恋した相手は貴方だけ

白乃いちじく

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本編

第二十八話 呼ばれて飛び出た雷神剣

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「お、俺は勇者だ! 勇者なんだよ! だ、だから、大聖女のレイチェルと結ばれる運命なんだ! 邪魔すんな!」

 よろけつつ、なんとか起き上がったクリフがそう叫び、ぷっ、くすくす、という笑い声が周囲で巻き起こる。顔面殴打で鼻血をだらだら流した格好で叫ばれても、まったくもって決まらない。クリフの行動を扱いかねていた周囲の中から進み出たのは、赤いドレス姿のジョージアナだ。表情も口調も呆れている。

「クリフ、いい加減にしろよ。お前、言っていること支離滅裂だぞ。いっくら四大英雄の肖像画に瓜二つでも、お前には聖印がないんだから、違うってのは明白だろ? それに、お前がやったことを、ちょっと考えてみろよ。お前は浮気して、レイチェルを捨てたんだぞ? しかも今度はそれを反省もせず、一方的に復縁を迫るってどういうことだよ? いくらなんでも酷いって思わないのか?」
「い、いや、だ、だから、償いはこれから……」

 クリフの言い訳をぶった切ったのが、猫獣人のニーナだ。ピンクのふわふわドレスから覗くピンクの猫尻尾がぴょこぴょこ揺れる。

「ブラッドとレイチェルの仲を祝福するのが償いにゃー? クリフ、頭おかしいにゃ。熱あるにゃ? 帰って寝た方がいいにゃ」

 しんっと周囲が静まりかえる。何となくだが、脳天気なニーナに頭がおかしいと言われたら、人としておしまいな気がするのは気のせいか?
 クリフがいきり立つ。

「う、うるさい、うるさい、うるさーい! 俺は勇者だ、勇者なんだ!」

 破れかぶれといった感じで、クリフが指を突きつけ、叫んだ。

「ブラッド! 勇者の俺がお前に勝負を挑むぞ! レイチェルをかけて勝負しろ!」

 慌てたのがレイチェルだ。自分をかけて勝負なんて冗談ではない。急ぎ二人の間に割って入った。

「やめて、クリフ! たとえあなたが勝っても、私はあなたを選ばないわ!」
「何でだよ!」

 何でって……レイチェルは面食らった。まさか聞き返されるとは思わなかったのだ。

「その……クリフは恋人が浮気をしてもなんとも思わないの?」

 そろりとレイチェルはそう問うた。そんなことはないと思うけれど、クリフの言動が怪しすぎて混乱する。クリフは狼狽えた。

「いや、だからそれは……誠心誠意謝れば……」
「許す許さないは、やった方が決めることじゃないわ。やられた方が決める事よ」
「レイチェル……」
「ごめんなさい、クリフ。復縁はありえないわ。私は、その……」

 ブラッドが好きなの、彼を愛しているのよ。
 そう告げ、レイチェルはブラッドの手をきゅっと握りしめた。恥ずかしすぎてブラッドの顔を見られないけれど、握り返してくれたので反応は分かる。絶望したようなクリフの顔を直視できず、レイチェルは視線を逸らした。クリフにされた仕打ちを怒っていないと言えば嘘になるけれど、こんな風に悲しませたいとも思わない。
 お願い、クリフ、もう止めてちょうだい。
 そこへ、誰かがポンッとブラッドの肩を叩き、楽しそうに笑った。

「あははははははは! なんか面白いことになってるねぇ?」

 割って入ったのは立派な緑の魔法衣を着込み、魔法語を刻み込んだ杖を手にした青年だった。長い若草色の髪は艶やかで、草原のように優しい面立ちは整っている。文句なしの美青年だ。その美青年が歓迎するように両手を広げた。

「やぁ、ブラッド、元気そうで何より! 相変わらずいい男だね。その夜会服すっごく似合ってるよ! 君の場合、毒のある魅力なんだけど、そういった煌びやかな服も似合うね。で、何々? なんの話? 僕も混ぜてよ? 勇者って誰? もしかして君の事?」

 美青年が楽しげにクリフの顔を覗き込む。
 誰かしら? ブラッドと親しいみたいだけれど……
 レイチェルは目の前の若草色の髪の青年を、まじまじと見てしまった。尖った耳はハーフエルフであることを示し、身に着けた衣装は魔法士であることを示している。王城勤めのハーフエルフの魔法士……そこでレイチェルははっとなった。
 もしかして、大魔法士アウグスト様?
 レイチェルは驚くも、当のクリフはまったく気が付いていないらしい。

