖母と同じになるだけだ」
シリウスが笑い、セレスティナの額にキスをする。
あ、そうよね。魔道具の義眼なら視力はそのままだわ。ただ、魅了の力が失われるだけ。
「く、ふふ……あの女には良い薬だ。思うように人を操れなくなった時のあの女の顔は、さぞかし見物だろうな」
シリウスがそう言って嗤った。
◇◇◇
「ぬるいわ! さっさと入れ直して!」
サラディナーサが紅茶の入ったカップを侍女にぶちまける。
「も、もうしわけございません!」
「この役立たず! 次にやったら首よ首!」
苛立って仕方がなかった。
ユリウス、ユリウス、私のユリウス……
今度こそ絶対あなたを手に入れてやる。
そう思って、シリウスに何度も招待状を送り、誘いをかけたが、徒労に終わる。迷惑だというような内容の抗議文が返送され、ぶち切れた。
あんな女のどこがいいのよ!
シリウスを独り占めしているセレスティナという女が憎くてたまらない。醜くなるような呪術をかけさせたが、跳ね返され、呪いを掛けた呪術師が酷い目にあった。暴漢に襲わせようと画策しても、やはり徒労に終わる。セレスティナを取り巻くガードが堅すぎて、どうしても彼女の存在を退けられない。
「お兄様は一体どこにいったのよ!」
兄王に泣きつこうにも、どこぞへ外出したっきり、行方不明である。
ならば、と。ユリウスとの情事を映像化し、セレスティナという女に送り付けた。本当なら、ユリウスのあの姿を他の誰かに見せるなど、以ての外であったが、他に方法がない。あの女を退けるためだと自分に言い聞かせ、魔道師に記憶を映像化するよう要請し、ユリウスの艶めかしい姿を映し出す映像機器をあの女の元に送り付けた。
これで、きっと、身を引くはず……
そう思ったのに、思う通りに行かない。相変わらず、あの女がオルモード公爵邸に居座っているとの情報を耳にし、たった今、侍女に当たり散らしたところである。
「ユリウス……愛しているのよ、どうして……」
サラディナーサは夜になると、枕を涙で濡らす。そんな日々が続いたある日の事。
「ばっかみたい」
自分を罵倒する声に振り返れば、そこに居たのは娘のアデラだ。口元にほくろのある、黒髪の妖艶な美女である。
今の今まで魔道師が用意した結界内にいたので、サラディナーサとこうして顔をつきあわせるのは随分と久しぶりである。口に入れる飲食物が全て腐敗し、汚物化する呪いをシリウスにかけられてしまった為、魔道師が作り出した結界内でしか食事が出来なかったせいである。一歩外に出れば水すら飲めない有様で、シリウスに百通以上の謝罪文を送り続け、つい先程、ようやく許して貰ったところであった。
娘のアデラに罵られ、サラディナーサはまなじりを吊り上げる。
「なんですって?」
「愛してるって、それ、本気? お母様は彼を捨てたんでしょう? そう聞いたわ」
「……あ、あれは、自分で自分の顔に傷をつけたりするから」
サラディナーサがもごもご言い訳をする。
「それだって、お母様が嫌で拒絶したんでしょう? やっぱり、お母様のせいじゃない」
「ち、違うわ! 私を嫌ったんじゃない、そうじゃない、ただ……す、素直になれなかっただけ……彼はわたくしを愛していたわ」
「本当にそう思うの?」
「……」
「みっともないったらないわ。捨てたくせに、今になって、ユリウス、ユリウスって。彼にとっちゃいい迷惑だったと思うわよ。散々玩具にされたあげく、身勝手な理由で捨てられたんだから。それを今になって蒸し返して、まったくの別人に言い寄る……結局、中身なんてどうでもいいのね? それならいっそ、ユリウスを模った人形でも愛でたらどう? お母様にはお似合いよ」
「アデラ! あなた、親に向かって!」
「親だなんて思ってないわ!」
アデラに叫ばれ、サラディナーサが目を見開く。
「何をびっくりしているのよ。私の恋人を何度も横取りしたの、お母様じゃない。それで母親面する気? 都合良すぎて笑っちゃうわ」
