41 / 53
番外編置き場
ペルファル伯爵家にて
しおりを挟む○ミラのおじいちゃんとおばあちゃん
○時系列は卒業パーティーの少し前
ーーーーーーーー
その日、ペルファルの伯爵家の朝は早かった。
「そのお花はあっちに、そっちは向こうよ。急いでね、綺麗にしておきたいから」
「はい、大奥様!」
間もなく60歳を迎えようという伯爵夫人は、年齢を感じさせないほどキビキビと使用人たちに指示をしていた。
普段は息子の妻にその采配のほとんどを任せているが、今日は特別なのだ。
「それから、ああ、その子のお部屋の用意は終わっているのかしら。嫌いな食べ物はないのかしら、ああ、心配だわ」
ここ数日、ずっと頭を悩ませていた知らせが届いたのは、ひと月ほど前だ。
公爵家から届いたその知らせに伯爵家は震撼した。
『カノープスとその娘のミラと共に、伯爵領を訪問したいと思っている』
そんな内容が書かれた手紙に、伯爵はすぐに返事を出して、妻と息子夫婦に一丸となって準備をするように命じたのだ。
そして今日がその訪問の期日。落ち着かないのも仕方がないだろう。
「……カノープス。随分と久しぶりだわ」
窓の外をそっと見遣る夫人が呟いた言葉は、久方ぶりに再会する息子に向けられたものだった。
◇
かたり、と馬車が止まり、お父さんに手を引かれてそこから降りた私は、周囲をぐるりと見渡した。
「ここが、お父さんの実家なんだね」
「――ああ。あまり変わらないな」
「ずっと帰ってないって、本当なの?」
「そうだな。王都から逃げてからは、近付かなかったからな」
淡々と語る口調はどこかよそよそしく、緊張しているようにもとれる。
「すまない。カファル。全て私のせいだ。あの時力があれば、こんなことには……」
「いえ、ジーク様。貴方のせいということは絶対にありません。寧ろ、私がいない後の伯爵家を支援していただき本当にありがたく思っています」
公爵様が申し訳なさそうに頭を下げようとしたところを、お父さんは制止して、反対に自分が頭を下げた。顔を上げると、にかりと少年のように微笑む。
「どうせ俺はゆくゆくこの家を出たんですから。やりたかった料理人にもなれましたし、こうして娘も立派に育った。何も後悔はしていません」
「お父さん……」
命からがら王都を脱出したお父さんは、友人に頼んで実家の伯爵家から除籍してもらうように手紙を出したらしい。
冤罪でも、当時は有罪だ。
実家の伯爵家への影響は計り知れず、取り潰しの可能性もあったが、国家に忠実で有能な騎士を輩出した家としてそれは免れたらしい。
「悪いな、ミラ。これまで会わせることが出来なくて。その……俺もどんな顔して会えばいいか、分からなくてな」
ぽりぽりと頭を掻くお父さんは、やはり緊張していたようだ。
「ううん。嬉しいよ、私にもおじいちゃんとおばあちゃんと……それから伯父さんがいたなんてとっても素敵。あ、でも私、マナーとかまだ全然……」
「ははっ、それは父さんの方が全然できないから大丈夫さ。さあ行こう。ジーク様、ここまで連れてきていただきありがとうございます。1人では来れなかったと思うので」
「――そうか。カファルがそう言ってくれるのならば……私も救われる思いだ」
お父さんと公爵さまは視線を合わせて、お互いに笑みを零す。
その様子をにこにこと見守っていると、伯爵家の玄関が突然開いた。
そして、「カノープス! 早く入ってきなさい!」という声とともに、腕組みをして仁王立ちをしているご婦人がそこに立っていた。
その隣には人の良さそうなおじいさんがにこにことしている。
「……母さん。相変わらず元気そうだな」
お父さんがそう言うので、あのしゃきっとした快活な女性が私の祖母らしい。
私たちがなかなか家に入らずに外で話していたために焦れてしまったようだ。
「ジークハルト様、遠路はるばるおいで頂き誠にありがとうございます。それに……カノープス、いや、いまはカファルだったか。お帰り。そしてミラよ、よく来たね」
公爵様に頭を下げたあと、お父さんそっくりの顔で、しわくちゃになりながらその人は私に笑いかけてくれた。
ペルファル伯爵。私のおじいちゃん。
隣で固まってしまっているお父さんを肘で小突くと、子供のように眉を下げて困った顔をしている。
全くもう、お父さんったら。
「カファルの娘のミラです。お会いできて光栄です。ほら、お父さんも!」
ぺこりと頭を下げたあと、お父さんの背中をぐぐっと押して、おじいちゃんとおばあちゃんの前に差し出す。
お父さんが絞り出した「ただいま」の声に、堰き止めていたものが溢れたのか、おばあちゃんは涙を流しながらお父さんに抱きつき、おじいちゃんもそんな2人の肩に手を置いている。
私が祖父母に会いたかったのは勿論だけど、こうしてお父さんが両親に再会出来たことがとても嬉しく、私の胸中は温かいもので満たされていった。
ーーそして。
「ミラ、このぷりんと言うお菓子は、とても優しい味ね」
「儂でも食べられるぞ、まるで飲み物のようだ」
ふたりのために振る舞った蒸しプリンはとても好評で、ふたりともとても優しく、私の初めての実家訪問は楽しく過ぎて行ったのだった。
その後、ペルファル伯爵ーーおじいちゃんは家督をお父さんの兄にあたる伯父さんに譲った。元々ほとんどの役目を果たしていた伯父さんだったが、これで名実ともに伯爵となる。
「願掛けだったのだ。カファルが自ら戻るまで……儂が伯爵であり続けたいという我儘だったのだよ」
息子を守れず、さらには除籍までする事になった祖父の後悔は如何程だったのだろう。
優しく語る祖父の眼差しは真っ直ぐだった。
ーーーーーーーーーー
※一部加筆しました。
【お知らせ】
ご存知の方もいるかもしれませんが、悪役令嬢ベラトリクスを主役に据えたスピンオフ作品『悪役令嬢なのに下町にいます~略』を執筆中です。
興味がある方は覗いてみてくださいませー!