「そ、そうだ! 俺は勇者にそっくりだろ?」

 クリフが断言すると、美青年――大魔法士アウグストが微笑んだまま、ずばっと言った。

「……似てないよ。ちっとも似てないね」
「え?」

 アウグストの微笑みは崩れない。だが今や、印象がガラリと変わっている。

「そこでなんで驚くかな? 君はね、勇者バスチアンには欠片も似ていない。勇者を直接見ている僕が言うんだから、間違いないよ。ちゃんと理解して?」

 アウグストのそれは、まるで凍り付きそうなほど冷たい視線だ。

「そ、そんなはずない! お前の目は節穴か? 俺は四大英雄の肖像画にそっくりなんだ。どこの馬の骨か知らないが……」
「馬鹿、よせ!」

 レイチェルがクリフの暴言を止める前に、ごつっと盛大な音がし、クリフがうずくまる。ジョージアナの拳が、クリフの脳天に突き刺さったのだ。

「な、なにすんだ!」

 涙目で叫べば、ジョージアナの怒声が飛ぶ。

「なにすんだじゃない! よっくみてみろ! お前が今喧嘩売った相手、二百年前に魔王討伐に参加した四大英雄の一人、大魔法士アウグスト様だぞ!」
「え……」

 かっ開いたクリフの目が、立派な衣装を身に着けたアウグストに向く。すると、アウグストは厳しい表情を一変させ、ぱっと華やかな笑みを浮かべた。

「うん、初めまして。僕、ハーフエルフのアウグスト・ラヴァレットだよ。みんなには、大魔法士様って呼ばれてる。よろしくね?」

 やっぱりとレイチェルは思うも、軽いノリの挨拶に戸惑いを隠せない。四大英雄の一人で、王室付の大魔法士というから、もっと重々しい人物を想像していた。

「それで? 君、僕の目が節穴って言った?」

 先程のクリフの台詞を、アウグストがにっこり笑って追求すれば、流石に不味いと思ったか、クリフはぐっと押し黙った。冷や汗が浮かびそうな風体である。

「……君さあ、ほんっと、のぼせ上がるのもいい加減にしたら? 自分が勇者バスチアンって、どこをどうしたらそんな台詞が言えるのさ?」

 笑いながらも、アウグストの目が笑っていない。

「勇者を、四大英雄を、君、なんだと思ってるのさ。平和な時が二百年も続いたから、四大英雄に対する敬意とか感謝とか畏怖の念、薄れちゃった? 平和ぼけ? 這いつくばれとまでは言わないけど、僕、身の程知らずは嫌いなんだ。ほんっと勘弁して」

 とんっとアウグストが杖を床に付くと、ズシンと建物が揺れた。それこそ地震が起こったかのように。夜会の出席者がざわりと揺れる。アウグストが放つ魔力圧で、周囲の空気が重苦しい。ブラッドはさりげなくレイチェルの前に立ち、その圧力を遮蔽した。

「おい、謝れ、クリフ!」

 そうクリフに囁いたのはジョージアナだ。ジョージアナがクリフを肘でつつくが動かない。いや、動けないのだろう。クリフの周辺だけ、さらに圧が酷い。

「もう一度言うね? 君は勇者じゃない」

 アウグストの怒気に気圧され、クリフが一歩二歩と下がった。

「で、でも、俺は勇者の肖像画にそっくりで……」
「ああ、あれ、偽だから」
「……は?」
「あの肖像画の勇者の姿はデタラメなの。まったく……あの自称天才オカマ画家は、僕とドリアーヌとブラッドの姿はそのまんま描いたんだけどさー、バスチアンの外見が気に入らなかったみたいで、自分の理想の勇者像ってのを勝手に作り出して描いちゃったんだよねー。バスチアンもあれだよね。好きにしていいよ、なんて言うから、あれがそのまま神殿に奉納されちゃった」

 しんっと周囲が静まりかえる中、呆れ気味にアウグストが肩をすくめ、レイチェルはくいくいブラッドの袖を引っ張った。

「ね、本当なの?」
「ん、本当」

 嬉しそうにブラッドに顔を寄せられ、レイチェルは真っ赤になって俯いた。まるですり寄る猫のよう。いや、ブラッドの場合、黒豹といったところか。

「随分と愉快な、いえ、ええっと、破天荒な画家さんだったのね?」
「んー、まあ、選んだのは王室だから誰も文句を言えなかったんだろうな。一応、あの当時、一番人気の画家だったらしいぜ?」