「……あなたに魅力がないのが悪いんでしょう?」
アデラが鼻で笑う。
「そうね、その言葉そっくりそのまま返してあげる。お母様に魅力がないから、オルモード公爵様に振られたのよ。お母様に魅力がないから、相手にされないんじゃない。しっかり現実を見たらどう? お母様はね、あのセレスティナって女に負けたの。微塵も愛されてないって自覚したらどう?」
アデラにせせら笑われて、サラディナーサはカッとなった。掴みかかろうとして、サラディナーサの護衛であるはずのレズリーに阻まれる。
「レズリー、何の真似?」
「お母様、レズリーはもうお母様の命令はきかないわ。魅了の力のないお母様じゃ、彼を従わせられないもの」
「え……」
「やあだ。お母様ったら、忘れちゃったの?」
アデラがきゃははと笑う。
「オルモード公爵様を侮辱したんでしょう? それで、アルカディアから抗議されたじゃない。本当、馬鹿な真似したわよねぇ。でも、サディアス陛下はいらっしゃらないから、王妃様が対応なさって、お母様の魔眼は没収ってことになったじゃないの。治癒師に義眼の魔道移植をされたでしょう?」
サラディナーサは愕然となった。
魔道移植? いつの間に……
そこでふと、数日の空白があることを思い出す。夜、自室で眠りについて、目を覚ましたら一週間という時間が経っていた。頭を強く打って意識不明になり、今まで眠っていたという説明で納得していたけれど……まさかあの時なの?
あの時から、物が見えにくくなった。そう、視力は落ち、一定の色彩が認識できない。治癒師に年のせいだと言われて、引き下がったけれど。
「知ら、ない……」
アデラが嘲笑した。
「知らない? ああ、王妃様ったら、お母様に抵抗されるのを嫌がって、こっそりやったのかしらね。もしかしたら、うふふ、お母様の事が嫌いだったのかも。サディアス陛下がいたから、今まで無事だったけど、やりたい放題だったものねぇ。魅了の力で王妃様の弟ともねんごろになったんでしょう? 彼には愛妻がいたのに、可哀想ねぇ」
顔色を失ったサラディナーサにアデラが微笑みかける。
「いいもの見せてあ、げ、る」
アデラが笑いながら、魔道具の映像を再生する。そこには赤子のノエルを抱っこし、幸せそうにシリウスに寄り添うセレスティナが映し出されていた。
「ほうら、見て? 幸せそうでしょう? うふふ、お母様の完敗ね。時々、二人の幸せな姿をお母様に報告してあげるから、せいぜい悔しがって」
「やめて、やめて、やめてちょうだい!」
ユリウスはわたしのものだもの! 他の女のものになんかなって欲しくない! 見たくない、見たくない、やめて、やめてぇ!
錯乱するサラディナーサを見て、アデラがせせら笑う。
「だあめ、絶対許してなんかあげない。私の恋人達を散々玩具にして捨てたんだから、これくらい耐えなさいよ。ほんっとむかつくわ。せいぜい、オルモード公爵夫妻の幸せを見続けるのね。お母様にはこの先絶対手に入らない光景よ」
レズリーを連れたアデラが踵を返し、サラディナーサがぺたりとその場に膝をつく。ユリウス、ユリウスと言いながら、涙をこぼすサラディナーサを嘲笑するように、アデラの笑い声が城の廊下に響いた。
◇◇◇
「そう言えば……サディアス陛下の件はどうなっているの?」
オルモード公爵邸の庭でノエルをあやしているシリウスに、セレスティナが問う。晴天でポカポカと暖かく、ピクニック気分で、傍らにはサンドイッチとチーズとワインが用意されていた。シャーロットとマジックドールのハロルドもいる。
「ああ、あれか。リリィがエルフランドに帰れば、エルフの女王の裁きが待っている」
え……
「調べたら、案の定、リリィの他にも召喚されたエルフがいてな。まったくもって迷惑な話だ。エルフの女王に誘拐の主犯格として突き出さないと、スヴァイ王国そのものが地上から消えるかもしれない。だから、ちゃんと生きている。安心しろ」
安心……していいのかしら?