ベラトリクスが下町の食堂に入り浸る話です。笑
44
あなたにおすすめの小説
【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS
himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。
えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。
ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ!
アルファポリス恋愛ランキング入りしました!
読んでくれた皆様ありがとうございます。
*他サイトでも公開中
なろう日間総合ランキング2位に入りました!
悪役令嬢なのに下町にいます ~王子が婚約解消してくれません~
ミズメ
恋愛
【2023.5.31書籍発売】
転生先は、乙女ゲームの悪役令嬢でした——。
侯爵令嬢のベラトリクスは、わがまま放題、傍若無人な少女だった。
婚約者である第1王子が他の令嬢と親しげにしていることに激高して暴れた所、割った花瓶で足を滑らせて頭を打ち、意識を失ってしまった。
目を覚ましたベラトリクスの中には前世の記憶が混在していて--。
卒業パーティーでの婚約破棄&王都追放&実家の取り潰しという定番3点セットを回避するため、社交界から逃げた悪役令嬢は、王都の下町で、メンチカツに出会ったのだった。
○『モブなのに巻き込まれています』のスピンオフ作品ですが、単独でも読んでいただけます。
○転生悪役令嬢が婚約解消と断罪回避のために奮闘?しながら、下町食堂の美味しいものに夢中になったり、逆に婚約者に興味を持たれたりしてしまうお話。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
【完結】財務大臣が『経済の話だけ』と毎日訪ねてきます。婚約破棄後、前世の経営知識で辺境を改革したら、こんな溺愛が始まりました
チャビューヘ
恋愛
三度目の婚約破棄で、ようやく自由を手に入れた。
王太子から「冷酷で心がない」と糾弾され、大広間で婚約を破棄されたエリナ。しかし彼女は泣かない。なぜなら、これは三度目のループだから。前世は過労死した41歳の経営コンサル。一周目は泣き崩れ、二周目は慌てふためいた。でも三周目の今回は違う。「ありがとうございます、殿下。これで自由になれます」──優雅に微笑み、誰も予想しない行動に出る。
エリナが選んだのは、誰も欲しがらない辺境の荒れ地。人口わずか4500人、干ばつで荒廃した最悪の土地を、金貨100枚で買い取った。貴族たちは嘲笑う。「追放された令嬢が、荒れ地で野垂れ死にするだけだ」と。
だが、彼らは知らない。エリナが前世で培った、経営コンサルタントとしての圧倒的な知識を。三圃式農業、ブランド戦略、人材採用術、物流システム──現代日本の経営ノウハウを、中世ファンタジー世界で全力展開。わずか半年で領地は緑に変わり、住民たちは希望を取り戻す。一年後には人口は倍増、財政は奇跡の黒字化。「辺境の奇跡」として王国中で噂になり始めた。
そして現れたのが、王国一の冷徹さで知られる財務大臣、カイル・ヴェルナー。氷のような視線、容赦ない数字の追及。貴族たちが震え上がる彼が、なぜか月に一度の「定期視察」を提案してくる。そして月一が週一になり、やがて──「経済政策の話がしたいだけです」という言い訳とともに、毎日のように訪ねてくるようになった。
夜遅くまで経済理論を語り合い、気づけば星空の下で二人きり。「あなたは、何者なんだ」と問う彼の瞳には、もはや氷の冷たさはない。部下たちは囁く。「閣下、またフェルゼン領ですか」。本人は「重要案件だ」と言い張るが、その頬は微かに赤い。
一方、エリナを捨てた元婚約者の王太子リオンは、彼女の成功を知って後悔に苛まれる。「俺は…取り返しのつかないことを」。かつてエリナを馬鹿にした貴族たちも掌を返し、継母は「戻ってきて」と懇願する。だがエリナは冷静に微笑むだけ。「もう、過去のことです」。ざまあみろ、ではなく──もっと前を向いている。
知的で戦略的な領地経営。冷徹な財務大臣の不器用な溺愛。そして、自分を捨てた者たちへの圧倒的な「ざまぁ」。三周目だからこそ完璧に描ける、逆転と成功の物語。
経済政策で国を変え、本物の愛を見つける──これは、消去法で選ばれただけの婚約者が、自らの知恵と努力で勝ち取った、最高の人生逆転ストーリー。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。