 そうなのね、とレイチェルは言うしかない。クリフが呆けたように言った。

「じゃ、じゃあ、勇者は誰……」
「そんなの王太子殿下に決まってるじゃない。勇者はジュリアンだよ。ほんっと、そっくり」

 アウグストの衝撃的な告白に周囲がざわりと揺れる。

「……なんでジュリアンが勇者だって、誰も気が付かなかったんだよ」

 ブラッドが追求すると、けろりとアウグストが言った。

「それは僕のせいじゃないよ。右腕にあるはずの聖印を見逃したのは乳母だもの。職務怠慢は乳母だから、僕が責められるいわれはないよ」
「乳母が調べたのか?」
「そそ。ジュリアンはさぁ、生まれたときから、全身もっさりしていたから、分からなかったみたいだね?」

 アウグストが、はははと楽しそうに笑う。それこそ無邪気な幼子のよう。

「教えてやれよ」

 ブラッドが突っ込むと、アウグストがやれやれというように肩をすくめた。

「聞くけど、勇者の蘇りって君、歓迎する? なるべくなら見なかったことにしたいって思わない? 前は魔王討伐だったけど、今回はなにをやらされるんだって感じ。僕、研究室にこもっていたいから、出来れば会いたくないなぁって……はっきり言ってスルーしたいよ」

 ブラッドにはその気持ちがよく分かった。勇者は神界が課した難題ひっさげて生まれてきているのは明白だから、確かに見ても見なかったことにしたい。巻き込まれるのはご免である。
 クリフが喘ぎ喘ぎ言う。

「しょ、証拠は? 王太子殿下が勇者だって、証拠はあんのかよ?」
「証拠なら聖印があるでしょ? 前世と同じ右腕に」

 アウグストがけろりと言う。王太子であるジュリアンに袖をまくるよう、アウグストが指示すると、もっさりとした毛に覆われた腕が現れ、皮膚が殆ど見えない。全員の視線が集中する中、アウグストが爆笑した。あはははははと心底おかしそうに笑う。

「ふ、はははははは。予想通りというか、やあ、参ったね。確かにこれじゃあ、普通の人には見えないか。剃れって言っても、王太子殿下は嫌がるよね? 毛は男の勲章だっけ? じゃあさ、ほら、雷神剣を呼んだら? これが一番わかりやすいでしょ?」

 雷神剣は勇者の剣で、勇者が呼べばどんな場所へもやってくる。

「雷神剣を呼べよ」

 ブラッドもまたジュリアンにそう助言する。

「ほら、お前が前世よくやってただろ? 手を掲げて、雷神剣よ来ぉい! ってあれだ」
「ふむ?」

 試してみる価値はあると思ったか、ジュリアンは貫禄ある仕草で片手を上げた。

「来ぉい! 我が友、雷神剣!」

 次の瞬間、カカッと眼前が眩く輝き、ぺっかり輝く剣がきっちりジュリアンの手に収まっていた。おぉっ! と周囲が度肝を抜かれ、同時にクリフが目をかっぴらく。
 その光景を目にしたブラッドが呆れ気味に言った。

「ほんっと変わんねーな、バスチアンは……。俺、なんにも言ってないのに、やっぱり『我が友』言いやがった……」
「まぁ、バスチアン、とと、ジュリアンらしくていいんじゃない? ほら、この決め台詞がないとさ、きっとドリアーヌも残念がるだろうし」
 アウグストが朗らかに笑う。本当に明るい。
 力が抜けたようにクリフがぺったり座り込む。

「うそ、だ……こんな……ありえない……」

 あんなひげ面親父が、と呟く辺りかなり失礼である。と、女の笑い声が響いた。

「あはは! やあだ! クリフ、あなた勇者じゃなかったのね!」

 がっくりと膝を突いたクリフを嘲笑ったのは、先程まで婚約者だったセイラである。高飛車に上から見下ろすその眼差しは、まさに見下す者のそれだった。

「ごめんなさぁい、本当にあなた、私にはふさわしくないわぁ。相性悪いはずよ、偽の勇者じゃねぇ。私は勿論だけどぉ、これだとあなた、レイチェルを手に入れるのも無理なんじゃない? なにせ、に、せ、も、の、だものねぇ? あはは、いい気味ぃ」

 セイラのそれは、弱った獲物をいたぶるときの仕草そのものである。

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