セレスティナは返答のしようがない。
そこでふっと、日の光が遮られ、手元がすうっと陰る。
セレスティナが空を見上げると、オルモード公爵邸の上空に、ステルス機能を解除した宇宙船のスピカが浮かんでいた。球体の宇宙船は機能美が素晴らしい。
反重力システムは故障したままだが、シリウスの魔道具で浮遊能力を得た宇宙船のスピカは、こうしてオルモード公爵邸の上空で、情報収集するのが日課になっている。再び透明になり、スピカが姿を消した上空を見上げ、セレスティナが微笑んだ。
「家族での宇宙旅行は、スピカでやりたいわ」
「そうだな。まずは失われた反重力装置の機能を回復させよう」
三百五十七年前は不可能だったが、今の技術なら再現が可能だという。
シリウスが目を細めた。
「ついでに防御シールドの機能も強化して……ああ、瞬間移動能力も組み込むか」
セレスティナの顔が曇った。
「ステッキの瞬間移動能力を付加させるの? でもあれは……移動先の空間が裂けるんでしょう? スピカが通れるだけの裂け目を作ると、山が真っ二つになりそうよ?」
「心配いらない。宇宙空間なら気にせず使い放題だ」
シリウスが笑い、セレスティナの頬に手を伸ばし、そっとキスをする。愛情深いその仕草にセレスティナはうっとりとなり、彼の唇が離れた時点でおねだりだ。
「ね、シリウス。私も電子工学を学びたいわ」
「ん? ふふっ、喜んで」
「ばー、ぶー、むー……」
今一度、二人がキスをすると、シリウスの膝上にいるノエルが手を伸ばし、シリウスの髪を引っ張った。まるで、僕も混ぜてと強請っているかのよう。シリウスが痛さに苦笑する。子供なのでまったくもって加減を知らない。
「い、つつ……ああ、ノエル。ティナのキスか? まだ早い。私ので我慢しろ」
何が早いのか……なにやら無茶苦茶な理由付けだが、シリウスがノエルのつやつやほっぺにキスをすると、ノエルの顔がにぱぁっとほころぶ。
「さ、私の髪から手を放して……そうそう、いい子だ。そら、これはどうやって中に入れる? 同じ形を探そうか」
ノエルと遊びながら既にお勉強だ。子供の興味を引くのがうまいとセレスティナは思う。手にした星形や菱形のブロックを、ノエルが手に取りたくなるように誘導している。
「あー、んー……ぶぅ……」
シリウスは子供が苦手で、好きじゃないとセレスティナは知っている。けれど、やはり我が子に対してだけは真逆らしい。根気よく教えるし、世話も嫌がらない。
本当、いいパパよね。シャルお姉様がパパっ子な理由がよく分かるわ。
ノエルと遊ぶシリウスの隣で、シャーロットが手にした玩具に顔をしかめた。
「ねぇ、パパ。この積み木はなに? 数字がびっしり書いてあるけど……」
「計算用の遊び道具だ」
「こっちは単語でこっちは魔素記号……ねぇ、勉強以外の遊び道具はないの?」
なにやらシャーロットがげっそりしている。遊びでも勉強は嫌いらしい。
「ブランコならそこだ」
「ノエルを借りるわ!」
ブロック遊びをしていたノエルを、喜色満面でシリウスから取り上げ、「お姉様ですよぅ」と言いながら一緒にブランコに乗る。ふわふわとした感触が面白いのか、ノエルがきゃっきゃと笑う。シリウスがセレスティナの栗色の髪を撫でた。
「今度、リリィに会いに行くか?」
エルフの幼子リリィの名を出され、セレスティナはぱっと顔を輝かせる。
「ええ、行きたいわ!」
翌々日、ご機嫌なノエルを連れ、セレスティナがシリウスと共に登城すると、リリィが喜び勇んで飛びついてきた。可愛らしいドレスを身に纏ったリリィの髪と頬はつやつやだ。ちゃんと大切に扱われているようである。
「お姉さん、またご本を読んで」
と、上目遣いでおねだりだ。もじもじ恥じらう様子がなんとも可愛らしい。その様子にセレスティナはきゅうんっとなる。
「ええ、いいわ」
きゅっとリリィを抱きしめた。
一緒に腰掛けたソファで、絵本をたくさん読んであげると、疲れたのか、リリィはうとうとと船をこぎ始めた。その様子にセレスティナが目を細める。
「女の子も可愛いわ」
「もう一人欲しい?」
そうシリウスに囁かれて、セレスティナの頬が桜色に染まる。シリウスからのキスが嬉しくてくすぐったい。
セレスティナはふと感じた疑問を口にする。三百年前には映像を記録できる魔道機器は存在していなかった。映像記録装置が出来たのは、やはり近年だ。
「自分の記憶を映像化したんだろう」
シリウスが吐き捨てるように言う。
「記憶を取り出す魔法があるのね?」
「ああ。だから、映像の視点がずっと彼女の目線だったろう? 自分が見ていた光景をそのまま映像化したからああなったんだ」
「ということは、他にも、その……」
「ああ、あるだろうな」
肯定され、セレスティナは不安を覚える。ユリウスの裸体はシリウスの裸体と寸分違わない。あれを他の誰かが見るというのがやはり嫌だった。
「同じ真似を二度として欲しくないわ」
「そうだな、細工をしよう。記憶が不鮮明な場合は、やはり映像も不鮮明になる。あの女の記憶に霞をかけてやれば、二度と取り出せない」
「出来る、の?」
「記憶は普通、時が経てば曖昧になるものだ。その作用を強めてやればいい」
記憶の操作はお手の物だという。
いつも手にしている懐中時計型魔道具を、ピッピッと操作するシリウスをじっと見つめる。どうやら魔工式を構築しているらしい。
「もしかして、記憶の操作はユリウスの……」
「そう、彼の叡智だ。それを魔法で再現している」
「全部、思い出したの?」
片眼鏡の向こうの青い瞳がセレスティナを見た。
「いや、残念ながら、大切な君との思い出が復活していない。そろそろスピカに命じて記憶のダウンロードを再開しようか」
ちゅっと額にキスだ。
「王妹殿下には王籍を抜けてもらう」
魔道具を操りつつ、シリウスがそう告げた。
「どうやって?」
「魔法薬で意志の力を奪い、あの女がもっとも嫌う男に嫁がせてやるさ。そこで籠の鳥にでもなるといい。羽をもがれてのたうち回る鳥にな。強姦がどれほどの屈辱か、身をもって思い知らせてやる」
「……シリウス」
セレスティナが顔を覗き込む。
「復讐はやめて。あなたに傷ついて欲しくないの」
「私は平気だと言っただろう?」
「シリウス、あなたの一番の望みは?」
「君の幸せ」
即答され、こそばゆい。
「私はこれ以上ないほど幸せよ。それにね、あの映像で傷ついたのは私じゃなくて、きっとシリウス、貴方だと思うの。尊厳を傷つけられて、それを回復したいと思っている。でも、そのやり方はやめてちょうだい。シリウスがもっと傷つくだけよ。だって、同じ事をやり返すことは、サラディナーサ王妹殿下と同じになるってことだもの。彼女と同類になりたいなんて思わないでしょう?」
「……言うようになったな」
シリウスがくくっと喉の奥で笑う。
「パートナーだもの」
じっと青い瞳を覗き込めば、やはり口づけられる。甘い甘いキスだ。
「君はどうしたい? 流石にそのままというわけにはいかない」
「復讐ではなくて、正当な裁きを」
「侮辱罪と虚偽罪か……アルフレッドに交渉させて、慰謝料を引き出すか? いや、金などいらない。二度と魅了で人を操れないよう、魔眼の力を奪うか」
「……そんな真似が出来るの?」
「出来るさ。過去の私と同じように義眼にしてしまえばいい」
「視力を奪うってこと?」
「君の祖母と同じになるだけだ」
シリウスが笑い、セレスティナの額にキスをする。
あ、そうよね。魔道具の義眼なら視力はそのままだわ。ただ、魅了の力が失われるだけ。
「く、ふふ……あの女には良い薬だ。思うように人を操れなくなった時のあの女の顔は、さぞかし見物だろうな」
シリウスがそう言って嗤った。
◇◇◇
「ぬるいわ! さっさと入れ直して!」
サラディナーサが紅茶の入ったカップを侍女にぶちまける。
「も、もうしわけございません!」
「この役立たず! 次にやったら首よ首!」
苛立って仕方がなかった。
ユリウス、ユリウス、私のユリウス……
今度こそ絶対あなたを手に入れてやる。
そう思って、シリウスに何度も招待状を送り、誘いをかけたが、徒労に終わる。迷惑だというような内容の抗議文が返送され、ぶち切れた。
あんな女のどこがいいのよ!
シリウスを独り占めしているセレスティナという女が憎くてたまらない。醜くなるような呪術をかけさせたが、跳ね返され、呪いを掛けた呪術師が酷い目にあった。暴漢に襲わせようと画策しても、やはり徒労に終わる。セレスティナを取り巻くガードが堅すぎて、どうしても彼女の存在を退けられない。
「お兄様は一体どこにいったのよ!」
兄王に泣きつこうにも、どこぞへ外出したっきり、行方不明である。
ならば、と。ユリウスとの情事を映像化し、セレスティナという女に送り付けた。本当なら、ユリウスのあの姿を他の誰かに見せるなど、以ての外であったが、他に方法がない。あの女を退けるためだと自分に言い聞かせ、魔道師に記憶を映像化するよう要請し、ユリウスの艶めかしい姿を映し出す映像機器をあの女の元に送り付けた。
これで、きっと、身を引くはず……
そう思ったのに、思う通りに行かない。相変わらず、あの女がオルモード公爵邸に居座っているとの情報を耳にし、たった今、侍女に当たり散らしたところである。
「ユリウス……愛しているのよ、どうして……」
サラディナーサは夜になると、枕を涙で濡らす。そんな日々が続いたある日の事。
「ばっかみたい」
自分を罵倒する声に振り返れば、そこに居たのは娘のアデラだ。口元にほくろのある、黒髪の妖艶な美女である。
今の今まで魔道師が用意した結界内にいたので、サラディナーサとこうして顔をつきあわせるのは随分と久しぶりである。口に入れる飲食物が全て腐敗し、汚物化する呪いをシリウスにかけられてしまった為、魔道師が作り出した結界内でしか食事が出来なかったせいである。一歩外に出れば水すら飲めない有様で、シリウスに百通以上の謝罪文を送り続け、つい先程、ようやく許して貰ったところであった。
娘のアデラに罵られ、サラディナーサはまなじりを吊り上げる。
「なんですって?」
「愛してるって、それ、本気? お母様は彼を捨てたんでしょう? そう聞いたわ」
「……あ、あれは、自分で自分の顔に傷をつけたりするから」
サラディナーサがもごもご言い訳をする。
「それだって、お母様が嫌で拒絶したんでしょう? やっぱり、お母様のせいじゃない」
「ち、違うわ! 私を嫌ったんじゃない、そうじゃない、ただ……す、素直になれなかっただけ……彼はわたくしを愛していたわ」
「本当にそう思うの?」
「……」
「みっともないったらないわ。捨てたくせに、今になって、ユリウス、ユリウスって。彼にとっちゃいい迷惑だったと思うわよ。散々玩具にされたあげく、身勝手な理由で捨てられたんだから。それを今になって蒸し返して、まったくの別人に言い寄る……結局、中身なんてどうでもいいのね? それならいっそ、ユリウスを模った人形でも愛でたらどう? お母様にはお似合いよ」
「アデラ! あなた、親に向かって!」
「親だなんて思ってないわ!」
アデラに叫ばれ、サラディナーサが目を見開く。
「何をびっくりしているのよ。私の恋人を何度も横取りしたの、お母様じゃない。それで母親面する気? 都合良すぎて笑っちゃうわ」
「……あなたに魅力がないのが悪いんでしょう?」
アデラが鼻で笑う。
「そうね、その言葉そっくりそのまま返してあげる。お母様に魅力がないから、オルモード公爵様に振られたのよ。お母様に魅力がないから、相手にされないんじゃない。しっかり現実を見たらどう? お母様はね、あのセレスティナって女に負けたの。微塵も愛されてないって自覚したらどう?」
アデラにせせら笑われて、サラディナーサはカッとなった。掴みかかろうとして、サラディナーサの護衛であるはずのレズリーに阻まれる。
「レズリー、何の真似?」
「お母様、レズリーはもうお母様の命令はきかないわ。魅了の力のないお母様じゃ、彼を従わせられないもの」
「え……」
「やあだ。お母様ったら、忘れちゃったの?」
アデラがきゃははと笑う。
「オルモード公爵様を侮辱したんでしょう? それで、アルカディアから抗議されたじゃない。本当、馬鹿な真似したわよねぇ。でも、サディアス陛下はいらっしゃらないから、王妃様が対応なさって、お母様の魔眼は没収ってことになったじゃないの。治癒師に義眼の魔道移植をされたでしょう?」
サラディナーサは愕然となった。
魔道移植? いつの間に……
そこでふと、数日の空白があることを思い出す。夜、自室で眠りについて、目を覚ましたら一週間という時間が経っていた。頭を強く打って意識不明になり、今まで眠っていたという説明で納得していたけれど……まさかあの時なの?
あの時から、物が見えにくくなった。そう、視力は落ち、一定の色彩が認識できない。治癒師に年のせいだと言われて、引き下がったけれど。
「知ら、ない……」
アデラが嘲笑した。
「知らない? ああ、王妃様ったら、お母様に抵抗されるのを嫌がって、こっそりやったのかしらね。もしかしたら、うふふ、お母様の事が嫌いだったのかも。サディアス陛下がいたから、今まで無事だったけど、やりたい放題だったものねぇ。魅了の力で王妃様の弟ともねんごろになったんでしょう? 彼には愛妻がいたのに、可哀想ねぇ」
顔色を失ったサラディナーサにアデラが微笑みかける。
「いいもの見せてあ、げ、る」
アデラが笑いながら、魔道具の映像を再生する。そこには赤子のノエルを抱っこし、幸せそうにシリウスに寄り添うセレスティナが映し出されていた。
「ほうら、見て? 幸せそうでしょう? うふふ、お母様の完敗ね。時々、二人の幸せな姿をお母様に報告してあげるから、せいぜい悔しがって」
「やめて、やめて、やめてちょうだい!」
ユリウスはわたしのものだもの! 他の女のものになんかなって欲しくない! 見たくない、見たくない、やめて、やめてぇ!
錯乱するサラディナーサを見て、アデラがせせら笑う。
「だあめ、絶対許してなんかあげない。私の恋人達を散々玩具にして捨てたんだから、これくらい耐えなさいよ。ほんっとむかつくわ。せいぜい、オルモード公爵夫妻の幸せを見続けるのね。お母様にはこの先絶対手に入らない光景よ」
レズリーを連れたアデラが踵を返し、サラディナーサがぺたりとその場に膝をつく。ユリウス、ユリウスと言いながら、涙をこぼすサラディナーサを嘲笑するように、アデラの笑い声が城の廊下に響いた。
◇◇◇
「そう言えば……サディアス陛下の件はどうなっているの?」
オルモード公爵邸の庭でノエルをあやしているシリウスに、セレスティナが問う。晴天でポカポカと暖かく、ピクニック気分で、傍らにはサンドイッチとチーズとワインが用意されていた。シャーロットとマジックドールのハロルドもいる。
「ああ、あれか。リリィがエルフランドに帰れば、エルフの女王の裁きが待っている」
え……
「調べたら、案の定、リリィの他にも召喚されたエルフがいてな。まったくもって迷惑な話だ。エルフの女王に誘拐の主犯格として突き出さないと、スヴァイ王国そのものが地上から消えるかもしれない。だから、ちゃんと生きている。安心しろ」
安心……していいのかしら?
セレスティナは返答のしようがない。
そこでふっと、日の光が遮られ、手元がすうっと陰る。
セレスティナが空を見上げると、オルモード公爵邸の上空に、ステルス機能を解除した宇宙船のスピカが浮かんでいた。球体の宇宙船は機能美が素晴らしい。
反重力システムは故障したままだが、シリウスの魔道具で浮遊能力を得た宇宙船のスピカは、こうしてオルモード公爵邸の上空で、情報収集するのが日課になっている。再び透明になり、スピカが姿を消した上空を見上げ、セレスティナが微笑んだ。
「家族での宇宙旅行は、スピカでやりたいわ」
「そうだな。まずは失われた反重力装置の機能を回復させよう」
三百五十七年前は不可能だったが、今の技術なら再現が可能だという。
シリウスが目を細めた。
「ついでに防御シールドの機能も強化して……ああ、瞬間移動能力も組み込むか」
セレスティナの顔が曇った。
「ステッキの瞬間移動能力を付加させるの? でもあれは……移動先の空間が裂けるんでしょう? スピカが通れるだけの裂け目を作ると、山が真っ二つになりそうよ?」
「心配いらない。宇宙空間なら気にせず使い放題だ」
シリウスが笑い、セレスティナの頬に手を伸ばし、そっとキスをする。愛情深いその仕草にセレスティナはうっとりとなり、彼の唇が離れた時点でおねだりだ。
「ね、シリウス。私も電子工学を学びたいわ」
「ん? ふふっ、喜んで」
「ばー、ぶー、むー……」
今一度、二人がキスをすると、シリウスの膝上にいるノエルが手を伸ばし、シリウスの髪を引っ張った。まるで、僕も混ぜてと強請っているかのよう。シリウスが痛さに苦笑する。子供なのでまったくもって加減を知らない。
「い、つつ……ああ、ノエル。ティナのキスか? まだ早い。私ので我慢しろ」
何が早いのか……なにやら無茶苦茶な理由付けだが、シリウスがノエルのつやつやほっぺにキスをすると、ノエルの顔がにぱぁっとほころぶ。
「さ、私の髪から手を放して……そうそう、いい子だ。そら、これはどうやって中に入れる? 同じ形を探そうか」
ノエルと遊びながら既にお勉強だ。子供の興味を引くのがうまいとセレスティナは思う。手にした星形や菱形のブロックを、ノエルが手に取りたくなるように誘導している。
「あー、んー……ぶぅ……」
シリウスは子供が苦手で、好きじゃないとセレスティナは知っている。けれど、やはり我が子に対してだけは真逆らしい。根気よく教えるし、世話も嫌がらない。
本当、いいパパよね。シャルお姉様がパパっ子な理由がよく分かるわ。
ノエルと遊ぶシリウスの隣で、シャーロットが手にした玩具に顔をしかめた。
「ねぇ、パパ。この積み木はなに? 数字がびっしり書いてあるけど……」
「計算用の遊び道具だ」
「こっちは単語でこっちは魔素記号……ねぇ、勉強以外の遊び道具はないの?」
なにやらシャーロットがげっそりしている。遊びでも勉強は嫌いらしい。
「ブランコならそこだ」
「ノエルを借りるわ!」
ブロック遊びをしていたノエルを、喜色満面でシリウスから取り上げ、「お姉様ですよぅ」と言いながら一緒にブランコに乗る。ふわふわとした感触が面白いのか、ノエルがきゃっきゃと笑う。シリウスがセレスティナの栗色の髪を撫でた。
「今度、リリィに会いに行くか?」
エルフの幼子リリィの名を出され、セレスティナはぱっと顔を輝かせる。
「ええ、行きたいわ!」
翌々日、ご機嫌なノエルを連れ、セレスティナがシリウスと共に登城すると、リリィが喜び勇んで飛びついてきた。可愛らしいドレスを身に纏ったリリィの髪と頬はつやつやだ。ちゃんと大切に扱われているようである。
「お姉さん、またご本を読んで」
と、上目遣いでおねだりだ。もじもじ恥じらう様子がなんとも可愛らしい。その様子にセレスティナはきゅうんっとなる。
「ええ、いいわ」
きゅっとリリィを抱きしめた。
一緒に腰掛けたソファで、絵本をたくさん読んであげると、疲れたのか、リリィはうとうとと船をこぎ始めた。その様子にセレスティナが目を細める。
「女の子も可愛いわ」
「もう一人欲しい?」
そうシリウスに囁かれて、セレスティナの頬が桜色に染まる。シリウスからのキスが嬉しくてくすぐったい。
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